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トライ☆トライブ  作者: トライ☆トライブ
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 第六章 保健室前廊下の誓い

 それからほどなくして、リオンに迎えの車がやって来た。

 このまま学校にいても寝てるしか出来ないので、家人に車で迎えに来ても

らったのだ。

 既に制服に着替え、帰り支度を済ませたリオンは、保健室で借りた松葉杖

を使ってベッドから立ち上がる。

「えー!? リオちん帰っちゃうのー? じゃぁアタシお見送りするよ」

「あんたは、サボってないで自分の教室に戻りなさい」

「えーっ?!」

 撫子にたしなめられ、ふて腐れるルカ。

「バイバイ……」

 蚊の鳴くような声ではあったが、トオルも挨拶してくれた。

 撫子に付き添われたリオンは、ルカとトオルを保健室に残し、車が迎えに

来ている玄関へと向かった。

 まだ授業中なので、廊下には彼女ら以外人影はない。

 コツコツというリオンの松葉杖を突く音だけが廊下に響く。

 二人きりの廊下で、リオンと並んで歩いていた撫子は、何気ない風を装っ

て尋ねた。

「リオン。あなた本当にトライアスロン部に入部して後悔しない?」

「えっ?」

「他の二人と違って、あなたはまだ陸上部に籍が残っているわ。一年や二年

怪我に耐え、再起をしたランナーなんて珍しくないし、都大路を駆ける夢だ

って完全に潰えた訳じゃな

いでしょ。それを簡単に諦めちゃっていいの?」

「…………」

「他の二人に気兼ねして無理して入部して貰っても、逆にわだかまりが出来

て、結局お互いのためにならないと思うから聞いてるんだけど」

「撫子さん。駅伝で何が一番大切か知ってますか?」

 リオンに突然違う話題を振られ、キョトンとする撫子。

「? そうねえ、チームワークかしら。どーしていまそんなこと訊くの?」

「その通りです。リレーで一番大切なのはチームワークなんです。仲間を信

じる心なんです。駅伝が心の襷リレーと言われるのも、そのためなんですよ

ね。一人だけが強くても勝負には勝てないし、一人でも和を乱す者がいても

勝てはしない……」

 リオンの声は、心なしか震えている。

「だからこそ、仲間を信頼出来なくなったら駅伝はお終いなんです」

 撫子は、リオンの松葉杖を持つ右手をハシッと掴むと、リオンをくるりと

自分の方に向かせた。

「やっぱりね」

 リオンは、その大きなエメラルドのような瞳に大粒の涙を溜めていたのだ。

 リオンは意地っ張りで、容易に弱みを見せようとしない娘。

 ある意味において、トオル以上に不器用で表現ベタな人間と言ってよい。

 そんなリオンが、人前で涙を浮かべている。

 彼女が、陸上部のことでどれだけ心を痛めていたかは、押して知るべしで

あった。

(リオンを思って助言したつもりだったんだけど、裏目に出てしまったみた

いね。傷ついている子を、さらに追い詰めるようなことを言って、あたし何

やってんだろ)

 撫子は自分の迂闊さを呪った。

(ツラいリハビリに耐えてまで、こだわってきた駅伝への参加なのに。それ

を軽い理由で諦められるワケがないのに。どうにもならない事情があるって

察っするべきだったわ)

 撫子は、自分の無神経な発言を悔やみ、唇を噛む。

「無神経なこと、言っちゃったみたいね。ゴメンねリオン」

 撫子は、リオンを慰めるように、彼女の頭をそっと撫でてやった。

 リオンが陸上部に入部してから、たかだか三ヶ月。

 もしかしたら、初めから他の陸上部員と、絆なんて存在しなかったのかも

しれない。

 それなのに、勝手に人を信じ、勝手に裏切られたと嘆く。

 そんな自分の愚かしさを、リオンも分かっていた。

 ルカやトオルとの間にだって、本当の信頼関係が築けるなんて保証はあり

はしない。

 だが、それでもリオンは、人を信じることを辞めたくなかった。

 信じられる仲間だっていると、信じたかったのである。

「ワタクシ、やっぱりルカやトオルさんとトライアスロン部をやってみたい

です。信頼出来なくなった人なんかのために、人を信頼することを辞めたく

ないから」

「分かったから。だからほら、もう泣かないで」

 撫子はポケットからハンカチを取り出し、グズグズのリオンの顔を拭いて

やる。

「美人さんが台無しじゃないの。迎えの人が驚いちゃうから、ほら、笑って」

 撫子に即され、リオンの顔はようやくほころんだ。


 リオンは学校早退後、そのまま病院へと向かい、怪我した脚の精密検査を

受けた。

 幸いアキレス腱に特段の異常は認めらず、膝も軽い打撲だと診断された。

 しかし、

「歩くのには何の支障もないでしょう。ただし、しばらくは無理して走らな

いように」

 と、担当医師からきつくたしなめられたのだった。


 翌日の放課後。

 学校公認のトライアスロン部活動拠点となった保健室では、三人の少女が

雁首を揃えていた。

「それで、足は大丈夫なのリオン?」

「はい。まだ少し痛みはありますけど、しばらく無理に走ったりしなければ

平気だろうって言われました」

 「ふうー、何事もなくて良かったわ。それじゃぁとりあえず、トライアス

ロン部の活動を始める前に、これ書いといて貰おうかな」

 撫子の事務机に重なるように置かれたペラは二枚。

 やや重なるように置かれている。

 上の方になってる紙には、創部届けという字が見てとれる。

「高校生トライアスロン大会の申込書はこっち」

 机に置かれた新しい部の届け出用紙とは別のもう一枚を取り上げ、撫子は

ヒラヒラさせる。

「三人一組で申し込むから、申込書は一通なの。高校生トライアスロンの申

込み書には、各々の名前と出場種目の競技経験だけ書いといてくれればいい

わ。他の必要事項はあたしの方で書いとくから。創部届けと一緒に今日のう

ちに書いちゃってね」

 しこしこと申込書を書くことになった三人。

「あのー、タイムとか判らないのは、どう記入すればいいんですか?」

 リオンが撫子に訊ねる。

「そこは、空欄にしといていいわ。練習中に計測してあたしが書き込んどく

から」

「書ーけたっと。リオちんは、書けたー?」

 リオンが書いてるのを覗き込むルカ。

「どれどれー? リオちんの体重はっと……」

 申込書には当然、身長、体重など、パーソナルデータを書き込む箇所もあ

る。

「ちょ、ちょっと、他人のを勝手に見ないで下さる!?」

まとわりついてくるルカを、シッシッと追い払うリオン。

「うむむぅぅ。身長が頭一つ分くらい違うのに、体重同じって、どーゆこと

?!」

 リオンの体重を覗き見たルカは、受け入れ難い現実に愕然としている。

「あんたが太り過ぎなのよ。少しは体を搾りなさい」

「ムッカーッ、お姉ちゃん、それは禁句でしょー!!」

 だが、そこは姉。

 ルカの扱いは馴れたものだ。

 怒るルカにいちいち取り合わず、スルーして話題を変える。

「あら、まだ創部届けが書けてないわね。あ、これ役職決めなきゃいけない

のか。それじゃあ部長誰がやる? 年功序列ならトオルなんだけど……」

 撫子がトオルの方を見ると、トオルは洗濯機の洗濯槽みたいに首をブンブ

ン振る。

 ハァーっと、嘆息する撫子。

「まあトオルは無理だわね。それじゃルカか、リオンってことになるけど」

「はいはーい、アタシやるー!」

 ルカが元気よく手を上げる。

「まぁ、一抹の不安は覚えるけど、とりあえずルカでいっか。じゃぁリオン

は、副部長ってことでよろしくね」

「はい」

 三人だけの部なのだから、役職などほとんど有名無実。

 意味はないのだが、それでも副部長をやれと言われると、自然とリオンの

身も引き締まる。

「それ書いたら以前言ってた通り、あたしの顔が利く自転車屋に連れて行く

から。トオルいいわね?」

 嬉しそうに頷くトオル。

「リオンも競技用の自転車持ってないから買わなくちゃいけないのよね。う

ちの学校の前のバス停から一本で行くけどバス停までその足で歩けそう?」

「はい、全然大丈夫です」

 だがその返事には、どこか慌てたような、落ち着かない感じがあった。

 それに目も泳いでいるような……。

「お姉ちゃん、アタシも、リオちんの付き添いで行くーっ!」

「はいはい、分かった分かった。どうせあんたのことだから、付いてくんな

って言っても付いてくるんでしょ」

 そんな他愛もないやり取りをしてから小一時間ほど経った後。

 トライアスロン部のメンバーは『アクロス・ザ・ロード』と書かれた店の

看板の前に立っていた。

「ここ、あたしのトライアスロン仲間が経営してるショップなのよ」

 そこは三十平米くらいのこぢんまりとした自転車屋だった。

 ハンドメイドや、カスタムメイドの自転車も売っている自転車屋というこ

とで、完成品の自転車だけでなく、自転車部品やアクセサリーがいたるとこ

ろに所狭しと置かれている。

 あまりにもゴチャゴチャしていて、店内を歩き回るのも困難な程だ。

「どーも店長」

 撫子は店に入ると、奥にいた口髭をたくわえた男性に声を掛けた。

「おお、こんちは。撫子姉さんじゃないですか。今日はどんな御用です?」

 髭を生やしているので老けて見えるが、二十代半ばの撫子を姉さん呼ばわ

りしているところを見ると、彼もまだ二十代なのかもしれない。

「今度、うちの学校で新しくトライアスロン部立ち上げたのよ。それで生徒

たちの自転車を見繕って貰おうと思ってね」

 一方トライアスロン部の三人は、撫子と店の主人が話し込んでいる間に、

店内を物色し始めた。

 この時ばかりは引っ込み思案のトオルも、目を輝かせて色々な物を手に取

っている。

 逆に自転車素人のリオンの方が所在無げだ。

 トオルの真似をして、適当に近くに置いてあった自転車のパーツを手にと

ってみるものの、何に使うものかも判らず首を傾げている。

 ルカに至っては、ゴミゴミした店内を探検隊気分でちょこまかと世話しな

く動き回っていた。

 完全に場所をわきまえない子供のノリだ。

 トオルの所持金と、警察から出た報奨金を合わせて予算はおよそ三万円。

 撫子の馴染みの自転車屋は確かに安く、店頭に目玉商品として置かれてい

る競技自転車の中には三万円代のものがいくつかあった。

「へぇー、これ二万五千円だって。ねぇ、お姉ちゃん、これいいんじゃない

?」

 探索行を楽しんでいたルカが、特売の値札の付いた自転車を見つけて、姉

に声を掛ける。

 だが撫子は、首を縦に振らない。

 彼女たちは、急造のトライアスロン部。

 トライアスロンの大会でいきなり良い結果を出すには、ただでさえ越えな

くてはならないハードルがたくさんある。

 道具の良し悪しで勝敗が決まってしまうものでもないが、現状のトライア

スロン部では、せめて良い道具くらい揃えないと勝負にもならないだろう。

「『弘法、筆を選ばず』って言葉もあるけど、実際には空海も筆を選んでい

たとも言われるしねえ。出来るだけ良い自転車を選んでやらないと」

 だから撫子は、目玉商品として飾られている格安自転車なぞ、はなから眼

中に無かった。

 適当な値段でお眼鏡に敵う品がなかった撫子は、早速口髭の店長と交渉を

始めた。

「でね、出来ればカーボンフレームの自転車が欲しいんだけど……こんなも

んでどうにかならない?」

 店長の持っていた電卓を覗き込み、横っちょからポンポン数字を入力する

撫子。

「いやいや、姉さん。いくら最近値頃感が出てきたと言っても、その値段で

カーボン製の自転車は無理ですって。一番安くてもカーボンフレームだとこ

のくらいは……」

 ピッ、ポッ、パッと電卓を叩く。

「あたしのポケットマネーを奮発したとしても、この額はないわー。ねえね

え友達でしょ? あたしに任せろってあの子たちに言っちゃった手前もある

からさ。店長の裁量でもうちょっと値段どうにかなんない?」

「いや、原価ってもんがありますから、こればっかりはどーにも……」

「どっちにしろ、この価格帯だったらアルミでもそんなに軽くないでしょ?

トライアスロンで本気勝負するなら、どうしても良い軽量フレームに乗せた

いよね。だったらカーボンがしかないじゃない? ね、お願い!」

 目をしばたかせ、おもいっきりよそゆきの笑顔を作ってみせる撫子。

 声も、普段決して出さないような猫撫で声だ。

 妹のルカは、そんな姉の姿を見て、また辟易した顔をしている。

「そんな顔したってダメですってば」

「じゃあ、これを頭金ってことで、ね?」

 ずいっと店長に顔を近づける撫子。

「ボーナス払いってことで、ねっ? この通り!」

 ずいっ、ずいっと、強張った笑顔を作って迫ってくる撫子。

 もはやこれは、脅迫に近い。

 撫子に気圧され、ついに店長は折れた。

「はあ、わかりましたよ。他ならぬ撫子姉さんのためだ。なんとか勉強しま

しょう」

「よし、商談成立!」

 このノリ良さは、ルカそっくりだ。

 やはり血は争えないのか。

 店長と撫子の話しがまとまった直後、離れたところから声が飛んできた。

「ああ撫子さーん。じゃあワタクシも、同じのお願いしまーす」

 そう言って微笑んだのはリオンだ。

 どうせ自転車のことなど皆目分からないリオンである。

 トオルのために撫子が選んだ自転車なら間違いがにから、便乗させて貰お

うという魂胆だ。

「ええーっ、こ、この値段で二台もっすかぁ!?」

 撫子は、渋い顔をしている店長に両手を合わせて拝み倒す。

「ううう、姉さーん、ボーナスが出たらお金入れて下さいよ。じゃないとう

ち本当に潰れちゃいますよトホホ……」

 店長は、ほとんど涙目だ。

 自転車が決まった後は、体にあった自転車を作るため、リオンとトオルの

二人は、メジャーで体の各部のサイズの採寸をした。

 自分の体に合わせて作られた自転車は、店頭販売の品と違ってすぐに受け

取ることは出来ない。

 オーダーメードは、注文してから出来上がってくるまで数日はかかってし

まうのだ。

 自分に合った自転車を手に入れようと思えば、これはしようがないことだ。

 自転車屋を出た四人。

「じゃ、自転車が決まったところで、自転車を注文してもすぐに受け取れる

わけじゃないから自転車以外の練習から始めましょう。トオルもいいわね」

「あぅぅ」

トオルは不満そうだったが、肝心の自転車が無いのだから、こればっかりは

しょうがない。

「でもさ、でもさ、アタシたちそれぞれの専門の種目にしか出ないんだよ?

だったら個別に自分たちの得意な種目の練習だけをやったほうが良くない?」

「ルカの言う通りですわ。大会までそんなに日にちもないのに、自分の専門

外の競技にかかずらわっている余裕なんて無いんじゃありません? せめて

高校生トライアスロン大会が終るまでは、自分の出場する競技の練習に専念

すべきだと思います」

「いやさぁリオン。走れないあなたがそれを言っちゃう? 当分あなたは、

マラソン以外の練習をするしかないのに」

 そう撫子に指摘されたリオンは、気恥ずかしくなって俯いた。 

「トライアスロン部を存続させていくつもりなら、いずれは本格的なトライ

アスロン大会に挑戦しなきゃならないんだし。それにひとりが指導役に回っ

て教えることによって、教える立場にならないと判らない気付きがきっとあ

るはずよ。仲間がどのくらいの運動量を

こなしてるのか、自分の肉体で知ることも重要。仲間を思いやる気持ちが生

まれ、チームワークが自然と出来てくるから」

「むぅぅ……お姉ちゃん、ほんと口が上手いよねえ」

 撫子の説明を聞いて唸るルカ。

「リオンは、まだ走らない方がいいからマラソンもパス。まずはスイムの練

習からね。みんなこの次から水着を持ってくるように」

 水泳の上達には、正しい泳ぎ方を覚えることが不可欠。

 しかし実際に正しいフォームを身に付けるのは一朝一夕にはいかない。

 マラソンや自転車競技と違って水泳の場合は、いきなり初心者が驚異的な

泳ぎを見せたりすることがないのはそういった理由からである。

 トライアスロンの三つの種目のうち、もっとも習熟に時間のかかるスポー

ツなのだ。

 撫子が、まず水泳の練習から取り掛かろうと決めたのは、理に適っている

と言えるだろう。

「リオン、まだ走り込むのが無理でも、自転車や水泳の練習ならアキレス腱

に負荷をかけずに足を鍛えられるんだから、自分の専門分野じゃないからと

いって練習で手を抜かないこと。いいわね」

「は、はい」

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