2-1:おおきな大人
見えないものが見える血族。
検問を抜け、さらに奥。
前世における世界最大の樹木、俺の記憶が正しければジャイアントセコイアという名前だったソレのなかでも、ギネスだかに載っていた世界最大の木。
目測で言うと、この森の樹木は平均してその「ギネスに載ってた世界最大の木」がデフォルトくらいのサイズに思える。
そのためか、雑草なんかは道の脇に少し生えているくらいだし、少しでも森の中に入ると殆ど真っ暗なため、昼間なのに怖かったり。
こんな馬鹿げたサイズ感の所以はまだ調べていないが、たぶん大抵の人が気になることだろうし、その辺の人に聞いたら・・・
いや、いるな?
しかも俺の隣に。
手を繋いで歩いてる、ここ出身の人が。
「・・・植物の異常成長について、ってこと?」
「そう。知ってる?」
「知ってるけど、ニアさんに聞かないんだ」
「現地人に聞く方が気分が上がる気がするからなあ」
「ふうん」
今回は色々あって、いつもみたいに現地の情報を調べておく暇がなかった。
だからといって皆と一緒に行動してる時に、スマホいじるみたいに片手間で何かをやるのはよくない。
そのため、俺は見た感じの感想を垂れ流すばかりで、知りたい事ばかりが増えている状態なのだ。
尚、ティアはその「いつもは現地の情報を事前に仕入れている」という俺の志向を知ってか、少し意外そうな表情を見せた。
だが、同時に嬉しくもあるようで、少しすると説明を始めてくれる。
「エルフの国・・・フェアリア王国を囲む地域って、そのまま外敵を弾くための構造でもあったりする。
森の成長が凄いのは世界樹と直結した魔力網のお陰で、この森の樹木はエルフの王の加護? が付与された道具がないと伐採は難しい・・・って教えてもらった。
実際に伐採してるところは見たことないから、あくまで私が教えられた情報ってだけだけど」
となると、空からの侵入も防ぐ術があるのか?
もしくは、魔力網ということは別口で壁のようなものがある?
「世界樹を中心として張られたバリアがあるって言ってた。
管轄は王で、仕組みとしてはきみが使う技と同じっぽい」
「・・・だからパッと見ただけで俺のを真似できたのか」
「魔法にせず、純粋な魔力を操作・・・ってイメージだけなら、きみの技と世界樹のバリアは同じ仕組みだったから」
俺自身もアレの発動原理をよく理解してはいないが、ディメンション・レイも同じ類の代物だろうし、今ここでフェアリア王国を護るバリアも同じ仕組みだとわかった。
となると、色々と成長できそうな要素が見えてくる。
やりたいことが増えたな。
もっと出来ることが増えれば、さらにカッコよく・・・
「グレイア、前」
「ん?」
期待に想像を膨らませていたところで、ティアが俺を呼んだ。
もう着いたのか、なんて思いながら顔を上げた俺は、目の前に広がる光景にかなり驚いた。
「おお・・・」
直径は十数キロあるだろうか、巨大樹に囲まれた土地にとてつもなくデカいクレーターがあり、その中心には雲にも届くんじゃないかってくらいの大きさの超巨大樹木───もとい世界樹がそびえ立っている。
クレーターの深さはわからないが傾斜は緩やかで、全体的に建物が集まった土地や小さな森、湖、河川などが点在しているところを見ると、この土地はSF系の創作物であるようなコロニーのようだとも言えそうだ。
「グリムは・・・見た事ある?」
「かなり前に一度だけ見たっす。
綺麗だなーと思ったすね」
ふと、グリムがネタバレに配慮してくれていたことを零した。
なんだこの律儀で可愛くてクッソ偉いやつは。
「ちょっ・・・なんすかアニキっ・・・・・」
「・・・偉いやつだなあと思って」
頭をわしわしと撫でてみれば、グリムは抵抗せずに困惑するばかり。
とことん可愛い反応しかしない存在である。
「さて、俺の気も済んだし行くか」
「もう・・・なんなんすかアニキ・・・・・」
膨れっ面のグリムを抱え、ティアの方を向いた俺。
しかし、彼女は反応を示さなかった。
なんだろうと思って彼女の方を向くと、なんだか心配そうな表情で世界樹の方を見つめている。
「ティア?」
「えっ? ああ、うん。行こう・・・」
呼びかけてみればビクッとして、挙動不審に行動開始。
ニアの能力を借りて見てみれば、どうやら心配をしているらしい。
「無事かって?」
「確信はあるけど、見るまでは・・・」
「わかる」
だから思考を見る能力で、自分の祖母を探していたのか。
遠隔で無事を知ったとて実際に会うまでは心配しか頭にない、というのは俺も前世でよく経験した事柄だ。
さっさと会って、俺はその間・・・どうしようか?
まあ、その点は行動しながら考えよう。
優先すべきは、ティアの祖母に会うことだ。
───── 二節:交わる運命と変わらぬ心根
ひとつ、思ったこと・・・というか、意外だったことがある。
街の入口にて俺が抱いた「自然と調和した王国」というファーストインプレッションは、十歩と少しくらい脚を進めたところで速攻塗り替えられた。
「自動ドアに電光掲示板に、あれはエスカレーター・・・?」
言うなれば、魔法という技術を最大限に利用した街と言える。
建築様式は異世界特有の独特なものに見えるが、そこに組み込まれた技術や機器類は前世の技術体系と遜色ない。
白を基調としたルネサンス初期頃っぽい建物群に全く異物感がない自動ドアや灯りの類、それから当然のように組み込まれたエスカレーター。
たぶん規模が大きい小売店なのだろうが、それにしてもエスカレーターだなんて・・・
「私も少し驚いてる。
外と比べると、フェアリアってこんなに進んでたんだって」
中世から近代の色が強い外・・・まあ都会は王都とブルー・レイク・シティくらいしか行っていないが、その辺でもエスカレーターなどは存在しなかった。
エレベーターは染色の塔で見たものの、アレそのものはそう難しい原理じゃないし魔法があれば現代の挙動と似せるのは簡単だから、心の底から驚く程の代物ではなかったように思う。
「アニキ、さっきのってエスカレーターって言うんすか?」
「前世だとそう。こっちは調べてない・・・というか存在すると思ってなかったから知らんなあ」
言ってしまえば、エレベーターは箱と紐があればできる。
でもエスカレーターは違う。
動く箱より動く階段の方が難しいのは当たり前のことだ。
「まいいや。QoLが高い分にはヨシ!」
「きゅーおーえるってなんすか?」
「生活の質を横文字にしただけ」
「横文字・・・?」
次々と自分が知らない言葉が出てくるせいで宇宙猫・・・いや、宇宙犬? になっているグリム。
間抜けで可愛い表情を晒しているが、それはさておき、そろそろティアのそわそわが二割増くらいになってきた。
聞かなくてもわかる。
そろそろなのだろう。
「次は左で、曲がって少し・・・・・」
必死に記憶を辿っているのか、ちょっとずつ立ち止まりながら人がまばらに歩く大通りを歩くティア。
時折、どこからともなく視線を感じるあたり───もう既に「次期女王が帰ってきた」という情報は伝わり始めているのだろう。
国の運営に関する知識がない以上、俺はこの点において、口に出せることや考察できることは一つもない。
だか、少なくとも悪い影響はないと思いたいな。
まあ、そうでなくとも上には立つが。
「・・・・・っ!」
「ん・・・」
なんて考えていたら、ティアは唐突に走り出した。
もちろん俺の手は握ったまま───というか、さっきまでよりも強く俺の手を握っているので、なんというか不安でいっぱいなんだろうなと思ってしまう。
きっと見覚えのある景色になったのだろう、なんて思いながらついて行くこと十秒ちょっと。
その道の突き当たりに、ひときわ大きな屋敷が現れた。
「・・・着いたっ!」
「ここか」
門の前に立ち止まり、俺の手を離してから門に近づいて手をかけたティアは、三秒くらいかけて呼吸を整えると───ぐっと力を込めて押し込み、門を開ける。
「・・・・・っ」
焦りすぎだ・・・と言いたいが、俺は敢えて何も言わない。
俺の思考も目に入っていないだろうし、何より今のティアの気持ちは、俺も痛いほど理解している。
だからこそ───
「おやおや・・・随分とまあ乱暴なお帰りだねえ」
「〜ッ!」
いつもとは違う一面だって見ることができる。
家族に対してだけ見せる、いつもの彼女とは全く違う、一人の幼い少女としての一面を。
「愛しのティア、おかえりなさい」
「お祖母様っ・・・!」
表情を見るまでもない。
声でわかる。
己の祖母と抱き合って、それまでの心配を一気に払拭して───開放された彼女は、感情のままに涙を流した。
「ただいま・・・お祖母様っ」
「・・・よしよし」
今の俺は、きっと少し情けない。
感動の再会をしている二人を見て、それをとても羨ましく思ってしまうのだから。
それに、会ってみたかったとも思う。
まだ知らない彼女の一面を、他でもない両親から聞いてみたかったと欲を抱く。
「・・・アニキは、なんだか寂しそうっすね」
「そう見えるか?」
グリムが突然、ほんの小さな声で耳打ちしてきた。
本当にこいつは周りのことをよく見ている。
「・・・・・邪魔はしたくない。
せっかくの再会だろ───」
「あら、あなた達もよ?」
唐突、あまりにも不意を突かれた。
顔を合わせ、小さな声で会話をしていた俺達に向かって、今しがたティアと抱擁していたはずの女性の声がかかったのだ。
「えっ?」
顔を向けてみれば、さっきまでは「お祖母様」という割には若々しい見た目だな・・・と思っていた彼女の風貌が、なんだかポテッとしたゆるいちびキャラみたいなカンジに変わっている。
しかも、そんな彼女を目元を腫らした状態のティアが抱き抱えているものだから、なんというか温度差で風邪を引く。
しんみりしていたのが嘘みたいに、俺はただ困惑するばかり。
「この子が決意したから、あなた達を連れてここに来た。
妾はもちろん、あなた達を家族として歓迎するわよ」
「・・・随分とまあ、懐が広いお人で」
「謙遜しすぎよあなた。それに、妾が見た限りではきっと、その癖をこの子にも咎められたのではないかしら」
しかもポンポン俺の心と事実を暴露してくる。
なんかこの人、プライバシーという概念が辞書になさそう。
「・・・お祖母様は人の深層心理が見える。
私とは違って、その人の奥深く───決して偽れない場所を」
「俺のプライバシーはフリー素材か何かか?」
ティアが説明してくれるなら、わざわざ暴露することはなかったろうに、いい性格をしている。
というか、今の俺が知りたいのは唐突なちびキャラ化なんだが、いや、最早それもどうでもいい。
とりあえず名前だけ。
名前だけでも教えてほしい。
「あら失敬、暫く使わないと程度が分からないものね」
俺の悪態に応えたのか、彼女はポンと音を立てて元の姿に戻り、ティアの横に立った。
見比べてみると身長はそこまで高くなく、今の子供の状態の俺と同じか少し上くらい。
金髪ロング、黄金の瞳、その他もろもろ・・・
言われてみれば「王族」ってカンジの人だ。
「妾の名前はセリア。歓迎するわよ、虚無の神子。
あなた達もこれから、妾の家族なのだから」
そんな人が、俺の目を真っ直ぐ見つめて言う。
すべてを見抜かれていそうで、少したじろぐ。
初対面の時のティアから感じたものとは、また違う感覚だ。
表面ではなく、もっと奥を見られているような、はたまたソレを可能な限り効率的に処理されているような、そんな感覚。
「きちんとただいまって、言わないとダメなのよ?」
「・・・はい」
久しぶりに会ったな。
こんなに背が高く見える大人は。