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梔子色の古神  作者: ウチダ勝晃
第二章 邪宗・蓮鳥教
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邪宗・蓮鳥教 その一

 だが、思いがけずに真樹は、事件につながるある手がかりを目の当たりにすることとなったのだった。それは坂東医院を出、近所の中華料理屋でチャプスイを肴にビールを開けて帰った直後のことだった。

 何か注文が来ているかもしれない、とパソコンを開き、メールフォルダを一巡した真樹は、久しぶりに大手のネット掲示板を開いて、面白いスレッドがないか一覧をスクロールしていた。と、酔って危うげになっていた手元が、うっかりスレッドの表示を「新着順」から「書き込み数の多い順」へ切り替えてしまい、せっかくあたっていた一覧が再読み込みされてしまい、真樹は忌々しく舌打ちをした。

 ――PC屋ですすめられて買ったけど、操作が敏感すぎるのも考え物だな。

 今更元へ戻して探すのも億劫だったのか、真樹は仕方なくそのままスレッドを探しだすことにしたが、トップに来ているスレッドのタイトルに、おや、と、真樹は思わず目を見張った。

 スレッドのタイトルは「傘岡バラバラ事件の現場に一番乗りしたんだけど質問ある?」というもので、つい数分ほど前にたったばかりのスレながら、書き込みはもう五〇〇を軽く超えようとしていた。

「まさか、本当に行ったわけじゃないだろう――」

 どうせ開いてみれば、「こんなのに乗っかるあなたはリテラシーがありません」などと金言めいたことが書いてあるのだろう。こんなスレッドに何人も引っかかるなんておめでたい――と、真樹は冷ややかに笑いながらスレッドを開いたが、予想に反し、その内容は事実そのもの、であった。投稿者の書き込みに、閲覧者のコメントが混ざっているためにかいつまんで書き記すと、このような具合になる。

「夜中にふらっと散歩に出たら、裏路地の古い病院のあたりからなんだかガヤガヤと声がした。気になって出かけてみると、さっきまで車がいたのか排気ガスのひどい匂いがした。病院の跡地で何をしているのか気になって中にふらふら入っていったら死体があった」

 そして極めつけは、その投稿者が一度家に帰り、好奇心から撮影した死屍累々の写真の数々だった。フラッシュ撮影や手ぶれのせいでいくらか鮮明さを欠いているせいか、真樹はさほど気味悪いとは思わなかったが、読み進めるたびにアップされてゆく写真と、それを閲覧している大勢の人々との妙な一体感に、背中が少しずつ汗ばんでゆくのを覚えた。

 そのうちに、真樹はふと、あることに気づいた。

 ――こんなことをしていれば、いずれ警察にかぎつけられてスレッドも削除されてしまう。今のうちに写真を保存しておいた方がいいんじゃないか?

 物心ついたころから、各国の犯罪実話や中世の処刑道具などについての図解入りの本を読んでいた真樹にとって、これはまたとなく好奇心を刺激する事物であった。すぐさま、写真のURLをたどって、デスクトップに作ったフォルダへコピーをうつしてゆくと、ちょうど「これで全部です」というコメントとともにスレッドがいっぱいになったところで、すべての作業が完了したのだった。

「――今日中でなくとも、そのうちに消されちまうだろうなあ」

 北向きの窓を開けると、真樹は服を扇ぎ、傘岡駅のホームを上りの新幹線がゆっくりと出てゆく音を聞きながら、かすかに聞こえる車のクラクションや人の声を、猟奇的な写真や事柄を見聞きして疲れた目や耳をいやすように、ぼんやりと聞いていたのだった。

 明けた月曜日、午前の講義の済んだ蛍が自転車でやってくると、真樹は事件のことなど微塵も触れず、二人がかりで稀覯本の荷造りと、集配に来た郵便自動車への受け渡しをやり、一時過ぎになって遅い昼食を近くの食堂へ食べにでかけたのだった。

「店長、なんか変な事件があったらしいですねぇ」

「――ああ、あったよ」

 親子丼をつついていた真樹は、うどん定食をふきさましている蛍の言葉に、素っ気なく返す。

「あれ、そういう猟奇的な事件、お好きじゃないんですか?」

「嫌いではないけど、好き好んでふれるようなもんじゃあないよ。もっぱら僕は、郷土史専門さ」

 真樹の返答に、蛍は首をかしげながら、よくわかんないですねえ、と、一向に冷めないうどんをあきらめ、小皿のおひたしへ箸をつける。

 ――興味があるうえに、検視に立ち会った人間から話を聞いた、ネットで写真を手に入れた、などと言ったら面倒なことになりかねん。

 少なくともこの、まだ二十歳の声を聴いていない少女に見せるにはエグすぎる、と悟った真樹啓介は、蛍に対してはあくまでも事件には無関心な様子を装っていた。だが、五時を過ぎて店がひけ、蛍が自転車にまたがって帰ってゆくと、昨日手に入れた写真をL判の用紙にプリントし、真新しいスクラップブックの表紙へ「傘岡バラバラ事件」と書いた台紙を貼り付けてから、各パーツごとに真樹は写真を整理し、丁寧にキャプションも添えつけた。

 一時間半ほどで写真の整理が終わると、真樹は改めて、問題となったスレッドがどうなったかを確認した。案の定、警察から物言いがついたのか、件のスレッドは影も形もなくなっている。保存しておいたのは正解だった、と思いながら、真樹はペン立てから愛用の天眼鏡を取り、スクラップブックの写真へあてがった。

 あいにく、目撃した投稿者の写真の腕はさほど上等なものではなく、切り口に赤々としたものが浮かんでいても、その断面が坂東医師の言うようにスッパリと切れたようなものであるかまでは真樹にはわからなかった。

 ――やれやれ、ずいぶんと派手に切ってくれたもんだなあ。

 食欲の遠のくのを感じながら、真樹は眼をしばつかせ、つけていた電気スタンドの灯りを消し、部屋全体を照らす蛍光灯のひもを引いた。気づけば六時半近くになり、あたりはすっかり、茜色の夕闇の中にくるまれている。腹が減っていても、先刻まで目を通していた写真のせいで食物へ手を伸ばそうという気にはならず、真樹はしばらく、放り出したスクラップブックを手でのけ、畳の上に大の字になっていた。

 写真の刺激が強く、寝るに眠れないまま蛍光灯のまばたきを見つめていた真樹だったが、ハタとあることに気づいて身を起こすと、部屋の東西両面を埋める本棚の一角から、あちこち角がスレてよれてしまっているスクラップブックを引っ張り出した。手垢で汚れた表紙には、転がっているものと同じように台紙が貼り付けてあり、「奥傘岡 蓮鳥教史跡」という手書きの文字が躍っている。

 しばらく、真樹は挟み込まれた写真や縮小コピーをかけたスケッチなどへ目を通していたが、やがて目当ての写真の綴じこまれた箇所へ来ると、真樹は目を見張り、やっぱりなあ、と誰にともなくつぶやき、そのままスクラップブックを文机の上に乗せた。

 そして、電気スタンドのスイッチをひねり、放り出してあった写真の数々と突き合わせたときに真樹の確信は確かなものとなった。

「やっぱりそうか、このイビツな切断個所、何かに似てるとは思ったが……まさか、蓮鳥教とはなあ」

 四隅をとめるプラ製のコーナーから写真を外すと、真樹はその一枚を、先刻プリントしたばかりの事件現場の写真と比べ、ため息をついた。今、真樹の手の中にある写真は、かつて真樹が奥傘岡群――今は市町村合併で社崎町となった海辺の村落である――のある寺院で撮影した、「邪宗蓮鳥教之記」という絵巻物の一部をとらえたものであるが、見ればそこには、掲示板で仕入れた写真のようにイビツな形に――袈裟懸けに切られた胴体や、門松のように刻まれた手足――の各パーツが、まるで昆虫標本か何かのように、箱にきちんと収められている、色も鮮やかな絵が写されている。

「――しかし、今頃になってこいつを思い出すなんてなあ」

 写真を見つめる真樹の瞳は、数年越しに思い出されたこの曰くある絵巻物で一杯になっていた。



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