表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛され気質な逸般人の異世界奮闘記  作者: Mat0Yashi_81
三章:災禍を滅ぼす虚無の躍進
113/128

3-1:虚無の神子

なんのために前へ進む?




 



 きっかけは、ただの知識だった。

 日本人なら誰だって知ってるし、知ってなくちゃいけない知識。

 その知識が俺に囁いた、この地の文化を愚弄しかねない疑念と、背中を押すように発生した異変。

 俺は、ただの杞憂であることを望んだんだ。

 でも結局、俺を巻き込む運命は前じゃない方向を見せてくれない。

 何も知らせずに、俺を記憶する者として世界に刻む。


「・・・・・ちいっ」


 あの日、王は俺に誰かを重ねていたわけじゃなかった。

 それどころか、むしろ俺しか見ていなかったのだ。


「どうして・・・こんな」


 不平不満、下手したら文句なんて腐るほど湧いて出てくる。

 普通に考えて気づくわけが無いだろう、世界の構造上どうしようもない瘴気という名の膿を、死者を弔うための「当たり前」として排出し続けるだなんて。

 触れたら危ないわけだ、当たり前だそんなの。

 あの黒い花は、それ自体が記憶なんだ。

 この世界で捨てられた情報が、雑多で秩序のない情報が、魔力という媒介手段を用いて記憶に溶ける。

 秩序ある僅かな情報ですら、記憶にねじ込まれれば苦痛なのだ。

 量が不安定で秩序のない情報など、体調を崩すに決まっている。


「つまり、大伯父様は」

「・・・押さえ込んでいたんだ。その身ひとつで」


 一体どれだけの時間、どれだけの年月、彼はそうして瘴気を押さえ込んでいたんだ。

 どんな物質でも、過剰に摂取すれば毒となる。

 それは、エルフだって例外じゃないはずだろう。

 そのうえ、魔力とは超常現象の媒介であるのと同時に、変質させずとも人体の機能を一時的に阻害できるほどの力を持つ。

 筆舌に尽くし難い苦痛のはずだ。

 病気だとか放射能だとか、そんな生易しいものじゃない・・・!


「・・・・・」


 冷や汗がだらだらと出てくる。

 次が読めない。

 彼は己の死期を悟ったとして、何をしてくるんだ?

 俺だったら何をするかなんて、そんなの分かるわけない。

 推測できるほどの知識と経験なんて持ち合わせていない。

 持ち合わせていてたまるか。


「・・・くそったれ」


 俺はどうして朝っぱらからこんなことを考えなくちゃいけない?

 タイムリミットはすぐそこにあるかもしれないのに。


『っ!? マスター!』

「なんだ───」


 ニアの叫び声、そこから間髪入れずに、地面が大きく揺れる。

 今回は昨日の揺れの比ではない。

 家具は倒れて窓も割れ、あらゆるものが破壊と飛散を経て床に散らばっていく。

 素の身体能力では立ってすらいられないはず・・・!


「始まった・・・」


 これで可能性は極大へと変化した。

 タイムリミットは目の前まで迫っているのだ。

 しかし、俺はどうすればいい?

 揺れが比ではない程度なのだとすれば、穴がひとつ空く程度の災害じゃ済まないし、街の建物だって倒壊する。

 ここは日本じゃない。

 体感で六はあった震度に、この世界の建物が耐えられるとは到底思えないのだ。

 だとすれば、優先すべきは救助。

 だが、魔物もセヴェーロも、優先すべきことで───


「・・・知る、こと」

「っ?」


 突然、ティアが突拍子もないことを口にした。

 俺の思考が止まり、視線が交差する。


「大伯父様の思考にあった・・・引き出すこと・・・・・」


 はっとしたようなティアの物言いに、俺は想起する。

 そうだ、あの時の王は試すような物言いをして、俺の何らかの要素に驚愕したんだ。

 あの言葉の意図がなんであれ、対象は俺だった。


「・・・・・悪い、テンパった」


 頬を叩き、頭を冷やす。

 難しく考えるな、俺はどうして前へ進む?

 記憶にねじ込まれた未来にあった黄金は、ひとつだけ。

 ならば、俺がやるべき事はとっくに決まっていた。


「ティア、悪いが今回は俺とニアだけだ」

「えっ?」


 人柱、神にとっての駒。

 俺が乗り越えるべき、用意された壁。

 全てを持って、敗北すら利用する覚悟で打ち砕く。


「グリムと合流し、伝えてくれ。

 セヴェーロは俺達にとっての、敵対者だと」


 ティアの引き締まった表情、ニアの緊張した息づかい。

 そうだ、見えた未来を思い出せ。

 前を見て、進め。

 足は、動く。






 ───── 三節:忘却へ昇る記憶と意思に






 フェアリアの中心、王宮と世界樹が正面に聳える大通りの上を、俺はゆっくりと歩いて進む。

 戦いに行く者、逃げる者、全てのフェアリアの人達の頭上を抜けるように、自らの余裕を誇示するように。

 歩く度に響く水のような音は、混乱の喧騒にかき消される。

 だが、これでいい。

 数人でもいい。

 俺を見るんだ。

 見て、焼き付けろ。

 黒い銀の、魔力の色を。


『正気ですか、マスター・・・』


 出立の直前に作戦を教えてから、ニアはずっとこの調子。

 彼女にとっては異質で、避けるべき作戦をさせまいと───説得を試みる姿はらしくないと言うべきか。

 でも、俺にとっては最も明るい道なんだ。

 下り坂で罠もない、可能性が最も高い道。


「断っておくが、俺は決して超人じゃない。

 最強ってわけでもない、ただの人間だ」


 説得への返答と、自分の中での情報の整理。

 もしかしたら、この戦いを経て「人間じゃない存在」になるかもしれないが、どちらにせよ今の俺は挑む側だ。


「・・・そのための力なんだよ。

 最後の秘薬(ラスト・エリクサー)は、ここで使う」


 出し惜しみしてきたモノを、俺が最も重要視して隠してきた自己証明の情報を、ここで解放する。

 今までと同じように、不死の力を第三者から観測されることはないかもしれない。

 だが、使うという事実。

 縛っていた情報の鍵を外すタイミング。


「お前はただ、悟られるな。

 それが勝利に繋がる鍵だから」


 殺されるという事実があって初めて、勝ちの目が見える。

 失敗なんてしない。

 成功するしか道はない。


『・・・承知しました』


 ニアの震えた声、不甲斐ないという感情が滲み出る声色。

 お前がどれだけ俺に気を使っているかは知っているが、それも今だけは、この戦いの時だけは無視してくれと願う。

 作戦の要であるお前が揺らいでしまっては共倒れだ。

 死にはしないだろうが、世界は大変なことになる。

 想定なんてしたくないほどに。


「それでいい」


 王宮に辿り着き、地面に降り立つ。

 呼吸を整え、大扉に両手を押し当て、ゆっくりと押し開く。


「・・・・・」


 重厚な音を響かせて開いた扉の先にあるのは、どちらかと言えば宮殿というより大聖堂という印象を抱く、天井までは五十メートル近くはありそうな大規模すぎる廊下。

 中央部分の天井はドーム状で、その部分の天井の高さは恐らく三桁メートル。

 その更に奥に見える階段と、上った先にある扉。

 あれが王座の間だ。


「・・・・・」


 緊急時だと言うのに警備のひとつも無く、使用人は一定の距離を置いて規則正しく整列し、恭しく頭を垂れて動かない。


「・・・・・」


 何人の使用人を通り過ぎたか、進んだ距離はわからないくらいに歩いたところで、ようやく階段にたどり着く。

 上を向き、一歩ずつ階段を上り、扉の前に立つ。


「・・・ふう」


 呼吸を整え、扉を押す。

 今度は非常に軽く、音も控えめだったが───その理由はすぐに理解できた。


『っ・・・!』


 ニアの息づかいとともに、上を向く。

 数歩踏み出し、ガコンと閉じた扉の音を、退路が絶たれた瞬間を噛み締め、いつもの短剣を虚空から抜き出した。


「・・・・・」


 空は黒く淀み、風が大きく吹き荒れる。

 ここは恐らく世界樹の上、戦うためだけの場所。

 そんなところに王座の間への扉を繋げた理由は、一つだけだ。


「───来たな」


 セヴェーロの口が動き、右手が開く。

 金色の魔力が迸り、暴風を打ち消して重力を重くする。


「虚無の神子よ」


 言葉と共に出現した、黄金の大剣。

 薄く細い、実用性に全てをかけたような刃。

 それが彼の、精神性の具現。


「・・・」


 しっかりと見て、打ち破れ。

 あの敵を、打ち倒すべき障害を。

 聳え立つ壁を、乗り越えるべき者を。


「いつでも来るがいい」


 必ず勝つ。

 この命すらも利用して。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ