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トライ☆トライブ  作者: トライ☆トライブ
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 第四章 策士登場

「このおバカ!!」

 保健室に響く怒声。

 二十代の白衣の女性を前にして、リオンと、それに付き添って来ただけの

ルカまで肩をすくめて小さくなる。

 元は端正な顔であろう白衣の女性の眉尻が、これ以上ないくらいキッと上

に上がって、鬼女の如き恐ろしい形相になっている。

「ゴメンなさい。撫子先生……」

 白衣の女性・保健医の撫子の剣幕に、消え入りそうな小さな声で謝るリオ

ン。

「昨日足を痛めたばかりなのに、それを押して、今朝また全力疾走したです

って!? あれだけ口を酸っぱくして無理しないようにって言ってたのに。

アキレス腱を再断裂したら今までのリハビリが無駄になるだけじゃない。二

度と走れなくなる可能性だってあるのよ! そこんとこちゃんと判ってんの

!?」

 撫子の言葉にシュンとうなだれるリオン。

「さっき話した通り、リオちんにも止むに止まれぬ事情があったんだってば。

だから、そんなに怒鳴らなくたってさあ……」

 撫子の物凄い剣幕に、ルカが助け舟を出すものの……。

「あんたは黙ってなさい!」

 撫子に一喝されてしまった。

「あのね。ことは高校駅伝云々だけじゃないの。場合によったらあなたの一

生にも関わってくる問題なのよ。まあ、もういいわ。ともかく足を見せて頂

戴」

 撫子は、リオンがおずおずと差し出した右足の触診を始めた。

 撫子がアキレス腱を揉んだ瞬間、リオンの顔が苦痛に歪む。

「どう、これ痛い?」

「は、はい……」

「うーん、見た目はそれほど腫れてないようだけど、やはり炎症を起こしち

ゃっているみたいね。とりあえずアイシングするから、向こうのベッドに行

って横になってなさい。しばらくはそれで経過を見ましょう。痛みが退かな

いようなら病院でもう一度再検査してもらうこと。いいわね?」

 リオンは撫子の言葉に頷くと、促されるまま白いカーテンで覆い隠された

隣室の病人ベッドの方へと移動した。

 傷めた足に荷重がかからないようにと、傍らにはルカが付き添って肩を貸

してくれている。

 ルカが白いカーテンを開くと、すでにそこには先約がいた。

「ああーっ!」

 三つ並んだベッドのうち、一番奥のベッドに寝ているその人物の顔を見て

リオンは思わず大きな声を上げていた。

 肩を貸していたルカは、耳元で大声を上げられてビクリとする。

「あー驚いた。何よ、リオちん。いきなり耳元で大きな声を上げないでよ」

「ほら、あの子。あの子ですわ。昨日、自転車に乗ってた彼」

 病人ベッドに寝ているその顔は、まぎれもなく駒場トオルと名乗っていた

あの少年のものだった。

「ああ、本当だ。昨日の自転車のひとだ!」

 当のトオルはというと、自分を見て突然大声を張り上げた二人に吃驚して

頭からシーツを被ってしまった。

 そして、シーツの隙間から二人の方をジッっと窺っている。

「やっぱり見覚えがある気がしたのは、デジャヴュじゃなかったのね」

「えっ、でも、どうしてこんなとこに男の子がいるの? ウチは女子高なの

に」

「この子は女の子よルカ」

「ええっ、女の子?」

「足のケアを撫子さんに看てもらうようになってから、ここで何度か遭った

ことあるわ」

 ルカもようやく合点がいったらしい。

「はやー、驚いた。でも何でリオちんは、昨日会ったときには気付かなかっ

たの?」

「面識があるといっても、ワタクシが保健室を訪れるときには、決まって彼

女はベッドに

寝てましたし、ろくに声も掛けたこともなかったのよ。それに昨日の彼女は

男の子っぽい格好をしてたから、てっきりワタクシも男の子だとばかり」

「自分のことをボクって言ってたしね。トオルって名前も男の子みたいだも

んね。男の子と決めてかかっても仕方ないか」

「あら。二人ともトオルと知り合いなの?」

 アイシング用のクールパックを持ってきた撫子が、リオンとルカに問うた。

「まあ、三人ともここの常連だから顔見知りでも不思議はないか」

「顔見知りってほどでもないんですけど……先日色々あって、ワタクシたち

彼女にスゴい迷惑かけちゃったんです」

「ふーん。大丈夫よトオル。そんなに脅えなくても。この二人は、あなたを

苛めたりしないから」

 そう撫子に言われて、トオルもようやく安心したらしくヒョコリとシーツ

から顔を出した。

 そしてリオンとルカに挨拶した。

「……ど、どーもです」

 その声は、消え入りそうなほど小さかった。

「トオルさんって、男の子みたいな名前だから、ワタクシたちてっきり男の

子だと思ってて……だからここで再会して驚いちゃったんです」

「ふーん。そういえばトオル言ってたよね。トオルって名前は、お父さんが

男の子が産まれると決めつけ、男の名前しか用意してなかったから、そのま

んま男の子の名前を付けられちゃったって」

 しかし、そんな撫子の他愛ない問いかけにもトオルは答えない。

 まだ完全に警戒を解いてはいないのだ。

 撫子は、うつ伏せに寝かせたリオンの足首にテーピングテープでクールパ

ックを固定しつつ言葉を続ける。

「トオルはね。『過敏性腸症候群』って病気なの」

「過敏性腸症候群?」

「そう。胃腸に特段異常がないにもかかわらず、緊張したり、ストレスがか

かったりすると、お腹が痛くなったり、お腹を下してしまったりする……簡

単にいうと胃粘膜の知覚過敏症みたいなもんね。二人だって気が進まないと

きに、お腹が痛くなったりした経験はあるでしょ」

 あるあるとルカが相槌を打つ。

「それが酷くなって習慣化したモノと思えばいいかな。病根が無いから、昔

は仮病扱いされてたんだけど、最近はちゃんと病気と認知されてきてね。だ

から学校側も保健室登校を認めてくれてるんだけど。ま、うちが慈愛を標榜

するミッション系の学校で良かったわよ」

「でも、どうしてトオルさんは、そんな病気にかかっちゃったんですか?」

 だがトオルは、俯いたまま。

 相変わらず黙して語らなかった。

 代わりに再び撫子が答えた。

「この子、以前自転車部に入ってて、そこで先輩にだいぶ苛められたらしい

のよ。それが原因で、人間恐怖症みたいになっちゃってね。人前に出ると、

すごーくストレスがかかるらしいの。過敏性腸症候群もその兆候のひとつ。

おかげで不登校になって一年留年した程なの。過敏性腸症候群によく効く薬

も出来たから、保健室登校出来るようにはなったんだけど……やっぱりまだ

人の大勢いる教室に通うのは無理っぽいのよね」

「あれー? でもトオルちんは、自転車部に嫌な思い出があるのに、自転車

に乗るのは平気なんだね。どーして?」

「ルカ、その名前に『ちん』って付ける呼び方、どうにかなりません?」

 相変わらず、よくも知らない相手を『ちん』付けで呼ぶルカに、ツッコミ

を入れるリオン。

 そのときオルが重い口を開いた。

「どうしても好きで……捨てられないものもあるから……」

 トオルが珍しく口を開いたのは、ルカの気安い雰囲気のせいか。

 あるいは大好きな『自転車』というキーワードが、トオルの心に引っ掛か

ったせいか。

「ワタクシにも何となく分かります。その気持ち」

 トオルの境遇を、自分と重ねて視ていたリオンも呼応するように呟いた。

 リオンもトオルと同様、陸上部に背を向けた現在も、走ることに強い執着

心を抱き、走ること自体を嫌いにはなれずにいたからだ。

 トオルの方も、リオンの呟きに何かシンパシーを感じたのか、俯き加減だ

った顔を上げ、リオンとルカの方をちゃんと見るようになっていた。

「それなのにワタクシったら、トオルさんの大切な自転車を壊しちゃって。

なんて謝ったらよいか。お金を用立て次第、すぐに弁償しますから」

「も、もういいよ。キミが直接壊したワケじゃないし……悪気が無いのも判

ったから……」

 ボソボソと答えるトオル。

 そんな三人娘の会話を傍らで聞いていた撫子は、難しい顔になっていた。

(自転車だけが友達みたいなトオルが自転車を失い、走るのが生き甲斐のリ

オンが走る場所を失ってしまったワケね。これはなんとかしてやらないと…

…)

 小さな声で独りごつ撫子。

「あっ、そういやアタシも、水泳部辞めてからも結局泳ぐのを辞めてないな

ぁ」

「えっ? ルカは水泳部じゃなかったの?」

「ううん。アタシ帰宅部だよ。もっともアタシは、イジメられておんだされ

たワケじゃなくて、単に部活と水が合わなかってだけだけどねー」

 よく考えてみれば、膝折女子高校にもプールはある。

 ルカが水泳部なら、何もわざわざ市民プールで泳ぐ必要はないのだ。

「でもさ。なんだかアタシたちって、境遇が似てるよね。そうだ、いっその

ことアタシたちで新しい部活作っちゃおっか?」

 ルカの突拍子もない提案に目を丸くする他二名。

 だがルカの目は、例の如く、もうキラキラと輝き出していた。

 俄然やる気のようだ。

「三人じゃクラブの認可は下りないでしょうし、無理に決まってるでしょ。

それに大体、ワタクシたち三人で何のクラブをやろうって言うのよ」

 リオンが噛み付く。

 でもルカは全く動じない。

「そうだなー。トオルちんは寝てるのは平気なんでしょ? リオちんもしば

らく安静にしてなくちゃいけないんだよね? アタシも寝るの好きだから…

…だったら、お昼寝専門のシエスタ部なんてのはどうよ?」

「あのねー、保育園のお昼寝の時間じゃないんだから……」

 リオンは、もはや呆れ顔だ。

「プッ、クフフ……」

 二人の間の抜けたやりとりに、沈んだ顔だったトオルも、思わず吹き出し

てしまう。

 そんなトオルに釣られて、リオンと撫子まで笑い出した。

「なんだよぉ、みんなしてアタシの案を馬鹿にしてーっ!」

 ククク、アハハハ……。

「お姉ちゃんまで笑ってないでよ。もーっ!」  

「お姉ちゃん?」

 ルカの言葉に、キョトンとするリオンとトオル。

「うん、お姉ちゃん」

 そう言って、ルカは撫子を指差す。

「あれ、言ってなかったっけ?」と撫子。

「ええー、嘘でしょー!? 」

「ボ、ボクもボクと同級生の妹さんがいるなんて聞いてない……」

「撫子って名前の方で呼ばれることが多いから気が付かなかったのかもしれ

ないけど、本名は妹尾撫子って言うのよ」

 撫子は、保健室の扉に掛かった表札を指した。

 確かにそこには”妹尾撫子”と書かれてある。

 リオンは撫子の世話になりだしてからまだ間もないし、トオルもそんな細

かいことに気を配れるような心理状態ではなかったため、二人とも今の今ま

で気が付かなかったのだ。

 楚々とした美人である撫子と、やんちゃなルカでは、パッと見の印象が全

然違う。

 だが、姉妹だと言われてみると、確かに顔のパーツ一つ一つが似ている気

がしないでもない。

「し、知らなかった……」

 衝撃の事実を知らされポカンとしているリオンとトオル。

「ねえ、ねえ、ダメかなシエスタ部」

 そんな二人をよそに、シエスタ部がどうのと、まだゴネているルカ。

 三人の少女たちの間には、いつの間にか、和気あいあいとした空気が流れ

ていた。

 撫子は、その異常さにハタと気付いた。

 トオルと付き合いの長い撫子でさえも、こんなによく笑い、他人と打ち解

けている彼女の姿を見たのは初めてだったからだ。

(この子たち一人一人、全然違ったタイプだけど、意外とフィーリングは合

ってるみたいね)

水泳(スイム)に、自転車(バイク)に、陸上(ラン)か。シエスタ部はともか

くとして、ルカのアイデア、結構イケるかも」

 撫子は、一人ほくそ笑んだ。

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