13 創立記念祭・後
「ごめんね、彼女は先約があるんだ」
さ、さ、さ、サイラス様!?
「ユグレシア先輩!? そ、そうだったんですね……存じ上げず申し訳ありません。失礼します」
男子生徒たちは、そう言って立ち去ってしまった。
私は突然現れたサイラス様を呆然と見上げる。はぁー……相変わらず正装も良く似合う。このまま額に入れて飾っておきたいくらいに完璧だ。
「……何だか困っているみたいだったから声を掛けちゃったけど、大丈夫だったかな? 余計なことだったらごめんね」
整った眉を下げて、申し訳なさそうにサイラス様が言う。困り顔も美だなぁー!
「い、いえ! そんな! むしろ彼らも助かったかと!」
「……助かる?」
「はい。恐らく彼らは、罰ゲームで私に声を掛けさせられたんじゃないかと思っておりまして」
「……ん?」
「お断りするにしても、私なんかに声を掛けて断られるなんて、罰ゲームとはいえプライドを傷付けてしまうのでは……と考えていたので、サイラス様がお声を掛けてくださって助かったはずです」
「…………それ、本気で言ってる?」
「はい?」
「……マルベレットさんは、自己評価が随分と低いんだね。彼らは本心からマルベレットさんと踊りたいと思って声を掛けていたように見えたよ。なのに、それは彼らに対して少し失礼なんじゃないかな?」
「……え」
サイラス様の真剣な表情を見て、まさか彼らは本当に私をダンスに誘ってくれていたのだろうかと考える。
……だとしたら、サイラス様の言う通りとても失礼なことをしてしまった。
この世に私と踊りたいなんて人が居るなんて思ってもいなかったし、私のような人間は永遠に壁際で華やかに踊る人達を見ているだけのその他大勢でしかないと、そう思っていた。
「すみません……私がダンスに誘っていただけるなんて考えもしなくて、彼らに失礼なことを……謝って来ます!」
「ま、待って!」
急いで彼らの所に行こうとする私の腕を、サイラス様が柔く掴む。
「行ってどうするの? 罰ゲームだと思ったなんて言ったら、それこそ彼らを傷つけちゃうよ?」
「……ぁ」
その通りだと反省する。
サイラス様が止めてくれなければ、身勝手な行動で彼等に対して更に失礼な行いをしてしまうところだった。
「……そうですね。申し訳ありません配慮が足りませんでした」
「ううん。……あのね、マルベレットさんは充分に素敵な子だよ。だから、もう少し自分に自信を持てると良いね。――あ、じゃあ僕はもう行くね」
「……はい。ありがとうございました」
サイラス様は、ひらりと手を振ってくださると、女子生徒たちに囲まれているルーク様の元へと向かわれた。
……呆れさせてしまったかもしれない。せっかく推しが声を掛けてくれたのに、儘ならないものだと思うが全て自分のせいなのだ。自分が思っている自分と他者から見た自分に相違があることをちゃんと認識しなければ。
小さく息を吐くと、少し風に当たろうとバルコニーへと向かう。
バルコニーに出て、大きく深呼吸をしてから身体を伸ばすと、美しい装飾が施された手摺に肘を置いて中庭の様子を伺う。
「バラ園、ライトアップされてて綺麗だなぁ……」
ぼんやりと見ていると外に出ている生徒が意外と多いことに気付く。どうやら大半がお付き合いされているカップルのようだ。
「みんな楽しそうだなぁ……キラキラしてて素敵だなぁ」
私も自分を変えるためにと努力をしているつもりだが、あんな風にキラキラはしていない。
いつだって地味だ。どうやったらあの人達みたいにキラキラできるのだろう……持って生れたものなのか、それとも心持ちが違うのだろうか。
「……誰かを好きになると、あんなにもキラキラできるのかなぁ」
「一人で何を喋っているんだ?」
「ひぇっ!?」
突然の声に驚いて肩が大きく跳ねる。ドクドクと音を立てる胸に手を置き振り返ると、正装に身を包んだ麗しいジェラルド様がそこに居た。
「……ジェ、ジェラルド様? どうされたのですか?」
「……どうもしない。涼みに来ただけだ」
そう言うと手摺を背にして、もたれ掛かる。
「アルベルト様のお側にいなくても、大丈夫なんですか?」
「ああ。今日は来賓も多く来ているので、警備が一段と厳しくなっている。それに伴い城からも護衛の者たちが呼ばれ配備されているので、好きにして良いと言われたんだ」
「そうなんですね」
「ああ」
「……どなたかと踊られたりはしないんですか?」
「踊りは好きではない。だが、一人で居ると声を掛けられるのでここに来たんだ。おかげで何も食せていない」
「大変ですねぇ……あ!」
私は、ふと思い出し魔導書を呼び出すと、小さな空間に預けておいたクッキーの包みを取り出して、ジェラルド様に差し出す。
「よろしければ、どうぞ。少ないのでお腹の足しにはならないかもしれませんが」
「……これは?」
「クッキーです。今日はアレットさんとフォルワードさんの三人で支度をしたのですが、途中でお腹が空いたら食べようと用意していたんです。結局そんな時間はありませんでしたが」
「君が作ったのか?」
「はい……って、あっ、す、すみません! 手作りとか気持ち悪いですよね!」
慌てて渡したクッキーに手を掛けると、そっと遮られる。
「いや、いただこう」
「は、はい……」
カサリと音を立て包装を開けたジェラルド様が、クッキーを一枚手に取り口に含む。
「……うまいな」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。素朴で、どこか懐かしい味がする」
ジェラルド様の言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。
だったら、前に助けてもらった時のお礼をお渡しすればよかったなぁ。もし、次に何かの機会があった時には、臆せずお渡ししようと決める。
「君は、ここで何をしていたんだ?」
「……ああ、えっと……」
「言いたくないなら言う必要はない」
「いえ、そう言うわけではなく……実は……」
恐らく私は誰かに心のうちを吐露したかったのだと思う。
ジェラルド様に話すのは憚られるが、この場の雰囲気が私をほんの少しだけ饒舌にさせた。
「先ほど、知らない方にダンスに誘われたんです」
「ふぅん」
「ですが、私はそれを罰ゲームなのだと思ってしまって」
「…………は?」
「罰ゲームだと決めつけていた私は、彼らに何と伝えるべきかと悩んでいたところに、サイラス様が現れて助けてくださったんです……そして、窘められました。その考えは彼らに失礼じゃないかなって」
「……ユグレシア先輩は、お優しいな」
「……ええ本当に。お恥ずかしい話ですが、この世に私と踊りたいなんて思ってくださるような方がいらっしゃるなんて思ってもいなくて」
ここで言葉に詰まってしまうが、一呼吸置いてから口を開く。
「私は、きっと永遠に壁際からキラキラと踊る人達を見てるだけの人間だと私自身が決めつけていました」
「……君だっていつかは誰かと踊ることがあるだろう」
その言葉に笑みがこぼれる。
「そんな奇跡みたいなこともあるんだって、今なら思えます」
私の言葉にジェラルド様が僅かに頬笑む。
「それなら、練習しておくか?」
「え?」
「私も得意な方ではないが……ちょうどいいだろう」
言葉と共に手を差し出してくださる。
…………え? あの、これはダンスのお誘いってことなの!? な、なぜ? どういうこと? いや、練習って言ってた! 練習? 何でジェラルド様が練習に付き合ってくださるの? 困惑が顔に出ていたのだろうジェラルド様が口を開く。
「クッキーの礼だ。私では力不足かもしれないが、練習相手くらいにはなるだろう……お手をどうぞ、マルベレット嬢」
クッキーのお礼? 私の作ったクッキーにジェラルド様と踊れるだけの価値があったの!? わらしべ長者もビックリだよ……。
目の前の恐ろしいまでに美しい男性に、死ぬほど良い声でお手をどうぞと言われて、取らないなんてことが出来るのだろうか?
呆然とジェラルド様を見上げたまま、手袋越しのその手を取った。
「……よ、よ、よ、よろしくお願い申しすますです」
「……ふっ、ははっ何だそれは」
私の変な言葉遣いにジェラルド様が吹き出したことで、ほんの少しだけ緊張が和らぐ。
「す、すみません。生まれて初めてなもので緊張してしまって……」
「……そうだったな。始めるぞ」
ジェラルド様の手が背中に回されたのを合図に私も彼の肩に手を添えダンスが始まる。
流れるようなステップと共にジェラルド様の長い銀白の髪がしなやかに靡く。
ジェラルド様は一見細身だがそのお身体が想像よりもずっと逞しいことが踊ってみて初めて分かる。
「(鍛えていらっしゃるのだなぁ……)」
以前、厄介な男子生徒たちに絡まれて助けていただいた時も、魔法を使わず素手で戦って全員一撃で倒していたことを思い出す。
強いし美形だし家柄も良いし……さすが攻略キャラだと間近で見つめていると目が合う。
「どうかしたか?」
「い、いえ! ダンスがお上手だなぁと思いまして」
「そうか? そう言われると少し自信が持てるな」
そう呟くジェラルド様は薄く微笑んでいた。
月明りに照らされたバルコニー。
ダンスホールからは賑やかな声が聞こえて来る。時折視界に入る中庭のライトアップはキラキラと眩くきらめき、共にステップを踏んでくださる目の前の殿方は美しくて。
――何もかもが夢のようだった。
あの日、あの時。
土埃まみれの未熟で愚かな私に。
変わろうと決意した私に。
間違ってなかったと伝えたい。
以前の私では想像もつかないような出来事が今目の前で起こっている。それは、きっと私なりに頑張って進んで来たからだと信じたい。
まだ、この先のことは分からないけれど今はこの夢のような時間をただただ堪能するべくステップを踏み続けた。




