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トライ☆トライブ  作者: トライ☆トライブ
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第八章 落車してママチャリを借りる

 カレンダーは既に七月。

 梅雨は完全に明け、緑燃え立つ季節になっていた。

 そして、トオルとリオンの元に、ようやく念願の自転車が届いた。

 そこで購入したばかりの自転車の試走と練習を兼ね、膝折女子高トライア

スロン部は、休日に同じS県にある大樹林公園に集合することになった。

 大樹林公園は、長大な自転車コースを誇る自転車練習に最適な場所だった。

 よく晴れ渡った気持ちの良い日曜日の朝。

 大樹林公園の駐車場に、一台のゴツいSUVが入ってきた。

 バタンとドアを開けて車から出てきたのは妹尾姉妹だ。

 降車したルカは、辺りをキョロキョロと見回す。

「まだルカちんと、トオルちん、来てないみたいだよ……待ち合わせの場所

って、ここで良かったんだよね。ねぇ、やっぱり二人を一緒に乗せてきた方

が良かったんじゃない?」

「自分たちで来れるって言ってたでしょ。大丈夫よ。きっとじきに来るわ」

 言っていた矢先、一台の自転車が駐車場に入ってきた。

 スーッと走ってきたトオルの自転車は、姉妹の前で止まる。

 トオルだ。

「……ども」

 相変わらず消え入りそうな小さな声だが、自分から挨拶出来るようになっ

ただけ進歩だ。

「あれ? トオルちん何に乗って来たの? 車? 電車?」

 ルカの問いに、トオルは自転車に跨った状態のままフルフルと首を振った。

「ええー? もしかしてトオルちん、ここまで自転車でやって来たの?!」

 コクリと頷くトオル。

 大樹林公園の最寄り駅は、膝折女子高のある膝折市・膝折駅から電車で二

十駅以上離れている。

 同じS県の県内とはいえ、膝折市から直線距離にして四十キロはくだらな

い。

「ま、トオルにとって、このくらいのロングライド(遠乗り)はお手の物だか

らね」

 撫子は何でもないことのように言うと、乗ってきたSUVの後部を開け、

二台の自転車を取り出した。

 撫子とルカの乗る自転車だ。

「これあたしのお古だけど、ちゃんとメンテしてきたから。ほら、ルカも乗

ってみなさい」

 ルカを自転車に跨らせ、サドルを丁度いい位置に調節してやる。

 走らせてみると、流石にトオルのようには行かず、熟れない自転車に多少

もたついたりしていたが、特に問題はなさそうだ。

「うん大丈夫そうね。トオルの方は、新しい自転車の乗り心地はどう?」

 ロードタイプや、トライアスロン用の自転車は、以前トオルが乗っていた

クロスバイクとかなりモノが違う。

 まず、ロードタイプやトライアスロン用の自転車では、極端な前傾姿勢を

強いられる。

 それに、独特な形状のドロップハンドルや、ハンドルと一体化した変速ス

イッチも、使い慣れていないと戸惑うだろう。

 トオルの自転車は、ペダルも通常の平ペダルとは違うビンディングペダル

になっていた。

 ビンディングペダルとは、ペダルとシューズを合体させる機構を持った特

殊なペダルのこと。

 通常のペダルは、踏み込む込む力しか推進力に換えられないが、ビンディ

ングペダルは、足がガチッと固定されるため、引き足のパワーまで推進力と

して利用できるのだ。

 ただし、トオルのビンディングは、ロードタイプの物ではなく、マウンテ

ンバイク用の物が使われていた。

 トオルが大破したクロスバイクからサルベージし、自分で付け替えた物だ

った。

 こんなところにも、トオルなりの自転車へのこだわりが見てとれる。

 以前トオル自身が愛用していた品だから、ビンディングペダルに問題はな

ないだろう。

 サイクリング部に入っていただけあって、他の操作に関しても、苦にして

る様子は見られない。

 しかしトオルの答えは慎重だった。

「うーん、どうだろう。ロードタイプの自転車は最近乗ってなかったから…

…これ、もっと乗ってみないと、まだよく分からない……」

 だが、そう言いつつ、既に四十キロ以上を軽く走破してきているのだから

やはりとんでもない少女である。

「じき馴れるわよ。それよりリオンは来てないの?」

 ちょうど、そんな会話をしている時だった。

「みなさーん!」

 リオンが自転車を押してやってきた。

「おはよー。あれ? リオちんも、ここまで自転車でやって来たの?」

「まさか。運転手さんに送って貰って来たのよ」

 そう言って後ろを振り返ると、リオンの後方に、黒塗りの大きな外車が止

まっていた。

 その傍らに立っていたタクシー帽を被った年配の男性が、帽子を取ってペ

コリとお辞儀する。

「送ってくれてありがとう赤倉さん。帰りは皆と一緒に帰りますから、もう

帰ってくれていいですよ」

 もう一度軽く会釈して、去って行く赤倉。

「へぇー、運転手さんがいるなんて、リオちんの家ってもしかして大富豪?」

「はいはい。無駄話はあとあと。全員揃ったんだから、さっさと練習始める

わよ」

「待って下さい撫子さん。あのぉ……本当にリレーに出場するのに、得意種

目以外を練習する必要ってあるんでしょうか?」

 何故いまになって決着の着いた話しを蒸し返すのか。

 リオンの意図を測りかねた撫子は、困惑の表情を浮かべる。

「前にも説明したでしょ。満足に走れないあなたには、自転車や、水泳の練

習法が最適なの!」

 撫子が説明しても、まだリオンは気が乗らない様子だ。

 優等生のリオンが、こんなにウジウジとゴネるのも珍しい。

「あなたらしくないわね。グズり癖でもついた?」

「グ、グズってなんかいません!」

 以前撫子に、不覚にも情けない泣き顔を披露しまったことを思い出し、恥

ずかしくなったリオンは強い口調で否定した。

「じゃあ問題ないわね。さぁ皆行くわよ!」

 撫子の号令一下、トライアスロン部は自転車に乗って走り出した……約一

名、リオンを除いて。

「待って、お姉ちゃん。リオちんが来てないよ!」

 二十メートルくらい行ったところでルカが叫び、三人は一斉にブレーキを

かける。

 振り返ってみると、リオンはさっきの場所に立ち止まったままだ。

「おーい、リオちーん。なんで来ないのー?!」

 ルカに大きい声で呼ばれ、自転車を押してトボトボ歩いて来るリオン。

「どしたの? ペダルが踏めないほど足が痛むの?!」

「いや、あの、そーいうわけじゃないんだけど……ああ、もう!」

 心配するルカたちの目に急かされて、自転車に跨るリオン。

 ところが。

「あうわうわ……」

 ヨタ、ヨタヨタ走り出したリオンの自転車は、三メートルと行かず、横倒

しになった。

「もしかしてリオン、自転車乗れないの?」

「……」

 バツが悪かったリオンは、道端に座り込んだまま、撫子の問いかけにも答

えずソッポを向く。

「ふて腐れているところを見ると、図星らしいわね」

 天才肌の出来る子で通っているリオンだが、また一枚メッキが剥がれてし

まい、だいぶプライドが傷付けられているようだ。

「なるほど。それでゴネてたのか」

 納得するルカ。

「そういえば、トライアスロン部発足の時も、一番難しい顔をしてたのはリ

オンだったわね。自転車が乗れないことで気後れしてたのね」

「だ、だって、普段自転車なんていらないでしょ? 近所へは走ってけばい

いし、遠い所へは車を使えばいいんだから!」

 まるで、パンがなければお菓子を食べればいいじゃない的な、言い草である。

「さすが、お嬢様。言うことが違うなぁ」

 でもルカは、妙なところを感心している。

 しかし、自転車が乗れなければ、トライアスロンは始められない。

「初めから乗れないなら乗れないって言えばいいのに。全くもう、素直じゃ

ないんだからこの子は」

 リオンは優等生タイプだが、変にプライドが高く、意固地だから、引率者

の撫子は苦労する。

「いいですよ。皆で走ってきて下さい。ワタクシだけここで待ってますから」

 リオンは、唇をとんがらせて言った。

 すっかりショゲてしまったようだ。

「ふうっ、しょうがないわね。リオンはあたしが見とくから、とりあえずル

カとトオルだけで走りに行ってらっしゃい」

「それじゃぁ、ダメだよ!」

 だがルカは、姉の命令を言下に拒絶した。

「リオちん、その膝の絆創膏、減るどころか、以前より増えてるよね? こ

こに来る前から自転車に乗る練習してたんじゃないの?」

 ルカは、根っからのお節介焼きである。

 それゆえに三人娘の中で一番ノホホンとしていて気が回らないように見え

て、意外と見るべき所は見ているのだ。

「だったら諦めちゃダメだよ。アタシもリオちんが自転車に乗れるようにな

るように協力するから一緒に特訓しよっ!」

 ルカはリオンの手を強く握りしめて言った。

「でも、それじゃあ、折角の皆の練習時間が……」

 素直に好意に甘えてよいものか、まだリオンは躊躇っていた。

 でもルカの答えは明快だった。

「なーんだ。そんなのまた来ればいいじゃん!」

「誰一人、置いてきぼりにしないのが"ボクたち流"だと思う……」

 どうやら、トオルもルカと同意見のようだ。

「そそ。最初から何でも完璧にこなせる人なんていなんだからさ。リオちん

もアタシたちに頼ってよ」

「二人とも、ありがとう」

 リオンの目が自然に潤む。

 ここのところリオンは、すっかり涙もろくなってしまっていた。

 リオンは、このままではいけないと猛省しつつも、素直に弱みを見せられ

るようになった自分が、そんなに嫌いではなかった。

 意見がまとまったところで、トオルは、駐車場近くの自転車貸し出し所を

指差す。

「この公園、普通の自転車も貸し出してたはず。いきなりトライアスロン用

の自転車に乗るのは難しいから」

 ロードタイプやロードを改良したトライアスロン仕様の自転車はただでさ

え乗りにくい。

 その上リオンの自転車に付けられていたペダルは、ペダルにストラップが

くっ付いているサンダルのように靴でペダルを履く『トウクリップペダル』

と呼ばれるものだった。

 これは、自転車に乗れない人間が練習用として使うには、ビンディングペ

ダル以上に不向きな代物である。

 もちろん自転車屋だって、リオンに悪意があってトウクリップペダルを取

り付けたワケではない。

 大体ロードタイプの自転車を買う人間が、自転車に乗れないだなんて普通

は思わないだろう。

 自転車に乗る練習をするなら、やはり通常の平ペダルの自転車を使うのが

一番良い。

 ということでトオルの提言をいれ、前籠の付いたいわゆるママチャリを借

りてきた四人。

 そしてリオンの自転車特訓が始まった。

 トオルが前方に立ってアドバイスしながら、ルカがママチャリ後部の荷台

の部分を押さえて、自転車が倒れないように支える。

 結局、リオンが二人のサポート無しにママチャリに乗れるようになったの

は、午後三時を回った頃。

 トライアスロンバイクに乗れるようになるまでには、陽がとっぷりと暮れ

ていた。

「やったぁ、乗れた、乗れましたよ。ルカ! トオル!」

 リオンは、いつの間にかトオルのことも呼び捨てにしていた。

 今日のことで、三人の距離が一気に縮まったのは間違いない。

 リオンの運転はヨタヨタしていて、まだちょっと危なっかしい面もあるが

運動神経の優れたリオンのことだ。

 一度乗れてしまえば、すぐに乗り慣れるだろう。

「まぁ今日は、チームワークが生まれただけでも良しとしますか。おーい、

みんなそろそろ引き上げるわよー!」

 撫子は部員たちに撤収を呼び掛けた。

 こうして、膝折女子高校トライアスロン部の初試走会……もとい、リオン

の自転車特訓会は、無事終了したのだった。

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