2-5:整理の仕方
雑念を払う者、孤独に身を寄せる者。
フェアリア王国、その辺の空き地・・・というか空き平野。
中央の市街地からそう遠くない位置の平地で、俺は大きい方の身体を使い、グリムとニアを相手にしている。
「・・・・・」
地面を埋め尽くすように生えてくる純白の針の間をすいすいと避けていると、斜め上方向から飛んでくるニアの刃が数本。
俺は体をくねらせ、可能な限りギリギリで避けられるように、体に纏った薄い膜に刃が触れるか触れないか程度のギリギリでかわしながら、針の隙間に見えるグリムを捕捉。
視線が合ったグリムは俺の狙いを知ると迷わず飛び上がり、針を解除して脚を構え、純白の炎を纏いながらこちらへ迫ってくる。
針がなくなった地面にスライドしながら着地した俺は、後ろから迫ってきた刃を振り向きざまに裏拳でひとつ叩き落とし、残りの大勢を無視して瞬間移動。
グリムを盾にすることで俺の視界に入らないようにしていたニアに蹴りを叩き込もうとするが、ギリギリで受け止められてしまった。
「っは!」
そんな俺の隙をついて上下左右から迫る刃、後ろから包むように迫るグリムの炎。
どうせ罠だろうと踏んでいた俺は、転移阻害や諸々の妨害魔法があることを加味して、瞬時に魔力を爆発的に放出する。
これ自体はただの時間稼ぎ、一瞬ばかりの時間を稼ぐ手。
本命は今。
俺の身体から弾けたスパークが、光のように広がりゆく一撃。
「危ないっす!」
グリムは咄嗟に俺を火柱で包むが、遅い。
ニアは離脱が間に合っていない。
俺の脚を受け止めていた両腕は、スパークに巻き込まれている。
「ふっ!」
火柱を魔力の放出で吹き飛ばしながら、俺は対角線に陣取るニアとグリムを観察しつつ、ゆっくりと地面に降り立つ。
消え去った純白の炎が雪のように俺の周囲を舞い、黒い銀色の魔力とのコントラストで異様な威圧感を演出する。
「ニア、ギブアップは?」
ついでとばかりにニアを煽ってみれば、彼女はあからさまに魔力を放出し、自身の周りに幾つかの刃を召喚。
刃の先を俺に向けながら、だらんと垂れた両腕をかばって悪くなった姿勢のままで、ニヤリと笑う。
「・・・」
ああ、そういうことかと思った俺は咄嗟に魔力探知を切り、防御のために魔力を強く放出。
それと同じタイミングで、今しがた俺の周囲に漂っていた炎の残滓が一気に発火。
ニアが仕掛けたであろう竜巻の魔法は発動するとともにそれらを巻き込み、純白の炎が渦巻く竜巻を作り出す。
俺はその竜巻の中で、防御のためにと放出した魔力がキリキリと削られる音を感じながら、肌の感覚と耳の感覚を研ぎ澄ましていく。
「・・・・・」
瞬間、ニアが召喚した刃が大量に俺を目掛けて飛んできて、同時にグリムのものであろう針が凄まじい速度で下から迫る。
容赦ないなと思いつつも十秒と少しの間は回避に専念し、そのうちに放出している魔力が形作った痕跡から見てここであろうという位置に、さっと叩いて威力を殺した刃を一本ぶん投げた。
すると一瞬だけ外が見え、グリムと目が合ったので、俺は飛んできた刃のうちの一つを足場にして加速。
竜巻から出た瞬間に待ち構えていた一本の針を瞬間移動で回避しながらグリムの後ろにまわり、後ろから攻撃を叩き込む───と見せかけて隙をほんの少しだけ晒し、対応しようと意識したであろう瞬間にグリムの腹っぽい場所に蹴りをねじ込んでやった。
「うぐっ!?」
次の瞬間には微かに地面から音が聞こえたのでグリムを蹴り飛ばしつつ針の攻撃を避け、慣性に身を任せて地面を滑りながら魔力探知を再び起動して周囲の状況を確認。
足に少しだけ魔力を纏って摩擦を減らしつつ、俺はくるりと振り返ってニアを捕捉。
迫り来る刃を二、三本ほど叩き落としながら固有武器の短剣を虚空から抜き取り、地面を蹴ってニアに近接戦闘を吹っ掛ける。
「くっ・・・」
あらゆる方向に回避しながら短い周期でヒットアンドアウェイを続ける俺に対しては、思考で動かす飛び道具は扱いづらい。
近接戦闘をしながら動かす時点で難しいのに、対策を取られれば尚更当てにくいものだ。
であれば必然的に量も精度も落ちるし、両方を取ろうとすればするほど隙が生まれ、攻撃をねじ込みやすくなる。
「させないっすよッ!」
そうして攻撃をしていると、グリムはヒットアンドアウェイのアウェイを狙って上空からの蹴りと面制圧の炎魔法を仕掛けてきた。
真面目に取り合っていると普通にニアが近接戦闘の間合いから離脱しかねないので、俺はグリムを完全に無視して前に回避。
ニアの顔面を蹴り飛ばしながらもう一度蹴りを入れて大きく吹き飛ばすと、吹き飛んだ先に転移した俺に対して、ニアはさせるかと言わんばかりに構えた手持ちの武器を勢いのままに下段で一閃。
俺はそれをギリギリのタイミングの瞬間移動で回避しながらニアの横に立ち、みぞおちに当てた左手で圧力魔法と時間差式の拘束魔法を仕掛けてやった。
「があっ!?」
瞬時に発動した圧力魔法がニアの内蔵をえぐるように叩くことで意識を僅かながら刈り取り、その隙に発動した拘束魔法が力強く彼女を縛り付ける。
「よし、次」
巻き込まれないようにとニアを安全な場所に移動させると、隙をついて大量の小さな火の玉が飛んできた。
わりと密度が高い弾幕から逃れるために飛び上がった俺に迫る長い三本ほどの針を避けると、針は曲がりくねって俺の位置を追尾し始めた。
「おお」
関心しつつ回避起動を取り、瞬間移動を織り交ぜながら三本の針を間髪入れずに叩き折ると、今度は背後からグリムが純白の炎を纏いながら蹴りの構えで突進。
迎撃は無理だと判断して飛び越えるように回避をすると、蹴りを外したグリムは炎となって消え去り、その場に残った炎は五つほどに分裂して俺に迫る。
なんだそれと思いながら魔力でそれらの炎を吹き飛ばし、続く蹴りを回避、すると炎になってグリムが離脱、分裂して迫る炎を俺が吹き飛ばす。
「・・・なんだ?」
何を狙っているのかがわからずに困惑していると、グリムはひときわ強い輝きを纏って少し長い助走をつけてきたため、俺は固有武器を捨てて拳を構える。
「はあっ!」
「くあっ!」
接近の瞬間、俺は全力で魔力を放出して密度を高めて僅かながらグリムの突進に魔力が干渉するように仕掛けつつ、体を少しだけ横にズラして正面衝突から回避。
自己証明でアホほど強化したフィジカルでタイミングを見計らい、グリムの首を引っ掴む。
「がっ!?」
かなり引っ張られるが姿勢は保ち、右手から魔力の糸を出して拘束を強めながら、俺は最大限に高めた魔力を圧縮し、もう一度スパークを走らせる。
「ッ!!!」
何をしようとしているかを察知したグリムは全身から炎を放つが、もう遅い。
防御の行動を取ったところで干渉は避けられない。
「ぐっ・・・ううッ!」
バチバチと走る魔力の干渉の中、グリムの炎は数秒ほど防護服のような効果をもたらしていたが、耐えきれず貫通。
グリムの身体は硬直し、隙を晒す。
「俺の勝ちだな・・・」
空中で静止しながら呟くと、グリムは脱力したかと思えばスポンと身体を縮ませて、いつもの小さな獣の形態に戻ってしまった。
切り替えがあまりにも早すぎる。
「・・・あつ」
とはいえ、久しぶりに体を動かしたことで気分は晴れた。
普通に火傷したのは治療するとして、まずは観戦していたティアと合流して、ベイセル邸に帰る。
あとは・・・後で考えよう。
「グリム、戻ろう」
「はいっす〜・・・」
自分に当ててみたことがあるからわかるが、俺がストーム・プロテクションと呼んでいる特殊な魔力の放出は、受けて硬直をすると体がとても痺れる。
どうやらグリムはその感覚を楽しんでいるようだ。
「あぁあぁ〜」
扇風機に向かって声を出した時のような震えた声で唸りながら、グリムは俺の腕の中で楽しそうにしている。
気に入ったのなら良かったが、戦闘は楽しかったのだろうか。
気になるが、楽しそうなのを邪魔する訳にもいかないしな。
暫くしたら聞いてみるか。
▽ ▽ ▽
グレイア達の戦闘が終わるより少し前、ティアはぱらぱらと集まってきた民衆から離れた場所で、三人の戦いをひとりで見守っていた。
ほんの少し煩い声と、心地よい戦いの音に包まれて、彼女は一時の孤独に身を寄せる。
『焦ってるのか?』
彼女の脳裏に、愛しの彼の声が響く。
気分転換のために模擬戦をすると言い出した彼の行動を、彼女は迷うことなく利用しようと提案した。
守る人間として、強さを誇示できると。
しかし、彼が素直に頷くことはなかった。
少し躊躇い、怪訝な表情で問いかけたのだ。
(・・・見えていないはずなのに)
見透かされているわけではないと理解していながらも、驚く程に正確な物言いをされたこと。
事実と理解の齟齬に心を曇らせながら、ティアは物憂げな表情でグレイアを見やる。
(・・・・・楽しそう)
その視線に込められた感情は、決して乾いたものではない。
湿りきって結露を起こした、重く強い感情だ。
(私は・・・何をしたいんだろう)
ティアは湧き出てきた困惑を抑えながら、視線を落とす。
わなわなと震える手を、ぎゅっと握り込む。
(ここまで来て、感情が抑えられなくなって。
迷惑を、かけてしまって・・・)
つい先日の出来事が、彼女の頭をよぎる。
愛する人を、自分を救ってくれた人を貶され、不適切な場面で感情をさらけ出してしまった失態が。
彼女の張り詰めた意識を強く、強く刺激する。
(・・・・・)
焦りが背中を撫で、べっとりと頬を伝う。
不快感に身をよじることもせず、ティアは俯いたまま。
(私は・・・自分がわからない・・・・・)
変わってしまった自分の、本当の望み。
わからない、わからないと静かに嘆き、辛くなるばかり。
「・・・許してくれるかな」
ふと呟き、決意した刹那。
凄まじくピッタリなタイミングで、彼女の真横に見知った影が飛ばされてきた。
「えっ?」
内省してばかりで周りを見ていなかったティアは、見慣れなさすぎる光景によって数秒ほど硬直。
ようやく状況を理解した頃には、ニアが心配そうな表情でティアを見つめていた。
「あっ、ニアさん、ごめん」
「いえ、私は大丈夫です。ですがあなたは・・・」
拘束を解きながら、ティアは心配の言葉をかけられる。
しかし、次にする行動は、決めてしまっているようだった。
「・・・相談、するから」
ティアは珍しく獣の耳を伏せ、小さな声で伝えてみる。
すると、ニアは理解したようだ。
「・・・そうですか。頑張ってくださいね」
暗黙の了解、言葉は要らない打ち合わせ。
彼の預かり知らぬ間に、適切な場は整うのだ。