それは勇気足り得るか
少し短めです。
案の定、と言うべきなのか。彼が地下倉庫から飛び出して暫しの時が経った頃、三度ミヤ達の元へ人間達が襲来した。
倉庫の外に倒れ伏している仲間を見て流石に警戒したのか、打って変わって慎重に突入。誰もがその手に武器を持ち、仲間の命を奪った怨敵を討ち倒さんとミヤ達を睨み付ける。
対するミヤ達に怯えは無い。いや、正確にはミヤとナガレだけだろうか。他の亜人達も皆、彼が残して行った銃こそ手に持っているが、やはりミヤ程の落ち着きは無かった。
ミヤはただ前を見据え、深く深く深呼吸。自分達を前にして震えもしない亜人達に、突入してきた兵士の1人が疑問に思う。
「どうやったのかは分からんが……貴様ら、我が同胞を手にかけたな?」
「……」
憎しみと怒りを宿した瞳に射抜かれるミヤは、しかし動じない。銃のグリップを両手で持ち、未だ深呼吸を繰り返している。
「重罪だ。頭を垂れて跪け。この場で全員の首を斬り落とす。嫌とは言うまい? 亜人よ」
「……」
「ちっ、言葉すら話せん無能か?」
「人である我らが語りかけているのだ! 応えろ下等生物共!」
「……ふ」
ミヤが息を吐き切る。強い口調で理不尽な物言いをぶつけてくる兵士達への回答は、口角を上げた小さな笑みだった。
これにカチンと来た兵士が、口元を引くつかせて剣の切っ先をミヤへ向ける。
「笑ったのか? 貴様のような亜人風情が、この俺を?
いい度胸をしている。いいだろう望み通りにしてやるとも。貴様は楽には死なせん。後悔させながら殺してやる」
「何かあれば二言目には殺す、殺す、殺す、か。まるでガキそのものよ。なぁに、このような輩共に儂ら亜人は今まで心底怯えておったのかと悟り、堪らず自分を笑っただけじゃよ」
「……もう一度言ってみろ貴様。誰がガキだと?」
「悪いのう。もはや語る口は持たぬ」
切っ先を向けられたミヤが、お返しとばかりに銃口を兵士へ向ける。それに呼応し、ミヤの小さな手には余る少々大きめな銃から、あの時と同じ声が響いてきた。
『確認。使用者に敵対意識有り。戦闘を開始しますか?』
問い掛けられる。対するミヤの返答は、あの時……彼からこれを受け取った瞬間に決まっている。
だから高らかに告げた。抑圧されてきた感情を、抗えなかった屈辱を、多くを失った悲しみを。その全てをぶつけるかの如く。ミヤは吠えたのだ。
「決まっておろうが。蹂躙するがよい!!!」
『了解。現在オートモード実行中。戦闘開始』
「貴様なにをし――」
乾いた音が響いた。ミヤの意志とは関係なく、トリガーに掛けられた指が引き金を引いて1発撃ち込んだのだ。
弾丸は寸分の狂い無く兵士の眉間を穿つ。仲間が目の前で倒れていく様を他の兵士達が驚いている暇もなく、次弾が放たれた。
1人、2人。あんなにも恐れていた相手を、いとも容易く葬り去っていく。
「貴様ぁっ!!」
「っ! ぬおぉっ!? いだっ」
しかし兵士達も黙ってやられるばかりではない。すぐに持ち直し、抜き放った剣をミヤめがけて振り下ろす。
対するミヤも大人しく受けるなどと愚かな事はしない。回避をと足に力を込めるが、しかしそれより早くミヤの体は自分の両手に大きく横へ引っ張られた。
突然の事過ぎて対処し切れず、ミヤは無様にすっ転んでしまう。だが銃を握る手だけは、まるで意志を持っているかのように敵へと無理やりに照準を合わせ、トリガーを引く。
床を剣で強く打ち据えるだけに終わった兵士の側頭部に弾丸は命中。しかし倒れなかった。
理由は簡単。この兵士は先程の兵士と違い、兜を被っている。弾丸は硬い鎧に守られた頭へ着弾するも、あえなく弾かれ不発に終わったのだ。
これが銃骨格の放った一撃ならば、兜ごと容易く貫いていたかもしれない。だがミヤが持つ銃は、亜人の身体スペックに合わせて極限まで威力を引き下げられた劣化版だ。鎧に多少の傷を付ける事は出来ても、貫くなど不可能。
ギロリと視線が動き、その瞳がミヤを捉える。今度こそはと横薙ぎに剣が振るわれるも、再び銃声が響き渡ると剣は兵士の手を離れて宙を舞い、同時に力無く兵士が倒れ込む。
「お主……」
ミヤではない。あの少年だ。足を子鹿のように震わせながら、両手でしっかりと銃を握り込んだ少年アマトが、他の誰よりも早くトリガーを引いた。
アマトの放った銃弾は、兜の僅かな隙間を縫って見事命中。とは言え、決してアマトが狙ってやった訳では無いだろう事は想像に難くない。
彼もまたミヤと同様に銃に身を委ねたのだろう。
「ミヤ様は、僕が守るんだ!」
「な、何だコイツら! 何が起こってる!?」
「あれだ! 奴らが持ってる見慣れない物! きっと何かしらの魔道具に違いない! 取り上げるんだ!」
「ひっ」
「その子に触れるでないわ!!」
今にもアマトに飛びかからんとした兵士達の前へ、そうはさせんとミヤが躍り出る。相変わらず両手だけが別の意志を宿しているかのように勝手に動こうとするが、もはや同じ過ちは繰り返さない。
ミヤの体を赤いオーラが包み込む。体中に力が巡るのを感じながら、自身を動かそうとする銃に見事に対応して見せた。
しっかりと体勢を保ち、1発。弾丸は兵士の肩へ命中。浅い一撃だ。苦悶の表情を浮かべたのは一瞬のみ。亜人ごときにこれ以上好き勝手させてなるものかと、その手がミヤへと伸びる。
「ぐっ! が、あぁぁぁぁぁっ!!!?」
結果的に兵士の手がミヤに届くことはなかった。何発、何十発、次々に響き渡る銃声と空薬莢の落ちる音。鎧で覆われていない柔らかな場所へ飛来する未知の力。
瞬く間にその身を赤く染め上げて、兵士は絶叫を上げながら仰向けに倒れ伏した。
頬を汗が伝う。ミヤがゆっくりと振り向けば、そこには自身と同じく必死な表情で銃を構える亜人達の姿があった。
「皆の者! ミヤ様とアマトが覚悟を示したのだ! 我等が続かなくて何とする!! 我等も覚悟を示すのだ!!!」
「「「「おおおおおぉぉぉぉっ!!!!」」」」
ナガレが檄を飛ばし、皆の魂に炎が灯った。男も女も子供すら、赤子を除いてほぼ全員の亜人達がその手に銃を取り、兵士達へと押し寄せた。
無茶、無謀。そんな言葉がミヤの脳裏を過ぎり、すぐに消えていく。今は、今ならば、無謀は勇気へと変わる。
「……カッカッカッ。勇ましいものよな。
お主ら! 儂らが扱うは巨大な力! 加えて原理も何も分からぬ代物ぞ! 突撃などと愚かな真似は許さぬ! その力を学び、己が力とせよ! 儂らは生きるのじゃ!!!」
幾度目かとなるミヤからの激励。その言葉が全員に届いたかどうかは定かではない。しかしミヤは言わなければならないのだ。
それが長たるミヤ・シャーリウスの役目なのだから。
感想等お待ちしております、