最終話 異世界で自由を手に入れたら
『私は天界の女神セシル。下界の者たちよ、矛を納めるのです』
まるで遥か上空から降り注ぐかのように響き渡る声に、この場の全ての者が戦意を失ってしまっている。
その言葉に騎士団が平伏し、兵士たちが武器を捨てる。
『そこの善神誠治は、魔族と人間族の争いを防ぐため、他国へ魔族救済の旅に出る所だったのです。それを邪魔するということは、世界の破滅を望んでいると言うことで間違いありませんか?』
セシルがそう言うと、俺を妨害してきた宰相や貴族、兵士たちが青い顔に変わる。
各地を旅をしながら、その国々でひっそりと魔族を助ける予定だったんだが、どうやら彼女にはお見通しだったらしい。
さすがは女神だな。
「な、何を言っている……この反逆者を追った我々が悪人だと言うのか!? ……ええい兵士ども、あの女神を騙る不届き者を捕らえよ!! 何をしている早く動かんか!?」
宰相が慌てて怒鳴るが、周りの兵士たちは誰一人動こうとしない。
まず空に浮かんでいる人物をどうやって捕らえるのかという問題がある上、兵士たちの士気は既に下がりきっているように見える。
さっきの状況でどうやって包囲網を突破するか考えてはいたが、さすがにセシルがやってくるとは予想外過ぎた。
前に手伝うと言ってたのはこの事だったのか。
もはや、手伝う=物理だな。
「ぐぬぬ……!」
「それ以上醜態をさらすな、ゲヒルよ」
「だ、誰だ!?」
皆が声のした方へ振り返ると、そこには大剣を担いだダレアス国王陛下がいた。
近くにはセバスさんが控えているが、それでも護衛一人では心配なのかローズが慌てて駆け寄っている。
「へ、陛下!? 何故こちらへ!?」
その宰相の声には答えず、国王がセシルの方へ体を向ける。
「お初にお目にかかります、私はダレアス・メイガス・ミズダット、このミズダット王国の現国王を務めております。この度は我が国の失態により、女神様が下界に降臨される事態となったこと、深くお詫び申し上げます」
そう言って国王が頭を下げた。
『そうであればこの場は貴方に任せます。頭を上げなさい、ミズダットの王よ』
「はっ」
セシルの言葉で顔を上げた国王は、次に宰相の方へ向き直る。
「へ、陛下?」
「ゲヒル、お前は今まで良くやってくれたな。我……いや俺が即位した瞬間から、お前も他の貴族達も、この国を良くしようと奔走していた事を俺はよく覚えている。しかしだ」
思い出すように話していた国王の顔が、険しいものに変わる。
「我々も歳を取りすぎたな。思想はやがて腐敗し、いつしか利益を追い求める事自体が目的に変わってしまった。その結果が、この英雄セージに恩を仇で返すという結末になってしまったわけだ。お前も、貴族達も、そしてこの俺も……もはや例外無く腐った根はむしり取らねばならぬな?」
「陛下……!? 何を仰っているのです!?」
「ゲヒル、本日をもって宰相の任を解く。今までご苦労だったな」
「……!!!!」
その言葉にゲヒルが数秒間驚愕の表情を浮かべていたが、やがて力が抜けるように膝から崩れ落ちた。
「貴族達にも事後処理の後には処罰を与えることとする、それが終わった暁には我も王位を譲ることにしよう」
そう言ってから再びセシルに向き直る。
「それでよろしいですかな、女神セシルよ」
『ええ問題ありません、この国はまだまだやり直せるようで安心しました』
セシルはそう言うと、ゆっくりと地上に降りてくる。
「それでは、私も旅に同行させていただきますね。これからよろしくお願いします、誠治さん!」
「はぁ?」
俺達と同じ目線に立ったセシルには、さっきまでの神々しさは無かった。
天界で会った時のような気さくな雰囲気だ。
というか今、同行するとか言わなかったか。
「いや付いてくるって……天界の方は大丈夫なのか?」
「問題ありません、天界の女神は私だけではありませんから」
にこやかに言い放つセシルの目をじっと見てみたが、どうやら本気のようだ。
はあ、まさか女神様までパーティーメンバーになるとはな。
「一体何人増えるんだろうな……」
と周りを見渡してみると、アリスが国王の前で膝を付いていた。
別れの挨拶なんだろうが、やっぱり王族なだけあって仰々しいな。
「お父様、私はセージさんと婚約致しました」
「そうか」
「この国を出て、共に旅をすることをお許しいただきたく」
「ふむ……では一つ確認だ」
国王がアリスの方からこちらへ顔を向ける。
アリスに質問でもあるんじゃないのか?
と疑問に思って見ていたが、次の瞬間、俺の目の前に大剣が現れた。
「……!?」
反射的に黒刀で防ぐが、状況を理解するのに少し時間がかかる。
どうやら、目にも止まらぬ速さで国王が俺に接近して、そのまま斬りつけたようだ。
強そうだとは思っていたが、どうやらこの国王も相当な強さを持っているらしい。
この世界は、本当に強者で溢れている。
時々、俺がチート能力なのかどうか分からなくなるな。
品定めは終わったのか、国王があっさりと剣を引く。
「ふむ婚約を認めよう。本日をもってアリシアの王位継承権は破棄する」
「ありがとうございます、お父様」
その言葉に、アリスが寂しそうな何とも言えないような表情で礼を言った。
「そして騎士団長ローズ、お前も同様に英雄セージの部隊へ同行せよ」
「え!? わ、わたくしですか!?」
突然話を振られたローズが混乱している。
そりゃそうだ、俺も驚いてるからな。
「我に分からぬとでも思ったか? お前の心は既にここには無い、国を出る事を許可しよう」
「で、ですが、本当に良いのでしょうか……? わたくしの私情で騎士団長の座を降りるなど……」
国王の言葉にローズが迷ったように視線を彷徨わせている。
そこへマットや他の騎士団員がやってくる。
「おいおい、そんな腑抜けた団長が居たって戦力になるわけねーだろ? いいからセージと幸せになっちまえよ!」
「そうだそうだー!」
「団長お幸せにー!」
「なっ……!?」
団員達の茶化す声に、ローズの顔が赤くなっていく。
「マ、マット、何を言って!? 他の者達も便乗するんじゃない!!」
「ローズ」
「え、はい!! 何でしょうかセージ殿!!」
顔を真っ赤にして抗議していたローズだが、俺が近づいて来たのも分からなかったのか、慌てて返事をしている。
「俺と一緒に来ないか」
「え、えぇぇ!?」
俺が手を差し出すも、ローズは驚いたように手を震わせているだけだ。
もう少し言葉を重ねてみるか。
「ローズが居てくれたら戦力として心強いし、何より俺はローズの事を仲間だと思ってる。だから一緒に旅が出来ると嬉しい」
「え、あの、ではお願いします……」
普段の凛々しい姿からは想像も出来ないような小さな声で返事をしながら、俺の手をそっと握り返す。
どうやらローズは押しに少し弱いようだ。
この可愛らしいギャップも、皆から慕われる要因の一つなのだろう。
「ふむ、では我々は城に戻るとしよう」
国王がそう言うと、騎士団や兵士、貴族たちが門の中へ戻っていく。
「マットは来ないのか?」
「ああ、俺も行きたいのはやまやま何だが、団長が居なくなった穴埋めを誰かがしなくちゃなんねーのよ。だからまたな、セージ」
「そうか、またな」
そう言い残して、マットは騎士団と共に帰っていった。
マットや騎士団がいれば、間違った武力の使い方をされることも無いだろう。
俺も安心して旅立てる。
「さて、俺の方も最後に確認しないとな」
――
――
残ってくれた仲間たちを見渡す。
「これから旅に出る事になるが、セシルのおかげで反逆者としてこの国を出なくても良くなった。今ならまだミズダット王国に帰れるが、それでも俺と一緒に来てくれるか?」
最後の確認としてみんなに声をかける。
俺と違って、故郷が好きなやつもいるだろう。
しばらく帰ってこれなくなるので、戻りたいのなら今のうちだ。
などと理由を付けてはみたが、実際、俺はまだ恐れているのかもしれない。
本当に俺に付いてきてくれるのか、一緒に旅をしてくれるのかと。
しかし、そんな俺の不安をよそに、皆が自信満々に答える。
「もちろん、お兄ちゃんと一緒に行くよ!」
「元受付嬢として、セージさんのお役に立てるようにがんばりますね」
「旦那さまの行くところに、どこまでも付いて行きますよ」
「今さら何言ってんだ、行くに決まってんだろ!」
「師匠と弟子はずっと一緒です!」
「アリシアお嬢様のお世話係として、同行させていただきます」
「この剣は、たった今よりセージ殿に捧げました。わたくしも連れていって下さい」
「我は主様に付いていくと決めたからな、今さらだ」
「強い奴らがいるならどこでも行くニャー!」
「え、あの、一緒に行きたいです……」
「私は神ですから、何でも頼って下さいね!」
エル。
エリサ。
アリス。
カイル。
レイネード。
メリエッタさん。
ローズ。
グリューネス。
メリー。
ルユイ。
セシル。
本当に最高の仲間たちだ。
一部、動機がずれているやつもいるが、まあそれも個性だろう。
さて……。
「皆ありがとう、それじゃあ行こうか」
全員で馬車に乗り込む。
さすがSランク冒険者が使うだけあって、12人乗っても窮屈さを感じない。
まあ、1人は外で馬車を押しているわけだが。
「なんだか長かったな」
勢いよく走り出した馬車の後ろから、城を眺める。
思えば、この街に来たのがずいぶん昔のように感じられる。
日本での激務から解放されて、そこからさらに異世界でも色々忙しかったからだろうな。
「ようやく自由になれた気がするな」
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「いや何でもない、感傷に浸ってただけだ」
エルに答えてからもう一度後ろを見たが、もう城は見えなかった。
結局、俺の自由を一番邪魔していたのは、おれ自身の心だったのだろう。
幸せを受け取ることを、無意識に拒否していたのかもしれない。
そのせいで色々と遠回りしてしまったが、それも仲間たちのおかげで解決できた。
本当に感謝してもしたりないくらいだ。
まあ、恥ずかしくて面と向かっては言えないけどな。
「そう言えば、どこに行くニャ?」
メリーが俺に聞いてくる。
行き先を言うのを忘れてたな。
「ああ、バラチカ西部国に向かってくれ」
「了解ニャ!」
俺が答えると、馬車が勢いよく街道を進んでいく。
「ってあれは何だニャ!?」
と思ったが、勢いよく走り出した馬車が突然急停車した。
一体何なのかと思い、一人で外へ出る。
「ん、何か来てるな」
辺りを見渡してみると、一つの人影がこちらに近づいてくるのが分かった。
「旅の方、助けてください!!」
「おっと」
その人影が、俺の胸に飛び込んでくる。
どうやら少女のようだが。
「村の家畜が逃げ出しちゃったんです! 助けてください!」
「ああ、分かったから落ち着いてくれ」
矢継ぎ早に言う少女をなだめて、そっと胸から引き離す。
ふと顔を確認してみたが、当たり前のように美少女だった。
この世界の美の水準が高いのか、単に幸運999のせいなのかわからないが、何となく視線を感じて後ろを振り返る。
「お兄ちゃん、また……?」
「セージさん、またですか……」
「やっぱり、旦那さまはおモテになるのですね……」
「さすが師匠です!」
「わたくしもいずれは……!」
「なるほど、このようにしてお嬢様を篭絡したと」
「主様も災難に巻き込まれるな」
「あっ……やたら女性が多いのって……」
「うぅ、神の幸運が働いちゃってますね」
さまざまな目が俺に向けられる。
というか、やっぱり幸運のせいかよ。
「はぁ、良いから行くぞ」
少女を抱えて馬車に乗り込む。
「はっはっは、やっぱりセージはおもしれぇな!」
「茶化すな、カイル」
カイルに注意してから、メリーに声をかける。
「メリー、この子の村に向かってくれ」
「了解ニャ!」
勢いの良い返事とともに、馬車が動き出す。
「あの、ありがとうございます!」
「ああ」
はぁ、結局旅に出る最後の瞬間まで締まりが悪くなってしまったが、もはやいつも通りか。
「というわけで予定変更だ、皆で村を助けるぞ」
「「「おおーー!!」」」
まあ、こんな日常も悪くない。
俺たちのスローライフは、まだ始まったばかりだからな。
そう結論付けて、俺はステータス画面を開いた。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
これにて本編は終了になります。
実はこの後も、少しだけ蛇足的な外伝が続きますので、そちらもぜひご覧下さい。
それでは、皆様に良きスローライフがあらんことを。




