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異世界在住の銃骨格  作者: ハクトラ シラコ
4/22

覚悟を決めろ

 そこは集落の地下に位置する食料を保管する為の倉庫だった。棚や樽いっぱいに保管された色とりどりの果物や野菜。此処で収穫された香辛料の香りが、壁際に積まれた麻袋の中から漂ってくる。

 そんな倉庫の中で、大勢の亜人達が身を寄せ合うようにして固まっていた。女性と子供を奧へと移し、その前に農具を構えて皆を守るように立ち塞がる男達。彼らの視線の先には、此処に出入り出来る唯一の扉。

 誰も入ってこられないように扉の取っ手は縄でぐるぐる巻きにされ、食料の入った樽や麻袋が扉の前に積めるだけ積まれていた。

 

 「ママ……」

 

 「大丈夫。何とかなるわ」

 

 一組の親子が小さく呟いた。それに反応するように、隅っこで膝を抱えながらガチガチと歯を鳴らしていた男が、酷く激しい反応を見せる。

 

 「大丈夫……? 何とかなる……? そんな訳ないだろ!! アイツらが、人間が俺達を見逃す訳が無い!!

 ここで皆死ぬんだ……こんな事なら、さっさと集落なんか捨てて逃げればよかった……!」

 

 「黙らんか情けない! 怯えておっても死は迫ってくるのじゃ! せめてもの抗いを見せる度胸も無いのかお主は!」

 

 男の嘆きに喝を入れたのは少女だった。長い金髪を揺らし、その見た目にはそぐわない荒々しい口調で男の胸ぐらを掴み上げる。少女の口調、雰囲気、服装、どれを取っても他の亜人とは何かが違うと感じさせるものがあった。

 

 「抗ったって死ぬ事に変わりないだろ!!」

 

 「じゃから大人しく死を待つというのか! 何もせぬまま、あのような外道の輩に自らの命を差し出すと、そう言うのか!」

 

 「うるさい!! アンタだって何も出来ないくせに! 力の無い弱者のくせに! 偉そうにするな!!!」

 

 「こ、のっ……愚か者がっ」

 

 「ミヤ様、お気持ちは分かりますが」

 

 弱音ばかりを口にする男に辛抱の限界が来たと言わんばかりに、少女――ミヤが右手を振り上げる。1発殴らねば気が済まないと、ミヤがその手を振るおうとしたが、背後から現れた大男の言葉にその動きを止めた。

 悔しげに下唇を噛み、ミヤは右手をゆっくりと下ろす。そして吐き捨てるように男に言葉を投げかけた。

 

 「っ……もうよい。お主はそこで震えておれ。座して死を待つのがどれほどの後悔を生むか、その身をもって思い知るがよいわ」

 

 「うぅ……死にたくない……死にたくないぃ……!」

 

 これ以上構っていても己の体力を浪費するだけ。そう断じたミヤは男から視線を外し、2人のやり取りを眺めていた他の亜人達へと振り返る。

 当然ながら、誰も彼もが不安そうな表情だ。そんな皆にミヤは自分の発言を恥じる。

 

 「……やれやれ、不安を煽るような事を言うてしまったな。皆すまなかった。儂も耄碌(もうろく)したものじゃの」

 

 「ミヤ様、謝る方が余程不安を煽るかと」

 

 「む、そうか……そうじゃの。まったく儂らしくもない。いつもすま――いや、助かっておるぞナガレ」

 

 ナガレと呼ばれた大男が小さく会釈をして退る。ここに集められた亜人達の中でも、ナガレは特にミヤとの距離が近いようだった。彼に向けられたミヤの柔らかな笑みがその証だろう。

 

 「しかし、どうしたものか。このままでは全滅は免れぬ……奴らが都合良く此処を見落とすとも思えん。じゃからと言って出て行ったところで返り討ちは目に見えておる、か……むぅ」

 

 「ちょっとごめん、通して……! 通してってば……!」

 

 「ん?」

 

 「ぷはっ! み、ミヤ様! 指示をください! 僕には何の取り柄もないけど、ミヤ様の指示があれば皆の盾くらいには……!」

 

 ふと、男達の間を縫って1人の亜人の少年がミヤの前に飛び出す。剣と盾のつもりか、その両手には包丁と鍋の蓋。つい笑ってしまいそうな風貌に、しかしミヤは頼もしげに小さく頷いた。

 大人達が不安そうにしている中で、無謀と分かっていながらも誰よりも早く名乗りを上げたこの子を、どうして笑い飛ばせようか。

 

 「よう言うた。じゃが、子供のお主には他に役目があるじゃろう?」


 「で、でも……!」

  

 「子供扱いは嫌いか? じゃが、事実としてお主はまだ子供じゃ。そんな子供の役目はの? 戦う事でも、身代わりになる事でもなく、生き抜く事じゃ。

 お主だけではない。此処に居る子供皆には未来がある。このような所で散らせてはならぬ未来がじゃ。

 そして儂らには、その未来を守る役目がある。お主達を生かす義務がある。分かるの?」


 「生き抜く……」

 

 「そうじゃ。生きて欲しい、それが儂ら大人の願いじゃ。……じゃが、どうしても何かをしたいと言うならば、お主はお主の家族を守ってやれ。

 大役じゃ。お主に果たせるかの?」

  

 「っ! はい! 必ず生きます! 守ってみせます! 家族も! ミヤ様だって!」

 

 言い放ち、少年は再び男達の間を縫って倉庫の奥へと姿を消した。自分の家族の元へと行ったのだろう。

 しかし何と頼もしい事か。こんな状況にも関わらず、ミヤは声を大にして大いに笑った。

 

 「カッカッカッ! 言いよるわ! 儂を守るか! 何処ぞの腑抜けとは大違いじゃの!」

 

 ひとしきり笑い、俯いてため息をひとつ。

 次にミヤが顔を上げた瞬間、彼女は右足で床を強く踏み叩いた。男達はビクリと体を震わせ、ミヤはその体躯に似合わぬ大声を張り上げる。

 

 「いつまで辛気臭い顔をしておるお主ら!! 年端も行かぬ子供にあそこまで言われて、情けなくはないのか!! それでも誇り高い亜人の末裔か!!!

 儂らがやらねば誰が次の世代を守る!! 無茶じゃ無謀と笑われても尚、守る為、生きる為に奴らに立ち向かう気骨のある者は居らんのか!!! 儂らは! 此処で終わってもよいのか!? 答えよっ!!!」

 

 それは、真に魂から吐き出された言葉。亜人として、この集落の長(・・・・)として、ミヤが固めた覚悟の証。何が何でも生き延び、生かす。その想いを乗せた魂の叫び。

 魂から魂へ問い掛ける言の葉に、誰が否と応える事ができようか?

 

 「正直、誇りなんてものはよく分からない……だけど」

 

 男達の中の1人がポツリと呟いた。

 それは弱音にも聞こえる言葉だったが、次に紡がれたのは希望を宿した力強い言葉。

 

 「だけど、家族を守る為なら、俺は何だって出来る! 亜人としてじゃなくても、父親として出来る事はある筈だ!」

 

 「ああ、そうだ。たとえ死は免れないとしても、一矢報いないまま奴らに殺されるくらいなら、奴らの1人や2人道連れにして死んでやる!」

 

 「馬鹿! 死んでどうするんだよ! 生きる為に戦うんだろ!」


 「そうだ、生きる為!」

 

 「守る為!」

 

 1人の言葉が男達の瞳に火を灯した。沈みかけていた表情はやる気に満ち溢れ、1人、また1人と、未来や家族を守らんと名乗りを上げる。

 

 「うむ、それでこそじゃ」

 

 「ミヤ様」

 

 「む? どうしたお主達?」

 

 活気に溢れ始めた男達を見て、うんうんと頷いていたミヤの元へ、ふと1人の女性が歩み寄ってきた。その女性の後ろには、何やら覚悟を決めた表情の女達の姿もある。

 

 「ミヤ様は皆の先頭に立つおつもりでしょう?

 私達は母として子供達を守らなければなりません。だから、ミヤ様と共に並び立つ事ができない……共に戦えない。

 ですが、恥を承知でお願いします。夫を、彼らをお守りください」

 

 「恥じゃと? 何を恥じる必要がある? 子を守るのが母の務めじゃ。お主達は正しいよ。

 それに安心せい。お主達の夫共は、儂が守ってやるほど弱くはないわ。まぁ、出来るだけ面倒は見るつもりじゃがな。ほれ、儂って長じゃし?」


 「ふふ、そうですね。では、私達も信じます。夫達とミヤ様を」

 

 「そうしてくれ。む?」

 

 ミヤが何かを感じ扉の方へ視線を向ける。直後、ドンッ! と扉を強く打ち付ける音が響き渡る。それほど大きな音ではなかったが、こんな状況下にある皆を凍り付かせるには十分過ぎるほどの材料だった。

 

 「来おったか……」

 

 ミヤの呟きに誰もが息を呑む。シンと静まり返る空間に、幾度も響く衝撃音。その音が止むと、僅かに開いた扉の隙間から一振の剣が刺し込まれた。

 

 「ひぃっ……!」

 

 それを見て縮こまっていた男が小さく悲鳴を上げる。

 扉をこじ開けるようにグリグリと左右に剣が動き、そうして少しずつ広がっていく扉の隙間。そこから覗く双眸が彼らの姿を捉えた瞬間、その目元がニタリと歪んだ。

 

 「見ぃつけた」

 

 ねっとりと纏わり付いてくるような男の声音。刺し込まれた剣が引っ込むと、再び扉を強く蹴り付けるような衝撃音が響く。ドンッ、ドンッ、何度も何度も。

 

 「おい、魔法なり何なり使ってサッサと開けろよ!」

 

 「バーカ。こうやってジワジワやる方がいい感じに怯えてくれんだろ? そこをやんのが楽しいんじゃねーか。な? ニール隊長」

 

 「俺に同意を求めるな変人」

 

 「かー! 分かってねー連中ばっかだぜホント! アムドさんなら首の骨を折る勢いで頷いてくれんのによー!

 つーか、そのアムドさん何処よ?」

 

 「アムドさんなら、上で亜人の小娘相手によろしくやってたよ」

 

 「いーなー! 俺も早くやりてーなー!」

 

 「チッ、下品な連中だ」

 

 「なーに言ってんだよニール隊長。俺らと一緒の時点でニール隊長も立派なお下品騎士だぜー?」

 

 「御託はいいから早く開けろゲスが」

 

 「へいへーい」

 

 扉の向こう側から聞こえてくる不快な会話。それもまた亜人達の恐怖を煽る為のものか、それともそれが素なのか。どちらにせよ、ミヤ達に対しての効果は覿面であった。

 あれだけやる気に満ち溢れていた男達が、気付けば数歩後ずさっている。

 

 しかし、ミヤだけは違った。

 後ずさる男達の先頭に立ち、怯えた表情など微塵も見せない。事実、ミヤは毛ほども怯えてなどいないのだから、当然と言えば当然であろう。

 

 「ミヤ様、こちらを」

 

 「ん? ……何じゃナガレ、持ち出しておったのか?」

 

 そんなミヤにナガレが話し掛ける。ミヤの頭よりも大きな手に握られた赤い長槍。それをミヤに差し出し、ナガレはニコリと微笑んだ。

 

 「必要になるかと思いまして。勝手をお許しください」

 

 「よい」

 

 ナガレから長槍を受け取るミヤだったが、その小柄な体にはあまりに不釣り合いな長槍にグラりと体をよろめかせた。大男のナガレよりも長い槍なのだ、ミヤが持てばそうなってしまうのも必然だろう。

 

 「ととっ……やれやれ、今の儂にコレを扱い切れるかどうか。お主が使った方がまだ振るえるじゃろうに」

 

 「滅相もない。どんな状況だろうと、その槍を振るっていいのはミヤ様のみ。そこは譲れません」

 

 「お主も頑固よな。まぁよいわ。残った力を解放すれば、多少なりとも振るえるじゃろうて。

 ほれお主ら! 先程の儂の激励を無駄にする気か! 気張れ馬鹿者!!」

 

 「っ……! や、やるぞみんな!」

 

 「ああ! ミヤ様となら戦える!」

 

 「ふん、それでよい。さて……魔力解放」

 

 男達のやる気が戻るのを見届けた後、ミヤが静かに目を閉じて呟く。刹那、ミヤの体を覆うように赤いオーラが現れた。オーラが長槍をも包んだ瞬間、閉じていた目をカッと見開き、持つだけでよろめいていた長槍を軽々と一振りしてみせる。

 

 「やはりちと重いが……まぁ、やってやれない事もあるまい。

 皆聞け! 儂らに退路無し! ここを抜けねば全てが終わると心得よ! これより踏み込むは生きる為、生かす為の戦いじゃ! 気張ってみせい!!」

 

 「「「おうっ!!!」」」

 

 度重なる衝撃に、扉の取っ手に巻いていた縄が緩み始める。それに伴い扉は徐々に開き始め、ついには人1人分の隙間が確保されてしまった。

 仕上げとばかりに男が縄を断ち斬らんと剣を振り上げる。

 

 「ゆくぞ赤削(あかそぎ)。久方振りの大戦(おおいくさ)じゃあっ!!!」

 

 男と同じくしてミヤも赤き長槍、赤削の切っ先を扉へ向ける。掲げた剣は振り落とされ、今まさに戦いの幕が開かれようとした――その直後。

 

 その場に居た者全員が、腹の底から響く様な轟音を耳にした。いや、音だけではない。倉庫全体が大きく揺れ動く衝撃を全身で感じたのだ。あまりの衝撃に多くの棚は倒れ、剣を振り上げていた男はたたらを踏んで尻もちをつく。

 何が起きたのか理解出来ず、誰もが呆ける中で響く再びの轟音、衝撃。そこで漸く正気を取り戻し、ハッとなったミヤが弾かれるように天井を見上げた。

 

 「なん、じゃ? 何かが……来よるっ?」

 

 それは直感か。何者かが轟音を響き渡らせながら近付いてくるのを、ミヤだけが感じ取っていた。

 頬を伝う一筋の汗が滴り落ち、床に触れた瞬間、三度の衝撃。ついには天井が盛大に割れ、破片がそこら中に飛び散った。

 

 「ミヤ様!」

 

 「っ! 分かっておる! 皆下がれ!!」

 

 「ひぃぃぃ! 今度は何だってんだよぉぉぉぉ!!」

 

 響くナガレの一声。それに込められた意図を察したミヤが一喝する。崩れ落ちる天井に巻き込まれまいと、皆が慌てて倉庫の奥へと下がった。このまま生き埋めという最悪の展開がミヤの脳裏に過ぎったが、不思議な事に、これだけの崩壊を起こしながらミヤ達が立つ場所には破片の一つも落ちてこず、やがて静かに崩壊が止んだ。

 砂埃が舞う中、ミヤ達が見上げれば天井にポッカリと空いた穴。未だ小さな破片がパラパラと落ちてきてはいるが、そんな事はどうでもいい。

 

 なぜならば、それ以上に衝撃的な存在が、ミヤ達の前に降ってきたのだから。

 暗黒色の巨躯。ズシンと天井の穴から降ってきたそれが、ゆっくりと立ち上がる。赤く光る双眸がミヤ達の姿を捉えた瞬間、ミヤは心の底から激しい畏怖の念を抱いた。

 今にも扉を開け放たんとしていた人間達を前にしても、微塵の恐怖すら感じていなかったミヤが、恐怖にブルりと身体を震わせる。無意識に生唾を飲み、気付けば纏っていたオーラは何処へやら。

 呼吸が乱れ始め、只管に頬を汗が伝い落ちていく。

 

 コイツはヤバい。本能がそう感じ取った。

 ミヤの中で激しく警鐘が鳴り響く。人間ではないのは明らかだが、ミヤは恐怖に震えながらも疑問に思う。

 

 人間ではない……だが、何故だ? 今の世界で、どうしてこんな奴が人間以外(・・・・)存在している?(・・・・・・・)

 

 「お、ぉ主は……な、んじゃ……?」

 

 先程まであれだけ毅然と振舞っていたというのに、今は見る影もない。声は震え、膝は笑い、そう問い掛けるだけで精一杯だった。

 

 「ふむ、難しい質問だ」

 

 低い声が目の前の巨躯から発せられる。腹の底にズンと響くような重い声だ。何かされた訳では無いのだが、声を聞いただけでビクリと体を震わせる今のミヤは、外見も相まってまさしく小動物のようだった。

 しかしそんなミヤなどお構い無しに、ソレは暫し考えるような仕草を取って黙り込む。そしてソレが再び口を開いたのは、ミヤを守らんと飛び出してきたナガレの姿を視界に捉えてからの事だった。

 ミヤを背後に庇い、ナガレは厳しい目付きでソレを睨み付ける。

 

 「私が何者であるのか。悪いがその問いに見合う十分な答えを私は持ち合わせていない。

 生憎と、私自身分からない事だらけなのでな。だが敢えて何者か答えるとするなら……」

 

 赤い双眸がいっそう強く光ると、ソレはミヤ達を指差した。

 

 「私は、お前達を護る者だ」

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