48 終わらない悪夢・3(※アルベルト視点)
この世界がループしていると気付いてから、今回で何度目になるのだろうか……。
六十を超えたくらいまでは覚えていたが、今では数えるのを止めた。
「(――虚しくなるだけだ)」
「お兄様! 今日は学園主催の舞踏会の日ですわよね?」
「……クロエ。うん、そうだよ」
クロエに対し、いつだって何事もないかのように、兄として穏やかに接する。
世界がループしていることを知っていると悟られるわけにはいかない。
「わたくしも、こっそり参加しちゃおうかしら」
「今日の舞踏会は、高等部に上がる生徒たちのためのものだから、クロエが参加するのはどうなのだろうね?」
「……お兄様は、わたくしが参加しない方が良いとおっしゃるの?」
「良い、悪いじゃないよ。場が違うということだ」
「わたくしは、場違いだということですね?」
「……クロエ」
「もういいですわ。お兄様なんて、わたくし以外の女性と楽しく踊ってくればいいのよ!」
つんとそっぽ向くクロエに見えないよう、ひっそりと息を吐く。
……いつも、こうだ。僕が他の女性と接する機会があると、自分も入って来ようとする。
「……明日は、クロエの見に行きたいと言っていた叔母上の庭園へ連れて行ってあげるから機嫌を直してくれないかい?」
「……帰りに、街で人気だというお店のケーキと紅茶もいただきたいですわ」
「わかったよ。後で執事に言って手配しておこう」
「わーい! うふふっ、お兄様大好き!」
クロエが、勢いよく抱きついて来たので支える。
「とても楽しみだわ! 何を着て行こうかしら!」
「お気に入りの侍女に、相談して来たらどうだい?」
「そうね! そういたしますわ!」
そう言ってクロエは、無邪気に去って行った。
「……ああ、なんて面倒なのだろう……」
思わず本音を漏らしてしまう。
悟られないように、変わらぬ良い兄を演じることに時々吐き気がする。
確かに昔は可愛い妹だったが、今は忌まわしいとしか思えない。
――どんな理由があろうと、悪魔と契約して時間を繰り返しているなんて許されるはずがない。
どれだけの人々を、巻き込んでいると思っているのか……。
考えていると執事がやって来て、舞踏会の用意をするように促される。
余計なことは一旦置いておいて、準備を始めることにした。
◇
城を出ると、ジェラルドが待っていてくれた。
堅物だが、真面目で優秀な人間だ。アインベルツの当主に何か吹き込まれたのか、側で仕えたいと言われたときには、どうしたものかと考えたが、彼は想像以上に優秀で本人さえ良ければ卒業後も側に居てもらいたいと思っている。
――まぁ『卒業後』なんてものが来ることがあれば……の、話だが。
会場の前では、サイラスさんとルークさんもいた。
二人には敬称はいらないと言われたが、学生のうちは後輩という立場なのだからと、付けるようにしている。
特に、サイラスさんは幼少期の頃から何かと面倒を見てくれていたので、兄のように思っている節があり、どうにも呼び捨てには慣れないのだ。
四人で会場に入ると歓声が上がる。
彼等は、女子生徒にとても人気があるらしい。側に居る者たちが慕われているというのは、誇らしいものだ。
にこやかに対応していると、ふと耳に嫌な言葉が届いた。
「……そうですね。なんだかゴテゴテしていて、品がないです」
――彼女は。
確かこの後、転入してくるキャロル・アレットに嫉妬し、魔法で攻撃しようとした罪でギロチンにかけられる……醜く悍ましい人間……。それが今はシャーレ・フォルワードを蔑んでいる。
――吐き気がする。
はぁ……と、ため息を吐く。
いつもなら、放っておくような場面だ。
僕自身、本来の時間軸に戻ることが出来た時のことを考えて、なるべく行動を変えないようにしていた。……〝本来の時間軸に戻る〟なんてことが起こり得るならの話ではあるが……と、思わず自嘲してしまう。
正直、僕には何も関係ない。どうでもいい……はずだったのだが、その時は目に余ってしまった。
「品がないのは、どちらなんだろうね?」
自分でも、大人げのない行為だったとは思う。
――けれど、このあと彼女は思いもよらない変貌を遂げた。
見た目もそうだか、行動や発言も、それまでの繰り返された世界にいた彼女とは、まるで別人のようだった。
キャロル嬢と友人として仲良くしているようだし、何よりあの堅物のジェラルドが彼女に思いを寄せるなんてことがあるのかと酷く驚いたものだ。
もしかしたら、何も変わらなかった世界で何かが変わろうとしているのかもしれない。
……いや、やめよう。何も期待するな。
どうにもならなかった時に、落胆するのは自分だ。
これは、グランジェインの人間として僕がどうにかしなくてはならない問題なんだ。
他人に何かを期待するのは止めよう。
「お兄様、ダンスを教えてくださらない?」
「構わないよ、クロエ」
そして、今日も僕は良い兄を演じるのだ。
「(……ああ、誰か…………)」




