閑話:やっと言えた
彼女はもう、油断しない。
彼が認めるその瞬間まで。
───テグラの街・そこそこ値が張る宿屋───
…ボスン
「・・・それで、俺を拘束してなにを───っと」
「・・・・・なんなんだよホントに」
「ねえ、グレイア」
「・・・なに」
「・・・・・きみって、話すのが好きなの?」
「なんだ唐突に・・・」
「心の中で話してたやつ。議論が云々って」
「ああ・・・・・」
「あれは・・・その、なんだ。
古い友達との繋がりで、その・・・・・」
「・・・ある意味、ちょっとしたストレス発散だった。
あいつがどう思っていたかは知らないが」
「・・・・・ふうん」
「じゃあそれ、私にもやって」
「・・・いいけど、じゃあなんで拘束を」
ギシッ
「・・・・・なんだよ」
「私じゃ駄目なの?」
「駄目じゃないけど・・・」
「そう」
「・・・・・さっきからなんなんだ。
暴力女って言ったことは謝るから・・・」
「ううん、私が怒っているのはそこじゃない」
「きみは私を裏切った。
依存するって、言ったくせに」
「それは・・・」
「わかってる。悪意でやったことじゃないんだって」
「だから、好機だと思った。
きみをより深く知るための、良い機会だって」
「えっちなやり方でお灸を据えるのもやぶさかではない・・・とは思ったけれど、それじゃあきみのためにはならないとも思った」
「それに、私の立場も変わっていく。
今までと違って、きみだけを見ていればいいわけじゃない」
「・・・・・見る対象ね」
「そう。逆に、きみは何を見ていたのか・・・とか」
「何を見ていたかなんて、そんなもん単純明快だけどな」
「・・・?」
「・・・愚かしくも、俺は可能な限りの全てを見ている。
どうすればいいのかわからなかったから、とりあえず全てを。
そうしたら上手く行ったから、流れで続けていたんだ」
「昔取った杵柄・・・なんて言うには若すぎるけど、俺は舌なんて何枚でもあればいいと思ってる。
それをこの世界で最初に暴いたのは、たしかキクさんだったか」
「今思えば、俺はお前との初対面から既に危うかった」
「でも、お前は違ったから・・・すごいヤツだと思った。
今でもそう思ってる。
俺の後ろで、ずっと構えていて。
いざとなったら、一緒に戦ってくれて。
心が壊れた時は、寄り添ってくれて。
すごく強い・・・女性だと」
「だからひとつ、気になることもある」
「・・・お前の目には、俺はどう映っているのかということを」
「私から見たきみを知りたい?」
「・・・・・そう言ってる」
「ふうん」
「そう・・・ね」
「やわらかくてかわいくて、可哀想な人。
いつもぐらぐらと不安定で、危うい人。
私の負担を絶えず軽くしてくれる、心の拠り所」
「あとは・・・かなり、度し難い」
「・・・どこが」
「私が後ろで構えて居られるのは誰のおかげ?
一緒に戦う理由をくれるのは誰?
寄り添うくらいに好きにさせてくれたのは誰?」
「すごく強いだなんて、全てはきみのためなのに。
それをさも、私一人の評価みたいに言って」
「私はそれが、とても我慢ならない」
「・・・・・そうか」
「グレイア、知ってる?」
「・・・何を?」
「きみって、こういう時───心と言動が噛み合ってないの」
「正確に言い表すなら、心と言動の食い違いを思考で補正しようとしている。
それも、心の方じゃなくて言動の方に」
「きみは私の事を手放して賞賛するけれど、きみがした行動は違った。
あの時、きみは最も適するはずの私ではなく───自分を汚れ役に、相手から情報を抜き取る役に割り当てた。
思考を読み取るという能力を持つ私が、最も役割に適していたにも関わらず」
「それだけじゃない。
いつもきみは、私を前には立たせなかった。
叡智の寵愛者が相手の時も、独善の寵愛者が相手の時も」
「奇しくも私を後ろに置くことによる利はあったことも確かだし、自分で考えても、前に出るには未熟な部分もあった。
でも、きみは何かを恐れてるように見える。
言葉や思考には出さない、心に深く刻まれた何かを」
「・・・・・」
「教えて、グレイア」
「きみが一体、なにを怖がっているのか」
「・・・・・ああ」
「・・・簡単だろ、そんなの」
ブチッ…
「!」
グイッ…
「失うことだよ・・・っ!
何があっても、失いたくないに決まってる・・・!
自分の周りにいる人間は、誰一人な・・・・・」
「・・・でも、俺の過去はお前の過去に比べたらちっぽけだ」
「・・・・・は?」
「少年期に数人と数匹、死ぬ前に一人?
そんなの、お前と比べたら───」
「ふざ・・・けるなッ!」
「───っ」
「私は確かに、価値観が違うと言った。
きみの過去がその世界においては普通でない出来事なのに対して、私の過去はこの世界において珍しくはないもの。
命のやり取りが普通なこの世界では、幼少期に家族全員を殺されるというのは、そんなに珍しい過去じゃない」
「でも、きみは違う。
私は復讐できたけど、きみはできない。
その傷を和らげることは、決してできない」
「・・・・・その過去のどこが、ちっぽけだって言うの」
「振り返ることしか出来ない過去のどこが、ちっぽけだと!」
「・・・っ」
「私はきみに救われた。
きみがきみで無いのなら、今の私は有り得ない」
「そんなにすごい人を作った過去を、決して貶すべきじゃない過去を、他でもないきみ自身がちっぽけだなんて言わないで」
「・・・ッ」
「・・・・・あはッ」
「・・・・・あ〜・・・はは」
「・・・ぐすっ」
「・・・・・っ」
ギュッ……
「・・・・・ぐすっ」
「・・・ティア」
「なに、グレイア」
「・・・大好き。愛してる」