第52話 剣術大会6
『《ワールド・オブ・フレイム》』
奴が詠唱した瞬間に、膨大な炎が迫る。
「今だ!!」
そして、目の前の全てが炎に包まれて、燃え盛る音だけが残る。
『クックックッ、あっけないものだ。所詮人間など容易く死に絶えるものよ』
炎の濁流の中から、アグリエルの声が響く。
さて、それはどうかな?
「貴様は恥じるべきだ。その程度で主様を倒した気になっているのだからな」
「そうだなグリューネス」
『なに!?』
驚くと同時に魔法の効果が切れたのか、炎がかき消える。
そこには、傷一つ付いていないコロシアムと俺たちの姿があった。
『何故だ!? 周囲の地形をまるごと焼き払う威力があったはずだ!?』
「ふん、この魔王グリューネスが、貴様のチャチな魔法を防げぬ訳がなかろう」
『なんだと!?』
アグリエルが俺のとなりにいるグリューネスを見つける。
『お前は、前魔王グリューネス。何故ここにいる!!』
「ほう、我を知っているのか。だが貴様に教えてやる義理はないな」
『なんだと……クソがぁぁぁぁ!!!!』
アグリエルは先程の冷静さをなくしたのか、グリューネスに向かって闇雲に火球を投げつけてくる。
「させるか」
すかさず俺は、飛んできた火球を黒刀で全て弾く。
「カイル! メリー!」
「おう!」
「ニャ!」
待機していたカイルとメリーが飛び出す。
グリューネスは外見的には余裕だが、地形すら破壊する魔法を防いだのだ、余力はあまりないだろう。
『邪魔だぁぁぁ!!』
今度はカイルとメリーの方へ火球が飛んでいく。
「アリス! レイネード!」
「「はい!!」」
二人に声をかけると同時に俺も走り出す。
そして詠唱が完了した二人の魔法が火球を妨害した。
「くらいやがれ!!」
「おとなしく拳を受けるニャ!!」
アグリエルの足元まで迫った二人が、飛び上がって斬り、殴りかかる。
『邪魔をするなぁぁ雑魚どもがぁぁ!!』
「ぐぁっ!?」
「にゃっ!?」
しかし数回打ち合ったのち、二振りの巨剣にカイルとメリーは弾き飛ばされた。
「あとは任せたぜ……セージ」
「ああ、任せろ」
すれ違いざまにカイルに返事をする。
みんなのおかげでようやく奴の近くに来ることが出来た。
『貴様、前魔王まで隠し持っていたとはな……!! ただでは済まさんぞ!!』
アグリエルが両手の巨剣に力を入れるのが分かる。
『貴様を殺し、周囲の奴らを殺し、この国を滅ぼさねば気が収まらぬわぁぁ!!』
怒号と同時に斬撃が迫る。
来た、おそらく渾身の一撃だろう。
左右からクロスさせるように神速の巨剣が迫りくる。
避けられる速度ではないし、黒刀一本の俺では防ぎようもない。
だが、この時を待っていた。
「悪いが、死ぬのはお前だ」
インベントリから、金刀を取り出す。
『な!? 貴様、一体どこから取り出した!?」
"ガンッ!!!!"
目の前に迫った巨剣を二刀でそれぞれ受け流す。
二刀技を隠してここまで来るのは、本当に大変だった。
「行くぞ、ニ刀奥義……《千水乱華咲》!!」
奥義の発動と共に、体が軽くなる感覚になる。
一度使ったことはあるが、これに特殊能力などはない。
あるのはただ、純粋な技だけだ。
『貴様ぁぁぁ!!』
「はぁっ!!」
左右から来る剣を、全身を脱力させ的確に弾く。
圧倒的な力の差がある今の状態では、数回それを繰り返す事自体が奇跡に近いだろう。
だが、今の俺は全く失敗する気がしなかった。
「今だ!」
数度の打ち合いの後、一瞬の隙を見逃さず二振りの巨剣を同時に弾き飛ばす。
『なにっ!!』
「終わりだ!!」
そして手ぶらになった奴の両腕を斬り落とし、倒れたところに心臓へ金刀を突き刺して決着となった。
『ぐふぅ…………その剣技……その強さ……まさか……』
息も絶え絶えで、口から血を流しながら、アグリエルが言葉を紡ぐ。
ふいにグリューネスとの戦いを思い出して、奴が何を言いたいのか何となく分かってしまった。
まあ最後にサービスしてやってもいいか。
「そうだ、俺が今代の勇者だ」
『やはり……そうか……!!』
心臓を突き刺して塞がった右手の代わりに、左手の黒刀を地面に突き立てる。
「魔王アグリエル、勇者の手で……眠れ!」
そう言って俺は、黒刀を奴の首へ走らせた。
最後は、魔王と勇者という関係で終らせた方が良いような気がした、何故だが分からないが。
「まあ、情けをかける必要なんてなかったかも知れないな……というか、疲れた」
視界が揺れて、平衡感覚がなくなる。
チート性能の体といえど、さすがに限界だ。
俺はその場に倒れた。
「……ま……旦那さ……!!」
「……い…セージ、おい!!」
「……師匠!?」
「……お……るにゃ!?」
遠くから俺を呼ぶ声が聞こえる。
しかし、起きようとする俺の意思とは反対に、疲れきった意識は闇の中へ沈んで行った。




