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梔子色の古神  作者: ウチダ勝晃
第一章 奇妙な死にざま
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奇妙な死に様 その二

 迎えた午後七時、小ざっぱりとした服に着替え、傘岡駅の大手口側にある個室居酒屋へ入ると、真樹は店員に、先に来ているはずの坂東という青年のことを尋ねた。すると、ちょうど五分ほど前に来て店のいちばん奥、十八番の部屋にいる、と告げられたので、真樹はそのまま、十八番という表札の出た客室に小走りに向かい、襖へと手をかけた。

「やあ、遅くなってしまって……」

 真樹がのそりと顔を出すと、中でキャメルをふかしていた青年が立ち上がり、

「いやいや、僕のほうが早く着いてしまいましてね。たまたま、通勤急行に乗れたものだから……」

 灰皿のなかで外国煙草の吸いさしをもみけすと、青年は真樹に向かいへ座るよう促す。細身の体にぴったりと合った三つ揃えのチョッキに、糊のきいたワイシャツと縞のネクタイ、きっちりとオールバックに髪を整えた丸眼鏡の青年は坂東祐太という、独立して日の浅い、三十代前半の若き開業医なのである。

「今日は早くに店じまいをしましてね。さっきまで書斎で本を読んでいたんですよ」

「おや、それは奇遇ですね。私も、今日は午後の終わり際に一人、予約を入れていたおばあさんがいたきりだから、それまで書斎で本を広げていたんです。はたから見たら不真面目と思われるかもしれないが――」

 新しいキャメルに、店のブックマッチで火をくべながら坂東が自嘲気味に言う。

「まあ、お互い一国一城の主なんです、その辺の決め事は思うがままでしょうしねえ。――時に坂東先生、何、頼みます?」

 真樹がメニューを開いて見せると、坂東は身を乗り出して、ひとまずビールと刺身ですかね、と伝えると、真樹は襖を開け、通りがかった店員を引き留めた。あたりもすっかり暗くなり、窓からは電車通りのネオンサインや街灯が煌々と光っている、盛り場が一番華やぐ頃合いである。

 そもそもこの、職業も違う、少し年の離れた二人がいかにして知り合ったのか、そこについて説明をしておく必要がある。一年ほど前、開業したてだった坂東が、祖父の遺品である古い医学書をもてあまし――実用価値はいまいちだが、古書としては非常に希少なものであった――、その引き取りを真樹啓介の「真珠堂」へ依頼したのがきっかけで、二人は時折、暇を見ては居酒屋やレストランでゆったりと食事を楽しんだり、坂東の趣味である川釣りにくっついて山奥の沢へ行ったり、真樹とともに古書探しに東京まで旅行をするようになったのだった。

「そういえば、真樹さんのお書きになった本、ようやく届きましてね――」

 いくらか酔いが回って、お互いの顔が赤くなりだしたころ、坂東が思い出したように真樹の著書「傘岡地方の土着信仰について」という本のことにふれたので、真樹は照れくさそうに空のジョッキを置いて、

「あれ、お買いになったんですか」

「もちろん。今月から、『民俗研究』のほうも定期購読をはじめましてね。一研究者・真樹啓介先生の著作にどっぷりとつかる予定です」

「ハハハ、先生は大げさですよ。好きで始めた研究が、たまたま世間様の興味を引いたというだけでしてね……。小遣い稼ぎにでもなればいいと思ってやりはじめたもんだから、坂東先生がお買いになったやつは、まだやっつけっぽい内容の箇所もあるんですよ……」

 と、執筆にあたっての事情を打ち明けてみたが、坂東はひるむことなく、真樹の研究の素晴らしいさについて滔々と語りだした。褒められて悪い気はしなかったが、どことなく手放しすぎるきらいがあって、真樹は正直、あまりうれしくはなかった。

 ともかく、締めにお茶漬けをすすってから外へ出ると、近くにあるチェーンの喫茶店でコーヒーを飲んでから、酔いのいくらか抜けた坂東医師を電車に乗せ、真樹はふらりと、家の方へ向かって歩き出した。

 駅前にある、大手酒造メーカーのネオンサインが、毒々しい原色を放つ、五月下旬の宵のことであった。


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