血鏡~願うなら~第10話
何時間が経ったのだろうか、意識を取り戻した頃には辺りは暗くなっていた。
頭に痛みを感じ、そこで館長に殴られたことを思い出す。
(っ…。そうか、私 殴られて……)
そんなことを考えていると、後ろから気味の悪い音がした。ボキッ!、グシャッ!などと、何か硬いものと柔らかいものを叩き、潰している音が。
振り返るのが怖くて、動くことが出来ない。
動かずにいると突然、子供の叫び声が後ろから聞こえ、辺りに反響した。私は驚きのあまり起き上がり、子供の声がした方向へ振り返る。
次に見えた光景に、更に恐怖を大きくした。
数名の男女と一人の子供が視界に入ったのだ。子供は倒れている男性の近くで泣きじゃくり、複数の男女は別の男性の顔を判別出来ないくらい殴る館長を見ていた。
「パパー!!」
大声で泣きじゃくる子供に近付き、館長の方を見せないように抱き寄せ、音が聞こえないように耳を塞いだ。
(どうして、たかし君が此処に?)
近付いた時に、男の子が孝君だと気づく。
よく見ると離れた場所に洋介さん、館長の娘、孝君の横で血を流して倒れる浩さんが居た。浩さんは、胸にナイフが刺さり既に…。
「お父さん、止めてよ。どうしてお祖父ちゃんを・・・。私たちも殺すの?」
館長の娘さんの言葉で、殴られている男性が元館長だと知る。
どうして館長は人を殺めているのだろう、そんな言葉が頭の中をぐるぐると回る。
「そう殺すんだ、時間がないからね、1ヶ月で捧げた命で私の願いは大きく叶う。そこのガキと平井君の知り合いが、私と同じ強い願い事が有るようだ。だから、消えてもらうよ」
「じゃぁ、やはり千波さんが見せた鏡は本物…都市伝説ではなく」
「そうだ。だが願いを叶えるのは私だ」
館長は睨む洋介さんに近付くと、足を強く踏んだ。
「ぐっ・・・」
どうやら足に怪我を負わされて、上手く足が動かせないらしい。館長が踏んでいる洋介さんのズボンは、みるみる血に染まっていった。
鏡の願いを叶えてもらう為に私たちを?じゃぁ、原因不明で入院している夏生さんたちも?
私は夏生さんが救急車で運ばれた日のことを思い出した。倒れた夏生さんの首に【赤紫の線】が浮かび上がっていたと聞いた。その線は、柳子が父を襲った時の刀傷の跡だとしたら、館長が名指しして呪いを掛けたことに。
そんなこと非化学的で現実に起きるはずが無い、なら毎日見てる夢は?両親たちの意識不明の原因は?
考えれば考えるほど混乱した。そして最終的に柳子と繋げてしまう。
「どうだね?まだ満月の光が差し込むまで時間がある。私とゲームをしよう」
「ゲーム?」
館長は鏡を指差してニタニタと笑う。
「月が上がり鏡に写り混む時間まで、私と鬼ごっこだ。捕まったら死、逃げきれたら生かしてやろう」
そう言うと、周りにいた男女は一斉に逃げ出した。
「洋介さん、大丈夫ですか?」
私は孝君を抱き抱えまま洋介さんに近付き、腕を引いて立ち上がらせて一階の警備員室に逃げ込んだ。
警備員に「確認したい展示物が有るから」と言って、頼んで預かることになったスペアキーを借りていた。帰りに返すつもりだった鍵が役にたった。暫くは、警備員室に隠れていると気付かれないだろう。
気絶させられた時に館長に見付かってたら、隠れる場所は限られて見付かってただろうし、洋介さんの治療も出来なかったと思う。
「ご迷惑をおかけして すみません。脚に怪我をしていなければ」
そう言ってハンカチで抑えている傷口に触れる洋介さんに、私は首を横に振って救急箱を微かな光を頼りに漁る。
一階に降りる前、靴下と靴を脱がせ、少しでも止血しようとズボンの上からハンカチで血を拭ってから縛った。
消毒液や救急絆創膏、粘着包帯を出して机のハサミでズボンの裾を切る。暗闇で色は分からないけど、腫れていることは分かった。
「酷い……」
「まだ血は止まっていません。だから、俺を置いて早く逃げてください」
「私に見捨てて行けと?嫌です」
私の言葉に首を横に振り、洋介さんは腕にしがみ付く孝君の頭を撫でた。孝君は必死に声を出すのを我慢して涙を流している、早く逃がしてあげたい。こんな小さな子供が犠牲になるなんて嫌。
「俺を見捨てるのではなく、泣いている男の子を助けるんです。此処に来るまでの間 調べたドアは閉められて、施錠もされていた。窓も逃げられないように鍵が付けられていた、どこも閉まっています。だが何処かに逃がせる場所が必ずあるはずです。だから…」
「私も、孝君のために外に逃げる方法を見付けたい……。分かりました、でも1つだけ聞かせてください。どうして此処に?」
そう、一番聞きたかったのは、二人が此処にいる理由。浩さんは、夏生さんが入院していることを知ってるので美術館に来る理由は無い。洋介さんとは話し合いは終えているし、何かあったら此方から連絡する約束をしている。
だから3人が美術館に居る理由が分からない。
「鏡が関係してます」
「鏡、ですか?」
洋介さんは鞄から和鏡の歴史や柳子に関する歴史、都市伝説を調べただろう紙を数枚 私に見せた。
よく調べられている。とくに柳子と名の付く貴族の娘のリスト、偉人に関係ある人物じゃないと名前は残らない娘から没落貴族の娘まで調べられている。
「この中には、夢の柳子はいません。見付けられませんでした」
「どうして洋介さんが?」
「千波さんと会った日から鏡の夢を見るようになり、気になって調べました。話をしたくて平井さんの家に電話したんですが誰も出なかったので仕事なのだろうと思い、博物館に電話したら あの男が出て、裏口にやって来たら後ろから襲われて。逃げ切れず、足を切られました」
「ボクも・・・」
孝君は、小さな声で答えた。
「ボクも鏡の怖い夢を見たんだ。女の人に『ママに帰ってきてほしい?』と聞かれて。だから此処に来たらオジチャンに捕まって」
「俺も父を見付けたいかと聞かれました」
私が鏡を見せなければ、二人は柳子の夢を見なかったかもしれない。ううん、館長の娘さんは、2階のフロアに来ていない。どちらにしても、あの鏡は私たちの心を見て呼んだのだろう。
「私も。館長は気付かなかったみたいだけど、私も弟に会いたいかと夢で聞かれていたの」
「多分あの男は、千波さんも鏡の夢を見てること知っているかと」
「どうしてですか?」
「千波さんが、此処に居るからです。あのフロアに居た人たちは、全員夢を見ていました。何か、気付かれる事をしませんでしたか?」
「あっ・・・」
私は、有ることを思い出した。
洋介さんが尋ねてきた日、館長にパソコンの画面を見られていた。じゃぁ館長はあの時、私が願いを叶えるためにフロアに来たと思ったことになる。
「館長さんは、箱に人を入れてフロアに運んでいました」
「パパは、悪くないよ。ボクが捕まったせいなの」
「分かってるよ、君のお父さんは悪くない。子供を人質に取られていたんだ、仕方ない。君も悪くないよ」
洋介さんは、孝君の頭を撫で 落ち着かせる。
私は納得した。館長の『強い願い』とは、心の中で想う気持ちが強い人達のことを意味している。あの鏡は、その心を利用して引き寄せたのだと。
「月が上にのぼりきるまで、あと一時間くらい。どこか、孝君を逃がせそうな場所は無いかしら」
私は頭の中で館内を思い浮かばせ、孝君が逃げられる場所を考えた。窓は1階にも有るけど高い位置にある、ドアはパスワードとカードが無いと開けられない、電源は警備員室にあるけどシャッターを開けても防犯ガラスが開かないと意味がない。
「シャッター…。そうだ、地下駐車場のシャッターなら 孝君くらいの小さい子なら出られるかも。地下の警備員室の鍵は無いのでシャッターを上げられませんが、入口のシャッターゲートには小さい隙間が有ります。少し引けば、子供くらいは」
「なら、其処へ向かいましょう。見つかったら、俺が囮になります」
「囮なんて、そんな…」
「千波さん、孝君を救う為です。少しでも早く逃がしてあげないと」
「……分かりました」
洋介さんはニコリと笑い、警備室の壁に掛けられていた警棒を1つ手にした。