9 午後のお話
早朝の出来事のあと、キャロルとカイちゃんから今日は一日お休みするとの連絡があった。
私はいつも通り登校して授業を受け、お昼休みに一人で昼食を取っていると突然目の前に美味しそうなアイスティーが置かれて驚く。顔を上げると、カイちゃんがいた。
「よう」
「カイちゃん!? 今日はキャロルさんに付いててお休みの予定じゃなかったの?」
「……ん。まあ、そのつもりだったんだがキャロルに午後だけでも授業に出てほしいって言われてな」
「……そっか」
「んで、眠りの魔法かけて出て来た」
カイちゃんは手にもっていた珈琲をテーブルの上に置くと、目の前の席に座る。
「これは?」
私は自分の前に置かれたアイスティーを指差す。
「奢り。頬、大丈夫か?」
「……うん。ありがとう心配してくれて」
大丈夫かと問われると難しいところである。
やはり男性に殴られたという事実はショックだし、痛みは消えても記憶には残っている。
自分から飛び出して不発に終わってしまって……。
なんとも恥ずかしい記憶と共に、暫くの間は離れてはくれないだろう。
「……感謝すんのはこっちの方だ。キャロルのこと、助けてくれてありがとう」
カイちゃんに深々と頭を下げられて慌ててしまう。
「そんな!……むしろ私は上手く魔法も発動することが出来なかったし、ジェラルド様が来てくれなかったらどうなっていたか……」
「……そうだな」
カイちゃんはため息を吐きながらテーブルに肘をつき片手で顔を覆う。
「はぁ……。こういう時に駆け付けらんねぇから、モブなんだろうなぁ……俺は。ほんと不甲斐ねぇ」
「……カイちゃん」
「……ああ、そうだ。キャロまほ……だったか? ゲームの中でも今回みたいなことは起こったのか?」
「……ううん。キャロルが魔法の練習をしている描写はあったけど簡略化されていたし、あんな危ない目に遭うようなイベントはなかったよ」
「……そうか」
「うん。基本的にそこまで危ないイベントはないはずだよ。バットエンドなんかもないゲームだったしね」
「……そうなのか。ちょっと安心した」
カイちゃんが安堵の息を漏らす。
……強いていうなら私に嫉妬されて攻撃魔法を受けそうになった時が一番危険な場面であるのだが、さすがに今これを口にするのは憚られた。
奢ってもらったアイスティーを飲み終えて、カイちゃんと教室に戻る途中で私は御手洗いに寄ると伝えて一旦別れることにした。
◇
「まだ時間に余裕があるし、のんびり行こう」
体を伸ばしたり揺らしたりしながら移動する。
お昼時の中庭付近は比較的人が少ないので、自由に身体を動かす。
――その時。
「なんですの、その態度?」
「ずいぶんと居丈高ですこと」
「少し家柄が良くて、魔法持ちというだけですのに」
「それだけで上級生の皆様や、生徒会の方々に贔屓にされていらっしゃいますものね」
なに? まさか、いじめ?
声のした方へと振り向くと、薔薇色の美しく巻かれた長い髪が目に入る。
……シャーレ嬢だ。
中庭の隅っこで、数人の女子生徒に囲まれていた。
「――それで? わたくしに何がおっしゃりたいのですか?」
「まぁ! 生意気な態度ですこと!」
「これですから、魔法持ちは!」
「何様のおつもりですの!?」
シャーレ嬢は呆れたようにため息を吐く。
「先ほどから主語のない言葉ばかりで、何がおっしゃりたいのか全く理解できませんわ。ハッキリと申し上げてくださいませんかしら?」
シャーレ嬢を囲んでいた女子生徒たちの顔が赤くなる。
「そういう態度を改めなさいと申し上げておりますの!」
「魔法持ちだというだけで、アルベルト様の婚約者候補だなんて生意気ですのよ!」
「ジェラルド様やサイラス様やルーク様にも贔屓にされて、調子に乗りすぎではなくて!?」
その言葉にシャーレ嬢は納得したように頷く。
「……ああ。なるほど、そういうことですの。残念ですわね、貴女方では殿下や生徒会の皆さまの視界に入ることも叶いませんものね」
シャーレ嬢は形の良い唇を上げ優雅に頬笑む。
彼女の言葉に顔を真っ赤にした女子生徒の一人が、ぶるぶると悔しそうに身体を震わせているのが目に入る。
――まずい!
急いでシャーレ嬢の元まで駆け寄ると、やはり女子生徒が手を振り上げる。
その手が振り降ろされてしまう前に、私は無理矢理彼女たちの間に入り込んだ。




