2-1:騎士団長
鎧を着るか、仮面を被るか。
それとも、僅かな希望に欲をかくか?
───ひとつ、言いたいことがある。
今、現在進行形で俺の顔を覗き込み、きらきらとした目で俺の顔をじっと見つめ続ける、ほわほわとした雰囲気と話し方の女性。
彼女の名前はキクと言い、ナギの仲間であるそう。
そして現状、俺の立場から見た彼女はまさしくショタコン───避けようのない、変態だ。
正直な話、普段は他人の性癖なんぞ知ったこっちゃないと思っているのだが、今はまるっきり状況が違う。
「あ〜、かわいい〜・・・」
恍惚とした声とともに、俺はキクさんの胸の中に抱き込まれる。
恐らくは俺の事をガッツリ気に入ってしまったようで、それはもう激しいスキンシップをされるのだ。
・・・まあ、それ自体は構わない。
女性に抱きつかれて悪い気はしないし、むしろ、本来なら高校生男子であるはずの俺からすれば、かなり嬉しいまである。
だがしかし───かなり痛いわけだ。
鎧の出っ張ってる部分が体にくい込んで、それはもう痛い。
さっきは怖いと思考したが、今はもう既に痛いという感覚が勝っている。
自己証明のハジメテをこんなくだらないところで使いたくないし、魔法で抜けようにも痛みで集中できない。
ああもう、くそったれめ・・・
「グレイア、大丈夫?」
「・・・たぶん」
ティアが助け舟を出してくれたものの、つい曖昧な表現で濁してしまう。
正面から拒否する訳にもいかないし、かといって変態を宥めるような語彙は持ち合わせていない。
・・・はてさて、いつまで続くか恐ろしいことだ。
───── 二節:虚無は黒く銀に輝き
まあ、大方は俺の予想した通りのことだった。
俺の・・・というより、この体の容姿がどちゃくそに好みらしく、なんならもう性的に抱き潰してしまいたいと。
・・・なんというか、もう物理的には抱き潰されかけたのだが。
それは言わない方がいいか。
「・・・・・」
まあ、彼女がそんなことを言うものだから、ナギが仕事を放ってすっ飛んできたものの───まったく、酷いなこれは。
仲間だと言うのだから、少なくとも制御はできているのだと思っていた俺が馬鹿だった。
この人はアレだ、制御できないタイプの変態だ。
「───ってことだから。
グレイア、君さえ気にしなければ監視は変えないけど・・・どう?」
「・・・スキンシップ自体は気にしないから、とにかく鎧を脱いでほしい。
肉にめり込むんだよハグされると」
十分くらいの間、ずっと脇腹と首のあたりと背中に金属がくい込んでいて、それはもうハチャメチャに痛かった。
ティアの助け舟に乗らなかった俺の落ち度ではあるが、それはそれとして気づけよと思ってしまう。
そのため、俺は普通に険しい表情でナギの提案に言葉を返した。
すると、ナギはほっと胸を撫で下ろす。
「だってさ。よかったね、彼が寛容なタイプで」
「嫌われたかと思った〜・・・」
寛容───か。
そう評されたところ申し訳ないが、下世話な話をするのであれば、俺は自分の欲望に従う限りは彼女を拒否する理由がない。
俺だって、頭の中はまだ一端の男子高校生だ。
ちょっとくらいムフフとはなる。
「まあ、いいや〜。
ナギくんからのお叱りも受けたことだし、本題に入ろうかな〜」
俺の要求通り、鎧をカチャカチャと脱ぎ捨てながら、キクさんは特徴的な口調のまま話し始めた。
そこで脱ぐのかというツッコミは飲み込み、彼女の言葉に意識を向ける。
「私がナギくんから引き受けた仕事は主にふたつあるの〜。
ひとつは、議会のおじいちゃんから引き受けた仕事で、きみ達の監視だね〜」
そういえば、ナギはこの前も議会がどうのこうのという話をしていたな。
議会は政治に強く絡んでいるみたいだし、この国の政治体制は議会王政だったりするのだろうか?
「ふたつめは・・・そうだね〜。
簡単に言えば、きみ達の戦闘能力を測ったりすることかな〜」
それでここに案内したと。
昨日も使った、アリーナみたいな場所に。
「戦闘能力を測るのには魔力駆動のダミー人形を使うんだけど、まあ、それが強いんだよねぇ〜」
「───補足を入れるなら、うちの一般の兵士で十人分くらい」
「はい?」
勘弁してほしい。
そんな聞くだけで強いであろう代物を、喧嘩すら数える程しかしたことのない、フィジカルよわよわ人間に使う必要がどこにあるんだ。
失礼だが、まじで何も考えてないんじゃないかこの人ら。
「申し訳ないね。
ほんとは僕かキクがレッスンをするつもりだったんだけど、余計な心配をしてる議会がそれを許さなくて」
だとしてもだ。
いくら最初に人を殺したとはいえ、あの時をどうやって乗り切ったかと言えば、この体の元の人格が遺したであろう記憶と、その場の雰囲気を頼りにしたノリだった。
ちょっとどころか、かなり過大評価でキツい。
「・・・だから、代わりと言ってはなんだけど〜。
グレイアくんがピンチになったら、すぐに助けに入ってあげる〜」
「一応・・・と言っては怒られるかもしれないけど、僕らは戦闘のプロフェッショナルだ。
そのあたりは安心してくれていい」
それなら・・・いいのか?
たぶん初見の死にゲーよろしく、二桁じゃくだらないくらいは助けに入ってもらわなきゃならないと思うのだが───まあ、もとは一般人だと言う事実を知っているのなら、その辺は許容範囲なのだろう。
「・・・マスター。ひとつ提案が」
ふたりが言葉に区切りをつけると、今度はニアが俺に話しかけてきた。
俺は体を少しニアの方に向け、その内容に耳を傾ける。
「今回の戦闘にあたっては、私の創造主───もとい虚無の神が用意した基礎戦闘資料のインプット及び、私の自己証明による脳内からのサポートを受けることを推奨します」
色々と難しいことを言われたが、要するに知識としての体の動かし方をマッスルメモリーにねじ込んでくれる、ということだろう。
実際はニアの言うことを実行してみないとわからないものの、あの神様がわざわざ用意してくれているものが、そうそう微妙な代物であるわけがないと思う。
少なくとも、期待はしていいはず。
「・・・・・」
しかし、心配事はある。
戦闘能力を測ろうと言うのに、俺がここでパワーアップをしてしまえば、何か不都合が発生してしまうのではないかと。
「・・・気にしなくても、僕らはここで待ってるから。
強くなれるんなら良いんじゃない?」
そんなことを思いながら、俺がちらりとナギの方に目線を向けると、彼は微笑みながらそう言った。
ならば、構う必要は無いのだと判断し───再びニアの方に視線を向ける。
「マスター、手を」
向けた視線を同意と見なしたのか、ニアは両手を俺の目の前に差し出してきた。
何も言われないので、握ればいいのか、置けばいいのかがわからないが───まあ、わざわざ聞くのも何か違う気がするので、俺は左手を彼女の手のひらの上にそっと置く。
そうすると、彼女は俺の左手を両手でぎゅっと握り、目を瞑って何かよくわからない力を込めはじめた。
「では、まずは基礎戦闘資料から」
すると、なんだか不思議な感触がした。
頭の中に何かを流し込まれているような、はたまた、強引に詰め込まれているような。
恐らくはその資料とやらを、俺の脳みそに直でねじ込んでいるのだろうと分かる。
「・・・・・ふーっ」
どうして触れる場所が手なんだろうという疑問はさておき、ニアが目を開けたので、資料とやらを俺の頭の中にぶち込む作業は終わったのだと思われる。
「ではマスター、次を」
間髪入れずに次をやるらしい。
ため息のように息を吐いていたし、何か負担がかかっていそうな雰囲気だが・・・大丈夫なのだろうか。
「すぐに済みますので、そのまま動かないでいてくださいね」
「・・・わかった」
すると次の瞬間、ニアの体からぶわっと何かが放出されたかと思うと、放出された何かは俺の体に入り込んできた。
驚いたのと眩しかったのが合わさって、咄嗟に目をつぶってしまったが───ニア自身はどうなっているのだろうと気になった俺は、恐る恐る目を開ける。
「・・・?」
しかし、そこに彼女は居ない。
ということは、まさか。
『マスター、私は脳内からのサポートだと言ったはずですが』
これは・・・すごいな。
少し前に彼女が使ったような通信魔法(?)とはまた違う、頭の内側から音が鳴っている感覚。
これでASMRまがいのことをされたら、独特の感覚すぎて凄いことになりそうだ。
『・・・ともかくです。
これからの私は、必要があればこうしてマスターの脳内からサポートをしていきます』
「なるほど」
『一応聞いておきますが、何か不快感などは?』
「ない。問題なし」
『把握しました』
どうやら、これで終わりらしい。
あとは自分の力でやれ、ということだろう。
残念ながら、神様が親切すぎて達人レベルの実力を授けてくれた・・・なんてことはない。
「終わった?」
「・・・そうらしい」
「それじゃあその・・・資料? ってのは、どんな感じなの?」
「・・・わからん。強くなった気はしない」
「・・・・・まあ、これはあくまで僕の感想だけどさ。
君に軽々しくチート能力を授けないあたり、君の担当は暗に「楽しめ」って伝えたいみたいだね」
「そうだといいが」
神なんてものは往々にして裏が見えない存在だ。
色々と考えるだけ無駄である。
「それじゃあ、もう始めてもいいってこと?」
「もちろん」
俺はそう答えながら、屈伸運動を初めとした、いつぶりかの準備運動をやりはじめた。
今から行うのは、とんでもなく久しぶりの運動なのだ。
この後に影響するかはさておき、準備運動なんてものは、やっておくに越したことはない。
「それじゃあ、あそこに居る人形が見える?」
「見える」
「そこそこの衝撃を与えると起動して、急所に攻撃を与えると落ちるから」
「わかった」
好きな位置で起動しろ、ということか。
石でも投げればいい感じの場所で起動できるが、相手が物とはいえ、石を投げるのははばかられると───いや、よく考えれば、これから傷つける物に対して遠慮もクソもないな。
普通に石を投げて起動することにしよう。
ちゃんと当たるかはさておき、楽だし。
「それじゃ、頑張って」
「頑張って〜!」
一通り話した後、ふたりはどこかへ歩いていった。
恐らく、上の観客席みたいな所に行くのだろう。
「グレイア、あまり無理しちゃ駄目だから」
「心配してくれてありがと。でも、大丈夫」
ティアが心配してくれている。
だが、俺は今すごくテンションが上がっていて、まったくそれどころではない。
怪我をするかもしれないだとか、そんな些細なことを考えてる場合じゃないと、俺の心は判断している。
長い目で見るより、今この場の快楽を、楽しみを求めて。
「・・・ふう」
必死にニヤけ面を抑えているものの、それももう限界だ。
物騒なことというのは、こんなにも好奇心を刺激するものなのかと思い───まるで初めて戦闘モノの作品に触れた時のような、そんな感覚がしている。
久しぶりの遊びだ。
楽しまなくては。
「いけるか、ニア」
『準備はできてます』
ニアも準備万端らしい。
何をサポートしてくれるかはわからなが、できる限りは自力でやりたいな。
「・・・よし。始めよう」
俺はそう呟き、足元にあった石を持つ。
いくつかの魔法を準備し、左手を胸に添えた時───ニアが戦闘開始を判断したのか、俺の脳内でアナウンスをした。
『───状況把握。戦闘の補助を開始します』