第18話 初のダンジョンで目指せスローライフ3
俺は今、ギルドに向かいながら商店街を歩いていた。
「まあ、商店街と言っても露店ばかりだな」
まだ一文無しなので何も買えないが、食欲をそそる香りが漂っている。
「こうやってじっくり見ると、異世界の料理だと認識させられるな。あれとか、絶対モンスターの肉だろ」
緑色をした肉を、店主が削いで袋に詰めている。
「はあ……。エルが作った料理が食べたい」
昨日の今日だが、もうエルの料理が恋しくなっている。
本当に美味しかった。
「それはそうと、この国の金の価値をまだ調べて無かったな」
エリサに聞いてみたが、この国の通過単位は『ダット』と言って、硬貨にするとざっとこんな感じらしい。
銅貨 10ダット
大銅貨 100ダット
銀貨 1千ダット
金貨 1万ダット
白金貨 10万ダット
「意外と細かいんだよな。その癖に1ダットの硬貨が無いのも謎だ」
俺は地頭が良くないので、説明されたとしても理解するのは大変だろう。
「黒パンが10ダット、石の剣が2200ダットか」
それぞれの露店を見比べる。
「どうにかダットを円に置き換えたいんだが、どっちに合わせれば良いんだ?」
日本でパンと言えば100円だ。
そうすると円は、ダットの10倍となる。
「でもなぁ、黒パンを100円とすると石の剣が1本で2万円になるんだよなぁ……」
あんなみすぼらしい剣に2万円は高すぎる。
「それに、あんなガチガチの黒パンが100円というのも高い気がしてきたぞ」
パン屋の店主が黒パンを陳列しているが、まるで木材のような硬質な音が黒パンから聞こえる。
「よし、1ダットは1円で黒パンは10ダットだから10円。これで行こう」
数字は苦手だ、単純に考えていこう。
とその時、帽子を目深に被った子供とすれ違う。
「おっと! ごめんよ!」
「ああ」
……。
分かりやすいな。
「はぁ……スリか」
台詞から格好から、何から何までスリの少年だった。
「何も盗られる物を持って無かったから良いが、やっぱりここら辺は治安が悪いな」
露店のおかげか人がごった返しており、雑多な印象を受ける。
「エルの住んでいた区画は比較的安全だった気がするが、少し心配だな」
心配しすぎかもしれないが、明後日辺りに一度様子を見に行くか。
「とりあえずは、トレントの枝を換金だ」
ーー
ーー
「お! セージじゃねぇか! 合格したんだな」
「あらセージさん、合格おめでとうございます」
冒険者ギルドに入ると、カイルとアリスが受付の前に居た。
「あ、セージさん! こっちですよー!」
二人の近くで、エリサが手を振って俺を呼んでいる。
とりあえず、行くか。
「さっそくダンジョン帰りか?」
「そんなところだ」
カイルに答えてから、エリサに向き直る。
「ここで素材の買い取りはやってるか?」
「うーん、そうですね」
エリサが頬に指を当てて少し考える。
「普段は担当していませんが、セージさんなら特別に私がやって差し上げますよ。
今、買い取り表と箱を持ってきますね」
そう言ってエリサが駆け出して行く。
「セージさん、随分とエリサさんに気に入られてるみたいですね」
アリスがカウンターの奥を見据えながら言う。
「そうか? 仕事のできる受付嬢はあれくらいやってくれるだろう」
「いえ、雰囲気の違いですよ。
彼女は普段から愛想が良いですが、セージさんの場合は特別というか……」
「特別?」
「すみません、上手く説明できないんです」
なんだろう、女の勘という奴だろうか。
「だと良いんだがな」
「ははっ! 何だよアリス、やきもちか?」
カイルが横から口を挟んでくる。
何を言ってるんだこいつは?
「はぁ……カイル、貴方はさっき会ったばかりの異性に嫉妬の感情が湧きますか?」
「俺はモテモテだから嫉妬なんてしねぇぜ!
それに、エリサ嬢だってセージと会ってからまだ時間経ってねえだろ?」
「そ、それは……」
アリスが一本取られたようだ。
それは良いんだが、俺の話でマウントを取り合うな。
「お待たせしました、セージさん!」
エリサが帰ってきた。
手にはバットのような木製の入れ物を持っている。
「この入れ物に素材を置けば良いのか?」
「はい、収まらなければ別の容器を持ってきますので安心してください」
「そうか」
インベントリから、トレントの枝23本を取り出す。
「お! アイテムボックスも使えんのか!!
流石はセージだな!」
「珍しいですね。
私達のパーティーにも、アイテムボックスを使える者はおりませんよ」
アイテムボックス……ではないが面倒になりそうだし、ここは合わせておくか。
「ああ、重宝している。じゃあ並べるぞ」
バットが少し小さいな。
レゴブロックのように積み重ねれば入るか。
「22……23……これで全部だな」
最後の1本を真ん中に乗せる。
キャンプファイヤーのような形になってしまった。
「だはは! 焚き火かよ!」
「笑ってはいけませんよカイル。これはこれで可愛らしいです」
アリスのそれは、フォローになってるのか?
「まあ良い、それじゃあ買い取りを頼む」
「……」
ん? エリサが反応しないぞ。
「んあ? どうしたエリサ嬢」
「固まっていますね?」
目の前で手を振ってみる。
「どうした、エリサ?」
「……セージさん、23本もトレントの枝を集めたんですか……?」
「ああ、そうだが……」
何かまずいのか。
「何だ、エリサ嬢? セージなら朝から潜ってトレント23体をぶっ倒してても、おかしくはねぇだろ?」
「私達の基準で言えば、ですけどね。
普通の新人さんはそこまで早く倒せませんよ」
ああ、最初から少し倒しすぎたか。
「ですから、エリサさんが驚くのも無理はありません」
「まあ、そりゃあそうだな! ははは!」
二人が納得する。
が、エリサは納得していないのか声を張り上げた。
「お二人とも忘れているんですか! セージさんが試験に合格したのはついさっきですよ!」
「ん?…………確かにな」
「あれから時間は経ってませんね……」
三人がこちらを見る。
「なあセージ、これどんくらいの時間で集めた?」
「……1時間だが」
「「「1時間!!」」」
三人が同時に驚く。
やり過ぎたか。
異世界小説にありがちな展開なのに、どうして気が付かなかったんだ。
「とにかく換金してくれ、エリサ」
「え! は、はい! トレントの枝1本1000ダットになります。今持ってきますね」
エリサがバットを抱えて走っていく。
「なあアリス、俺らのパーティー全員なら1時間で集めきれるか?」
「……少し厳しいかもしれないですね」
二人が驚きを隠せない様子でこちらを見る。
次からはもっと持ってくる予定だったが、この反応は少し居心地が悪い。
「……高ランク冒険者は、これとは比べ物にならないくらい稼いでるだろ」
「まあ額で言えばそうだが、さすがに1体を狩る早さが尋常じゃねぇだろ」
「私達では常に索敵をしなければならないので、魔力欠乏を起こす可能性があります」
ステータス画面が有能過ぎて、色々と気が付かなかったな。
もっと深く潜って、強いモンスターを数体狩る方が違和感も少なかったか……失敗だ。
「お待たせしました、セージさん。
トレントの枝23本で金貨2枚と銀貨3枚です」
「ああ、ありがとう」
エリサから素早く袋を受けとる。
「じゃあ、また明日来る」
「あ、セージさん!? 待って! 次の……」
最後まで聞かない。
厄介ごとに巻き込まれるのがオチだ。
俺は冒険者ギルドの扉を閉めた。
ーー
ーー
~冒険者ギルド~
「あ、セージさん!? 待って! 次の……」
聞こえていないのか、セージが冒険者ギルドを出ていく。
「次のお休みは二人でどこかに……。
ああ……言えなかった」
エリサが項垂れてカウンターに突っ伏す。
「なあ、アリスよ」
「何ですか? カイル」
「パーティーにもう一人、入っても良いんじゃねぇか?」
「急な話ですね。ですが今回は賛成です」
「俺としては、もう一人男が欲しいしな」
「奇遇ですね、私もちょうど良い男性がいるような気がしていたのです」
残されたSクラス冒険者たちは、本人の居ないところで勧誘の計画を進めるのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
連続投稿5/10




