第二話「落下の出会い」
紅葉が覗くショーウィンドウには実に端正な顔立ちの可愛らしい犬耳美少女が映り込んでいた。
瑠璃がクール系の顔立ちだというのならば、こちらはキュート系とでもいうのだろうか。そこにはそんな感じの今しがた呆れた声を出した猫耳美少女と比べても遜色のない程の犬耳美少女が映り込んでいた。
紅葉はしばしそのショーウィンドウに映る自分の姿を見つめ、心の安寧を得る。
[理性値判定1D4/1D8、上方、1D8ロール、結果4、理性値4回復]。
しかし、その思考は目の前にある現実によって引き戻される。
(犬耳? なんで? というか獣人?)
よく見ると耳だけではない。紅葉は自身の履いているスカートの中からも、その髪と同色の赤いふさふさとした垂れ尾が出ているのに気付く。
(尻尾も……?)
正気をある程度取り戻してから猫耳少女の方に向き直すとそちらもスカートの下から彼女の髪と同色の瑠璃色のつるつるとして毛並みの良さそうな長い尻尾が出ていた。
そこで、それまで紅葉の容態を見る為か、紅葉を凝視していた瑠璃が不意に視線を逸らして頬を掻きつつ口を開く。こころなしかその耳は面白いものを見つけたかのように先程よりもピコピコと揺れている気がする。
「えっと、大丈夫ですか? 飛び降りですか? それともアイキャンフライを実行してみたおバカな方ですか? っていうか言葉は通じてますよね?」
少し口早にそう言いながら、瑠璃は手際良く紅葉の額の水をハンカチで拭い、気付け用に使った水を街路樹に捨てて、水筒の蓋に新しく水を注いで紅葉に手渡す。
紅葉はそれを受け取りつつも同じく瑠璃から視線を外し、少し考えながら答えた。
「いや、飛び降りではない、と思うけど……」
要領を得ない。しかし、少し周囲の状況を見て観測するに近くの道路には紅葉が落ちたと思われる粉砕した道路とその際生じたと思われる血塗れの瓦礫という無視出来ない落下痕があり、自身の寝かされていたベンチのそばにはその時紅葉と共に落ちたと思われる表面が少し血飛沫で汚れた大き目のスクールバッグもある。
(そういえば軽く頭潰れた様な気もする……?)
傷痕こそ一切無いが、そんな衝撃があった様な気がする。そうした状況から推測するに、紅葉が何処かから落下したのは事実だと思われる。だが、それは飛び降りではないだろう。何せ、わざわざ飛び降りるのに邪魔になる鞄を持って飛び降りる者はそうはいまい。
では落下か?
だが、それにはある疑問が残る。というのも、ここは商店街であり、周囲にある建物には全て何らかの店が出ていてその上に登る事はまず出来ない。更に、この場所には透明のアーケードが天井として張られており、そのアーケードには一切の傷跡が無い為、航空機などから落ちて、この場所に落下したというわけでもない。つまりは周囲に落下出来る様な場所がないのである。
落下したはずだが落下出来る様な場所がない。
そんな不自然な状況に対する疑問は次に瑠璃が肩を竦めつつ放った一言によって一蹴される。
「まぁそうでしょうね? 空が歪んで穴が開いたかと思ったらいきなりそこから降ってきましたし。まったく、いきなり私の上に降ってくるからちょっと慌てましたよ」
まさかの空間転移だった。それでは周囲の物理的状況はほとんど当てにならない。紅葉は「それは申し訳ない」と謝罪しつつも、よく聞くと瑠璃のその言葉には少しおかしな点があった為、思わず口を挟む。
「……え? っていうか、それ大丈夫だったの?」
上に落ちた。それはつまり自分は落下した時に目の前の猫耳少女を下敷きにしたという事ではないだろうか? そんなニュアンスを含んだ問いに瑠璃は何事もなかったかの様にあっけらかんと答える。
「はい、私は。避けましたから」
「えっ」
受け止めてくれたわけでは無かった。まぁ地面に落下痕があるのだからよく考えれば当然と言えば当然である。
ここで、事の詳細を聞いてみるに、つい先程、瑠璃がこの商店街を歩いていた所、突然、空間が歪んで瑠璃の真上に紅葉が落下してきて、瑠璃はそれを反射的に避けたはいいものの、紅葉はそのまま地面に落下してしまい、そのまま放置するのも忍びなかったので、とりあえずベンチに寝かせて介抱していたという事らしい。
「それで、飛び降りは冗談にしても一体何があったんですか?」
「あぁ、それは、えーっと……あれ?」
*思い出せない*