5 生徒会と自分の思い
息絶え絶えになりながらも何とか生徒会室まで辿り着くと扉をノックをする。
だが、気持ちが急いていたせいで思わず返事をいただく前に扉を開けてしまった。
「失礼します!!」
「……君は」
「コレルちゃん!?」
皆の声よりも、ジェラルド様の一歩の方が速かった。睨みを利かせながらこちらに向かって来る。
「殿下の許可もなく立ち入るとは何のつもりだ!」
気圧されそうになりながら、何とか声を出す。
「――あ、す、すみません! そのっ、アレットさん、お一人では大変なのではと思い私も微力ながらお手伝いをさせていただきたいと参りました! 雑用でも何でもお任せください!!」
「…………は?」
「……コ、コレルちゃん!? ど、どうして?」
どうしての問いに答えようと口を開きかけるが、皆の視線に思わず怯んでしまう。
「……あ……っ……」
冷や汗が背中を伝う。
ジェラルド様の冷たい視線に、アルベルト様の穏やかだけれど決して笑ってはいない表情。そしてキャロルの困惑した様子……。
舞踏会のことを思い出して足が竦みそうになる。
けれど、今はそんな時ではないと自分を叱咤する。何のためにここまで来たんだ。
背筋を伸ばし、下げてしまった視線を上げて皆を見つめる。
「……そ、その、生徒会というのは学園の中心的存在ですので、来たばかりのアレットさんが学園に慣れるためにも、生徒会のお手伝いをされるのは凄く良いことだと思っております。……ですので、私のせいでその機会を失って欲しくなくて……けれど、一人では不安でしょうし……一度はアレットさんのお誘いを断ってしまったのですが、やはり私もお手伝い出来たら、と……。もちろん、生徒会の皆さん次第ではありますが……」
私の言葉にジェラルド様は溜息を吐き、アルベルト様は何も言わず面白そうに両肘を机の上に置き両手を口元で組んでいる。
「……コレルちゃん。私のこと気遣ってくれたんだね、ありがとう。でも、それってコレルちゃんは無理してるってことだよね? 自分のことより私のことを優先しちゃってるんだよね……。私のことを考えてくれるのは凄く嬉しいけど、ちゃんとコレルちゃん自身のこと大事にして欲しいな」
「……キャロルさん」
「……だから無理しないで」
無理なんてしていないと口を開こうとしたが、言葉を発することができなかった。
「お嬢さん方、話は終わったかな?」
「あ、あの……」
言葉に詰まっていると、キャロルの愛らしい声が生徒会室に響く。
「――アルベルト様。私、今日はお手伝いのことをお断りするつもりで来たんです。……でも、お友達が私のことを考えて辛い気持ちを抱えているのにここに来てくれて……。なので、時々……皆さんが私のことを必要だと思ってくださった際に、お手伝いさせていただくというのは可能でしょうか?」
「うん。構わないよ」
神妙な面持ちで尋ねたキャロルにアルベルト様が即答する。
「アレットさんの都合もあるだろうし、元より無理強いをするつもりもなかったしね」
「あ、ありがとうございます!」
「それで、マルベレットさん。君はどうするの?」
「え!? あ、そ、そうですね……私は……」
私はどうする? どうしたい?
生徒会は嫌だ。あんなことがあったのだから皆さんの心象も最悪のはずだ。
考えていると、キャロルがそっと手を握ってくれる。顔を上げて彼女を見ると私を安心させるように微笑んで首を左右に振る。
無理しないで、大丈夫だから。……そんな声が聞こえてくる。優しい子だなぁ。
――純粋に、この子の役に立ちたいと思った。
「……私は……アレットさんが大変な時に、彼女のお手伝いが出来たらと思っております……許可をいただけましたらですけれど……」
「コレルちゃん!?」
「……なるほど。そうだね、アレット嬢が大変なことには早々ならない様に、こちらも気を付けるつもりだけれど、まだまだ不馴れなこともあるだろうし、その時は彼女を手助けしてもらえるかな?」
「……は、はい!」
「コレルちゃん無理しなくていいんだよ!」
「無理なんかしてないよ。嫌とか辛いっていう気持ちよりも、キャロルさんのお手伝いをしたいって思ったの……だから、お手伝いさせて? ね?」
「……コレルちゃんが、そう言ってくれるなら……。でも、絶対に無理しちゃダメだよ? 辛くなったら私のことほっぽり出していいからね!」
「ふふっ。うん、ありがとう」
「では、また声を掛けさせてもらうよ」
「はい。では、失礼します」
「あの、先ほどはアルベルト様の許可もなく勝手に入室してしまい、申し訳ございませんでした」
「うん、そうだね。僕は構わないけれど、他の者は良しとしないだろうから今後は気を付けてもらえるかな?」
「は、はい……!」
「殿下の温情に感謝するんだな」
「あ、ありがとうございます! では、失礼いたします」
「行こう、コレルちゃん」
キャロルが私の手を取り軽やかにスカートを翻しながら生徒会室を出て行く。
「コレルちゃん。疲れたでしょう? カフェテラスに行かない? ハーブティご馳走させて。……私のために来てくれてありがとう」
「……う、ううん! 私が勝手にしたことだから……」
「……うん。だからこそ、コレルちゃんが辛いと思うことはしないでくれると嬉しいな」
少し寂しそうな表情で呟くキャロルに、申し訳なくなってしまう。
――初めての友達で。距離感が掴めなくて。
良いことだと思って行ったことが、相手の重荷になることもある。
何かをする上で、その何かが誰かの犠牲で成り立ってはいけないのだ。それが例え自分自身であっても。誰かのためが自分のためにはなっていないか、気を付けなけば……。
「……ごめんね、キャロルさん。気を付けるね」
「……うん!」
――凄いなぁ。前世の記憶を思い出す前は、いつだって俯いて燻っていて。
自分も他人もどうでもいいと思って生きていたのに、ほんの少し視点をずらすだけで、こんなにも物事の見え方が違う。
この世界と人々に、たくさんのことを教えられる。
私も成長して行かないと。
置いて行かれると、きっと寂しくて泣いてしまう。
そのくらい私は今のこの世界が好きなのだと、知ることが出来た。




