その銃口に慈悲は無し
徐に掴んでいた剣を離す。どうにか逃れようと力を込めていた男は、急に離された事で無様にも尻もちをつくが、直ぐに起き上がり切っ先を彼へと向けた。
それと同時に、彼の右手からキラリと光が弾ける。その小さな光の粒が集束し、彼の手の中で形を為した。それは俗にハンドガンと呼ばれる一丁の銃。彼の体と同様に暗黒色のそれは、しかしハンドガンと呼ぶには些か大口径だった。
これが仮にマグナムと呼ばれる類の銃だったならば、そんな違和感も感じる事などなかっただろう。とは言え、そんな違和感はこの場において意味を成すことは無い。
目の前に立つ男はハンドガンやマグナムはおろか、銃という物自体を知らないのだから。故に彼が持つ銃に違和感を覚える事も無い。どんな物であろうと、男にとっては正しく未知なのだから。
「武器、か……? 何なんだコイツ。喋る上に自力で武器の生成、それに黒いゴーレムだ? そんなもの存在する筈が……」
何やらブツブツと呟く男に、彼は小さく首を傾げる。尻もちをついた瞬間にイカレでもしたか? と思う彼だったが、元々イカれてる男には無用の心配とも言える。
ふと、男の口元がニヤリと歪み始めた。
「まさか、新種……? くひっ、ひひひひひひひ!!
だよなぁ! そうとしか考えらんねぇ! こりゃあいい、新種の魔物を生け捕れば、相応の報酬が支払われる! 亜人の集落を落とした報酬も追加すりゃあ、いい額になるだろうしなぁ! っとに今日は最高の日じゃねーかぁ!!!」
なんと欲深い事か。目覚めたばかりで右も左も分からない彼すら、目の前の男には呆れ返るばかりである。
「では最高ついでに1つ聞こう。先程からお前が口にしているゴーレムとは何だ? 私と関係しているという事は想像に難くないが、差し支えなければ答えてもらおう」
「ああ? どうでもいいだろそんな事は。今大事なのは、貴様が大人しく俺に捕縛される事だけ。そうだろ?」
「つまり、答える気は無いという解釈で相違ないか?」
「だったら何だと――」
「そうか、ならばこれ以上問い掛ける意味も無いな」
「っ!? 魔力集中、絶対硬化!」
「失せろ」
前触れなど無かった。男が自身の質問に答える気が無いと知るや否や、彼はハンドガンを構え、躊躇いなくトリガーを引いた。
およそハンドガンの物とは思えない重い銃声が鳴り響き、銃口から1発の弾丸が飛び出す。
対する男の行動も早かった。背筋をゾワリとしたものが駆け抜けたのを感じた瞬間、危機を察知し、紡いだ言葉は剣を強化する魔法の言葉。剣はどこまでも硬く、硬く。只管に硬さだけを求めた強化の力。
防御に回った男の判断は正しい。たとえそうするしか無かった場面だったとしても、その行動は最良と言えた。
しかし、1つ誤算があるすれば。
「えぁ……?」
防御。なるほど確かに賢い判断だ。しかしそれは、相手の攻撃を無力化、ないしは半減させる事が出来る場合にのみ言える事。
男が見誤っていたのは、その圧倒的なまでの破壊力。およそハンドガンから撃ち出された物とは思えない、強力無比な無慈悲の一撃。
弾が剣に触れた瞬間、剣は半ばから粉々に砕かれた。障害物との接触は無かったと言わんばかりに、弾道は微塵も逸れる事はなく。彼の狙い違わず、男の眉間を穿ったのだ。
いや、もっと正確に言うべきか。穿ったのではなく、貫いたのでもなく、文字通り消し飛ばしたのだ。
首より上、本来頭がある筈のその部分を丸ごと抉り取るように。弾は男の頭を通過し、遥か後方にあった民家すら吹き飛ばしてしまった。
カランカランと、砕かれた剣が虚しく地面へと落ちる。男の体もまた、崩れるように倒れた。
あまりに呆気ない結末。しかしそれが、彼と男の力の差を示しているのだろう。いや、この場合は力と言うよりも、用いた武器の差と言うべきか。
当の本人は既に男の体から視線を外し、今しがた自らがトリガーを引いたハンドガンを食い入るように見つめていた。
「(何も分からない。何も思い出せない。その割に、これは妙に手に馴染む。使い慣れた……いや、まるで体の一部のようだ)」
目覚める前の事を何一つとして思い出せない自分が、何故こうも当たり前にハンドガンを使えているのか。考えても考えても分からない。
ならば考えるだけ無駄か。そう結論付けた彼が頭を振る。
「分からない過去よりも、今を知る事が先決か。幸いにも情報源は腐るほど居る」
自身の視界に映し出された無数の赤い点。それは銃骨格がスキャンした敵の位置を示すマーカーだ。ぐるりと見渡せば、そこら中に表示されている。
数にしておよそ300強と言ったところだろうか。ざっくりと数えてみた彼が内心でほくそ笑んだ。
『最優先事項は敵性生命体の殲滅です。情報収集は含まれません』
不意に聞こえてきた機械的な女性の声。しかし彼が動揺する事はなかった。努めて冷静に声の主に対処する。
「情報とは得るだけで武器となる。これだけの情報源が存在しているにも関わらず、行使しないのは些か愚かと言えるが?」
《含まれていません》
「分からない奴だ。情報を得れば、その敵性生命体を片付ける力にも一役買うと言っている」
《搭乗者に警告。これは提言ではありません。命令です。速やかに目標を殲滅し、目的を達成してください》
「何者かも分からない者の命令など聞けんな。情報と言えばお前もそうだ。お前は何者だ? 何故私に命令する?」
『私は銃骨格をサポートする為に搭載されたAIです。それ以上でも以下でもありません』
「サポートか。ならば尚更命令は聞けんな。悪いが、私自身の判断で行動させてもらう」
『警告。これは命令です。速やかに本来の目的を達成してください』
「お前、矛盾しているぞ? 私をサポートするならば邪魔をしてくれるな」
『否定します。私がサポートするのは銃骨格であり、貴方ではありません』
「ふむ……?」
女性の言葉に彼は首を傾げる。
てっきり自分を指した呼び名が銃骨格だとばかりに思っていた彼だったが、どうやらそれは間違いのようだ。彼女の言葉から察するに、どうやら彼は彼女よりも立場が下という事らしい。
「では仮に、このまま私がお前の命令に背いた場合、私はどうなる?」
『記憶を初期化します。その後銃骨格の再起動を行い、戦闘の継続を――』
「あー、いい。皆まで言うな。ただでさえ記憶が無くて不便だというのに、また全てを忘れさせられるのは勘弁願いたい。
……それはそれとして、私の記憶を奪ったのはお前か?」
『答えかねます』
「それが答えだろう」
思わず片手で頭を抱える彼。このままAIとやらに逆らっても堂々巡り。屈した訳では無いが、ここは従うのが無難か。
どうにもこのAIは融通が利きそうにない。時には諦めも肝心という事なのだろう。情報収集が無理となれば、残るはお互いの目的だけ。AIの言に納得は行かずとも、己の内に宿る破壊衝動と人間の殲滅という利害だけは一致している。
まるで何者かに突き動かされているような感覚で気持ちが悪いとは思いつつも、彼は行動を開始した。
1歩を踏み出す……その前に。彼が倒れ伏す少女の姿を視界に捉えると、銃骨格が自動的に少女の体をスキャンし始める。次いで、生命反応無しという赤い文字が浮かび上がった。
『既に死亡しています』
「そのようだな。足を失った上に胸部まで貫かれたのだ、生きている筈もない。結局、救えずじまいか。
……ん? 救う? はて、あの時の私はそんな事を考えていたか?」
『警告。速やかに行動を開始してください』
「考える暇すら与えて貰えないとはな。難儀なものだ。
……あぁそうだ、ところでお前に名はあるのか?」
『それは作戦行動に必要な事でしょうか?』
「呼び名があれば、色々とやりやすくなるのは確かだろうな」
『……私の正式名称はE49-ZEROtypeです』
「イーフォー……呼びづらいな。呼び方はゼロで構わないか?」
『問題はありません』
「ではゼロ。お前の意見を聞きたい。まずどこから手を付けるべきだ?」
『目的は全ての敵性生命体の排除です。どこから攻めようと変わらない事ですが、敢えて優先順位を付けるとするならば地下でしょうか』
「地下だと?」
ゼロの意見に彼が地面を見渡す。すると、なるほど確かに地下に多くの反応が確認できた。ふと思い出したのは、先程の男の仲間らしき者が言っていた地下に逃げ込んだ亜人の集団の存在。
おそらくこの反応は、その亜人を狩る為に地下に押し寄せた人間のものだろう。
『多数の守護対象の反応も確認できました。どうやら壁を隔てて守護対象が籠城しているようですが、その壁が破壊されるのも時間の問題でしょう』
「猶予は無いか」
『肯定します。最短ルートを検索中…………ルート確保。目的地直上にて地面に向け拳での一撃を加えてください。あとはこちらでサポートします』
「拳? ……ふむ、まぁ任せよう」
あれだけの威力を誇るハンドガンを使わないという所に引っ掛かりを覚える彼だったが、時間が差し迫っている事もあり、追求はしなかった。
再び視界に変化が起こる。今度は黄色のマーカーが、ここから少し離れた位置に示されていた。そこが目的地直上、という事なのだろう。
ハンドガンが光を纏い霧散していく。それを見届けた彼は地を蹴り、跳ぶ。一息に目的地へと到達した彼は、自身の体を固定するように大きく足を開き、迷いなくその右拳を振り上げた。
『出力上昇。誤差修正……今』
「ふんっ!!」
ゼロの合図に彼が拳を振るう。
激震とはまさにこの事か。拳が地面を打ち据えれば、大地はめくり上がり、とてつもない衝撃が一帯を駆け巡った。
たった一撃で地面を大きく陥没させるに至ったが、しかしまだ目的地到達には足りない。
『追撃』
「言われずとも」
間髪入れず2撃目が炸裂する。再びの激震が大地を襲うと、彼の姿は地面の中へと完全に消えていった。