背負う覚悟
話の進みが遅くて申し訳ありません。
どれだけ殺しただろう? 10人? いや、もっと多い。皆が黒き異形に渡された未知の力を存分に振るった。武器による抵抗、魔法による反撃、あらゆる障害を跳ね除けて駆け続ける。
やがて何も聞こえなくなり、早鐘を打ち続けていた心臓も幾分か落ち着いてきた頃、目の前に光を見た。
この地下に入る為の唯一の出入り口。
顔に付着した返り血を乱暴に拭うと、ミヤは再び銃を握り込む。慎重に、警戒に警戒を重ねて。
出た瞬間に奴らが襲いかかってくるかもしれない。魔法による集中砲火を受けるかもしれない。
そんな可能性を考えつつ、ミヤが駆け出す。近付いてくる光に目を細める中、ふと視界に映ったのは外に立つ人影。逆光によりその姿を窺い知る事は出来ないが、十中八九敵だろう。
ならば先手を打たせてもらおう。外に出た瞬間に勝負を決める。
勢いを殺さず、駆けて駆けて、そして会敵。ミヤは迷いなくトリガーに指をかける。しかし。
「(っ!? 引けぬ、じゃと……!)」
結果的にトリガーは引けなかった。
ガチガチに固定されているかのように、どれだけ力を込めてもビクともしない。
どうにかして引こうと、ありったけの力を用いてみるも徒労に終わる。先程まで、あんなにも簡単に引けていた物が、引かされていた物が、ミヤを拒否するかの如く言うことを聞かない。
ゾクリとミヤの背筋が凍る。致命的な隙を敵の目の前で晒してしまった。次の瞬間に襲い来るのは剣か、魔法か、それとも別の何かか。
落ち着いていた心臓が再び激しく鼓動を鳴らす。冷や汗が止まらない。
どうする? どうしたらいい? どうすればこの危機を脱する事ができる? 後ろのナガレ達が追いついてくるのを待つか? いやそれでは遅い。駆け出した自分に追い付くまで多少なりとも時間がかかる。ああ、迂闊。なんという迂闊!!
ミヤの瞳が揺れる。焦りと恐怖、そして後悔。
突撃が愚かなどと言いつつ、自分が率先して愚行を犯そうとは。なんたる皮肉か。
だが過ちを犯してしまうのも無理からぬ事。それだけ彼から渡された銃が心強かったからだ。
ここに辿り着くまでも、何度も敵の脅威から救ってくれた。ミヤが反応出来ない攻撃も、銃がそれを察知してミヤを救った。
だからこそ麻痺していた。これがあれば大丈夫だと。自分は有り得ないと思いながら、人間と同じように慢心してしまったのだ。
もはや後退は不可能。敵もそこまで馬鹿ではない。きっと既に退路は絶たれている事だろう。
ならば諦めてしまおうか? いや、それこそ否だ。ナガレに対して頑固と言ってはいたが、ミヤも負けず劣らずの頑固者なのだから。
「(一矢報いず死ぬくらいならば、せめてこやつだけでも!!)」
使えなくなった武器には頼るまい。己の身ひとつで1人くらいは葬ろう。
「儂は逃げぬ! 貴様だけでもぉおぉぉ!!? ふぎゃっ!!」
決意を新たに敵へと飛びかからんとしたミヤ。しかし、意思に反して体は銃によって真逆へと引っ張られ、またもやミヤは盛大にすっ転んだ。彼に放り投げられ、銃に振り回され、三度転ばされる。なんというデジャブだ。
『使用者に警告。味方に対しての戦闘行為は認められていません』
「こ、腰が……老体になんという仕打ちじゃ。って何じゃと? 味方?」
聞き捨てならない一言に、ミヤがまぶたを擦って前を見る。
長時間薄暗い地下に居たせいもあり、なかなか光に目が慣れなかったが、ようやく目の前に立つ者の姿をハッキリ捉えられるようになってきた。
そこで初めて分かる。この人影は、人間にしてはあまりに大き過ぎると。そして、そんな存在を銃は味方だと言う。
心当たりなど、1つしか無かった。
「ほう? 防衛だけで精一杯だと踏んでいたが、存外やるようだな。ミヤ・シャーリウス」
そこに居たのは他でもない。彼だった。人影の正体を知り、ミヤの肩から力が抜ける。同時にドッと疲労感が押し寄せ、それに流されるままにミヤは深いため息と共にへたりこんだ。
「はあぁぁぁぁぁぁ……紛らわしいぞ、お主。
それと、これを使って味方へは攻撃できぬなら予めそう言っておいてほしかったぞ。おかげで焦り損じゃ」
「ふむ、すまなかった?」
「何故疑問形なんじゃ。だいたい……いや、そもそもお主が謝る必要は無いの。出過ぎた儂自身を叱責すべ、き……何を持っておる?」
「ん? ああこれか。手土産だ」
不意に、彼が何かを引き摺るようにして持っている事に気付いたミヤが問うと、彼はそれを放り投げてきた。
それは人間だ。しかも単なる人間ではなく、他の兵士とは明らかに違う装備を身に纏った髭面の男。逃げられないように両足を折られている辺り、彼の用心深さが見て取れた。
男の表情はすっかり恐怖に染まっている。青ざめ、無様に涙を流しながらミヤを見上げていた。何かを喋ろうと開きっぱなしの口が動いているものの「あう…おあぁ……」と言葉にならない声が漏れるばかり。
頬は腫れ上がり、口から多量の出血をしているのを見るに、どうやら足どころか顎すら折られているようだった。
これにはミヤも表情を引き攣らせざるを得ない。
「ず、随分と悪趣味な手土産じゃな」
「この男が此処を襲っていた人間達の頭目、と言ってもか?」
「何じゃとっ?」
瞬時にミヤの目の色が変わる。立ち上がり、恨みの籠った鋭い視線で男を見下ろした。
頭目、つまりは集落を襲っていた人間達のトップ。そう聞かされては、いつまでもへたりこんでなどいられない。ミヤ達亜人を蹂躙した張本人。そんな存在を目の前にして、どうして冷静で居られようか。
「まさか頭目すらこうも容易く。仕事が早いの」
「余程お前達亜人を下に見ていたのだろう。拓けた場所で酒盛りをしながら堂々と突っ立っていた。まぁ、此方としては奇襲しやすくて助かったがな」
「儂ら亜人の悲鳴と死体を肴に酒盛り、か」
歯を剥き出し、怒りの形相を浮かべるミヤ。だが、その様子は何かを必死に堪えているようにも見えた。
『確認。使用者に敵対意識有り。戦闘を開始しますか?』
再び銃から問い掛けられる。たった一言イエスと答えれば、またこの銃が火を噴く事だろう。あっけなく、あまりに簡単に、何の達成感も無く、無慈悲に命を奪うだろう。
しかし、ミヤは答えなかった。
ゆっくりと銃を持つ手こそ挙げるが、銃口は男にではなく何故か彼へと向けられる。
「私には撃てんぞ? 撃てたところで効きはしないが」
「む、おおスマンスマン。そんなつもりではなかったのじゃ。えぇと、確か……こうじゃったな」
「ふむ。それはそれで何の真似だ?」
男を撃つでもなく、彼を撃つでもなく、ミヤは銃身を掴んで彼へと銃を差し出したのだ。あの時、倉庫の中で彼がやったように。
心底分からないといった風に彼が首を傾げる。
「ミヤ様! ご無事で!」
そんな折、地下へ繋がる出入り口からナガレを含めた亜人達が勢い良く飛び出してきた。各々警戒した様子で辺りに銃を向ける姿は、倉庫内で震えていた者達とはとても思えない。まるで別人だ。
この変化もまた、ミヤと同じなのだろう。強過ぎる力を持ったが故に起きた感覚の麻痺。恐ろしいものである。
「ナガレ、皆無事か?」
「はっ、負傷者は多数居りますが、犠牲者は出ていません。地下に侵入してきた人間はおそらく全滅。これも、この力があってこそ」
「そうじゃの。これがあったからこそ、儂らは生き延び、こうして陽の光を浴びる事が出来ておる。
あの時お主が言うた言葉通りじゃ。誰1人欠ける事なく、儂らは此処に立っておる。礼を言おう。
じゃが……儂はこの力が恐ろしい」
「恐ろしい?」
「ミヤ様?」
「亜人も人間も、同じ命を宿した存在じゃ。それぞれに生きてきた道があり、守るべき家族も居ろう。じゃからこそ、その命を奪うからには相応の物をこの身に背負うが道理。
しかしどうじゃ? 儂らは此処へ辿り着く前に、どれだけ殺した? いや、数の多さなどどうでもよい。殺したという事実だけで十分じゃ」
「ミヤ・シャーリウス、お前は何が言いたい?」
「……実感がの、湧かぬのじゃ。命を奪ったという、感じなくてはならぬものを一切感じぬのじゃよ」
「っ!」
ミヤの言葉に初めてナガレ達がハッとなり、自らが握る銃に視線を落とす。ナガレ達もまた、同じだったからだ。
「剣、槍、斧。手に持つ刃で命あるものを狩るならば、肉を裂く生々しい感触は、武器を通じで己に伝わる。吹き出る血飛沫はこの身を赤く染めるじゃろう。
じゃが、これは違う。全てが軽い。殺した罪も、己に降りかかる返り血も、何もかもが。
何より恐ろしいのは、己の技量以上に気が大きくなり、軽率な行動を取って自らを窮地に陥れてしまう。先程の儂のようにな」
「ふむ、確かに。豆鉄砲片手に愚かにも飛び出してきた理由は、それで説明がつくか」
「お、お主、ズバッと言うの……。と、とにかく! そういう訳じゃから、これはお主に返す。儂には過ぎた代物じゃ。
皆は好きにせい。手放すも持ち続けるも己次第じゃ」
ミヤの決意は固いようだ。その瞳に迷いはない。彼がどう聡そうと、ミヤがその首を縦に振る事はないだろうと容易に分かる程に。
それに、先程のように銃の力を過信して先走る愚行を起こされては、後始末に困る事だろう。そんな事は今後一切起こらないと断言できない以上、彼は差し出された銃を受け取るしかなかった。
「ゼロ、これを」
『了解。回収後分解、銃骨格の通常装備へ再構築します』
手渡した銃は彼の手の中で光となって弾けた。再び銃骨格を助ける装備として生まれ変わるのだろう。
さて、となると残る問題は彼とミヤの間で居心地悪そうにしている男だ。ミヤに殺す意思無しというのなら、彼自らが手を下す事になるのは必然。
収納していた銃骨格仕様のハンドガンを顕現させ、彼が男の後頭部に銃口を突き付けた。
「あ、あぁあぁぁぁ!! やらぁぁぁっ!! ほおはらいへぇぇぇぇぇ!!!」
満足に喋れもしない身で、男は無様に泣いて許しを乞う。目の前に立つミヤに、あれだけ蹂躙し、殺し回った亜人達の長に、追い縋って助けを求めた。
なんと、なんと恥知らずな事か。
「あんれもふる!! らあらほおはらいへぇぇぇ!!!」
「……お主達は、そうして命乞いをした我が同胞をどれだけ手にかけてきた? どれだけ傲慢に命を奪った?」
「ミヤ・シャーリウス。もはや対話は意味を為さない」
「ああ、分かっておる。……この者は殺すな。皆もそれを下げよ」
ミヤは彼へハッキリと告げた。殺すな、と。
無論、それに納得出来ないのはゼロと、他ならぬ生き残った亜人達だ。
『理解不能。この男を生かしておく理由がありません。よって、この場で処刑する事を強く推奨します』
「そ、そうですミヤ様! 俺達は理不尽に奪われたんだ! これは当然の報い! 死を持って贖わせるべきです!」
「私の幼い弟は目の前で首をはねられました! この怒り、無念を、ミヤ様は抑えろと言うのですか!? そんなのはあんまりです!!」
「こいつら人間は俺の妻と子供を殺した!! 俺に見せつけるようにして、笑いながら殺したんだ!! 許せるはずないだろ!!!」
そこかしこから上がる不満の声。当然だ。
住む場所、家族、友人。多くを理不尽に奪われた彼らの怒りは、1人や2人殺したところで収まろうはずもない。それこそ、こんな悲劇を起こした張本人を葬らない限り。
「鎮まれぇっ!!!!!」
「「「「っっ!!?」」」」
今にも男へ飛びかからんとしていた亜人達。しかし、そこへミヤの一喝。誰もが硬直し、銃を突きつけようとした腕を静かに下ろした。
「お主らの怒りはもっともじゃ。この日だけではない。これまで積み重ねてきた人間への恨みつらみもあろう。
儂とて同じ亜人。お主らの痛みは誰よりも理解しておる。仇を打ちたいじゃろう、恨みを晴らしたいじゃろう。
じゃが、どうか今は耐えろ、耐えてくれ。これはお主らが背負うべき業ではないのじゃ」
「ミヤ様……」
ミヤの声は震えていた。それは皆の気持ちを真に理解しているからこそだ。
そんな長の姿を見せられては、皆は黙らざるを得ない。悔しげに歯噛みをして、何人もが膝から崩れ落ち泣き叫んだ。
「……へ…へ」
対照的に、男の口からは小さな笑い声が漏れた。無理もない。この状況の中で自分は殺されないと察したのだから、笑みの一つや二つ零れもするだろう。
しかし、男の表情は直ぐに絶望の色へと染まる事になる。
「お主、何を笑っておる」
「へぁ……?」
怒りを帯びていた瞳は冷ややかなものへと変わり、表情も無い。只管に冷たい声音となったミヤの全身を、赤いオーラが包み込む。
「ナガレ。赤削は持っておるか?」
「もちろんです。どうぞ」
布で簡素に包み背中に背負っていた赤削を、ナガレがミヤへと手渡す。
布を取り払い、頭上でクルリと一回転。槍尻で地面を強かに打ち据えた。
「殺すなと儂は言った。じゃがな、それは皆に対しての言葉であり、儂がお主を殺さぬとは言っておらん。この意味は、分かるじゃろう? 人間」
「はひっ!? や、やへろ……やへろおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「お主の命を皆が背負う事はない。儂が背負い、地獄の底まで引き摺ろう。
亜人と共には嫌じゃろうが、今まで奪われてきた儂らの苦しみに比べれば安いものじゃ」
「ああぁぁあぁぁぁっ!!! ほおはらいへぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!! あがっ!? は、はらへ! はらへよぉぉぉぉぉ!!」
刃を下向きに、ミヤが赤削を持ち上げる。切っ先が狙うは男の首。
それを察知し男が這いずって逃げようとするも、瞬時に彼が男を押さえ付けて無駄に終わった。一刻も早く抜け出すべく、残った力全てを出してもがくが、銃骨格の前では抵抗にすらなり得ない。
「安心せい、お主らのように他者の命を弄ぶ真似はせぬ」
「ひっ……!」
「数多の命を奪い穢れた哀れな者よ。さらばじゃ」
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