2-2:成長したから
やっぱり、聞きたいじゃない?
テレビや創作物の類でしか見たことがない、中世より前の内装。
権力の塊みたいな物品の数々を見ながら、俺は今の状況を完全には飲み込めていないと自覚する。
やっぱり、人としての格が違うのだと思う。
俺もそのうち、そうなるのだろうか。
前を歩くセリアさんとティアはどこか歩き方に重なるものがあり、前世で父さんと弟に見たものを想起して懐かしさを感じる。
それと同時に、この二人は紛れもなく血の繋がった祖母と孫なのだとも。
「・・・・・」
歩きながら感じる視線に、妙な沈黙と相反する空気感。
突き刺さるような不快感がない独特な視線は、たぶんシンプルな好奇心などによって向けられたものなのだろうということが察せられる。
妙な沈黙と相反する空気感も、きっと文字通りの「アットホームな職場」ゆえのものなのかもしれないと思った。
普段なら不自然を疑うが、ここはティアの実家だ。
こういう時くらい、警戒は解いたっていい。
「さ、入りなさいな」
「うん」
「・・・はい」
失礼します、って言おうとしたのを無理くり飲み込んで、変な感じの相槌を返して入室。
入った先を考えれば、どっちかと言えば外に出たと言うべきか。
丸いテーブルに椅子が四つほど用意されたテラスは、この屋敷の庭から街の通りまでを見通せる。
「孫婿ちゃん、あなた一人じゃないわね?」
「え、はい」
まあ当然のようにニアは見透かされていたため、側頭部を指でコツコツと叩いてみれば、ニアは予め設定しておいたビープ音を鳴らしながら起床した。
最近、ニアがより一層「機械」っぽくなっているような気がする。
「・・・初めまして、ですね。ミセス・セリア」
「あらあら。あなたは随分と礼儀正しい子ねえ」
いつものように文字が集まって出現したニアは、紳士っぽい挨拶の仕方でセリアさんと会話を始めた。
そんな質だったっけと思いつつも、俺達は案内された通りに椅子に座る。
「さあて、何から聞こうかしら」
指パッチンでどこからともなく四人分の紅茶が現れたのはスルー。
たぶん、当たり前なんだろうと心を無にする。
「あなた達、どうやって知り合ったの?」
そしてガッチリ身構えていれば、まあ聞かれるだろうなと思っていたことを聞かれた。
要は馴れ初めで、それをどう説明するか。
俺はどの場面をどう説明しようか悩んだが、ティアは存外すぐに結論を出したようで、すぐに口を開く。
「・・・地獄絵図の中?」
「間違ってないけど違くないかそれは」
「そっか」
いや、確かに間違ってはいない。
だが説明するべき場面かと言われれば、ちょっと違うような。
思わず言葉を挟んでしまったし、他に説明する場面は・・・と記憶を辿っていると、俺の横でグリムが唸った。
あっ、そういえば説明していない。
グリムには俺とティアの馴れ初めを説明していないのだ。
「・・・・・えっと、我、そんなの知らなかったんすけど」
「あら、あなたも聞いていなかったの?」
「はいっす。馴れ初めは聞いたことなくって・・・」
まあ、それはそれとして悩んでいると───今度は横でニアがティアに何か耳打ちをしたかと思えば、次は俺の方に顔を向けてきた。
随分とまあ怪訝そうな顔である。
なかなかに珍しい表情だ。
「マスター。馴れ初めという話をするのであれば、まずは図書館での話をするべきなのでは?」
「・・・あっ、そっち?」
「あの場は馴れ初めもクソもないでしょう・・・」
「じゃあ、めっちゃ気まずかった図書館の話か」
ニアがどうして初手の地獄絵図を知っているのかはこの際触れないとして、まあ、あれか。
あのクッソ気まずかった図書館での話しか。
「えっと、確か・・・レヒト城の図書館での話だったな」
「そう。転生して間もないグレイアに私は会いに行って、無理やり色んな情報を引き出しにかかった。
でも、その時はきみの精神状態が不安定だったのと、何より私が能力を使っての交渉術に慣れてなかったから、互いに距離感を測りかねて気まずい雰囲気になっちゃった・・・っていう、馴れ初め?」
「まあ、そんなカンジか。今思うとひっでえな」
俺の精神状態もさることながら、まあ色々と。
強力な能力を持つ者ゆえの苦悩とか、その場の事情で言うと「グレイア」の存在とか。
とにかく重なりに重なった状況の大部分を説明から省いたとしても、それはもう酷い状況でしかない。
だが、どうやらセリアさん的には好印象らしい。
めっちゃ笑顔だ。
「でも、そんなに酷い過去も・・・今は懐かしいものなのよね?」
「・・・はい。たった二ヶ月半くらい前の出来事ですが」
質問に対して正直に答えてみれば、セリアさんは満足そうに頷きながら飲み物・・・たぶん紅茶っぽい何かをすすった。
すると、ティアが独り言を呟く。
「そう考えると、私ときみってまだ出会って間もないのかも?」
「正直な話、時間あたりの経験が濃かったからなあ・・・」
とはいえ、とくに忙しかったのはミコト国での二週間くらいだ。
その間に絆を育んだといえば聞こえはいいが、まあ確かに「二ヶ月半」という数字だけを見れば「出会って間もない」と言えなくもない。
それもエルフの時間感覚なら尚更だな。
「あら、心配要らないわよ?
妾とリヴィルなんて、出会ってその日で結婚したのだから」
「・・・えっ?」
「はい?」
リヴィルというのはティアのおじいさん、いわゆる「自由の寵愛者」のことなのだろうが、いやマジか。
本人はあっけらかんとしてるし、ティアも初耳らしい。
「それに、もう何度も身体を重ねているのでしょう?」
「うん、そうだけど・・・」
「関係あるんですかそれ」
そのまま話に流されそうになっているティアには悪いが、俺はどうしても聞かない訳には行かなかった。
何故この話の流れで性行為の話が出てくる・・・?
「ただの老人の妄言よ。そう目くじら立てずに聞きなさいな」
「ああ、はい・・・」
まあ、話を聞けばいい・・・のか。
ある程度の相槌を挟みつつ、聞く。
にしたって衝撃的ではあったぞ今のは。
「好きならいいのよ。あの人も、妾も、この子が好きで、この子のことを愛してくれる男なら認める気でいたわ」
しかもセリアさん、俺の両親と同じことを言っている。
俺の両親も「カズが好きで、カズのことを愛してくれる女性なら会いに来なくたっていい」とか言っていた。
「元より、独善の寵愛者の殺害はこの子が背負った責務。
不甲斐なくも支援ができない妾達を責めることなく、この子は一人で孤独に責務を成す───はずだったのよ」
となると、前提に加えて「独善の寵愛者をも殺害する力と決意を持った人間」であることは想定外だったわけか。
主観はあくまで導かれた結果だとしても、外から見れば俺はその通りの人間だし、まあ「決意」とか「覚悟」という意味で見れば、俺の人格は相当なのだとも思う。
だから断る理由はない・・・と。
「ひとつ、教えてちょうだい。二人とも。
独善の寵愛者の最期は、どうだったのかしら」
それで聞くのがこれか。
表情を固めて、覚悟を決めて。
でも、俺とティアはそこまで重視していない事柄でもある。
「・・・まあ、とにかく情けなかったですよ。
正直に言えば、消耗品の小悪党みたいな最期かなと」
「私も同じ意見。
父様と母様、それから弟か妹かもわからなかった子の仇ではあったけれど、あまりにもみっともなくて特別な感想は出なかった」
消耗品の小悪党、あまりにみっともない。
そんな俺達の感想を聞いた彼女は、少し表情を綻ばせると、ちょっとだけ俯いてから小さく口を開く。
「・・・・・ティア、成長したのね」
「今更だよお祖母様。
私はもう、自分の身を守るだけの子供じゃない」
しみじみとそう言ったセリアさんに、ティアは容赦なく自分の考えと自認を畳み掛けた。
そこまでする必要はないだろう、とも思ったが、どうせなら伝えておくべきだろうと思ったので、俺も口を出すことに。
「だから、もう自己証明は隠さないんだろ?」
「うん。きみのおかげで、能力の露呈によるリスクや不利益は、きみと出会う前の想定よりもずっと低くなったから」
ちょうど少し前に言われていたことだ。
今まで隠していた、バレないようにしていた「思考を盗み見る」という自己証明を、もう隠しはしない───という彼女なりの決意。
正確には気を使わなくなるだけだから、意識を変えてどうなるかはわからない。
正義の寵愛者のように周りから距離を置かれるかもしれないし、そうでないかもしれない。
「だからね、お祖母様。
私はこれを伝えるために、ここに来たの」
そこから更に、ティアは容赦をしない。
間髪入れずに情報を続ける。
「・・・言ってちょうだい。ティア」
「うん」
紅茶をすすり、ひと呼吸置いたセリアさんは、再び表情を固めてティアのほうを見やった。
するとティアは変わらず、いつもの表情のままで言葉を続ける。
「私は彼と、グレイアと───」
いつも通りの、凛々しい表情で。
「一生を添い遂げる」
人生いちばんの言葉を、すんなりと言ってのけた。
「・・・あらあらあら。
帰ってきたと思ったら、すぐに遠くへ行ってしまって・・・・・」
ティアらしいな、なんて思いながら俺も紅茶をすすると、セリアさんはついにポロポロと涙を零し始めた。
感動やら色々な感情で手一杯なのだろう。
そりゃそうだ。
あまりにもテンポが良すぎて俺も驚いている。
「ごめんね、お祖母様。
でも、私はお祖母様を勝手に置いては行かないから」
ティアはそう付け足すが、まあ俺は何も言えない。
だからといって席を立つ訳にもいかないので、俺は静かに目を瞑って紅茶をゆっくりとすする。
会話に参加してはいたが、言うて実感が湧いているかと言われれば微妙なところだ。
噛み砕いて飲み込むまで、かなり時間がかかりそう。
「ねえ、グレイア」
「ん、何」
ふと、ティアに話しかけられる。
セリアさんのことはいいんかいと思いつつも、俺は相槌を打って言葉の続きを待った。
「きみ、逃げなくなったね」
「やかましいわ」
なんだコラ、成長したとでも言いたいのか。
いやもう、本当にやかましい。
しかもそれ、今言わなきゃダメだったのか?
〇 〇 〇
さて、時間は流れて少し後。
とりあえず今日は休め・・・ということで、俺達はそれぞれ用意された部屋に入って休憩タイムだ。
部屋はティアと俺とニアで三部屋用意されていて、今回はどうせならとニアには別行動をさせている。
ちなみに、グリムは俺と一緒。
「えっと・・・とりあえず、おめでとうございます・・・・・っすか?」
「まあ、そう。そうだな。そう・・・・・」
グリムは話の最中も黙ってくれていたし、二人きりになってからは素直に祝福もしてくれる。
でも俺は状況をしっかりと飲み込めていないので、未だに少しふわっとした気持ちで上の空。
思考も少しだけ鈍くなっている。
「・・・気分転換、て言うとちょっと変だが」
「なんすか?」
「ここに来る時の変身、あれ何」
だからといってはなんだが、さっきから気になっていたことを問いかけてみた。
あの人型形態は一体、なんなんだと。
「・・・・・我もよくわかってないんすよねアレ」
どうやら、自分でも把握できていないようだ。
もしくは上位存在の類───この場合は暴力の神(?)に記憶やらなんやらを封じられたか、または最初の頃の俺のように特定の知識に関しての事柄を何も知らされずに送り出されたか。
「じゃあ誰にもわかんねえなアレ」
「そうっすね・・・」
とはいえ、再現できるなら十分にやりようはある気がするが。
「同じように変身は?」
「できるっすよ。体力はわりと削るっすけど」
よし。
なら問題は無い。
ちょっとずつ検証していって、強さとか活用法とかを見出していけば、きっと何も心配しなくてよくなる。
「ふうん・・・」
なんて、モヤッとしていたことも払拭できた。
そんな俺は声を漏らしながら、脇にいたグリムを抱き抱えてベッドに飛び込む。
するとグリムは抵抗せず、むしろ俺の胸にぐりぐりと顔を埋める。
「なあ、グリム」
「ふぁい?」
疲れからかいつもより重く感じる重力に身を任せ、ゆっくりと瞼を落としながら、俺はグリムに話しかけた。
「お前も、ずっと一緒に居ような」
モヤっとしていたわけではないが、伝えなければ気が済まないと思ったから。
ただそれだけの気持ちを吐き出して、俺は眠る。
余計なことを考えるよりも、その場の欲に身を任せて。