第30話 アリスとデート4
「よくお似合いでございます」
「ああ、ありがとう」
豪華な飯を食った後は、風呂に入れてもらった。
感想を言うとすれば、銭湯よりも浴槽が広かった……とだけ言っておくのが良いだろう。
一々この家を説明してたら夜が明ける。
風呂を上がった後、庶民服では格好がつかないだろうと、メリエッタに服を着せてもらっていた。
「しかしこのコート、いつ返せば良いんだ?」
「それは、アリス様からのプレゼントでございます。どうぞお納め下さい」
「こんな上質な物を……」
日本では見かけたことが無いが、これはゴシックコートと呼ばれる物だろう。
全身黒を基調としていて、ところどころに金のボタンがあしらわれている。
見た目だけなら貴族にでもなったようだ。
「こちらの寝間着もアリス様からです。お納めください」
「ああ、後で礼を言っておく」
何から何まで、本当に感謝だ。
今日はもう会えないかもしれないが、明日にでも礼を言っておこう。
「はい、それと食後のデザートですが、実はお作りになったのはアリス様なんですよ」
「え、そうなのか……!?」
あの黒ごまプリンをアリスが作ったとは。
料理もできて強くて美人、まさに完璧な女性だな。
「セージ様に褒めて頂いたと、とても喜んでおられました」
「はは、なんだそれは」
料理を褒められて喜ぶSランク冒険者って、何か面白いな。
「ですからセージ様。
アリス様の事、どうかお願い致しますね」
「……ああ」
昼にもセバスから言われたが、何をよろしくなのか分からないな。
まあ、折角の縁だ。
俺もアリスとは仲良くしていきたいと思っている。
「ではセージ様、お部屋はあちらでございます。
今日はゆっくりとお休み下さいませ」
「ああ、おやすみ」
丁寧なお辞儀をして、メリエッタが先に出ていった。
「さて、俺も寝るか」
ーー
ーー
部屋に戻って着替えると、既にマップの時計で11時を過ぎていた。
「早く寝ないとな」
明日は特に用事など無いが、アラクネクイーンの爪は早く換金したい。
"コンコン"
明日の事を考えながらベッドに腰かけていると、ドアの方からノックが聞こえる。
「どうぞ」
「夜分遅くにすみません」
入ってきたのはメリエッタ……ではなく、アリスだった。
「アリス、その格好は……!」
「は、はい……」
何故一瞬メリエッタと間違えたのか、それはアリスがメイド服を着ていたからだ。
「何でメイド服を……!?」
「そ、その、お食事の時にセージさんがメリエッタの服を見てましたので、使用人の服がお好きなのかなと……」
ば、ばれてたのか! くそっ、恥ずかしい!
「に、似合いませんか?」
「いや、そんなわけは無いが……」
正直言って、かなり似合う。
いや、本来の使い方を考えれば似合っていないと言った方が正しいかもしれない。
アリスが着ると、まるでドレスか何かの様に華々しくなってしまうので、こんな使用人が居ては目立って仕方がないだろう。
「では、似合っていますか?」
「……ああ、俺が見た中で一番可愛いメイドさんだな」
これは素直な感想だ。
俺の想像するメイドさん像を、アリスに上塗りされてしまったな。
「か、可愛いなんて……! そんなストレートな……!」
アリスが顔を真っ赤にしてモジモジする。
本当に第一印象から変わったな。
「そろそろ寝ないと、明日起きられなくなるぞ」
「はっ! そうでしたね、では……」
冷静になったアリスが、俺のベッドまで歩いて行く。
そしてそのまま横になると、毛布を被った。
……やっぱりまだ冷静じゃないな。
「おいアリス、そこは俺が寝るベッドだぞ」
「わ、分かっています。こちらに来てください」
アリスに言われてベッドまで行く。
そして目の前まで来たところで、手首を掴まれた。
「えい!」
そのまま寝た状態から、見事な体術で俺を空中に放り投げてくる。
流石はSランク冒険者だな、体術も一流だ。
などと悠長に考えている場合ではない。
「くっ! 受け身を取らねば!」
そして空中で体勢を立て直し、見事に四つん這いでベッドに着地することに成功した。
が……。
「「…………!!!!」」
アリスを押し倒す形で着地してしまった。
しかも、俺の両手がアリスの胸を押さえ付ける格好で。
「す、すまん!」
慌てて起き上がろうとするが、両手が利かないせいか上手く起き上がれない。
その反動で、手が滅茶苦茶な動きになってしまう。
「んっ……! ふっ……!」
上気した顔のアリスから、声が漏れる。
「くっ! バランスが取れない……」
不可抗力とはいえ、この状況はまずい。
というか、女の子の胸がこんなに柔らかいとは知らなかったな……って!
何を考えてるんだ俺は!!
どうやら、俺の理性ももう限界に近いらしい。
「せ、セージさん……!」
アリスの口から、非難の言葉が出てくるのだと思って覚悟した。
だが俺の予想とは違いアリスはそっと目を閉じると、なんと唇を付き出してきたのだ。
「こ、これは……」
まさかキスなのか……!
いやエルの時もそうだったが、童貞の俺にキスなんて無理だ!
それも付き合ってすらいない状態でなんて尚更……。
「あ、あの……セージさん?」
アリスは待っているように見える。
どうする……! 俺の理性ももう限界だ!
何か無いのか……! この状況を打破する何か……!
はっ!! そうだ!!
「ひゃっ!! せ、セージさん!?」
「すまん、アリス!!」
俺は体勢を崩してアリスを抱き締めた。
ちょうどアリスの頭が、俺の胸の辺りに来る位置で。
「「……」」
二人の間に沈黙が流れる。
こうしていればアリスの顔を目の前にしなくて済むので、俺の理性が暴走することもない。
最善の策を打ったはずだ。
「「…………」」
だが沈黙が続くと、脳がどんどん冷静になってきて、アリスを抱き締めていると言う事実を思い出させてくる。
風呂上がりの上品な香りを纏った髪が、俺のすぐ下にあるのも誤算だ。
「セージさん」
「何だ?」
黙って抱かれていただけのアリスだったが、しばらくして俺に話し掛けてきた。
「セージさんも、ドキドキしてくれてるんですね……嬉しいです」
そう言うと、俺の背中に手を回してきた。
これでちょうど、二人で抱き合う形になる。
「ああ」
だが、不思議と取り乱したりはしなかった。
これが正しい形であったかのように、心が落ち着いていく。
「セージさんは、私の身分が気にならないんですか?」
アリスが唐突に聞いてくる。
「突然どうした?」
「いえ、昼間から気にする素振りを見せなかったもので、私の方が気になってしまいました」
「そういうことか」
何と答えようか迷う。
「身分なんて聞いてもしょうがないからな。
偉かろうが偉くなかろうが、アリスはアリスだ。
それだけだな」
「ふふっ、そうですか」
その答えでよかったのか、アリスが少し笑う。
「セージさん、少し私の話を聞いてくれますか?」
「ああ」
そこからアリスが話したのは、自分の身の上に関する話だった。
幼い頃から自分を利用しようとする者、嫉妬の目で見る者、騙そうとする者、嫌らしい目で見てくる者、などに囲まれて育ったせいで、貴族が嫌いになってしまったらしい。
「そんな陰謀だらけの中にいても、周りの人達や家族は好きでした。
特に、優しかったお母様の事は今でも大好きです」
「優しかった?」
「はい、お母様は……暗殺者に殺されてしまったんです」
アリスが俺を抱き締める力が強くなる。
「だから冒険者になったのかもしれません。
優しいだけじゃ駄目だ。強くならなきゃって」
「そうだったのか」
アリスの背中を撫でてやる。
すると、アリスの手から少し力が抜けた。
「最近は少し、意固地になっていたのかもしれません。
そんな時に私はセージさんと出会いました」
「俺に?」
何の関係があるんだろうか。
「セージさんは不思議な人です。
驚く程に強く、それでいて物事に無関心。
そうかと思えば優しかったりお茶目だったり、もう私の心は振り回されっぱなしです」
「それは、なんか悪かったな」
それだけ聞くと、情緒不安定な奴に聞こえる。
「いえ、嫌じゃないんですよ! むしろセージさんに出会ってから、嫌な時間がどんどん減っていきました」
「そうなのか?」
「はい。今ではセージさんの事ばかり思い浮かんで、嫌な事を考える暇なんてありませんよ」
そう言って、優しげながらもさらに抱き締める力を強めてくる。
「私、きっとセージさんの強くて優しい所に惹かれたんでしょうね」
「惹かれたって……」
童貞に言ったら勘違いするだろ。
「あと……カ、カッコいいところも……ですね」
「はぁ……」
前世では、ついぞ言われたことが無かった言葉だな。
だが、お世辞でもこんな美少女に言って貰えるのは素直に嬉しい。
「ありがとう」
「い、いえ……」
抱き合っているので、アリスの体温が上がっているのが分かる。
「私、幸せです……セージさんは……私を……どう……」
だが、どうやら眠くなってきたようだな。
「今日は疲れただろう。もう寝ると良い」
「……はぃ」
軽く頭を撫でてやると、すぅすぅと寝息をたて始める。
「眠ったか……」
意識はもう無いようだが、腕は後ろに回されたままだ。
どうやらこのまま寝るしか無いらしい。
「幸せか、それは俺もそうだよ」
昔は、いつも寝る時に不幸を感じていた。
起きるときは憂鬱で、どうして俺がこんな苦しい生活を、と毎日思っていた。
「ありがとうな、アリス」
だが、今は幸せだ。
アリスの話には、どこか俺と共通点があって親近感が沸いた。
そっとアリスの頭を撫でる。
「んぅ……」
少しくすぐったそうにした後、穏やかな微笑みのまま再び眠りに入っていく。
アリスの安心しきった顔に、こちらも頬が緩む。
「異世界に来れて、本当に良かったな」
この生活を手放したくない。
諦めずに地獄のような前世を生き抜いたことを、今では誇りに思っている。
「俺ももう寝よう」
身体の力を抜いて、寝る姿勢に入ろうとする。
少し体勢が変化したせいか、アリスが寝たまま俺に強く抱きついてきた。
「……」
俺も少し力を強めて抱き返すと、安心したのかアリスもちょうど良い姿勢に戻る。
「おやすみ、アリス」
俺は安心した気分で、意識を手放す事ができた。
その日は、とても幸せな夢を見た気がする。
お読みいただき、ありがとうございます。
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作者はセージ君を応援していましたが、どう考えてもR18待った無しなので自重しました。
無念です。




