確定している結末
ゼロに言われるまま、彼は三度繰り返し地面を殴りつけた。ドン、ドン、ドン。そうして穿ち、貫かれた地面に身を落とし、彼が力強く着地した先にその存在達は居た。
金髪の少女、ミヤを筆頭にした亜人の集団。すぐさま全員の身体をスキャンして、今の崩壊で誰にも怪我が無かった事を確認する。
これだけ派手に天井をぶち抜いておきながら、怪我人0というのもおかしな話ではあるのだが、実際誰にも怪我は無い。ゼロの指示とサポートは完璧であったと認めざるを得ないだろう。
そうして人知れず納得していると、自分は何だとミヤから問い掛けられる。記憶が無い今の彼にとって果てしなく難しい質問だ。
答えられない、分からないと素直に言えばいいだろうか? しかしそれでは、目の前の少女達は納得しないだろう。
だから彼は答えた。今ハッキリと分かっている、ミヤ達にとって自分がどういう存在であるのかを。
「護る者、じゃと……?」
「ミヤ様、お下がりを。この者は――」
「お前達の信用を得ようとは思っていない。だが、その命を少しでも大事だと思うなら、ここは任せてもらおう」
『警告。背後に敵の存在を検知』
「そうか、分かった」
「ま、まだ返事はしとらんぞ?」
「ん?」
この少女は何を言っている? と、疑問に思うが、直ぐに答えに行き着いた彼は心中で納得する。
「(なるほど、彼女達にゼロの声は届いていないのか。しかし説明するのも面倒だ、ここは誤魔化しておくとしよう)」
『最適武装を検索中……ヒット』
「いや、こちらの話だ。気にするな」
誤魔化すにしては些か……いや、かなり雑な一言。しかし長ったらしく説明している時間も無い。先程ゼロが言ったように、敵はもうすぐ側に来ているのだから。
そうこうしている内に、遂に扉が突破される。積み上げていた麻袋は崩れ落ち、蹴破られた衝撃で障害として置いていた樽も盛大に倒された。
流石といえば良いのか、亜人達の中でミヤとナガレだけがいち早く調子を取り戻し身構える。当の彼はと言えば、何を焦るでもなくゆっくりと振り返るだけだった。
「よぅし亜人共、大人しく……っておいおい。なーんか派手に崩れちまってるけど、なにこれ?」
「天井に穴? 馬鹿な、上級魔法でもなければこんな大穴を空けるなど……」
「力の無い亜人にこのような芸当は不可能。なら考えられる可能性は1つ」
倉庫になだれ込んできた人間達の誰もが天井に意識を向ける中、たった1人、此処に足を踏み入れた瞬間から、一度たりとも彼から視線を外さなかった男が居た。
短く切り揃えられた髪に鎧の上からでも分かる屈強な体付き。ニールと呼ばれていた隊長格だ。
「そこのゴーレムの仕業、と考えるのが妥当だ。だが、野生のゴーレムが突然自然発生したとは考えにくい……故に」
ニールが腰に下げていた剣を鞘から抜き放つ。
「信じられん事だが、亜人の中にゴーレムの召喚者が居ると見て間違いないだろう。
しかしゴーレムを召喚するには媒介となる物が必要。察するに、この天井が媒介にされた、と言った所ではないか?」
剣の切っ先を銃骨格に向け、彼をゴーレムだと信じて疑わないニールの表情は自信に満ち溢れていた。
周りの人間達も感心するように、なるほどと頷くばかりで疑おうともしていない。
「さて、謎も解けたところで……召喚者は名乗り出てもらおうか。ゴーレムを召喚したところで貴様らに勝ちの目は無いに等しい。
せめてもの慈悲だ。ゴーレムを下げれば苦しむこと無く終われるが、どうする?」
「はぁ!? そりゃねぇよニール隊長! んなアッサリ終わらせちまったら楽しめねぇじゃねぇか!」
「俺達は楽しむ為に来ているわけじゃない。さぁ! 名乗り出ろ! 悪いが長く待つ気は無い! 迅速に覚悟を決めろ!」
その言葉に偽りは無い。ニールは急かすように殺気立ち、今にも斬りかからんと目をギラつかせた。
「魔力集中。形状進化」
ボソリとニールが呟くと、突如として彼が持つ剣が何倍にも巨大化。何の変哲もない剣が一変。銃骨格の身の丈をも凌ぐ大剣へと変貌した。
そんな物を片手で持ちながら、涼しい顔を保っている点は流石と評価すべきなのか。
「物質の形状変化……! こやつ、特異持ちか」
「(特異?)」
「ほう? 分かるのか? 小娘」
「ふん、誰が小娘じゃ。お主よりずっと長生きしとるわガキめ」
「……口の利き方がなっていないようだ。目上の者には敬意を払えとママに教わらなかったか?」
「殺戮者の分際で偉そうに説教とは恐れ入る。敬意を払えじゃと? ならばワシにこそ敬意を払わんか外道めが」
「はははは! 言われてんぜ〜? ニール隊長」
「黙っていろ」
ここは任せろ。そう言った筈なのだがな……。
人知れず呆れたように心中で呟く彼だったが、当のミヤはすっかり調子を取り戻し、銃骨格よりも前に歩みを進めていた。
「口が過ぎるぞ小娘。自ら命を捨てる気か? あまり調子に乗らないことだ」
「最初から皆殺しが目的の癖に今更何を言うとる阿呆ぅが。この程度の挑発に乗るようではまだまだ尻の青い小僧よ。まずは見たままを信じる節穴の目を直す所から始めんか、人間」
煽る。これでもかというくらい煽り倒す。実力では確実に劣っている筈のミヤが、臆する事無く立ち向かっていく。愚かにも見える行為ではあるが、ミヤにはしっかりと目論見があった。
相手が冷静に事を運ぼうとしていたなら、恐らくミヤに勝ち目はない。だが、怒りで我を忘れさせたなら? 勝てると断言は出来ずとも、今よりやりやすくなるのは確かだ。
ほんの小さな勝ち筋。しかしミヤはそこに賭けようとしていた。
乗ってこい。いや、確実に乗ってくる。ワシら亜人を下等生物と侮る貴様等じゃからこそ、乗ってくる。
怒りに任せてワシを斬り伏せてみい。その初動で……ワシが押し勝つ!
赤削を握る手に力が篭もる。消え失せていた赤いオーラが再び立ち昇り、ミヤの体を包み込んでいく。相手の一挙手一投足を見逃すまいと、全神経を集中させる。
「なるほど。本当に亜人という種族は、愚かだな」
苛立たしげに口元を歪ませ、ついにニールが動きを見せた。片手で持っていた大剣を両手に持ち直し、大きく振り被る。そこから繰り出されようとしているのは、ミヤの首を斬り飛ばさんとする横一閃の斬撃だ。
それを見たミヤが内心でほくそ笑む。
「(わざわざ軌道が分かりやすい攻撃をしてくれるとはの。特異持ちじゃが、こやつ戦闘は素人か?
いやしかし侮りは禁物。それをするは事が片付いてからよ)」
ニールの両腕に力が篭もる。それを合図とし、ミヤが姿勢を低く飛び出した。
横薙ぎの一撃を掻い潜り、一気に懐へと潜り込んで喉を貫く。それがミヤが思い描いている理想の形。いきなり隊長であるニールが倒されれば、敵の士気は下がり幾分か戦いやすくなる筈。
逆に亜人達の士気は上がるだろう。そのきっかけは自分が作ってみせるとミヤは考えていた。そう、考えていたのだが。
「ぐえぇっ!!?」
カエルが潰された時のような声が上がる。声の発生源はニールではなく、まさかのミヤだった。今にもニールの懐に飛び込まんとしていたミヤの服を彼が引っ付かみ、後ろへ引き戻したのが原因だ。
小柄なミヤは大きく投げ飛ばされ、背後に居たナガレが慌てて受け止める。
一連の流れに、大剣を振るおうとしていたニールも動きを止め、ポカンとした様子だった。
「み、ミヤ様っ」
「ゲホッ! ゲハッ! ぐ、ぅ……何をするんじゃお主!!」
これには怒り心頭。当たり前である。しかし彼は動じる事無く、ただ静かに呟いた。
「前に出られては邪魔だ。死にたいのなら別だがな」
聞きようによっては冷酷にも聞こえる言葉。なんだその言い草はとミヤが再び抗議の声を上げようとするが、それよりも早く彼の手の中に光が収束していくのを見てミヤは押し黙る。
光が収まると、そこに現れたのは拳ほどの大きさの何かだった。
「ゴーレムが喋った? いや、ゴーレムを通して召喚者が喋っているだけか。何にせよ今の言葉、こちらに逆らう意思ありと受け取るが……いいんだな?」
「どうとでも受け取るといい。どちらにせよ私のする事は変わらない」
『グレネード展開。投擲後、亜人への被害を防ぐ為、簡易型防護壁を展開します』
「残念だ。ゼロが喧しくなければ、お前達から情報をと思っていたが……まぁ、全てが終わった後に亜人達から聞き出せば問題はないか」
「ゼロ? 仲間の名か? ふん、まぁいい。それより、まさか勝つ気でいるのか? それは些か傲慢が過ぎるというものだぞ?」
「勝つ気? いいや違う。私が此処に来た時点で、既に私は勝っている」
「何を言って――」
ニールが全てを言い終わる前に、彼は手の中に展開されたグレネードのピンを抜く。そして、ポンと軽くニール達の方へ投げ渡した。
直後、銃骨格の肩部に走るラインがスライドして開く。そこから何かが照射されると、彼とニール達を分断するように半透明の壁が生成された。
ゾクリ。ニールは得体の知れない寒気に襲われた。
それは直感か、或いは本能か。自分の感情に突き動かされるように、ニールは大剣を彼に向かって力強く振るう。
しかし、あれだけ巨大な得物から繰り出された一撃も、半透明の壁がいとも容易く弾き返してしまった。
驚きに染まるニールが目を見開き彼を見る。彼の瞳はどこまでも赤く輝き、その光が一層強くなった時。
「別れの言葉は、いらないだろう?」
バチンっという音と共に、床に転がったグレネードが跳ね上がる。ニールも、そして他の人間達も、何かを察して逃げ出そうと足を動かし始める。
或いはあと数秒、行動に移すのが早ければ……そんな後悔を誰かがした瞬間。
激しい破裂音が鳴り響き、グレネードが爆発四散。誰1人として逃さず、その身を穿つ。悲鳴を上げる暇もなく、気付いた時には命は刈り取られ、無慈悲に壁や床に叩き付けられる。
先程地上で彼と戦った男と同じく、ニールもまた大剣を盾に爆風を防ごうとするも、その威力の前には紙切れも同然。砕けた刀身がニールの体を突き破り、ニール自身も激しく壁に叩き付けられた。
肺から強制的に酸素が抜け、ニールの意識はアッサリと薄れていく。その直前にニールは見た。どこまでも赤く光る双眸で、真っ直ぐに自分を見つめる異形の存在を。
そして静かに悟った。
「(ああ……傲慢なのは、こちらの方だったか。そんな隠し玉を持っているとはな)」
自分の体から急速に体温が奪われていくのを感じながら、ニールは静かに意識を手放した。
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