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第53話 女神様再び

「知らない天……いや、空だな」


 起き抜けに言ってみたい台詞があったのだが、今しがた目覚めたこの場所には、天井自体が存在しなかった。

 物語好きとしては少し残念な気分だ。


「お久しぶりです、誠治さん」

「……!? その声は」


 呆けていたところに声を掛けられ、反射的に上半身が飛び起きる。

 そこには、背中から羽の生えた美女、俺を異世界に転生させた女神様が立っていた。


 良くみれば、一面真っ白い空に、わたあめのような地面が続いている。

 どうやら、俺は天界にいるらしい。

 知らない空ではなかったようだ。


「ああ、久しぶりだな、セシル様」

「わあ、覚えていて下さったんですね!」


 名前を呼ぶと、女神様は嬉しそうに手を合わせる。


「でも、様は必要ありませんよ、セシルと呼んで下さい」

「そうか……セシル」

「はい!」


 またもや嬉しそうに手を合わせているが、俺はそれどころではなかった。

 何故、俺は再びこの場所にいるんだろうか?


「もしかして、俺は死んだのか?」


 最悪の予想が口から漏れる。

 魔王を倒した後は、疲れて意識を失ったはずなのだが、その後に何かあったのだろうか?

 いや、もしかすると単に過労死かもしれない。

 元ブラック勤めとしては、最もそれらしい死にかただな。


「いえ、誠治さんは生きていますよ。意識だけが天界にいる状態です」

「意識が?」

「はい。魔王との戦いの後、神殿の治療室に運ばれたおかげで、こうしてお話出来るようになりました」

「そうか……いや良かった」


 安心したせいか、身構えていた体から力が抜ける。

 いや、精神体みたいなものだろうから、心から力が抜ける……か?


「しかし、神殿に向かうという話だったのに、遅くなって悪かったな」


 転生する前に、神殿に向かえばセシルに会えると言われていたのに、すっかり遅くなってしまった。

 落ち着いたら行こうとは思ってたんだけどな。


「いえ、地上で色々あったでしょうから構いませんよ……それよりも」


 セシルが何もないところへ軽く手を振る。

 すると、目の前にテーブルセットの様なものが現れ、次々と家具が現れていく。

 一通り出揃ったところで現象は収まったが、もはや壁と天井さえあれば、普通の部屋と呼べるような状態になってしまった。


「これはスゴいな」

「えへへ、ありがとうございます。立ち話も疲れますから、座ってお話しましょう」


――


――


「つまり、魔王候補だの何だのは、セシルは知らなかった訳か」

「はい、その通りです」


 向かい合って座った俺たちは、闘技場での出来事について話し合っていた。


「私は異世界支部の女神ではあるのですが、転生地区に属しているので、あまり詳しくないんです。様々な神が世界を管理していますので、違う部署のことはお互い分からず……申し訳ありません」

「いやいや、良いって」


 セシルが頭を下げようとしたので、止める。

 天界とはいえ、どこの組織も似たようなもんだな。


 俺の勤めていた会社も、それぞれの管轄が違えば途端にスムーズに進まなくなったものだ。

 天界も意外とブラックなのかもな。


「まあ魔王の事は今はいいか……あ、それよりも」

「はい?」


 俺は気になっていた質問をする。


「幸運値999なんだが、何だか偏ってないか? 幸運なのかそうじゃないのか、よく分からないんだが……」


 異世界初の戦闘は、よだれを垂らした狂人だったし、その後もやたらと面倒に巻き込まれる。

 童貞の俺にはハードルの高い出来事も多く起こる上に、魔王から勇者扱いされるときた。


 退屈はしないが、波乱万丈すぎて幸運かどうか判断がつかないのだ。


「なるほど、幸運値についてですか」


 セシルが指を頬の下に当てて、考える素振りをする。


「もしかすると、誠治さんが亡くなる直前の願望が強く影響しているかもしれませんね」

「願望って、死ぬ前に考えてた事か」

「はい、心当たりはありませんか?」


 そう言われてみると、異世界小説を読みたい、童貞のまま死にたくない、とか考えてた気がするな。

 その上で幸せになりたいと思ったら、こういう状況になるわけか。


「なるほどな、道理で女の子とよく出会ったり、厄介イベントに巻き込まれたりするわけだ」

「システムが幸福を判断していますので、必ずしも望んだ結果になるとは限らないようですね」

「はぁ、俺はスローライフを送りたいだけなんだけどな」


 がくりと項垂れる。

 平穏無事にそこそこ良い暮らしが出来れば良かったんだが、どうにも騒がしい日々だ。

 冒険者ギルドの時は、つい気分が高揚してしまったが、まあそれは例外だ。


「お悩みのようですね?」

「まあ、つい今しがた言った通りだ」

「そうですねぇ」


 セシルが目をつぶって考える。


「自分の好きなように生きてみる、というのはいかがでしょうか? 誠治さんを縛り付けるものは、今の世界にはもう何もないのですから」

「好きなように生きる、か」


 良い響きだ、何だか真に迫った答えのような気がする。


「ただなぁ、避難済みとはいえ大勢の前で魔王を倒してしまったんだし、絶対面倒なことになる」


 これから俺が好きに生きようとしても、ミズダット王国がそれを許さないだろう。

 仕事が出来るやつは、次から次に仕事を押し付けられるものだ。


「……厳しいだろうな」

「それでも、ですよ。せっかく転生したんですから、誠治さんには自由に生きて欲しいんです」


 やけに真剣な眼差しだ。

 セシルにそう言われると、何だかその気になってくる気がする。


「確かに、頑張って気楽に生きてみようかな」

「その意気です! 私もお手伝いしますからね!」


 手伝う……か。


 実際には、神殿に来たときに話す機会しかないわけだが、そう言ってくれるのは素直に嬉しい。


「ありがとう、また来るよ」

「はい、近いうちにまたお会い出来ると思います」


 視界がボヤけていく。


「それでは、良い異世界ライフを」

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