3-2:老獪
独り護った、その道の果てに。
「いつでも来るがいい」
黄金で薄刃の大剣を持ち、黄金の魔力を放出しながら。
彼は余裕たっぷりに、さながら理路整然と壁のように、今しがた戦闘態勢に入った男へ告げた。
刹那、彼の───セヴェーロの周囲が煌めく。
きらりと白銀色に、夜空に輝く星のように。
(無動作・・・!)
瞬間、十と少しの煌めきは大きく爆発を起こし、セヴェーロが放出する魔力の防護膜をゴリゴリと削る。
爆炎と爆音によって探知能力は綺麗に妨害されて、ちょうど後ろに転移してきた男の姿に───グレイアの刃に、寸前まで気がつくことはできなかった。
(しかし・・・ッ)
寸前で姿勢を落とし、振り返りながら振り抜いた刃に沿うようにギリギリで回避行動をされたセヴェーロは、間髪入れずに刃を返しての二連撃。
グレイアは受け止めきれないと悟ったのか回避に専念しつつ、ちょこまかと素早い太刀筋を打ち込み続けてくる。
それらの攻撃を大剣と篭手で受け流しながら、セヴェーロは分析しようと思考を回すが、しかし余裕がない。
(余りにも鋭い思考・・・寸分の狂いもない)
ただ無言、ひたすらに無言で、常に己を捉え続ける瞳。
その思考すらも不純物は一切ないのだと、セヴェーロは結論付けで刃を振るう。
(だが・・・あまりにも・・・・・)
ようやく爆発による視界不良がマシになってきたところで、グレイアは思考をすぐさま切り替えたかのように分身を何体も召喚し、不規則に戦力を押し当ててくるようになった。
稀に爆発魔法が混じった分身を攻撃しては、セヴェーロの魔力のリソースが徐々に削られていく。
(・・・隙を晒す訳にもいかんわけだ)
再度分身を切り刻みながら、セヴェーロは思考する。
先程から撹乱され続けており、本物であろう分身を捉えたとしても、違う。
仮にまとめて吹き飛ばそうとすれば、必ず隙は生まれる。
ゆえに、リスクとリターンが噛み合わない選択肢は不可。
(よく戦いよる)
そして、そんなふうに最初から全力の搦手を繰り出すグレイアによって翻弄される自分に、彼の意識がほんの少しだけ傾いた、その刹那。
「ぬうッ!」
迫る分身を切り刻んだ瞬間、彼の大剣に植物が絡みつく。
それらの植物は瞬時に腕へと到達し、考える暇もなく動きを制限、確実な拘束へと繋がる。
更に迫る分身、対処する暇は無いと刃を振るい、注意がほんの少しだけズレた瞬間───振り上げた大剣のその下、彼にとってちょうど死角になる位置に、グレイアが出現。
振りかぶった拳が、彼の脇腹に突き刺さった。
「ッ!!!」
(狙いはフェアリアからの離脱! しかし甘い!)
次の瞬間には圧力魔法によって大きく吹き飛ばされたセヴェーロだが、依然として思考の速さは負けていない。
瞬時にグレイアの狙いを悟った彼は、そのまま権能を行使してフェアリアの大地に根ざす全ての植物を活性化させる。
凄まじい勢いで吹き飛んだ先、ちょうど巨大樹の森の上あたりで、彼は急成長した木の幹に受け止められる形で減速。
体勢を立て直し、大剣を構えた瞬間、ふと違和感に感覚を凝らす。
(視界外への・・・正気か!?)
セヴェーロはこの瞬間、権能の解放によって魔力のリソースが無限に近くなりはしたが、依然として人である。
探知と強化を、同時に行うことはできない。
それ故に、困惑した。
人のなす技ではない、特異な技能。
仮想思考による、超精密な視界外への瞬間移動。
「ちいっ」
「ぬうっ!」
権能による樹木の操作は意味を成さず、この技能を自由に使えるグレイアに対して有効な手は二つのみ。
ひとつは魔力の探知妨害、もうひとつは瞬間移動の阻害。
グレイアの攻撃を大剣で受け止め、弾き返したところで、セヴェーロはふたつめの手に気がついたが───しかし遅い。
昨日の時点で「権能による樹木の操作」に魔力が絡まないことを知ってしまったグレイアにとって、現在のセヴェーロは搦手を使っている限りはカモでしかないのだ。
(妨害が間に合わぬとは・・・まさか、ここまでの!)
巨大樹の触手をすりぬけ、破壊し、魔法による攻撃は瞬間移動で即時退避。
直接斬りかかれば受け流され、多少斬撃がかすったところで決定打を与えることはできない。
鬱陶しいと妨害を試みれば、隙を断じるようにあらゆる方向から蹴りや突き、拳が迫る。
(ここまでの強者とは!!!)
瞬間、セヴェーロの瞳が鈍く輝く。
グレイアはそれを察知すると、真正面から剣を構え、フルパワーで振り下ろすが───軽々と受け止められた。
「ちいっ・・・」
(通じない・・・となると・・・・・!)
セヴェーロの異変に気がついたグレイアは、全力で振り下ろした刃を受け止められた事実を見て、瞬時に思考をスイッチ。
様子がおかしく、ひたすらに魔力を放出し続けるセヴェーロから距離を取り、刃を構えて待機。
「・・・・・」
そして一瞬、たった一瞬だけ黄金が煌めいた瞬間、ぴくりと身体が反応したグレイアが視界に捉えたのは───目前まで迫る、黄金に輝く刃の切っ先。
「ッ!」
咄嗟に瞬間移動した先でも背後に回られ、予め用意していた分身と位置を入れ替えることで対処。
しかしそれもコンマ数秒の余裕でしかないと判断したグレイアは、最初のように煌めく星々を、ただし前回とは全く違う意図の魔法をセヴェーロの周囲へと叩き込む。
「・・・ッ」
たった数手、しかし傾向は読めていた。
爆炎を抜けて神速で迫る刃に、グレイアは同じく刃を押し当てる。
「ぬう!」
「ぐっ!」
純粋なパワーが桁違いであるがゆえに身体は押されるが、しかし彼からすれば微かな問題であった。
何故ならば、そのために選択肢を絞らせたのだから。
この瞬間、この一瞬のために賭けたのだ。
(なんだ? 魔力が・・・上がって・・・・・)
火花を散らす刃の後ろで、爆発的に膨れ上がる黒銀の魔力。
次の瞬間、緩む刃。
消失する、グレイアの武器。
(ッ!?)
グレイアの意図を察したことで、慣性を殺しながら刃を背後に向かって振り抜き、後ろに回ったグレイアを両断しようとしたが───生憎と、それは罠。
本命はその焦燥、判断の誤爆。
さらに一手、グレイアが上回る。
「うがっ!?」
セヴェーロの腹に突き刺さったのはグレイアの長い長い脚。
間髪入れずに食らった二段目の蹴りによって、彼は再び大きく吹き飛ばされるが───今度は様子が違った。
(受け止められん・・・!)
なんと、今度は樹木によって受け止められないようにバリアが彼を包んでいたのだ。
それによってセヴェーロは受け止めようと成長させた樹木達をことごとく突き破って森の外まで吹き飛ばされ、体勢を立て直して大剣に乗ってブレーキをかける。
ここまでしてようやく止まったこの場所は、フェアリアの土地からはるか遠くの平原の上。
だだっ広い草原が広がる爽やかな場所で、セヴェーロはしてやられたと拳を握る。
(虚無の神子、やつの方が上手だったか。
しかし、リスクはあるだろう。
そうでなければ出し惜しみはしない)
大剣をしっかりと握り、距離をとって瞬間移動してきたグレイアと睨み合いながら、セヴェーロは魔力を滾らせる。
そこでふと、グレイアと視線が交差したところで、セヴェーロは己の推察が間違いではないと悟った。
隠しきれないのだ。
肉体にかかる負荷というものは。
(視界が赤く染まる。全身も痛いし、長くは持たない。
そのための手は打つが、タイミングが重要・・・)
赤く染まった瞳に、心臓が脈打つ度に痛む身体。
体温は際限なく上がり続け、魔力とともに熱気も吹き出す。
しかし、そんな異常を意図的に引き出してまで、グレイアは勝つ気でいるのだ。
一歩も引けないと、脚を踏み出しながら。
「・・・第二ラウンドだ」
「ふっ。ゆくぞ、虚無の神子よ」
二人して言葉を交わした刹那、地面が割れ、谷ができる。
刃がぶつかり合い、弾き飛ばされた力が地面に穴を開け、地面を大きく抉っていく。
そんな力のぶつかり合いの中、先に動いたのはグレイアだった。
刃をズラし、力の拮抗状態を崩しつつ刃をいなし、切り返してきた斬撃はしゃがみつつ、地面に展開したバリアを足場に大きく跳躍。
叩き落とそうと繰り出してきた斬撃をいなしつつ、瞬間移動で後ろに回ってきたセヴェーロの上段からの振り下ろしをこれまた瞬間移動で回避しつつ、がら空きになった顔面に蹴りを差し込もうとしたところでセヴェーロはそれを左手で受け止め、弾き飛ばしつつ飛ぶ斬撃でグレイアを攻撃。
二、三発ほど繰り出された飛ぶ斬撃は、瞬間移動で的をズラし続けるグレイアに当たることはなく、そのうち二発は明後日の方向へと飛んでいき、一発は地面に巨大な渓谷を作り出す。
(身体能力は互角・・・だがッ!)
回避の後に空中で様子を伺っていたグレイアに対して、セヴェーロはなんの回避起動も取らずに突進からの斬撃。
瞬間移動ののちに展開したバリアから二回ほど跳躍して重力による勢いをつけつつ振り下ろされた斬撃を、セヴェーロは刃を傾けることでいなしつつ、がら空きの脚を掴んでしまおうと手を伸ばしたところで魔力の棘に阻まれ、投げるのは叶わず。
背後にいる分身との位置の入れ替えに気がついたセヴェーロは、息を大きく吸い込むと、そのまま魔力を爆発的に増大。
まるで自爆するかの如く放たれた魔力の放出は、グレイアを一瞬だけ怯ませたことに留まらず───分身を消し飛ばし、グレイアに取捨選択の機会を迫る。
だが、余裕はない。
上段で構えた刃と、展開された妨害魔法。
時間的には片方しか対策できておらず、安全に切り抜けられる確率は二分の一、つまりは瞬間移動かギリギリ間に合う分身の生成からの位置移動か。
しかし、依然としてグレイアは冷静である。
(・・・これを切り抜けるか)
自らが切り裂いた分身に仕掛けられていた爆発魔法を振り払ったところで、セヴェーロはこの一瞬の間に攻撃が来なかったことに違和感を抱き、今度は攻撃を仕掛けずに動きを待った。
すると彼の読み通り、背後から凄まじいスピードで迫るグレイアの姿が。
(速い! だが、しかしッ!)
刃を振り抜く直前に仕掛けた瞬間移動も読み切り、背後に刃を振ることでグレイアの刃を受け止めた・・・のだが、しかしこれも罠。
本命はここで後ろに待機していたグレイア本体であり、突進と瞬間移動をこなしたのはただの分身。
それにセヴェーロが気がつくまで、ほんのコンマ数秒。
左手に魔力を纏い、振り払ったところで───グレイアは再び姿を消して、今度もセヴェーロの正面。
彼のがら空きの顔面に、フルパワーの刺突をねじ込む。
「・・・・・」
右手では分身の刃を受け止め、左手は空振り。
それによって隙が生まれ、顔面に刃を貫いた・・・はずだった。
しかし一歩、ひとつの可能性を見逃していたのだ。
セヴェーロ自身も、欺く手段を用意していたのだから。
他でもないグレイア自身が、いくつものブラフを用いてセヴェーロを欺いてきたように。
「が・・・ぐっ・・・・・」
腹に突き刺さった漆黒の刃に、グレイアは吐血した。
セヴェーロの腹に出現した穴から生えた、見覚えしかない刃。
自身への攻撃を物理的に利用するという、奇っ怪な一手。
そして、焦燥する。
動けない、たったそれだけの事実ゆえに。
(思考も・・・まさか出口に毒を───)
その思考をした刹那、グレイアの身体に走るのは雷撃。
左手で首を捕まれ、逃げられないようにとガッチリ固定されて。
「がっ!? ああああぁぁぁッ!?」
内側から破壊されるような、のたうち回る超強力な電撃に、グレイアは内蔵ごと焼き払われるような激痛に襲われる。
注入されたであろう毒によって思考が鈍り、意識を手放しそうになったところで響く電撃によって目が覚める、それの繰り返し。
たった十数秒の繰り返しで、グレイアの肉体は限界に達する。
「ああッ・・・かッ・・・・・」
力無く項垂れ、心臓は動きを止めて。
グレイアの命はこの瞬間、完全に事切れた。




