18 サイラス様の進路
サイラス様は直ぐに戻って来てくださると、ハチミツ入りの冷たい紅茶を手渡してくださる。
「ありがとうございます。あの、お幾らでしたか?」
「いいよ。僕が声を掛けたんだし、奢らせて?」
「ですが……」
「……ダメかな?」
はーん。またその首を傾けるやつをやっちゃいますか? それをされると何も言えない!
「い、いただきます……」
「ふふっ、どうぞ」
いただいた紅茶を口に含むと優しい甘さが口の中に広がり、ほっと息を吐く。
「……マルベレットさんは、将来は魔法関係の職に就く予定なの?」
「え?」
「今の段階でこれだけの攻撃魔法を扱えるのだから、君なら宮廷魔法師にだってなれるんじゃないかな?」
――か、考えたことがなかった……。
そもそも『将来』のことなど考える余裕が一切なかった。断罪まで僅かな時間しか残されておらず、死ぬかもしれないという状況だったので、それを回避することしか頭になかったのだ。
「……将来。将来、ですか……。私にも、あるかもしれないんですよね……」
「……? 勿論だよ」
「――そう。そうですよね!」
そっか、私にもこの先の未来があるかもしれないんだ。断罪を回避して、その先の未来を夢見てはいたけれど、回避することしか考えていなかった私は、言われて初めてそのことを認識する。
「宮廷魔法師だなんて国内でも最高クラスの職を、夢見ても良いんですよね?」
「ふふっ、マルベレットさんなら頑張れば夢じゃなく、現実に出来ると思うよ?」
サイラス様はそう言うと、少し寂しそうに目を細める。
「……なんだか羨ましいな、素晴らしい才能を持っているマルベレットさんが」
「…………サイラス様、何かあったのですか?」
私の言葉にサイラス様は目を伏せると、小さな声で呟く。
「実は少し進路に悩んでいてね……もし、マルベレットさんが迷惑じゃなければ聞いてもらってもいいかな?」
「わ、私で良ければ! それで少しでもサイラス様のお気持ちが紛れるのでしたら、嬉しいのですが……」
「……ありがとう、マルベレットさん」
サイラス様は手に持った紅茶を一口飲むと、静かに話始める。
「僕には兄が二人いて、とても優秀な人達なんだ。両親は僕に対しては将来好きにしても構わないって言ってくれているんだけど、本心では兄達と同じように王宮務めをして欲しいって思っていることが解っていて……でも……」
ふとサイラス様の手元を見ると、持っていたカップを強く握り込んでいた。
お気持ちが苦しいのかもしれない。こんな時、本来なら何か一言お声を掛けるべきなのかもしれないが、私はサイラス様の言葉を静かに待つことにした。
「――実は僕は、魔法の研究がしたいんだ。だから魔法研究の発展している隣国に進学して、行く行くはそちらの王立魔法研究院に入りたいって思ってる」
そう。サイラス様は王宮の役人でも騎士でもなく研究員になりたいのだった。
だが、ユグレシア家は代々王家に仕える由緒正しい家柄。いくら自由にしていいとご両親に言われたからといって、他国の魔法研究院に入りたいなんて早々口に出来るわけがない。
まして自分の息子や末弟が他国で研究員をしているなんて、他の人に知られたら何て言われるか……。想像しただけでも、うんざりしてしまう。サイラス様は、きっとその辺りのことも危惧しているはずだ。
――でも。
「サイラス様の人生なんだよねぇ……」
「……え?」
「……あ、いえ。サイラス様のお立場や環境状況などは理解出来ますが、サイラス様の人生なんですよね。――私は一度とことん自分のことが嫌になってしまって、その時にどんなことがあっても、いつ死んでも後悔のない自分でいたいと思いました。サイラス様は、もしご自分の意思に背いてお兄様方と同じ道に進んだとして、後悔はありませんか? 最後……ご自分の人生を終えるかもしれない時に納得出来ますか?」
私の言葉に、サイラス様は困ったように眉を下げる。
「……うん。そうだね……それは、わかってるんだ。でも……」
「……そんな簡単な問題ではないですよね。すみません、差し出がましいことを言ってしまって」
「ううん。気を遣ってくれてありがとう」
「ただ、やはり外の声や他の誰よりも、ご自分を優先させて欲しいと私は思ってしまいます。お優しいサイラス様は、いつだって他を優先させて来たのではないでしょうか? ですから将来の……大事な一生を決めるようなことは、自分を軸に置いて考えてもらいたいです。今を生きているのはサイラス様で、サイラス様の世界の主人公はサイラス様なのですから」
「……マルベレットさん。……うん、そうだね」
サイラス様は目を細めると、ゆっくりと息を吐く。
「……僕は最初から諦めていたんだ。どんなに自由でいいと言われても、そんなわけにはいかない。僕はユグレシア家の人間なんだから許されるわけがないって……。まだ、何もしていないのにね」
「……はい」
「……でも、例えどんな結果になったとしても、一度は動いてみるべきだよね。僕の人生なんだから」
「――っ! はいっ!」
「今度の休暇中に、両親に話してみるよ」
「凄くいいと思います!」
「ありがとう。マルベレットさんに聞いて貰って、気持ちがとても軽くなったよ」
いただいた紅茶の最後の一口を飲み干すと、ふと思い出す。同じようなやり取りがゲーム内のイベントであったことを。
ゲーム内のキャロルは何て言っていたのだろうか。彼女はもっと上手く彼の心をほどくことが出来たのだろうか。
――考えても仕方ない。
隣に座るサイラス様を見ると、何処かスッキリとした顔をなさっていた。
「(…それだけで充分だ……)」
私は、ゆっくりと立ち上がると大きく体を伸ばした。




