第67話 最後の冒険者ギルド
「さて、冒険者ギルドに着いたのは良いが……」
大きめの扉を前に、エルとメリエッタさんに声をかける。
「もしかしたら中で待ち伏せされてるかもしれない、慎重に行こう」
「うん!」
「分かりました」
二人が頷いたのを確認して、扉を開けた。
――
――
「あれ、セージさん? 今は式典の最中ではありませんでしたか?」
ギルドの中に入ったとたん、エリサに声をかけられる。
意外なことに、中はいつも通りの冒険者ギルドだった。
「あれ、ここには情報が伝わってないのか?」
受付には冒険者が並び、酒場で呑んだくれている連中にも変わった様子はない。
「あの……情報って? それにエルちゃんとメイドさんが一緒ですけど……」
エリサが困ったように俺たちを見る。
これから更に困るような事を言うのが、少し申し訳ないな。
「ああ、俺が貴族になる話があったんだが、その話を蹴って反逆者になった。だからエリサを連れてこの国を出る」
「え……ええぇぇー!?!?」
思った通り、エリサが見たことも無いような表情で驚いている。
「すまない、驚かせたな」
「い、いえ、驚きましたけど……こういうの憧れてたので嬉しいです……」
後半は小声でボソボソと言ってたが、チートステータスの俺にはバッチリ聞こえていた。
悪役にさらわれるシチュエーションに憧れるとは、意外と少女趣味だな……。
と思ったが、そう言えばエリサは普通に少女と呼べる年齢だ。
出来る受付嬢の印象が強いので、ついつい大人の女性として認識してしまう。
「それじゃあ一緒に……」
「おいおい、そいつは困るなセージよ」
一緒に行こう……と声をかけようとしたところで、階段の上から声がかかる。
「うちの看板受付娘を引っこ抜かれたら、冒険者どものやる気が下がっちまうじゃねぇか」
「サモンズさんか」
俺よりよっぽど悪役が似合いそうな屈強な体をした、このギルドの長が階段を下りてくる。
そしてその背後からは、貴族の私兵……というよりは傭兵崩れのゴロツキのような風体の連中が大量に下りて来た。
貴族の紋章がなければ、盗賊団と見分けがつかないレベルだ。
俺たちを捕まえるのに、なりふり構わず誰かを雇っていると言うことなのだろう。
「罠か」
「ああ、悪いな」
囲まれる前に背後の扉から出ようとしたが、貴族の正規兵たちが出口の扉から押し寄せ、完全に退路を絶たれる。
無力化することは出来るだろうが、カイル達とここで待ち合わせてるし、さてどうしたものか……。
「なあセージ。ひとつ聞かせてくれや」
考えている俺に、サモンズさんが声をかける。
「お前さんの目的は何だ?」
ギルドで初めてサモンズさんに会った時と同じ質問を投げかけられる。
それに俺は迷わず答える。
「もちろん、スローライフだ」
「スローライフ……スローライフねぇ」
俺の答えに、サモンズさんが顔を伏せて小刻みに震えている。
「クックック……ガーハッハッ! この状況でもまだそんな事言うとは、本当に面白い奴だな、お前さんは!」
そう言ったかと思うと、サモンズさんが手近なゴロツキ兵に近づき、次の瞬間、力いっぱいに殴り飛ばした。
いきなり数メートル吹き飛んだ仲間を見て、ゴロツキ兵達に動揺が広がる。
そして皆が動けずにいる間にサモンズさんが、ギルド中に響き渡る声で宣言した。
「聞いたか呑んだくれども! この英雄セージがエリサを連れていくそうだ! 最後にテメェらの受付嬢に良いとこ見せやがれ! 一番多くのクソッタレ兵士ども倒したやつは、ギルドの酒を一年飲み放題だ!」
「「「おおぉぉぉー!!!!」」」
サモンズさんが言い終えると同時に、冒険者たちが武器とる。
そして数秒も経たないうちに、そこかしこで戦闘が始まってしまった。
「サモンズさん、最初からこうするつもりだったのか?」
「あ? 当たり前だろ、ギルドが冒険者を見捨てて国に従うわけがねぇ」
そう言ってから、エリサの方を向く。
「エリサ、本当にセージについていくんだな?」
「はい、今までお世話になりました!」
「ふんっ! 良い笑顔しやがって、今日で看板受付嬢は解雇だ、元気でやれよ!」
丁寧にお辞儀をしたエリサに、サモンズさんが別れを告げる。
それと同時に、ギルドの入口が開け放たれる。
「待たせたな、セージ!」
「面白そうなことになってるニャ! あたしも混ぜるニャ!」
先に入ってきたカイルとメリーが、入口に固まっている兵士たちをなぎ倒しながらこちらへ来る。
「遅くなってしまい申し訳ありません、旦那さま」
「えへへ、ちょっと数が多すぎましたね!」
その後から、アリスとレイネードがやってくる。
みんな、目立った怪我は無いようだ。
流石Sランク冒険者が三人集まっているだけあるな。
「はあぁぁ……ったく、うちのSランクどもまで引っ張っていくつもりかよ、セージ」
「悪いなサモンズさん、全員仲間なんだ」
ガックリと肩を落とすサモンズさんに、流石に申し訳ない気持ちになってくる。
そうこうしているうちに、ギルドの中が静かになっていることに気がついた。
どうやら戦闘が終わったらしいが、気絶した兵士の山に座っているメリーを、他の冒険者たちが恐々とした様子で見ている。
ギルドの酒一年飲み放題は、どうやらメリーで決まりらしい。
その光景を見て、さらに申し訳ない気持ちになる。
「それじゃあ皆、行こうか」
「あー、ちょっと待てセージ」
いたたまれなくなって外に出ようとした俺を、サモンズさんが引き留める。
「どうしたんだ?」
「その……なんだ、こんなことになったのは、剣術大会に出場させた俺のせいでもある。魔王が現れたのは流石に予想外だったが……目立つようなことをさせて悪かった」
そう言ってサモンズさんが俺に頭を下げた。
ずっと気にしてくれていたんだろうか。
筋骨粒々なサモンズさんが謝っている姿を見ると、その似合わなさが何だか可笑しい。
「確かに剣術大会は出たくなかったけど、もし俺が観客席にいて、それでも魔王が現れたとしたら迷わず駆けつけていただろう。だからサモンズさんのせいじゃない、頭を上げてくれ」
「……そうか、すまんな」
姿勢を戻したサモンズさんは、いつもの堂々としたギルマスに戻っていた。
やっぱりこっちの方が似合うな。
「それじゃあ、もう戻って来られないだろうけど今まで世話になったよ、ありがとう」
「ハハッ、ほとんど依頼を受けなかったくせに功績ばかり残して行きやがって、お前さんをこのギルドのSランクに任命しといてやるよ!」
Sランクか……。
以前の俺なら目立ちたくない、とそう思っていただろうが、今は悪くない気分だ。
ようやく俺も異世界主人公らしくなれてきたかな。
「達者でな」
「ありがとう」
サモンズさんに挨拶を終えて、俺たちはギルドを後にした。




