第64話 ステータス画面を雑魚スキルだと馬鹿にした結果
"バタン"
背後で閉じた扉の音が、やけに大きく聞こえる。
自分でも気付かない内に緊張しているのだろうか。
参列した貴族達を視界の左右におさめつつ、カーペットの上を歩き、玉座の前まで向かう。
そして全員で跪いてから、俺が代表して口上を述べる。
「本日はお招き頂き、誠にありがとうございます」
「よく来たな救国の英雄とその一行。皆、面を上げよ」
重く低い声が頭上から聞こえてくる。
その声に従って見上げれば、玉座に座る壮年の男性が視界に入ってきた。
「我はダレアス・メイガス・ミズダット、現国王だ」
国王……アリスの父親だ。
会社員をしていた俺からすれば、一生縁の無いような存在だったわけで、一目見てその威厳に圧倒される。
ステータスでもスキルでもない純粋な、人の頂点に立つ者特有のカリスマ性とでも呼ぶべき物が、目の前の人物から感じられるのだ。
身体は大きく、視線も鋭い。
とても世襲したとは思えないような、覇者の雰囲気を醸し出している。
と、俺が感じ入っていたところで、玉座の横にもう一人居ることに気が付く。
「こっほん、私は陛下の補佐を勤めさせて頂いておりますゲヒルと申します。ここからは私が進行させて頂きます」
ゲヒルと名乗った男は、見定めるような視線で俺たちを見下ろしている。
補佐、ということは宰相なのだろう。
年は初老と言ったところで、神経質そうな目付きに、書類仕事専門と言わんばかりの細身の体躯をしているのだが、何故か俺たちを歓迎しない雰囲気が漂っている。
一言で説明するならば、嫌そうな人物だ。
「さて、今回の魔王アグリエルと名乗る襲撃者ですが、歴史ある闘技大会における最大の汚点と……」
宰相がやる気の無さそうな声で、書類をさらさらと読み上げる。
わざわざ国難を救った英雄を称える式典を開いたというのに、ずいぶんとおざなりな対応に思えるが、どう言うことなんだろうか?
「こうして、英雄セージ殿とその一行が侵入者を撃破したというわけです。皆様方、拍手を」
"パチパチパチ"
宰相のわざとらしい催促に、貴族たちが拍手で応える。
その心のこもってない拍手を聞いていると、何とも言えない気持ちの悪さを覚えてしまう。
後ろは振り返れないが、他の皆も同じような気持ちになっているだろうか。
「さて」
宰相の言葉に拍手が止まり、途端に場の雰囲気が変わる。
「英雄御一行には、ぜひ褒賞を受け取って頂きたいのですが、暁の四獅子の方々とレイネード殿には、1000万ダットを」
言葉を区切って続ける。
「そしてセージ殿には、さらに王家専属の"国家任命騎士"の称号を授けたいと思います」
"おおー!"
宰相の宣言に、場が沸き立つ。
……これだ、ようやく来たか。
この式典は、最初から俺を王国の戦力にするためのパフォーマンスだったのだ。
魔王を打倒するような戦力は、当然権力者の誰もが欲しがるだろう。
そして、ぽっと出の何の後ろ楯も無い俺は、まさに操り人形としてうってつけと言うわけだ。
「それは、素晴らしい!」
「ぜひ、我々のところにもご助力を!」
「支援金は弾みますぞ、宰相殿!」
貴族どもの、欲の張った耳障りな声が聞こえてくる。
「もちろん、任命騎士は平等に皆様を救う存在ですよ。ああ、そう言えばセージ殿、年給は一億ダットもあれば充分ですかな」
宰相は、俺が任命騎士になった前提で話を進めていく。
金さえ握らせておけば、ホイホイ言うことを聞くと思っているのだろう。
もしかしたら、美女をあてがわれて、更に抜け出せないようにされるかもしれない。
「お待ちください、ゲヒル宰相!」
後ろから宰相を呼び止める声が聞こえる。
アリスだ。
「何でしょうか、姫様?」
「同意も得ずに任命騎士にするなど、この国を救った英雄であるセージさんに対して、あまりにも酷い対応ではありませんか!?」
「おや、そうですかな? ただの一般市民では、一生かけても手に入れられない給与と名誉が与えられるのです。それを拒む理由がどこにあるのでしょうか?」
「それは……」
アリスが言い返せずに、口ごもってしまう。
確かに宰相の言い分は正しい。
城下では、飢えに苦しむ人々もたくさん居ることだろう。
どれだけ忙しくなり、危険な仕事をあてがわれたとしても、喜んで志願する者は数えきれない程いるに違いない。
「それに私の調べによれば、セージ殿はステータス画面などという……こう言っては何ですが、少々使いどころの少ない雑魚スキル……おっと失礼。難しいスキルをお持ちのようではありませんか、ククッ」
「……!」
「運良く任命騎士になれるチャンスなのですから、これを棒に振るなどありえないでしょう」
そう言った宰相は、完全にこちらを見下したような下卑た笑いを浮かべていた。
どうやら、俺は使い捨ての駒くらいにしか思われていないらしい。
強ければそれでよし、死んでしまったならそれはそれでよし、という具合だろう。
他の貴族も同意するように視線を交わしている。
「クッ……あなた方は……!」
アリスが、怒りに震えながらも、必死に声を抑えている。
前にアリスから聞いた話で何となく予想してたが、この国の上層部は想像以上に胸糞の悪い連中らしい。
そっと後ろを見れば、他のメンバーは呆れたような困った顔をしているし、扉の近くにいるローズも、表面上こそ冷静に見えるが、剣に添えた手が震えてカタカタと静かに音を鳴らしていた。
おそらく雑魚スキルという発言に怒っているのだろうが、流石に宰相に直接怒りをぶつけることは出来ないようだ。
「……」
ふと王様はどうしているかと見てみれば、目を瞑って静観している。
雑事は、宰相に全て任せているのだろう。
「それでは、姫様からの異論も無いようですし、セージ殿は正式に国家任命騎士とします」
「っ……! セージさん……!」
「セージ殿、こちらへ」
「はっ」
その呼びかけに応え、俺は目の前の階段を数歩上って宰相の前に跪く。
「この腕輪が任命騎士の証となります。これを身に付ける事で、あなたは今日からこの国の英雄となれるのです」
「……」
宰相から、うやうやしく腕輪を受け取る。
豪華に装飾された手のひら程の腕輪には、何の戦術的有利性も見られないが、売れば間違いなく大金になるであろう宝石が散りばめられている。
お飾りの英雄にはお似合いの腕輪だ。
その腕輪を落とさないように右手で掴みながら、この場の全員に向かって宣言する。
「わたくし善神誠治は、この良き日に、畏れ多くも貴族の皆々様に任命され、この素晴らしいミズダット王国の国家任命騎士となることを……」
そこで一呼吸置き、覚悟を決める。
「このクソダサい腕輪に誓って死んでも拒否するわ馬鹿どもが!!!!」
この世界に来てから一番の大声で宣言すると同時に、腕輪を後方へ投げつける。
「オラァッ!!」
そのチートな腕力で投げられた腕輪は、扉を守っていたマットの腹部に思いきり直撃した。
「うぐぉっいってぇぇ!! 何しやがるセージ!!」
「おっ、手に持ったな? よし今日からお前が英雄だ」
「はあ!? っておいっ、なんか受け取っちまったじゃねーか! こんな趣味悪ぃ腕輪いるかよ!」
マットは無意識に掴んでしまった腕輪を、反射的にその場に捨てる。
「ぐぬぅぅ……木っ端騎士の分際で腕輪を侮辱しおって……!!」
「おいマット、宰相さんが怒ってるぞ」
「へ? ああいやっ嘘っすよ嘘! 素敵な腕輪だなぁ、床に落とすなんてとんでもない!」
宰相に睨まれ、マットが慌てて腕輪を広い上げるが、もはや弁解の言葉が全て皮肉にしか聞こえない。
端から見るとひどく滑稽だ。
「はあースッキリした」
「貴様……!!」
宰相の射殺すような視線が背中に刺さって鬱陶しくなってきたので、階段を下りて元の位置に戻ってから振り返る。
「と言うわけだ、悪いが国家任命社畜……だっけ? とやらは辞退させてもらう!」
「この下郎が……! そんな事をして許されると思っているのか……!」
額に青筋を浮かべた宰相が問いかけてくる。
確かに許されないだろう。
流石に、普段からこのくらいの無礼で処刑されることは無いだろうが、俺は別だ。
現状、魔王を倒した俺が国に反抗の意思を見せているのだ。
この国のゲスな上層部は放置しておかないだろう。
その証拠に、宰相の口角が徐々につり上がっていく。
「クッフフフ。良かろう……ならば貴様を反乱分子としてこの場で処刑してやる!! おい騎士団長!! 今すぐこの不届きものを殺せ!!」
宰相は口から泡を飛ばしながら、捲し立てるようにローズに命令する。
しかし、ローズは瞳を閉じて真っ直ぐ立った姿勢のまま微動だにしない。
「どうした? 早くやらんか!」
「それは出来ません」
「何だと!?」
ローズが目を開いて、宰相を見据える。
「わたくしが陛下より与えられた命は、英雄セージ殿をお守りする事。故に宰相殿の命は聞けません」
「何……!? どいつもこいつも……!!」
その言葉に、宰相のこめかみの血管がはち切れんばかりに浮かび上がる。
「誰でもいい!! この反逆者を殺せ!! 仕留めた者には目の玉が飛び出るような報奨金をくれてやるぞ!!」
どうやら騎士団が動かないので、貴族達に援軍を求めたようだ。
しかしそこは流石というべきだろう。
今まで戸惑っていた貴族達が、報奨金と聞いたとたん、後ろに控えていた自分達の私兵に俺の首を獲るよう命令し始めている。
「あー待ちくたびれたぜ、ようやく俺らの出番か!」
「式典にゃんかより、こっちの方がよっぽど楽しそうだニャー!」
「ふふっ旦那さま、どこまでもお供しますよ」
「あれ!? もう喋っても良さそうですか師匠!?」
後ろのメンバーが、それぞれ武器を構える。
どうやら、当たり前のように俺と一緒に戦ってくれるらしい。
恥ずかしくて直接は言えないが、本当に最高の仲間達だ。
「皆ここからが本番だ。敵を全員ブッ飛ばしてこの国を出るぞ」
「「「「おー!」」」」
そして貴族の私兵が武器を構えると同時に、俺たちは駆け出した。




