50 まさか、これが…?
「私か? 私は、そうだな……」
ジェラルドさんが私の目をじっと見つめる。
「私なら、好きな相手に託したいと思う」
そう言うと、とろりと甘い笑みを浮かべられる。
お、おぉ……これは……とんでもなく恥ずかしい……。こんな真っ直ぐに見つめられながら、今のセリフは何というか……。
「ねぇ、カイちゃん。今のって完全に告白だよね?」
キャロルが隣に座るカイちゃんの耳元で、こっそりと呟く……いや、丸聞こえですけども。
「あらあら、お熱いこと。妬けてしまいますわね」
シャーレ嬢が、ふふっとからかうように視線を向けてくる。
「し、シャーレさん……」
もう、と呟きながらジェラルドさんの言葉を振り返る。
好きな人に託す、か。好きな人……なるほど、その発想はなかったかも。クロエ姫の好きな人……どう考えてもアルベルト様だよね。それが家族愛なのか、それとも違う意味を持っているのかは分からないが、彼女の愛がとてつもなく重いことだけは分かる。……そんなことを考えながらアルベルト様に視線を移す。
――その時、夏休暇中にお城に訪れたことを思い出す。確かあのとき……。
「あの、アルベルト様。確かクロエ姫からいただいたペンダントを持っていらっしゃいましたよね?」
突然の私の問いに、アルベルト様は少し不思議そうな表情になる。
「持っているけれど、どうかしたのかい?」
「よろしければ、見せていただいても?」
「それは、構わないけれど……」
そう言って、服の中に仕舞っていたペンダントを取り出すと私に手渡してくれる。
「ありがとうございます」
受け取ると、ペンダントをまじまじと見つめる。
真っ赤な美しい宝石。なんの石だろうか……紅玉、柘榴石、それとも尖晶石だろうか?
美しさに魅入っていると、宝石の中からぎょろりと眼が現れ、それと搗ち合う。
「ひっ!!」
思わず落としそうになるのを、何とか防ぐ。
「大丈夫か、コレル!?」
「どうしたんだい?」
「何かありまして!?」
「と、突然、すみません……」
声を掛けてくれる皆さんに謝罪すると、もう一度ペンダントに視線を移す。
すると、トクリ……トクリ……と極小さな鼓動が聞こえる。
――あ、やっぱりそうだ。
「アルベルト様。恐らくですが、これがクロエ姫の心臓ではないでしょうか?」
「「!?」」
その場にいた全員の視線が、私の持っているペンダントに集中する。
「クロエの心臓……これ、が……?」
恐る恐るペンダントに触れるアルベルト様。
「本当に、これが……? ……こんな……まさか……今まで、ずっと僕自身が持っていたというのか……?」
信じられないというように呟く。
「……殿下、試しに宝石を貫いてみてはいかがですか?」
ジェラルドさんの言葉に、アルベルト様は顔を上げて小さく頷くと、部屋の奥にあるデスクの引き出しの中から美しい装飾の施された銀色のナイフを取り出し、それを手に取る。
皆が固唾を呑んで見守る中、テーブルの上に置かれたペンダント目掛けて、アルベルト様がナイフを振り下ろした瞬間……。
――カキィン。
音と共にナイフが弾かれ、部屋の隅へと飛んで行ってしまう。
「「防御魔法!?」」
部屋にいた全員が叫んだ、その時――。
「あっはははは!」
空間が歪み、真っ黒な渦の中から人……いや、例の悪魔が現れる。
「君は……!」
「よく見つけられたね。すごい、すごい」
悪魔は長い黒髪を揺らしながら、楽しそうに手を叩く。
突然の悪魔の登場に、アルベルト様以外の人たちは動揺している。キャロルはカイちゃんの腕に抱き着き、シャーレ嬢はルーク様に肩を支えてもらっている。そんな中で、ジェラルドさんは私を庇うように前に出てくれていた。
「なぜ、ここに!?」
「なぜって、心臓が見つかったからさ。私には見届ける約目があるからね、見つかった際には、こうして出て来る義務があるんだよ」
「義務だと? ……いや、それよりも……やはり、これが心臓なのか」
小さく呟いたアルベルト様の瞳が暗くなる。
そして、飛んでいったナイフを拾い上げると今一度ペンダント目掛けて振り下ろした。
――何度も何度も何度も何度も何度も。
その痛々しい表情に、誰もが目を伏せる。
「――っ、これが! これさえ、壊せればっ!!」
だが、何度ナイフを振り下ろそうともペンダントに届く前に弾かれる。
「……はぁ……っ……はぁ……」
「……アル君」
「……っ……すみません……取り乱してしまって……」
「ううん……大丈夫?」
「……はい」
「……ペンダントに掛けられた防御魔法、僕が解呪してみるね」
そう言って、サイラス様がスペルを読み上げる。
「……あれ、何の反応もない?」
「……そんな、はずは……」
「これ、もしかしたら魔法が何重にも掛けられていませんか?」
「……本当だ。これは解くのが少し難しいかもしれないね」
どうしたものかと皆で考えていた時。
廊下から小さな足音が、段々とこちらに近付いてくるのが聞こえる。
「ああ、どうやらお姫様のお出ましのようだ」
クスクスと楽しそうに笑う悪魔。
足音が扉の前で止まると、静かに開かれた――。




