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愛され気質な逸般人の異世界奮闘記  作者: Mat0Yashi_81
三章:災禍を滅ぼす虚無の躍進
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閑話:抑圧ゆえに

 ぐるぐると廻る思考。




 



 ベイセル邸、グレイアの寝室にて。

 彼はたった一人、ベッドに腰掛けて本を読む。

 今日は昨日と違い、彼の隣から可愛らしい寝息が聞こえることはなく、寝室にはただ、かすかな呼吸と紙の擦れる音のみが響く。


「・・・・・」


 集中し、雑念はなく、ただひとり。

 ひたすらに心地よい空間の中で、彼はただ黙して本を読み続ける。

 そんな時間が暫く続き、月がひときわ輝く頃。

 ひとつの足音が、彼の部屋の前で止まった。


「・・・ん」


 三度のノック、覚えのない訪問。

 しかし、それ故に彼は理解した。


「いいよ、入って」


 本をぱたりと閉じ、何も聞かずに扉へ声をかける。

 僅かな逡巡の後、扉はゆっくりと開いた。


「・・・・・ありがとう」


 控えめに、可愛らしく礼を言いながら入ってきたのはティア。

 珍しく猫の耳がぺたりと伏せ、エルフの耳と平行になっている。

 傍から見れば妙な絵面ではあるが、彼が見ていたのは、彼女の耳や所作ではなかった。

 本を収納するためにと虚空に突っ込んだ右手を抜き、両手を膝に置いた彼は、その勘ゆえか、理由は定かではないが───彼女に何も言うことはしないまま、身体を大きく、成長した姿へと変化させる。


「・・・ほら」


 そのままベッドに上がって座り込み、足を伸ばして太腿をぺちぺちと叩いた。


「・・・・・」


 しかし、ティアは動かない。

 もじもじと躊躇うばかりで、彼と目を合わせることすらしない。


「いつの間にシャイになったよ」


 肩をすくめながら、グレイアは控えめに問いかける。

 するとティアは俯き、小さく呟く。


「・・・違う」

「じゃあ何さ」


 間髪入れずに質問する彼の勢いに押されてか、彼女はその場で黙してもじもじと言葉を絞り出そうとした。

 しかし言葉が見つからないのか、暫くすると顔を上げたのだが───ついさっきまで物憂げだった目元は一転、瞳は揺れ、潤み、今にも泣き出してしまいそうになっている。


「・・・・・あら」


 これには彼も声を漏らし、ずりずりと移動してベッドから降りると、そのまま歩いていって彼女を抱きしめた。

 身長差ゆえに収まった胸の中で、彼女は静かに涙を流す。

 何を言えばいいのか、どうして躊躇っているのか、彼女は自分自身でさえそれを理解できていない。

 相談しなければと思い立ち、ニアに背中を押してもらったところで、彼の前に来た時点で思考にはモヤがかかる。


「・・・悪い。少し、落ち着いてから話すべきだった」


 彼の言葉に返事をすることさえできない。

 涙でぐしょぐしょに濡らした彼の胸に、涙でぐしょぐしょの顔を押し付ける。

 癇癪を起こし、口を聞かない子供のように。

 彼女はただ、何も分からず涙を流す。


「・・・・・」


 しかし幸いなことは、彼がそれを受け入れたという事実。

 今までは受け身のまま寄りかかることが多く、今の彼女のように涙を流すことさえあった彼が───本当は「包み込む側」の人間であっただなんて、彼女が想定できるはずもない。

 そのための身長だと言わんばかりに、彼は優しく、優しく彼女の頭を撫でる。


「なあ、ティア」


 しかし、受け止めているままでは話は進まない。

 特別な何かが見えるわけでも、心の中が聞こえる訳でもない。

 それゆえに、僅かな躊躇いが混ざりながらも、グレイアは言葉を組み立てて、どうにかティアから言葉を引き出そうと試みる。


「・・・言葉に出せないなら、肯定か否定だけでもいい。

 もしくは、落ち着いて聞いてくれるだけでも構わない」


 包み込みながらも手を引き、導きたいと望む彼は、無意識のうちに呼吸を大きく深いものに変えながら、彼女に告げる。

 今までの数少ない経験から、最も最適だと思う手を選び、負担が少なく、可能性が高いものを選ぶ。


「さっき・・・さっきのやり取りで何も言えなかったのは、言葉が出てこなかったからか?」


 大枠からなぞるように問いかけた彼の言葉に、彼女は首を縦に振った。


「・・・頭の中、よくわからないだろ」


 続く問いかけをすると、彼女は首を縦に振った。


「俺を前にすると言葉が出なくて、つらい」


 自分を条件に入れた問いかけをすると、彼女は首を縦に振った。


「俺の言葉がプレッシャーに感じる?」


 さらに攻めた問いかけをすると、彼女は首を横に振る。


「・・・・・それは違うのか」


 大枠から知りたいところまで、大雑把だが情報を得たグレイアは、ティアの頭を撫でる手を止めずに、今度は思考を走らせる。

 一刻も早く答えに辿り着きたい彼は、しかし焦ることなく、的確に分析を行おうと目を瞑って呼吸を再度整えた。


(怖い相手に怒られている時とは違う感覚らしい。

 言葉は出てこなくて思考は淀むけど、TrueとFalseの主張はできるという点で言えば、一時的な異常じゃないと見るのが自然か。

 溜め込んでいたものが破裂したのか、環境の変化によって何らかの要素が顕在化したのか。

 どちらにせよ、芳しくはないな)


 心当たりがないわけではない、と整理しながら、彼はふと思う。

 最も重要で、状態を判断するに最適なものが、この世界にはあったではないか・・・と。


「・・・俺の思考は見えている?」


 少しの躊躇いを経て、彼は静かに問いかけた。

 すると、彼女は首を横に振る。


「見えていない、か」


 その答えを受けて、グレイアは悩む。

 事実を整理し、推測を交えながら答えを追い求め、可能性の高い道を選ぼうと試みる。


(自己証明が行使できないほどに追い込まれている・・・というより、見えた内容が処理できていないと見るのが自然だろう。

 ・・・溜め込んでいたもの、環境の変化。

 そういう側面で見ると、近頃のティアは前より活発になったし、自己主張をよくするようになった。

 もしかして、それが裏目に出たと?

 なら、今までの一ヶ月でそれらが顕在化しない方がおかしい・・・)


 ミコト国での一件が解決し、ティアが「仇討ち」と「使命」から開放されたまま、殆ど何もせずに過ごした一ヶ月。

 常に一緒に行動をしていた彼にとって、彼女の変化が「今」であることは、とても違和感があることだった。

 何か、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、普通は考えるところだ。


(いや、原因はこの場所にあるのか?

 ティアは俺より一個下、本来なら人目をよく気にする年齢だ。

 本人は自覚してなくても、きっかけはあったはず。

 やたら俺を「婚約者」として目立たせようとすることは、もしかしたらティアの焦りを表した行動だったとするなら?)


 しかし、彼は遠くを見すぎている。

 もしくは、近いところを見ていたとしても、視野の確保のためにと彼は()()()()()()()()()()()のだ。

 等身大のスケールで物や人を見れていない、と言えるだろう。


(俺はもしや、とんでもなく重要なことを見逃していた・・・?)


 しかし、大枠は間違っていない。

 彼は重要なことを見逃していたし、やたら婚約者の誇示に拘る彼女の行動は、その内に燻る焦りがゆえの行動ではあった。


「・・・フェアリアに来てから、やたら立場に拘っていたな。

 ここ二日間で、それを自覚できていたか?」


 だからこそ、正解だからこそ彼は見えていない。


「・・・・・ティア?」


 そして、この場には軌道修正してくれる人間はいない。


「そう、なの?」


 ようやく言葉を返せるようになったティアを優しく撫で続けながら、グレイアはまるで半クラッチのようになっている思考を諦めずにグルグルと回し続ける。


「・・・ああ」

(そういうことか、なんてこった。

 慣れないことだからと真っ直ぐに見ていなかったのは確かだ。

 だが、まさか・・・こんなに気がつくのが遅れるだなんて)


 こればかりは、ずっと治らない悪いクセでもある。

 彼は冷静に状況を俯瞰しているように見えて、自分の身体や足元、相手の等身大のテクスチャ等々───いわゆる「灯台もと暗し」とされる部分が視点から抜け落ちているのだ。

 しかも、今はそれを指摘してくれるはずのティアがどうしようもなく不調である。


(それに、原因がわかったところでどうする?

 今までの流れの中では、解決の糸口は見えない。

 そして何より、ティアの精神的負担を軽減する方法は?

 口先だけで解決するほど、俺達が立つ場所にかかるプレッシャーは軽くないんだぞ)


 だが、ここで安易な言葉をかけないのは彼の良いところ。

 責任感が重すぎるとも言えるが、少なくともこの場においては、その責任感が悪く働くことはない。


(・・・だからといって、何もしない訳にはいかない)

「・・・・・応急処置で悪いが」


 しかし、認識の齟齬は自覚できていない。

 先述したように、グレイアは「灯台もと暗し」として言われる部分の殆どが見えていないために、自分という存在を思考の勘定から外す傾向にある。

 そのため、最も有効とされる手段を見落としやすいのだ。


「今までみたいに、今日からは一緒に寝よう。

 セリアさんの気遣いを無下にする形にはなるが、今は何よりもお前を優先しなくちゃならない」


 仕方ないと自分に言い聞かせ、取り繕った微笑みの表情でティアを抱きしめ、そう告げるグレイアであるが───しかし。

 解決の糸口が見えないなどと、それは当たり前だ。

 今この瞬間、彼が「応急処置」であると割り切り、選択した妥協案こそ、その「今までみたい」な過ごし方こそ。

 当たり前であると同時に、最も重要な「幸せ」であり、迫るプレッシャーに耐えるための基礎であるということを。

 彼はまだ、自覚できてすらいない。




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