2-6:お墓参り
覗き見る二人。
愛し合う二人。
ティアちゃんが部屋に入ってから一時間。
私とグリムは、ティアちゃんが提示した「介入しない」という条件のもと、二人の行く末を見守っていた。
「寝た・・・っすね」
「泣き疲れましたか。マスターは?」
「気づいてないっぽいですし、そのまま寝ちゃってるっすね。
流石のアニキでも、そこまでの余裕は無かったんじゃないっすか」
グリムからの報告を受けて、私はようやく息がつけた。
額を指でなぞると、指は汗で濡れる。
ずっと胸の中で二人の行く末を考えて───最近はとくにそれが顕著で、激しい不安の感情すら自覚している。
このような感覚がしたのは、当事者ではないというのに息が詰まるような感覚がしたのは、マスターが私を「人口生命体」ではなく「人間」として扱ってくれたことによる成長だ。
でなければ、私は介入しないという選択肢を取らなかった。
「・・・ニアさん」
「はい」
グリムがこちらに目を向け、怪訝な表情を浮かべている。
疑われている、というわけではない。
私の眼は、彼女が「疑問」の感情を抱いていると言っている。
「本当によかったんすか。二人をあのままにして」
「はい。今は問題だらけですが、そのうち気が付きます」
そう、今の二人には問題しかない。
かたや身内のこととなると視野が極端に狭くなり、かたや人格形成に問題が生じて自己を見失いかけている。
だけど、二人はまだ、ずっと成長する余地しかない。
二人はまだ、若い。
「私は創造主より、二人の仲を取り持つようにと言われていますが───それは何も、干渉をするばかりでは成り立ちません」
私は簡潔に続きを述べた。
当初の私ではたどり着けないであろう答えを。
「・・・つまり、どういうことっすか?」
私の言葉に、グリムの瞳が揺れる。
マスター曰く、興味が引かれたサインだそうだ。
「見守るという時間も大切だということです。
とくに二人は、元より優秀ですから」
多少の色眼鏡はあるかもしれないし、長期的に見て合理的な選択ですらないのかもしれない。
だが、私は「イエスマン」であることを求められたことは一度もなかった。
マスターは私に、確固たる「仲間」であることを求めている。
であれば私は、己を「命令に従順な機械」であると勝手に割り当ててしまうことは許されない。
「そんな二人に対して、私が過干渉をしたとしましょう。
そうなると、二人は私が思う幸せや日常を過ごすことになる」
「何か・・・問題でもあるんすか?」
わからないが、わからないなりに理解しようと試みる。
これが、マスターからグリムに対する好感度が異様に高い理由なのだろうと、私は思う。
「見失った日常を私が導いてしまえば、それはもう、真の幸せや日常であるとは言えませんので」
マスターに直接言うことはないものの、私はあえて、声を大にして言いたいとすら思う。
そこに立つべきは、後ろに立って支えるべき存在は、決してあなたではないのだと。
「・・・・・色々、考えてるんすね」
「はい。それはもう色々と考えていますよ」
私達こそ、その「後ろ」に立つに相応しい。
あなたはティアちゃんの、ティアちゃんはあなたの、生命線に等しい存在なのだからと。
▽ ▽ ▽
ふっと意識が浮上する。
目覚めのトリガーは身体に伝わった振動か、もしくは気付かぬうちにラインを超えた音によるものか。
重力に強く引っ張られるような感覚に身体をよじりながら、俺はゆっくりと瞼を開いた。
「・・・ティア?」
目の前にある顔を見て、声が漏れる。
視界が明瞭になっていくうち、自分が何をされているのか、自分がどうして起きたのかを自覚した。
対するティアは、俺に覆い被さっていた状態から身体を起こして馬乗りになり、やわらかい笑顔をこちらに向ける。
「おはよう、グレイア」
「うん・・・」
そんな彼女の光に当てられて、俺は腕で両目を覆う。
昨日の夜の有様と比べてしまうせいか、感情的になってしまって、とても目があてられない。
「・・・どうしたの?」
俺の体を揺すり、心配そうに声をかけてくる。
だけど、呼吸は整わない。
震えて、揺れる。
「グレイア?」
もう一度呼びかけられて、ようやく頭が冴えた。
まともな言葉を吐き出せる気がして、口を開く。
「・・・・・安心したんだよ。大丈夫そうだから」
そこまで言って、俺が腕を視界から退けて頭の上にやると、ティアはずいっと俺に近づき、また覆い被さるような体制になった。
やたらと気分が上がっているように見えるせいか、やわらかい笑顔が徐々にいじわるな笑顔に変わっていっている気がする。
「きみのお陰でね。ありがとう」
「・・・いいや、俺も必死だった。
ちゃんと見てさえいれば避けられたことだし───」
そうやって褒められて、何も考えず、距離を取ろうとして。
ふと「まずい」と思った瞬間、俺は唇を奪われた。
「っ・・・!」
起き抜けなせいで変な味がする、時間が長くて貪るような行為。
変に呼吸を整えようとしたせいで半分くらい窒息しかけたところで、俺はようやく解放された。
「ぷはっ・・・お前・・・・・このやろ・・・」
「ばか。そういう所だけは変わらない」
いつの間にか拘束されていた頭上の両手から右手だけを振り払い、口を拭ってティアを睨む。
睨むが・・・実際、俺が悪いと言われれば否定はしない。
だけど、まだ歯も磨いていないのにキスはやめてほしかった。
「・・・・・散々、言われてたハズなんだけどな」
突飛な行為が差し込まれたせいで締まらないが、いや、まあ。
真っ直ぐに目を向けないという意味で言うなら、それは前世から口酸っぱく言われていたことなのだから、俺はしっかりと反省しなければならない。
ことある事に「長男は現実から目を背ける」のだと忠告され続けてきて、まさかこんなところで実感するとは思わなかったが───本当に、もう、反芻して気をつけなければ。
「私、きみの両親と話をしてみたいって思っちゃう」
なんて考えていたら、ティアは呑気に俺の思考を見て、かなりやめてほしい望みを口にした。
「・・・きっと、ワレモノを扱うみたいに接待されるぞ」
身分がどうこうとかではなく、俺の両親はティアに対して、借りてきた猫の逆というか、本当に「ワレモノを扱うみたい」な対応をしかねない。
わりと恥ずかしいので勘弁してもらいたいし、それを言うなら、という話だ。
「それに俺だって、可能ならお前の両親と話をしたい。
孫を見る祖母の視点じゃなくて、娘を見る親としての視点から、お前の過去を知りたいと」
俺の方は前世でまだ生きているが、こちらは既に亡くなっている。
ティアの昔話を聞くことが出来たとしても、それは祖母からの視点からという、親という視点とはまた違う位置からのものだ。
祖父母からの視点というのは、両親からの視点以上に修飾が混ざってしまうもの。
「・・・どちらにせよ、叶わぬ願いだと分かってはいるが」
一切合切聞けないティアからしてみれば、俺の願いは贅沢なものではあるが、願うならそうだろう。
知りたい欲は決して尽きない。
「ねえ」
「ん?」
ふと、ティアが唐突に脱力しながら、俺に声をかける。
彼女の体重のすべてが被さったことで、少し苦しい。
「二人でさ、お墓参りに行こう」
「・・・二人で?」
お墓参り、は確かに行っていないし、そもそもこの世界にお墓参りという概念があることを知らなかった。
「話したいこともあるから。
今のきみなら、受け止めてくれると思って」
つらつらと言うが、顔は見せない。
だけど、声は震えていないし、身体にも震えはない。
「・・・・・どうかな」
「行く。断るもんか」
返事に迷う必要はなかった。
その提案に乗らないという選択肢は、俺にはない。
「・・・ありがとう」
強く抱きしめられる。
俺はそれを、ただ受け入れていた。
〇 〇 〇
それから一時間と少し経ったくらい。
現在、俺達はベイセル邸から少し離れた墓地にいる。
隣にはティアが立っていて、彼女の手には黒い花の束がひとつ。
「・・・帰ってきたよ、父様、母様。それと、お爺様」
若干ハブられているように聞こえたのは気のせいか、ティアは亡くなった人達に呼びかけながら、黒い花を一本ずつ墓前に置いていった。
俺はそれをただ、手を合わせて見ている。
何もすることがないし、作法も分からない。
だからまあ、祈っておけば万事解決な気がして。
「・・・・・そっちの風習?」
「ん、ああ」
目を瞑ったまま手を合わせていると、ティアが声をかけてきた。
どうやら、花は添え終わったらしい。
「郷に入っては郷に従え、なんて言葉もあるんだけどな。
でも俺はその郷のルールを知らないもんで」
「・・・そっか。それも説明しなきゃ」
俺が手を解くと、ティアは花を包んでいた袋をピッと伸ばし、結んでコンパクトにしながら、説明を始めた。
「この国だと、死者の魂は魔力に帰るって言われてる。
だからこのお花・・・素手で触るのはあんまり良くないんだけど、これをお墓にそえる。
そうすると花の魔力が尽きて大気に溶けることで、死者はその魔力を通じて言葉を受け取ることができるって」
ティアはお墓をじっと見つめながら、つらつらと説明をする。
その説明を聞いて、好きな考え方だ、なんて思っていると、俺はひとつ気になった。
「じゃあ、お前は何か言葉を?」
「うん、ただいまって言った。それだけだけど」
俺と似たようなことを言葉にしているようで、なんだか安心したような気持ちを抱く。
まあ、そんな大層なことは伝えられないよなと。
せいぜい挨拶くらいが限界だ。
「・・・きみの前世では、どんな?」
思考を見たのか、単に気になっただけなのか。
ティアは好奇心を隠さずに、俺に質問を投げかけてくる。
「お線香って言ってな、確か亡くなった人のご飯がお線香を燃やした時に出る煙なんだって言われた気がする。
でもソレは四十九日だけだったような気がするし、仏壇には普通に白飯もお供えしてたから、正直な話よくわからない。
ただ、お線香をあげて手を合わせる時はなんか、頭の中で伝えたいことを浮かべてるのは当たり前だった」
色々と説明するが、まあ内容が正解かはわからない。
四十九日を過ぎたあとのお線香は食事じゃなかった気もするし、ということは神社の鐘みたいな仕事だったりするのかな、なんて思いつつも振り返ってみる。
しかしあまりにも雰囲気で死者に・・・というか俺もそうじゃん。
向こう側だと俺の位碑、仏壇に置かれてるくないか。
煙食うのか俺は。
「仏壇?」
「向こう側への窓口みたいな。合ってんのかなこの例え」
「・・・そんなのがあるの」
「考えた人は頭いいよなって思ってる」
いやまあ、死んでるからそうか。
転生だもんな、俺って。
「じゃあ、さ」
そんなこんなで頭の悪いことを考えていたら、ティアが俺うでを優しく掴み、声をかけてきた。
いつまでも気楽な話はできないと、俺は口を噤む。
「今の空気、そんなに重くないし」
「ああ」
震え、揺れる。
仕方の無いことだが、抑えきれないようだ。
「私の過去を・・・話すから」
手をぎゅっと掴み、彼女は言う。
二人きり、墓地の真ん中で。