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プロローグ 公爵令嬢は陥れられる

 人生とは、理不尽なものだ。

 そんな思いを18歳のメアリ・アンブラー公爵令嬢は舞踏会が開かれているボールルームの中で噛みしめていた。目の前には婚約者であるはずのパトリック王太子殿下が、妹のように可愛がっていた少女の肩を抱いて猛々しい顔で笑っている。少女の顔はうつむき、ここからではよく見えないが、ちらりと見えた顔は恐怖におびえているようであった。


「聞いているのかメアリ!」


 その言葉に、メアリはパトリックの顔を睨みつけた。パトリックがたじろぐ。


「メアリ、なんだその顔は。お前が公務に携わる中で、予算を不正に利用したことは調べがついているんだ。お前はもう、僕の婚約者ではない!」

「殿下、わたくしがそのような悪事を働いたとおっしゃいますが、その証拠がどこにございますの?」

「証拠でしたら、ここに」


 傍にいた取り巻きの一人が、さっと書類を取り出す。メアリは反射的に受け取り、目を通した。優秀な彼女はそれだけで、その書類の完璧な偽装ぶりがわかってしまった。

 これは、覆せない。どんなに言い訳をしたところで無駄であろう。メアリはがっくりと肩を落とした。

 わたくしのやってきたことすべては、無駄だったのだわ……。

 六歳の時に二つ年上のパトリック王太子殿下の婚約者に選ばれ、それ以来過酷な王妃教育に耐えてきた。パトリックがサボっていた公務の分も彼女は時間を割いてこなした。パトリックに対する愛などなかったが、これもすべては国のため、尊敬する国王夫妻のため。そして。

 お父様とお母様に、愛されるため……。

 アンブラー公爵と夫人は仲が悪く、アンブラー公爵は生まれてきた娘のメアリを蔑み、罵った。夫人は夫人で、日に日に美しくなるメアリのことを、妬ましく感じているようだった。それでも外聞はあったため、メアリは公爵令嬢にふさわしい待遇を受けてきた。しかし、彼女の愛されたいという願いはついぞ叶うことはなかった。父の愛人の息子が二人、アンブラー公爵家に養子に入ると、家庭内の雰囲気は一層悪くなった。

 ああ、わたくしの人生はなんと無駄だったことでしょう。

 メアリは笑った。遠くでは父親が怒りで顔を真っ赤にしているのが見える。もう、自分が愛されることはない。


「僕はこの心根の優しいエレインを妻とする。お前は修道院にでも行くんだな!」


 パトリックが笑っている。側近たちも笑っていた。エレインだけは、がたがたと王子の腕の中で震えていた。



 一週間後、メアリは修道院の門をくぐった。厳重な見張り付きで。あの後、書類は丹念に調べられた。メアリは何度も無実を訴えたが、無駄だった。それだけ書類の偽造は完ぺきだったのだ。刑務所に行かずに済んだのは、国王の恩赦によるものだったが、それでもアンブラー公爵家は領地を一部没収された。怒り狂ったメアリの父親、アンブラー公爵はメアリに修道院入りを命じた。

 メアリは髪を刈られ、他の修道女からは引き離されて奉仕活動を行うことになった。食事は一日二食、薄いスープとパンだけだ。与えられた部屋は粗末なもので、しょっちゅう隙間風が吹き込む。

 わたくしが一体何をしたというの……。

 メアリは最初、怒りに燃えていたがやがて火が消えるように感情を失っていった。



 そうして、10年が経った。





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