2-4:食傷
彼は何を求め、何を見るのか。
エルフ族の王と言われた時、俺の脳裏には理知的で穏やかな人物像が浮かぶ。
これは現代人ならではの固定観念だと言えるだろう。
事実、俺は街中で唐突にエルフの王様と遭遇するまで、その人物像を想像したままでいた。
それでは、現実はどうか。
「其方が虚無の神子か」
エルフの王の、とても野太い声が耳に刺さる。
先ず目に入ったのは凄まじいほどに綺麗な金色の長髪、次に目に入るのはシンプルで装飾のない銀色のサークレット、そして俺をじっと見やるのはガッシリとした骨格にたたえられた美麗な顔つきが浮かべる険しい顔つき。
彼の言葉の真意はわからない。
俺がその人間かなんて、見ればわかる。
「虚無の寵愛者、グレイア。
貴方はフェアリア=セヴェーロだな」
ティアの横から一歩踏み出し、王と相対する。
彼の後ろで控えていた女騎士も前に出ようとするが、王はそれを無言で制し、口を開く。
「いかにも。余は世界樹を統べる王、フェアリア14世である」
威厳に満ちた気配、辺りを包む淡い金色の魔力。
非常に大きなマントの中にちらりと見える漆黒の鎧は、彼が王であると同時に「武人」でもあるということを暗に突きつけてくるような重みがある。
立ち振る舞いに口調、たった一回のやり取りで、俺は視界の端が黒くボヤけるのを感じた。
嫌な威圧、首から肩にかけて重くのしかかる圧力。
試されているかなんてどうだっていいが、くそったれめ。
初対面でこれはないだろう・・・
「目的は達した。キリク、案内を」
「はい。仰せのままに」
王の命令に応え、女騎士───キリクが手を叩く。
すると次の瞬間、俺達四人は見知らぬ場所・・・恐らくは王宮(?)の中庭にある、正式名称がわからないカゴ状の茶会場所みたいな場所に転移した。
予め設定していた位置に転移したのか、それとも俺のように視界外への瞬間移動が可能なタイプなのかはわからないが、王の護衛らしき立場に居るだけはある。
「座れ。話をしようではないか」
椅子は三つ、王とティアと俺。
嫌な雰囲気だ。
隠さなくていい立場の人間というのは、こうもあからさまに視線を向けてくるのかと、転生した直後には感じることが出来なかった感覚に鳥肌が立つ。
成長した分だけ感覚が鋭くなり、反応も過敏になる。
「・・・ふん」
王がふと、鼻を鳴らす。
丁寧な所作でふんぞり返り、俺を見下すような目つきをしながら。
「まだ青いな。虚無の神子よ」
当たり前のことを、仰々しく言われる。
中身がまだ青いなんて、そんなもの当たり前だ。
「所詮は甘っちょろい餓鬼といったところか。
力の使い方がわからないからと恐れ、失敗から逃げる」
自覚していることを、それはもう偉そうにつらつらと。
それらを自覚しているからこそ黙っているというのに、この王は一体全体、何が言いたいんだ?
「・・・のう、餓鬼。
貴様はいつまで、くだらん線引きで己を律する?」
くだらん?
俺の線引きがくだらないと?
「・・・・・」
黙って聞いていれば、好き勝手にああだこうだと。
確かに、殆どは正しい。
正しいことを言っているし、俺はそれを受け入れるべきだ。
だが、気に食わない。
その言い方が気に食わない。
「失敗が許される立場にいないんだ。
ひとたび転べばどうなるか、俺はそれを恐れてる」
「それがくだらんと言うのだ」
お前に何がわかる、なんて言うもんか。
この人には俺の境遇も、過去も、葛藤もわからない。
だからこそ客観的な視点を、第三者からの主観を話す。
「くだらん線引きで大事なモノを守れるなら結構。
俺はマクロよりもミクロで物事を見る質なもんでね」
「はなから諦めると?」
「言ってねえ言葉も聞こえるだなんて、随分な耳だな」
この人はきっと、一人で全てをやっている存在だ。
であればこそ、俺とこの人は意見が噛み合わず、議論はずっと平行線をたどる。
「俺は人間だ。神から視線を貰ったところで、それは神子。
俺より下は存在しない。横にしか人はいない」
何を求められているかは知らないが、そうだ。
ティアがだんまりを決め込んでいる以上、俺は俺であることを、純粋な俺としての意見を述べることを求められている。
ある意味、壊れかけていた時期の自分と同じ。
純粋に、こうすれば正しいと思っていたことを───自分の頭の中に渦巻くエゴをぶつけてみれば、この厄介な存在は静まるのだと思う。
「何のための人か、人材か。
適材適所という言葉があるように、俺は俺ができることを常に行おうと試みている」
前提として、俺は人間だ。
限りあるリソースで四苦八苦している、甘っちょろい餓鬼。
「くだらんと吐き捨てられるようないわれは、断じてない」
だが、貶されたことは気に食わない。
俺の考えは、短い人生なりに練って考えたものだ。
のらりくらりと考えたわけでも、テキトーに言葉を投げ打って諦めた末の枯葉でもない。
その言い方は、気に食わないんだ。
「・・・満足した? 大伯父様」
瞬間、ティアが口を開いた。
とても、不機嫌な声色で。
「それとも、暫く合わない間に侮辱が趣味になったと?」
自己肯定感が高すぎる訳でもない俺でさえ、自分にとってのラインを越えられたからと頭に来たのだ。
今の俺は王から目を離すことは決してないが、この瞬間にティアが浮かべている表情など、推察しなくたって把握できる。
彼はやりすぎた。
「いいや。そのようなことはない」
否定するが、受け取った側が両者ともに不快感を抱いた現状、それは単なる言い訳に過ぎない。
地位や立場から鑑みての理解はあったとしても、この張り詰めた空気を払拭することは絶対にできないのだ。
「だが、見定める必要はあった」
「いいえ。大伯父様が自らグレイアを追い詰める必要はなかった」
唐突に目の前に現れて話を始めたかと思えば俺を貶した。
言葉が足りないとかいう次元ではない。
最初から彼は、選択肢を間違えている。
「・・・しかし、驚かざるを得んな。
まさか、ここまでとは」
言動の意図がわからない。
彼はここで、本当に俺を見定めたかったのか?
だとするなら不自然だ。
とても、強硬手段をとってまで口にした言葉では───
「キリク」
「はい」
瞬間、全身が硬直する。
考える暇も与えてくれないということか。
光が体を包み、どこかへと飛ばされる予感がした。
「それではな、二人とも。
また会おうではないか」
仰々しく言うが、わからない。
あんたは何がしたかった?
今この瞬間、俺に何を見ている?
「・・・ッ」
結局、不明のまま。
飛ばされた先に立ち尽くす俺達の前にあるのは、ベイセル邸。
勝手に転送させられて、勝手に強制送還だなんて冗談じゃない。
「何がしたかったんだ・・・」
思わず口から思考がこぼれる。
今の俺は、怒りよりも困惑が勝っている。
あまりにも知らなさすぎる状況で、何をしたいのかわからない喧嘩を吹っ掛けられて、満足したのか強制送還。
意味がわからない。
「・・・・・」
最も、ティアは怒りが勝っているようだが。
全身から金色の魔力が滲み、抑え込めなかった分がじわじわとドライアイスの煙のように地面を這う。
「・・・なんだ?」
ずっと気持ち悪い。
だが、彼に感じたものは今までの違和感とは違う。
試されていたのは確かだ。
しかし、今回のやり取りは会話ではない。
言葉足りないとかいう次元ではなく───はなから対話をする気がなかったような、まるで耐久試験をしているかのような。
『まさか、ここまでとは』
あの一言が引っかかる。
彼はきっと、俺に何かを重ねていた。
そのうえで、あの詰問に対する俺の言葉や態度のうちの何らかが、彼の想定を上回ったのか?
となると、彼の狙いは───
「大層な狙いなどはない。
彼奴はただ、確かめたかっただけだ」
ぞわり、と鳥肌が立った。
まさかと思って周りを見てみれば、景色からは色が抜け、時が止まったかのような静けさばかりが流れている。
「・・・久しぶりですね。暇神様」
「・・・・・虚無の神?」
俺が挨拶をすれば、ティアも気づいて振り向いた。
すると、暇神様は数歩後ろに降り立ち、歩きながら口を開く。
「意外かもしれんが、セヴェーロは民を大切にしている。
国民の名前は例外なく記憶しているし、冠婚葬祭に出席しなかったことは一度もない」
くるりと歩き、視界外へ。
しかし声は変わらず聞き取りやすいものだから、少し違和感がある。
「そして、私達のような上位存在に最も近い立場でありながら、彼は私になんの興味もない」
暇神様の説明と、彼の台詞。
彼は自らを「世界樹を統べる王」と言っていて、暇神様の言葉が正しければ「上位存在に最も近い」立場にある。
ということは、概念的に影響力のある「何か」を背負っている可能性が高い。
その「何か」は、まだわからないが。
「理由があるとすれば、それはリヴィルの死。
最も信頼していた友人、妹婿の残酷な死がセヴェーロに与えた影響は、私とて計り知れん」
ティアのおじいさんは「自由の寵愛者」であり、自由の暴君と呼ばれた人間であるという。
死因は俺が殺した独善の寵愛者によるものだが、何があったかは詳しく説明されたことはない。
「お前が『人に頼る』ことを是としている人間であるように、かつてのセヴェーロにも似たような信念はあった」
「・・・それなのに、グレイアを否定した」
ティアと暇神様が話しているが、セヴェーロも「人に頼る」ことと似たような信念を持っていたという言葉が引っかかる。
持っていた、と過去形なのであれば、俺の「マクロよりもミクロ」という考え方を「諦めるのか」と煽られたことから、何か推察できそうな気がしないでもない。
「さて、本当にそうだと言えるか? ティア・ベイセル」
「なに?」
ティアは頭ごなしに否定されたと捉えているようだが、実際に貶された部分は俺が「恐れている」ことだった。
気圧されていることが気に食わなかったのか、もしくは期待外れだと思ったのか、彼は俺を試すような真似をしたのだ。
人に頼ることを否定された部分はむしろ、更なる意見を引き出すための「必要悪」だったのではないだろうか?
「グレイアは思考を巡らせ、答えに近づいている。
私はその手助けをしようと、ここに現れた」
暇神様はセヴェーロの人格を説明し、彼と自由の寵愛者との関係を「友人」であると評価した。
独善の寵愛者の手によって、それを失ったとも。
「お前はどうだ? ティア・ベイセル。
お前から見て、セヴェーロには何が見えた?
彼奴は、お前に何を見せた?」
となると、セヴェーロの耐久試験とも形容すべき圧迫面接は、それほどまでの「強硬手段」を必要としてまで、彼が俺を試さなければならかったサイン?
彼は何か、切羽詰まった状況にあるのか?
「・・・暇神様」
「なんだ?」
糸口が見えてくる度に証拠が見つからず、疑問が増えていく。
だが、それでも見えた糸を掴んだ先にいるあんたは、どんな意図をもって俺を助けている?
「仮にそうだったとして、あんたの意図はなんだ。
与する必要のない物事に首を突っ込んで、何を求めている」
「・・・・・ふっ」
珍しく、暇神様は笑った。
嘲笑うような笑みではない。
とても、楽しそうな笑い方だ。
「忘れたのか? グレイア。
私がお前をこの世界に転生させた、その理由を」
俺が転生させられた理由。
それは、たしか───面白くなるから、という理由だったはず。
「そう、面白くなるからだ。
今のお前は、私が導かなくとも答えを出せる」
だとしても、助けられなければ時間はかかってしまうのも事実。
与えられたものを活用するタイミングや判断基準、それらの選択肢を選ぶ際の精神的負担まで、俺はそこまでを見通すことは出来ない。
ましてや、それらを正しく扱えるかもわからない。
「お前達に与えたものは、どう扱おうとお前達の自由だ。
それは、どんなものであっても変わることはない」
全肯定、だが気持ちは変わらない。
結果がどうであれ、後悔はきっとある。
持たされたものに責任があることは変わらないんだ。
「・・・さあ、グレイア。そしてティア」
ひどく楽しそうな笑顔を浮かべる暇神様は、俺達の気持ちなんて尊重する気は一切ないんだろう。
そうでなくては、こんな場面でさえ歓喜に塗れた表情を浮かべるはずもない。
「お前達は、どんな結末をフェアリアにもたらす?」
楽しい結末を、面白い結末を。
バッドエンドは俺も期待していない。
「・・・・・」
視界が晴れ、色が戻る。
ティアは俯き、俺は遠くの夕日を見やる。
「・・・戻ろう、グレイア」
使命感で動くか、個人的な感情で動くか。
選べと言われたら、俺は咄嗟にどちらを選ぶのだろう?
「ああ」
セヴェーロが俺に見ていたものは、本当に自由の寵愛者なのか。
期待以上だと言われたのは、どういうベクトルなのか。
「・・・・・今日は休もう」
疑問は尽きないし、時間も無いかもしれない。
だが、助けてくれる人はいる。
それだけで、十分だろう。
暇神様、久しぶりの登場です。
相変わらず「神様」の描き方が分かりません。
私は雰囲気でライトノベルを書いている・・・