14 期待と不安
朝の日課を終えて、朝食のサーモンとフレッシュチーズのサンドイッチを食べながらメモを取る。
「……創立記念祭は無事に終了っと」
チェックを付けながら当日のことを思い出し、思わず頬が緩んでしまう。舞踏会に行くためにお友達と一緒に支度をして、練習とはいえ殿方と生まれて初めて踊ることが出来て……。
「(……本当に夢のような時間だったなぁ)」
気を抜くと創立記念祭のことを思い出してしまうので、温かい紅茶を飲んで気持ちを切り替える。
「今後起こるイベントは何だったかな……」
今のところ誰のルートにも入っていないと思うので、共通イベントだけに絞って思い出して行く。
文化祭、体育祭、他校との交流会、ニューイヤー、バレンタインデー、ホワイトデー、海水浴、お城への招待、お誕生日のプレゼントを渡す……他にもあったとは思うけれど、大きいのはこれくらいだったはずだとメモに書いておく。
「……確か私が断罪された後に、他校との交流会が行われるはず」
いや、それよりも先にもうすぐ始まる夏休暇について考えよう。確か一年目の夏休暇中にお城に招待されて、翌年に海水浴イベントがあったはず。
――ゲームでは私とキャロルには、ほぼ接点がなかった。そんな中、今は友人として毎日を過ごさせてもらっている。カイちゃんやシャーレ嬢、今ではジェラルド様との関係もそれほど悪くはないはずだ。
このまま何事もなく進んで行けば、断罪は免れるのではないか? そもそもキャロルに何かをするなんて事は、あり得ないのだから。
――ただ。
もし、何らかの意図せぬ事故でキャロルに魔法を使ってしまったら? 間違って魔法を発動してしまったら?
……これまでに培って来たものが全て崩れ落ちてしまうのではないか。
想像の中でキャロルがシャーレ嬢がジェラルド様がサイラス様が……みんなが、私を見て驚愕と失望の表情を見せる。
――怖い。怖い、怖い、怖い、怖い。
ひゅっと喉が鳴る。
カイちゃんには話をしてあるから、私のことを信じてくれるかもしれない。
だとしても誤解を解くことが出来なければ、私はきっと断罪されてしまう。
ざわつく胸に手を当て、落ち着けるように息を吐く。
考えても仕方のないことだと、紅茶を口に含む。
私は私の出来ることをして、仮に断罪されることになったとしても、全てをやりきって悔いのない死を迎えたい。
「願わくば、何事もないことを祈りたいけれど……」
呟きながらメモを取るのを止めて、朝食に集中することにした。
◇
登校すると何やら今日はやたらと視線を感じる。
「……舞踏会で……」
「……の、誰とも……」
「……まさか……でも……」
「……ですが……二人……で……」
何かなぁ……何だろうなぁ……何かやらかしちゃったのかなぁ……記憶にはないけれども。
皆の視線を避けるように、私は足早に教室へと向かう。
教室に入り肩の力を抜くと安堵の息を漏らす。そして、今の自分にとって教室は安心出来る場所なんだと、少しだけ笑みが零れた。
「コレルちゃん、おはよう!」
「おはよう、キャロルさん」
先に来ていたキャロルが元気に挨拶をくれる。今朝も可愛いなぁとほわほわしていたら、キャロルが辺りを見回してから興奮ぎみに口を開く。
「コレルちゃん、舞踏会でジェラルド様と踊ったって本当!?」
「……え?」
「学園中で話題になってるよ!」
あー……それで、みんな私のことを見ていたのかぁ。
「しかも、バルコニーで二人っきりで踊ってたって!」
顔を赤くしたキャロルが、キャーっと小さく叫びながら口元を覆う。
「うん、本当だよ。でも、ジェラルド様は不馴れな私のために、練習に付き合ってくれただけだよ」
「そ、そうなの? もしかしたら、二人はお付き合いしているんじゃないかって、みんなが……」
「ないないないない! ジェラルド様だよ!? どう考えても釣り合わないし高嶺の花にも程があるよ!」
あははと思わず笑ってしまう。
噂とは怖いものである。そして、そんな噂を立てられているジェラルド様が気の毒過ぎる。まぁ、こんな根も葉もない噂すぐに消えるだろう。
「そ、そうなんだぁー……そっかぁ」
キャロルが少し残念そうに呟く。
もしかしたら、友達とそういう話がしたかったのかもしれない。お年頃だもんね。
話していると、教室の扉が開かれる。
「おはよう」
アルベルト様とジェラルド様だ。
今朝も麗しい。美形が二人並んでいると破壊力が凄まじいなと改めて思う。
ちょっと待って。このお二人と同じクラスって今更だけど凄くない? 私の人生のピークはここなのでは? いや、だからといって断罪は絶対に嫌なので全力で頑張るけども。
「…………」
考えているとジェラルド様がこちらを凝視していることに気付く。
「……どうかしましたか? 私の顔に何か付いてます?」
それとも、噂になっていることがジェラルド様の耳にも入ってしまって、不快な思いをさせてしまったのかもしれない。ここは一言謝っておくべきだろう。
「あのっジェラルド様、申し訳……」
「口の端」
「はい?」
「パンくずが付いてるぞ」
……本当に付いてた。
「……は!? え、えっと、ご、ご指摘ありがとうございます」
「いや、年の離れた弟もよく口の端に食べ物を付けていたのでな。気にしなくていい」
ちょっと待って、私は弟さんと同じってこと?
ジェラルド様はそれだけ言うと、ご自身の席に着かれた。
――いや、それよりも恥ずかし過ぎない? ちゃんとチェックしたはずなのに……殿方に、パンくずを指摘されてしまうとは。
「……ふっ、ふふっ」
「……キャロルさん」
「……ご、ごめんなさい……ふふっ笑っちゃって……ふふふっ……でも、コレルちゃんが違うって言ったことには納得できちゃったかも」
「うーん……それは、良いことなのかなぁ? それよりもキャロルさんこそカイちゃんとどうだったの? 踊ったんだよね?」
「え? えっと……その、すごく楽しかった、かな……えへへ」
「あらぁ~~そうなの~~! 楽しかったのね~~!」
良かったね、カイちゃん! きっと今、私は菩薩のような顔をしているはずだ。自分でも分かる。
そんな会話をしていると続々とクラスメイト達が登校して来る。
「おはようさん」
「おはよう」
「おはようございます」
今日も一日が始まる。
ゆっくりと教室を見渡してから、そっと目を閉じる。私の一日はいつからこんなにも眩くなったのだろうか。
いつだって、この先のことを考えてしまう。あと一年と少しで死んでしまうかもしれないのだ、怖いに決まっているし考えないなんて無理な話だ。
けれど、怯えてばかりなのは勿体ない。ほんの少しではあるが、ようやく自分を受け入れられるようになってきたんだ。今を楽しみたい。
もうすぐ夏が訪れる。
美しくきらめく季節だ。
夏休暇中も、キャロルやカイちゃんやシャーレ嬢と時々は会ったり出来るかな。出来るといいな。
その前に行われる試験のことは一旦隅に置いといて、今は夏休暇に思いを馳せることにした。




