43 作戦会議
「――というのが、ここまでの出来事です」
皆さんに、これまでの流れを事細かに説明すると、それぞれが難しい顔になる。
「……話しを聞く限り、犯人は王室のメイドだとしか思えませんが……」
「けど、さすがにそれはリスクが高すぎるだろ。メイドが一人で、学園に侵入して嫌がらせとか……」
「割に合わなすぎるな」
皆が話し合う中、キャロルが焼けてしまった魔法辞典を慈しむように撫でていた。
「……ごめんね、キャロルさん。私がもっと早く止めることが出来ていたら……」
私の言葉に、キャロルが左右に大きく首を振る。
「謝らないで。コレルちゃんのお陰で、この辞典は少し焦げたくらいで済んだんだよ。コレルちゃんが頑張って守ってくれた大切な物だから、これからも大事に使っていくね。……ありがとう、コレルちゃん!」
そう言ってキャロルが、ぎゅっと魔法辞典を抱き締める。
「……ううん」
「でも、無茶はしないでね?」
「そ、それは、もちろん! ……気を付けます」
「ふふっ」
「――どうにか、確認する方法はないもんかねぇ」
私とキャロルが、ひっそりと話していた間も他の皆さん方は犯人について話し合っていた。
「王室には、使用人たち全員の顔写真付きの名簿があるはずですわ。それが、手に入れば……」
「けどまあ、どう入手するかが問題だな」
「王子さんに、頼むとか?」
「さすがに、殿下を巻き込むわけにはいくまい。仮にも、王室のメイドが学園に侵入し生徒に嫌がらせをしていたかもしれないなどと、伝えるわけには……」
「……そうだよなぁ」
「――フォルワード嬢は、王家とも懇意にしておられるし、どうにかならないだろうか?」
「確かに良くしていただいておりますが、さすがに名簿を貸してくださいとは……」
「……そうだな、すまない」
三人が、うーんと息を吐きながら声を漏らした時。
「サイラス先輩には、お願いできないのかなぁ?」
キャロルの言葉に、全員が振り向く。
「前にサイラス先輩のお父様は、王宮勤めの偉い人って聞いたの。だったら、お願いできないかなぁって」
どうかな、とキャロルが微笑む。
「そうですわね、サイラス様でしたら……」
「だが、ユグレシア先輩を巻き込むのもどうなんだ?」
「王子さんを巻き込むよりは、いいんじゃないか?」
「――サイラス先輩はお優しい方なので、話せば協力してくれそうではありますよね」
私も思わず会話に参加する。
「そうだな、話をしてみてもいいかもしれない」
「あの人、口も堅そうだしな」
「でしたら今日の放課後に、お時間をいただけないか聞いておきますわ」
全員が頷くと、クラスメイトが挨拶をしながら教室に入って来る。もう、そんな時間になるのかと驚きながら皆で挨拶を返すと、それぞれが自分の席へと戻って行った。
――放課後。
サイラス様から了承の返事が届いたとシャーレ嬢が皆に伝えてくれて、放課後に魔法科室で待ち合わせをする運びとなった。
私たちは少し早めに訪れ、のんびりと待っていると慌てた様子でサイラス様がおいでになる。
「ごめんね、待たせちゃったかな?」
「いえ、お時間ちょうどですわ」
「私たちが、早めに来ていたんです」
「そっか、よかったぁ」
サイラス様が胸に手を当てて、ほっと息を吐くと本題に入られる。
「それで、僕に話ってなにかな?」
皆で目配せすると、私は頷き口を開く。
今朝と同じように、これまでのことをサイラス様に事細かにお話しした。
伝え終えると、サイラス様はしばらくの間、黙り込んでしまう。
「……そんなことが。アレットさん、フォルワードさん、恐かっただろうね……マルベレットさんも、怪我の方は大丈夫?」
「ありがとうございます。もう、全然平気です!」
サイラス様のお気遣いに、私は元気よく右腕を振る。
「そう、良かった。――それで、使用人名簿……だったね」
酷く困った表情で、口元に手を当てているサイラス様を、私たちは黙って見つめる。
「うん……それなら、幼い頃に王宮の執務室にあったのを見たことがあるよ。さすがに中を見たことはないけれど、分厚くて気になったから、あれが何かと聞いたことがあったんだ」
「……執務室」
「あの、それをお借りすることは……」
「……さすがに、難しいんじゃないかな。個人情報だしね」
「……ですよね」
その場に居た、全員の視線が下に落ちた時――。
「サイラスの親父さんなら、執務室の鍵を持ってるでしょ。こっそり借りてきて、貸してあげなよ」
突然、入ってきた声に全員がそちらへと振り向くと、良く見知った人物がそこには居た。
「る、ルーク!?」
ルーク様……いつから、なぜここに!?
「ごめんね〜。みんなの会話、全部聞こえちゃった」
えへっとルーク様が可愛く笑う。
「……ルーク、午後の授業に出て来ないと思ったら、こんな所でサボっていたの!?」
「面倒だったからね〜。まぁいいじゃん、そんなこと。それよりも、さっきの続きだけどサイラスの親父さんなら鍵持ってるでしょ」
「――確かに父は執務室の管理を任されていて、部屋の鍵を持ってはいるけれど……」
「じゃあ、貸してあげればいいじゃん」
「けど、そんなこと……」
サイラス様が言い淀む。
「ただ名簿を見て確認するだけなんでしょ? そのくらいなら別にいいじゃん。さっさと犯人突き止めないとキャロルちゃんとシャーレちゃんが、この先も被害を受けるかもしれないし、顔を見ちゃったコレルちゃんだって何をされるか分からないよ? もしかしたら、誰かを雇って報復に来るかもしれないし。サイラスは、それでいいわけ?」
「……それは……」
口を挟んで良いものか迷っていると、サイラス様が口を開く。
「――わかった。週末なら父が私用で出掛けているから、その時になら何とかなると思う……」
「よ、よろしいのですか!? ご無理にとは……」
「いや、ルークの言う通り君たちの身に危害が及ぶかもしれないし、本当に王室のメイドが犯人だとしたら由々しき事態だ。どちらにしろ、放っておくわけにはいかないよ」
「そうそう」
「あ、ありがとございます!」
サイラス様は小さく息を吐くと、ルーク様を一瞥して穏やかに微笑んだ。
「それと、僕とルークも手伝うよ」
「は?」
「一年生の子たちだけじゃ、危ないでしょ? だから当日は僕たちも一緒に行くよ」
「なに、勝手に決めて……」
「ルーク自ら、やり取りに参加して来たんだからいいじゃない。みんなのこと心配でしょ?」
その言葉にルーク様が私たちを見回す。
整った髪の毛を、くしゃくしゃとかき混ぜると重いため息を一つ吐いた。
「……わかったよ。俺から、口を挟んじゃったしね」
「うん。――ということで、みんな宜しくね」
にこりと笑うサイラス様に、私たちは慌ててしまう。
「え、ええっ!? で、ですが、さすがにそこまでは……」
「気にしないで。乗りかかった船だしね」
「けれど、これ以上ご迷惑をお掛けするのは……」
「大丈夫、大丈夫〜。それに、サイラスは一度決めたことは絶対に譲らないから」
「うん。だから、僕たちにもみんなのこと手伝わせてくれると嬉しいな」
私たちは困惑した表情のまま互いに顔を見合わせると、サイラス様の申し出を受けることにした。




