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愛され気質な逸般人の異世界奮闘記  作者: Mat0Yashi_81
三章:災禍を滅ぼす虚無の躍進
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3-3:昇華

 虚無の寵愛者。




 



 ああ、負けた。

 心臓が止まったのがわかる。

 何も見えず、何も聞こえない。

 やっぱり俺だけの力じゃ、ほんの一歩だけ及ばなかった。


「─────」


 ・・・だけど、今の俺は一人じゃない。

 好奇心のために一人で戦って、駄目だった。

 なら、二人で戦えばいい。

 プライドや拘りなんて捨て去って、ただ勝つために。

 俺達ができる、最高の形で。


「くっ・・・はははははッ!」


 腹の底から出た、抑えきれない笑い。

 俺は回復した視界で、セヴェーロを捉える。

 その顔、鳩が豆鉄砲を食らったような、最高の表情。

 喉の骨が変形して、トラバサミのように閉じることでセヴェーロの左手をがっちりと掴むと、セヴェーロの表情は驚愕から焦燥へと変わっていく。

 焦り、対処しようとするセヴェーロを前に、俺の魔力は滾り、白銀色のスパークが走る。


「・・・逃がすかよ」

「ッ!」


 右手でセヴェーロの左腕を掴み、引き剥がそうと振りかぶった右手を時間稼ぎになることを承知で魔法による遠隔の拘束を使う。

 たった一瞬、時間を稼げればそれでいい。

 そうすればあんたは、迫られるだろう。

 見えるか?

 隙が。


「・・・・・っはは」


 いつも通り、しかし範囲は倍増。

 本気のストーム・プロテクションをぶちかました後に残ったのは、俺の首にくっついたセヴェーロの肘から先。


「上出来だろ、なあ?」


 ぶち上がった気分のままに、首の変形を解除しつつ腕を引き剥がして問いかける。

 すると、俺から大きく距離を取ったセヴェーロは、感情のままに魔力を滾らせながら口についた血を拭う俺を見て、驚愕と関心が混じったような表情を見せ、口を開く。


「隠し通していたというのか」

「あんたほどの強者が居なかったんだよ」


 即答する俺の言葉に、セヴェーロは嬉しそうな表情を浮かべた。

 その心の内側は、今の俺には想像もできない。

 だが、簡単だろう。


「続けようぜ、セヴェーロ」


 ニアの固有武器(前線装具)を四本召喚して、俺のいつもの固有武器も召喚して、準備は完了。

 攻撃を警戒するセヴェーロに、俺は短く告げる。


「最終ラウンドだッ!」


 剣に魔力を纏わせ、全力で横に振り抜いて斬撃を飛ばす。

 その間に前線装具を瞬間移動させて位置取りをすると、セヴェーロが斬撃を相殺したタイミングで後ろからビームを、同時に俺もまた横に斬撃を放ち、飛び上がるように誘導。

 空中にいるセヴェーロに向けて前線装具を用いて攻撃しながら全速力で突進すると、セヴェーロはようやく回避行動を取って俺の攻撃からするりと抜け、俺の上を陣取ったので再び斬撃を飛ばしつつ前線装具の位置をランダムに移動させながら切っ先からのビームで牽制。

 全体的に包囲するような位置取りで牽制をしつつ、俺も近中距離からの攻撃を飛ばし続けること少しの間、セヴェーロはようやく何かを見たのか、回避行動を取っていた今までとは打って変わって、ビームやらを完全に無視して接近してきた。

 そこで俺は身体強化をちょっと改造、眼球への負荷を完全に無視することで動体視力を底上げしつつ、殺されるまでは避けてきた近接戦闘に真正面から打ち込む。

 大ぶりの斬撃をちょこちょこと回避つつ、受け止められそうなものは受け止めて隙を作り、前線装具を突っ込ませて回避軌道を取らせたところで斬撃を飛ばすなど、とりあえず可能な限りの手を尽くしていると、稀に隙は見える。


「っは!」


 刃の側面を押し当て、手首のスナップを効かせて弾き飛ばす。

 セヴェーロはようやく仰け反り、猶予コンマ数秒の間がら空きになった腹に、俺は左手に溜め込んでいた魔力をぶち込んでやる。


「ぐおっ!?」


 純粋な魔力の圧力、その威力によって斜め上方向に吹っ飛んでいくセヴェーロに前線装具と飛ぶ斬撃による牽制を再び行いつつ、俺はタイミングを見計らう。

 前線装具(ニアの固有武器)を用いた援護はいくつかの弱点があり、先ずは全ての軌道と位置を自分で思考しなければならないために運用コストが高いことと、接近されてしまうと切っ先からのビーム(これは自力で魔法を使っているもの)が使えなくなることなど。

 そのため、セヴェーロは今もこうして無尽蔵の魔力を用いることで、状況的にはジリ貧を極力避けたい俺に対してのゴリ押しをしてくるわけだが、何もこの場で思考にリソースを注いでいるのは俺だけではない。

 俺が思考のリソースを前線装具による全距離包囲の援護に回しているように、セヴェーロもまた、これらの攻撃に対する回避に意識を向けているのだ。


「ふんッ!」

「ちいっ」


 しかし、こうして小細工を思考している俺に対して、依然としてセヴェーロの飛ぶ斬撃の威力は桁違いだ。

 回避が遅れたせいで左脚の太腿から下は持っていかれたし、音からして地図が変わるレベルの破壊が起こった。

 やっぱり俺は殴るのが好きだな。

 小細工は性に合わない。


「くッ」

「っはは!」


 もう一度セヴェーロの剣を弾き返したところで、俺は追撃をせずに回避行動を取ってセヴェーロから大きく距離を取る。

 そんな俺をセヴェーロは追いかけながら飛ぶ斬撃や分裂するタイプの攻撃魔法などで攻撃してくるわけだが、俺は変わらず前線装具の援護を続けていく。

 セヴェーロはこれを撃ち落とせていないし、そっちに意識を向けたらどうなるか、よく分かっているはず。

 ちょうど雲を突き抜けたくらいだし、丁度いい。

 仕掛けてやる。


「へっ、来いよ!」


 空中で静止し、迫る魔法を全て撃ち落とした俺は、ありったけの魔力を全て解放してから、全速力で反転してセヴェーロに迫った。

 するとセヴェーロはそれを正面から受け止め、俺とセヴェーロは全力での鍔迫り合いに火花を散らす。

 そこで俺が前線装具を用いて攻撃しようとすると、セヴェーロは口をパカッと開けたかと思えば、光が集まり───


「ぶねえッ───ぐはっ!?」


 間一髪で回避したところで腹に蹴りを一発貰うが、いや、いい。

 手段を選ばないのは俺もそうだから気にしないでおくとして、体勢を立て直しつつ前線装具での牽制、その間に放たれたセヴェーロからの攻撃は瞬間移動でパパッと避けつつ飛び上がり、回避機動のために再び飛翔する───と見せかけたところで、俺は位置を合わせた瞬間移動によってセヴェーロの腹に蹴りをねじ込み、そのまま魔法を組み合わせた二段目の蹴りでセヴェーロを大きく吹き飛ばす。

 この蹴りの意図は、さっきとは逆。

 セヴェーロを今から、叩き落とす。


「・・・・・」


 俺はその場で待機しつつ、タイミングを見計らう。

 固有武器を収納して、拳に全ての魔力を集中。

 セヴェーロは必ず、吹っ飛ばされていながらも反撃をしてくる。

 だから、必要なのは読み。

 今の俺からは見えないし、見えなくなってきている。

 眼球への無理が祟ったものの、問題はない。

 タイミングは・・・


「今!」

「ふんッ!!!」


 瞬間移動、から更に瞬間移動した先で、思いっきりダブルスレッジハンマーをぶち込んでやると、ハッキリとした手応えがした。


「ぐっ・・・!」


 悲鳴、吹っ飛んでいく音。

 下の方向は、ニアが示してくれる。

 あとは全ての魔力を込めて、世界樹に向けて魔法をぶっぱなす。


「ヴォイド・・・イーターッ!!!」


 余裕が無いから不完全で色も魔力も不安定だが、前線装具があるお陰で出力は担保されている。

 だからあとは、ニアに任せればいい。

 俺は俺で、セヴェーロの不意をつく。


『制御は任せてください』

「頼んだ」


 とりあえず眼球だけを再生した俺は、ニアから魔力を最大容量の半分くらい受け取って瞬間移動。

 目指すはビームを受け止めているセヴェーロの真後ろ。

 魔力を充填し、魔法と共にぶん殴る。


「正気か・・・虚無───」


 微かな本音を無視してぶん殴り、背中に圧力魔法を押し付けた。

 すると、セヴェーロは声にならない言葉を漏らしながら、斜め上方向にぶっ飛んで行く。


「・・・ふう」


 息をつき、魔力を解放。

 それと同時に、セヴェーロが保っていたバリアが破壊されることでニアの制御のもと無力化された『虚無すら食らう悪食(ヴォイド・イーター)』が俺を包みつつ、ニアが合流。

 体感で言うと、使った魔力のうちの三割くらいが戻った。

 あとは色つきの粒子として、フェアリアに降り注ぐ。

 そこまで量は多くないが、見てくれる人がいれば嬉しい。


「虚無の・・・神子」

「決着を付けようぜ、セヴェーロ」


 名前を呼ばれたので、俺は敢えて煽る。

 すると、意外にセヴェーロは興が乗ったのか、静かに笑いながら右手を上に上げて、高らかに宣言し始めた。


「其方が望むのなら・・・全力で葬ろう・・・・・!」


 見上げた先に生まれた魔法は、俺が言えたことではないが、とても人ひとりが扱う量の魔力ではない。

 黄金なんて欠片もない漆黒の塊で、正しく瘴気ゆえの魔力なのだとわかった。

 そして、再確認できた。


「できるもんならな!」


 俺はそのために、ここに立っている。

 打ち破るために、ここまで進んできた。


「マガツノホシ・・・」

千変万化(せんぺんばんか)───」


 右手を掲げ、懐かしの瞬間を思い出して。

 目の前で繰り出される漆黒の星を睨む。


「消滅」

(スピア)


 短くそう唱え、俺は槍を逆手に持つ。

 状況と理性のままに呼び出した『固有武器』と、完璧に調整された『自己証明』により、俺の攻撃は失った左足に左右されない確固たるものとなる。

 そして、俺は槍をぎゅっと握りこみ、流れるような動作で、かつ力をめいっぱいに込めて───


「づあっ!」


 漆黒の星の更に先、セヴェーロを目掛けて投擲した。


「っふー・・・」


 もし、セヴェーロが単に逃げ切り、勝利することのみを望んでいたのであれば、俺はここで詰み───もしくは、自滅を覚悟でセヴェーロごと宇宙に飛び出すなりしなければならなかっただろう。


「はー・・・・・」


 呼吸を整え、自然体に。

 結論から言えば、俺の攻撃は成功した。

 セヴェーロを貫き、絶命させるまでに至ったのだろう。

 ・・・だからこそ、目の前の空間は変質し、色が抜けた。


「・・・王座か」


 呟き、視線を上に向ける。

 漆黒の星が消え、弾けたその先。

 今まではなかった階段と、上に佇む王座。

 そこに項垂れ、動かないセヴェーロ。


「行かないと・・・」


 精神世界だからか再生していた左脚を大きく踏み出しながら、俺は歩き出す。

 もういい、周りからは見られていない。

 一刻も早く終わらせなくてはならないと、俺は急いで足を進め、階段を上る。


「・・・・・」


 上った先、項垂れるセヴェーロの肩を揺らして起こそうと試みながら、俺は名前を呼んでみた。


「セヴェーロ・・・」


 すると、すぐにセヴェーロは気が付き、目を開ける。

 俺が立ち上がって一歩下がると、セヴェーロは未だにぎらぎらと輝く瞳で俺を捉え、口をもごもごと動かす。


「虚無の・・・神子・・・・・」


 ここまで来て、まだ俺を捉えてすらいるんだ。

 常人ならざる精神力だと言える。


「いや・・・・・グレイア・・・よ」


 名前を呼び直し、敵対していないという意志を示したようなセヴェーロに、俺は敢えて口を挟む。

 必要だとは思わないが、言わなければ後悔する気がしたから。


「・・・俺は何も聞かない。何も求めない。

 ただ、最後に聞きたいこと、言いたいことはあるか?」


 すると、セヴェーロは少し微笑んで、俯く。

 感情は読めない。


「優しいな・・・其方は」

「時間がないんだろう。賞賛は死んだ後にしろ」


 俺が急かすように言うと、セヴェーロはこちらを見て、ゆっくりと口を開いて喋り出す。


「・・・・・ひとつ、聞く」

「ああ」


 何かの質問。

 たぶん、俺が思い浮かべる問いと同じ。


「其方は・・・己を苛む運命を恨むか・・・・・?」

「否。でなければ俺はここに立っていない」


 それはあんたにも聞きたいことだったが、満足してくれるなら何も言わないし、旅立ちの邪魔をするつもりもない。


「ふ・・・はは・・・・・ははははっ・・・!」


 大きく笑い、涙を流すセヴェーロ。

 本当に、何を考えているのかが分からない。


「・・・グレイアよ、手を」


 言葉に従って右手を差し出すと、セヴェーロは両手で俺の右手を包み込み、何かを俺の右手の上に召喚した。

 なんだろうと思って見てみると、それは俺の固有武器の初期状態によく似た、深い漆黒の結晶。


「・・・・・鍵、だそうだ。

 渡しさえすれば、其方は理解するとも」


 説明され、なんとなく理解する。

 たぶん、握り潰せばいい。

 継承するための鍵だと言うのなら、力強く握り潰す。


「・・・決意に満ちた、良い瞳だ。

 やはり、セリアの血は、良い男を選ぶ・・・・・」


 瞳、見える景色。

 あんたは一体、どんな景色を見ていたんだ。


「嗚呼、グレイアよ」


 呼びかけられ、見つめた先。

 最後の最後まで鈍ることのない、煌めき。


「すまない。そして───」


 最後の最後まで打ち込んで、逃げずに前を見て。

 その結果で待ち受けた運命に、救いはあったのだろうか。


「心からの・・・感謝を・・・・・」


 消滅し、晴れゆく世界にて、俺は手のひらに残った結晶を見つめて決意する。

 決して忘れてはならないと、記憶に残しておかなければならないと。

 巨大な背中を、王としての権威を。

 忘却の権能を持つ、天使に成ったとしても。


「・・・・・」


 身体から吹き出す吹き出す漆黒の魔力と、フェアリアを取り巻く瘴気の奔流。

 まだ制御できない力が、見た目ばかりが天使に昇華した俺を包囲し、まるで品定めをするように荒々しく流れる。


「確かに受け取った。大伯父殿」


 俺は気持ちの整理を兼ねて決意を口にしつつ、右手を大きく掲げると───結晶を全力で握り込み、思いっきり握り潰した。

 粒子が散らばり、消えていく。

 それと同時に、俺の魔力の色がいつもの黒い銀色に戻っていき、背中に生えた二対の翼と、俺の神経が繋がる。


「・・・・・」


 荒ぶる魔力と未知の力に身体が悲鳴を上げているが、問題は無い。

 全て、消し去ってやればいい。

 そのための力を、そのための権能を手に入れた。


「結局、俺もあんたと同じか。先輩」


 忘却の天使。

 先輩が背負う想起と対になる力を、俺は背負う。

 その証左として、この場にいる全ての人々に誇示するように───ぐっと右手を掲げ、本能と記憶の赴くままに力を行使する。


「・・・でも、悪くない」


 俺を包囲し、フェアリアを取り巻く瘴気。

 それらは俺がたった今行使した権能によって『忘却』され、解き放たれたことによって無毒化された。

 人体に影響は及ぼさず、記憶はなくなり、ただの『魔力』として空中に溶けて循環するようになる。


「・・・・・そうだな」


 無秩序な破壊と、大量の喪失。

 転生者による諸々を、どうにかすること。


「あとは俺が、全てを終わらせる」


 受け継いで、また始まる。

 王ではないが、その伴侶として。

 世界を蝕む瘴気の根源を、捻り潰すのだ。




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