22 ジェラルド様と夏休暇の終わり・前
夏休暇も残り僅かとなったある日。
私は、新学期に向けて必要な物を揃えるために街へと来ていた。
筆記用具に魔法関連の道具、新しいドレスに各種小物類。
全て買い終わり、帰ろうとなった所でお菓子の材料や機具を買っておく予定だったことを思い出す。学園でも買えなくはないが、いつもとは違うバターや小麦粉……それに珍しい素材のものや、新たな機具はここで買っておきたい。
「あの、すみません。最後に材料店に寄っても構いませんか?」
一緒に来てくれていた師匠と護衛のライズさんに了承を得ると、裏通りにある専門店へと向かう。
中に入ると、様々な製菓用品や愛らしい小物達で溢れていて思わず声が漏れてしまう。
「わあ、素敵な物がたくさん置いてありますね! このメーカーのバター、高いのですが一度使ってみたかったんです。小麦粉にもいろんな種類があるなぁ……これとか良さそう。わぁっ、あの可愛いクッキー型とか、キャロルさんが喜びそう! こっちはシャーレさんっぽいなぁ。うーん……今度デコレーションケーキも作りたいし、回転台とパレットナイフも買っておこうかなぁ……」
楽しくなって、あれもこれもと買っていたら師匠が口元に手を当てて吹き出す。
「ふっ、ふふっ」
「え? どうしたんですか師匠」
「いえ、楽しそうだなあと思いまして。……お話を聞かせてくださいましたが、学園での生活が本当に充実していらっしゃるのですね。安心しました」
「……師匠。はい、ありがとうございます!」
「それから、せめて人前では師匠はやめましょうね?」
「はい! ししょ…………え!?」
いけないと口を押さえた時に、ふと店内の窓から見知った顔が見えて、驚きのあまり声を上げてしまう。
「……お嬢様?」
「あ、すみません。クラスメイトの方が……」
あれは、ジェラルド様? 裏通りの奥に向かわれてるみたいだけれど、あちらは治安の悪い場所だ。なぜ、あんな所に?
まあ、何かあったとしてもジェラルド様は、とてもお強い方なので心配はいらないと思うが……思うのだが……もし、大人数に襲われたら? 相手が卑怯な手を使って来たら?
――お見かけした以上、さすがに放ってはおけないなぁ……。
「……すみません、ちょっと行きたい場所があるのですが……その、一人で……」
師匠とライズさんに声をかけると、ライズさんの表情が厳しくなる。
「……お嬢様、それは」
「構いませんよ」
「マカ!?」
師匠の言葉に私も驚く。
「い、いいんですか!?」
「ええ。一人で行きたい事情があるのでしょう?」
師匠がちらりと窓の方を見てから、私に視線を戻す。
「ただし、三十分以上経っても戻って来なかった場合は、警察に連絡したあと私達もお嬢様を探しに参ります」
「……師匠」
「おい、マカ!」
「責任は私が取るわ。……行ってらっしゃいませ、お嬢様」
「ありがとうございます、すぐに戻って来ますので!」
急いで店内を出ると、ジェラルド様の向かった方へと走る。大丈夫だろうか……何事もないと良いが。
かなり奥まで行くと、話し声が聞こえて来る。壁に隠れて様子を伺うと、ジェラルド様と柄の良くない男の人達がそこにいた。自分たちと同い年くらいだろうか? ジェラルド様と、どんな関係があるのだろう……ご友人には見えないが。
「いいご身分だなぁ? ジェラルド」
「魔法持ちが、そんなに偉いのかよ」
「お前、今じゃ王子様の金魚の糞やってるんだってな?」
「折角入れて貰った学校でも、散々恨み買ってるって聞いたぜ? お前のこと憎んでる奴、いっぱいいるんだって?」
――昔のお知り合い? 随分と厭味たらしいが。
黙って聞いていたジェラルド様が、深い溜め息を吐いてから口を開く。
「わざわざ呼び出すから何かと思えば……。人を妬む前に己を振り返ってみてはどうだ?」
ジェラルド様の言葉に、彼らの顔が真っ赤になる。
「てめぇ!! 調子に乗ってんじゃねぇよ!!」
「たかが魔法が使えるってだけのくせに!!」
「裏切り者がっ!!」
一人がジェラルド様の胸ぐらを掴むが、その手を取り背後に回ると頭を押さえ付け地面へと叩きつける。
「ぐっ……が……っ」
「てめぇ!!」
更に別の人がジェラルド様に襲いかかるも、足を払われ倒れ込んでしまった。
「……チッ」
次々と倒される仲間を見ていた一人が、懐からナイフを取り出す。
「(――ナイフ!?)」
あんなの出すなんて卑怯すぎる。さすがに出て行こうとした時――。
「そこまでにしとけ」
突如、更に奥の路地から大柄な男性を中心とした集団が、ジェラルド様たちの元へと向かって行く。
「よぉ、ジェラルド。久しぶりだな」
「……お前は……」
「何だよ、俺のこと忘れちまったのか? 同じ施設で育った仲だってのによ」
「(施設……?)」
「……ちゃんと覚えている。ネイサン……」
「そうか。会えて嬉しいぜ、兄弟。……立てるか?」
「……ああ」
ジェラルド様が立ち上がろうとした瞬間、ネイサンと呼ばれた男性がポケットから小さな玉のような物を取り出し、ジェラルド様のお顔へと投げ付けた。
「――!?」
顔には当たったが、後ろに飛んで擦る程度で済んだようだ。
「何をす――っ、」
言葉の途中で、ジェラルド様が膝から崩れ落ちる。
「ははっ、すばしっこいねぇ! まぁ当たりゃいいし、どうでもいいけどな」
ネイサンがジェラルド様のお顔を掴むと、歪な笑みを浮かべる。
「さっきお前の顔にぶつけたのは、相手の能力を根こそぎ奪っちまう香料が練り込まれたマジックアイテムなんだってよ。まぁ半日しか持たねぇらしいがな」
「関係ねぇよ。その間にこいつのこと、二度と魔法が使えねぇ体にしちまえばいいだけだしな」
「あっはは! ざまぁねぇなぁ、ジェラルド」
ネイサンとお仲間たちが、愉快でたまらないと言わんばかりに大きな声で笑う。
「貴族の家は楽しかったか? 俺ら凡人と違って魔法持ちはいいよなぁ、すぐに貰い手が見付かるんだからよ」
「こいつは顔もいいからなぁ。学校でもいい思いしたんじゃねぇの?」
「羨ましいよなぁっ!?」
そう言って、一人がジェラルド様のお顔を思いきり殴る。
「魔法がなんだってんだよ!! 偉そうに!!」
「二度と魔法が使えねぇようにしてやるよ!!」
「あのマジックアイテム、一個幾らしたと思う? クソ高かったんだぜぇ。値段分ボコボコにして、再起不能にしてやらねぇと気が済まねぇよなぁ!!」
今度は、ネイサンがジェラルド様の腹部を蹴り飛ばす。
――いけない、このままでは!!
だが、このまま出て行って大丈夫だろうか? あのアイテムを、まだ持っている可能性もある。
――けれど。
彼は一個幾らしたと思っている、クソ高かったと言っていた。そんな物を二つも購入したであろうか? どちらにしろ放ってはおけないし、師匠たちを呼びに行っている余裕もない。三十分経っても戻らなかった場合は、警察に連絡して来てくれると言っていた……それまで、ジェラルド様を守りきらなくては。
私は深く深呼吸すると、魔導書を呼び出した。




