41 困惑・2
「何をしているんです!?」
「!?」
女子生徒がビクリと肩を揺らすと燃やしていた辞書を床に落とす。
「危なっ――魔導書!」
私は急いで魔導書を作り出すと、水魔法を唱える。
無事に鎮火させると、その隙に逃げ出そうとする女子生徒に気付いて手を掴んだ。
「逃がしませんよ!」
「――っ、離して! 離しなさいよ!!」
「離しません! 貴方ですか、キャロルさんやシャーレさんに嫌がらせをしていたのは! 貴方の燃やした、この魔法辞典がどれだけ貴重な物か……なぜ、こんなことするんです!?」
言いながら、女子生徒を正面から見据えた時……
――違和感。
見たことのない生徒だ。一年生……いや、二年……三年生かもしれない。
――それよりも何だろう、この違和感……ごく普通の生徒にしか見えないけれど、なにかが引っ掛かる。
「うるさいわねっ! 離してって言ってるでしょう!!」
女子生徒は叫ぶと、ポケットから小さな石のような物を投げつけて来る。
次の瞬間、石が割れたかと思うと中から炎の渦が現れ腕に絡み付いてくる。
――マジックアイテム!?
「熱っ!!」
私が手を離した隙に、女子生徒は逃げて行ってしまった。急いで炎を消して彼女を追うが、姿が何処にも見当たらない。
「……っ、逃げられた……せっかく犯人を見つけられたのに……」
視線を落とすと、自分の右腕が目に入る。制服の一部が焼けて腕に軽く火傷を負っていた。
「よく冷やさないと……」
静かに呟くと教室に戻り、僅かに焼け焦げてしまった魔法辞典を拾う。裏にキャロルの名前が書かれてる辞典を見て、悲しくなってしまう。
「……ごめんね、間に合わなくて」
一生懸命に魔法の練習をしていたキャロルの姿を思い出して、思わず涙ぐむ。
「なんで、こんな酷いことを……」
少しでも綺麗にしておこうと辞典を拭いていた時、ふと足元に何かが当たる。
しゃがんで手に取ると、それは小さなブローチであった。
「これは……誰かの落とし物? どこかで見たような……あれ、この刻印は確か王家の……」
そういえば、夏休暇でお城に行った時に、メイドの方たちが付けていたことを思い出す。
「なんで、こんな物がここに?」
アルベルト様の落とし物だろうか? いや、だとしても何のためにアルベルト様が使用人のブローチを?
混乱していると、腕がズキズキし始める。
「――っ、早く処置しないと……」
ブローチをポケットへと仕舞ってから、焦げてしまった本をキャロルの机の上にそっと置くと、本来の目的であったローブを手に取り、寮へと帰る。
◇
部屋に戻り自分で火傷の処置をしたが、痛みが引かないので急遽自分の屋敷に戻ることにした。
先に連絡しておいたので、屋敷には主治医が待っていてくれて適切な処置をしてくれた。安堵していると、部屋の扉が叩かれる。
「はい、どうぞ」
「失礼します。お嬢様、大丈夫ですか?」
師匠が心配してハーブティーを持って来てくれた。お礼を言ってからいただくと、ほっと息を吐く。
「ありがとうございます、師匠。とても癒やされます」
「どういたしまして。それよりも、火傷だなんて……何があったんですか?」
私は少し悩んだあと、師匠にこれまでの出来事をかいつまんで話した。
「はあ……お嬢様は、また自ら面倒なことをなさって」
師匠が呆れてため息を吐くが、その表情はとても柔らかかった。
「よければ、拾ったブローチを見せてもらえませんか?」
「はい、どうぞ」
鞄の中に仕舞っておいたブローチを取り出すと、師匠に渡す。師匠は、それをまじまじと見つめたあと、ふぅん……と声を漏らす。
「確かに王家のメイドの付けている物ですね」
「師匠、ご存知なんですか?」
「ええ、まあ。しかし、こんな物が学園に落ちていたなんて……」
「……おかしい、ですよね……」
「他に何か、気付いたことは?」
「……他に……」
キャロルの魔法辞典を燃やしていた生徒を思い出す。私はあの時、彼女を見て違和感を覚えた。なぜ? 彼女に何が――。
「あっ」
「何か思い出しました?」
「学生には見えなかったんです!」
「……どういうことですか?」
「えっと、学生にしては……その、お年を召されていたといいますか……」
「つまり、老けていたと?」
「……端的に言えば、そうです」
ハッキリ言う師匠に苦笑する。
「実年齢よりも年齢が上に見える方はたくさんいらっしゃいますが、どうにもチグハグというか……アンバランスというか……学生っぽさが全くなくて……制服も妙に真新しくて、着せられている感があったというか……」
「………なるほど」
顎に手をやりながら師匠が呟く。
「ならば、本当に学園の生徒ではなかったのかもしれませんね」
「え?」
「王室のメイドのしたことなのかも、しれません」
そう言って、先ほど渡したブローチを私の手に戻される。
「な、何のために、そんなことを!?」
「さあ……それは分かりかねますが」
王室のメイドが学園の制服を着て侵入していた? そもそも、そんなこと出来るの……? うちは王侯貴族の通う学園なこともあって、とてつもなく警備が厳しい。それらを掻い潜ってまで、キャロルやシャーレ嬢に嫌がらせをしていたと? いや、いくら何でもリスクが高すぎる。
だめだ、混乱してきた……。息を吐いてから師匠の淹れてくれてハーブティーを口にする。
「まあ、ずいぶんと妙なことではありますよね」
師匠が目を伏せ何か考えるように黙り込んだあと、静かに口を開く。
「……お嬢様。よろしければ、これを」
服の中からペンダントを取り出すと、美しい装飾の施されたペンダントトップの中から小さな石が出て来る。
漆黒のような、天鵞絨のような、瑠璃のような……不思議な色をした石を私に差し出してくる。それを受け取ると、私は疑問を口にする。
「これは?」
「マジックアイテムです。唯一無二のもので、私のお守りのようなものだったのですが……お嬢様に差し上げます」
「ええ!? 唯一無二のもので、お守りのような物って……そんな大事な物いただけませんよ!」
「……これは、一つの賭けなのですが……もしかしたらお嬢様なら……」
「あの……?」
「いえ、何でもありません。いつか、何かの役に立つかもしれませんので、お嬢様が持っていてください」
そう言って、ペンダントごと私に渡してくださる。
「で、ですが、こんな大切な物……本当によろしいのですか?」
「ええ、勿論です」
師匠が笑いながら私の掌に置いたペンダントを取って首に掛けてくれた。
「では、私はこれで失礼いたしますね。ゆっくりとご静養くださいませ」
師匠が部屋を出てくのを見送ると、ベッドで大の字になる。
「……なんか、いろいろとありすぎたなぁ。さすがに疲れちゃったかも」
そのまま眠りにつきかけたが、ふと思い出して起き上がる。
「そうだ、カイちゃんに連絡しておかなきゃ!」
私は、放課後に起こった出来事を事細かにカイちゃんに送ると、ゆっくりと眠りについた。




