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異世界在住の銃骨格  作者: ハクトラ シラコ
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無情の狼

極力音を殺しての接近。言うは易し行うは難し。走るという愚行は避け、地面に落ちている小さな木の枝すら踏み砕かぬように、かつ出来るだけ早い徒歩で只管に進む。

辺りは鬱蒼と木々が生い茂り月の光も届かない。常人では進むことすら困難な闇の領域で、銃骨格(ガンフレーム)の赤い光だけがゆらりゆらりと揺れ進む。


目標までの距離は刻一刻と確実に狭まっていた。


『奇襲は1度きり。確実に仕留めてください』


不意にゼロから釘を刺される。今は外部音声を切っている状態のため、彼女の声は彼にしか届かない。彼自身もその言葉には何も返さず、一つ頷く事で了承の意を示した。


「……」

『間もなく会敵します。戦闘準備を』


ゼロからの報せ及び視界に映る情報が敵の存在を彼へと伝える。目の前の茂みを抜ければ、そこには件のウェアウルフが横たわっている筈だ。

ブレードナイフを持つ手に力が込められる。気配を殺し、確実に近づいて必殺の一撃を。


体勢を低くして、音を立てないようにゆっくりと茂みを掻き分けて進むと、やがて木々と草ばかりだった視界が開けた。満天の星空から降り注ぐ月の光が、そこに横たわる巨躯を照らす。


全身は深い毛で覆われ、丸太よりも遥かに太い両腕。仰向けに寝ながら大口を開ける姿は酷く怠慢にも見えるが、ギラつき尖った牙は見る者を震え上がらせる程の迫力があった。


此処に来る前に、彼はミヤからウェアウルフの外見的特徴についてある程度の情報は得ていた。情報と言っても、気性の荒い二足歩行の巨大な狼であると、やたらと簡潔でどこかテキトーにも思える情報ではあるが。

しかしこうして間近で見てしまっては、彼もその情報が正しいと思わざるを得ない。まさしく、そう表現するのが正しいからだ。


『殲滅目標であると断定』


彼の接近に気付きもせず、ウェアウルフは呑気に大イビキだ。片手を枕代わりに、空いているもう片方の手で腹をかく様は何処ぞの中年オヤジを彷彿とさせた。

あまりにも腑抜けた姿。思わず警戒心を解いてしまいそうになるほどの無防備っぷり。これでは慎重に動いた自分がバカみたいではないかと内心で愚痴を零す彼だが、しかし慢心はしない。


足音を殺し、一定の歩幅で標的に接近する。

キル範囲に入った瞬間に跳躍。そのまま喉元にブレードナイフを突き立て、首を切り落とせばミッションは完了。

改めてブレードナイフを握り直し、やがて彼が姿勢を低くした。銃骨格(ガンフレーム)の脚部に赤い光が迸る。それが解放されるように弾けたかと思えば、彼は既に跳んでいた。


狙いは上々。標的は彼の接近には気付いていない。為す術なく、ウェアウルフはそのまま夢の中で死を迎える事だろう。……そうなる筈だった。


「っ!!?」


彼が驚きに声を詰まらせる。結果的にブレードナイフは突き立てられなかった。あと少し、切っ先が届くほんの僅かな距離で彼の勢いが止まったのだ。

第三者による妨害ではない。彼の体を鷲掴みにして奇襲を阻んだのは他でもない、今この瞬間まで眠りこけていた筈のウェアウルフだった。


閉じられていた瞳が開かれ、そこから覗くギラギラとした金色の瞳。彼の視界をalertの赤い文字が埋め尽くす。

たった一瞬で形勢が逆転した。危機を脱さねばと彼が力を込めて逃れようとするが、それも徒労に終わる。銃骨格(ガンフレーム)のパワーを持ってしてもウェアウルフの手が緩む事はなかったのだ。


ならばとブレードナイフをウェアウルフの手に突き立てる。痛みに耐えきれず力を緩めた瞬間に脱出を試みるべく、根元まで深く深く突き刺した。

しかし、待てど暮らせど力が緩む事はない。痛みを感じていないとでも言うのか。驚きに染まる彼の思考を更に上書きするように、ウェアウルフが彼を握る手を大きく振り上げた。


手加減など皆無。彼の体は地面に埋まる程の勢いで叩き付けられた。全身を駆け巡る衝撃に彼の視界を激しいノイズが走る。


理解が追いつかない。この状況で取るべき行動は何だ?

この窮地を脱さねばと思考を続ける彼へ再びの衝撃。半ば地面にめり込んでいる彼めがけて、ウェアウルフがその巨大な拳を振り下ろす。何度も何度も、辺りの木々が揺れ動く程の馬鹿力で、彼を殴り付けた。


「随分と容赦がない」


とは言え銃骨格(ガンフレーム)の装甲も伊達ではない。驚きこそすれ彼の思考は冷静だ。

幾度目かも分からない拳が振るわれようとした時、銃骨格(ガンフレーム)の背部及び脚部ブースターが火を噴く。ほとんど地面に埋もれていた状態から、あっという間に離脱を果たし、空中で体勢を整え苦も無く着地。


ウェアウルフの追撃は来ない。お互いに見合う形で時は止まった。

こうしてまじまじと眺めて改めて分かるその大きさ。立ち上がった事により迫力は更に増し、ウェアウルフの大きさは銃骨格(ガンフレーム)を優に越えている。およそ3m超と言ったところだろうか。


今現在、彼の手にブレードナイフは無い。未だウェアウルフの手に深々と突き刺さったままだ。


「仕方がない。2本目を」


回収が難しいのならばと、即座に銃骨格(ガンフレーム)内で新たなブレードナイフを生成、展開しようとした瞬間だった。

様子を見ていたウェアウルフが地面に右手を突っ込み、そのまま掘り上げるように腕を振り抜く。盛大にぶちまけられた草や土、大小様々な石つぶてが彼へと襲い掛かる。


『回避を推奨』

「分かっている」


ゼロに言われるまでもない。飛来する石つぶての軌道を銃骨格(ガンフレーム)が分析し、最適な回避ルートが映し出される。それに従って駆け出せば、石つぶての悉くが彼を素通りしていく。

前へ前へ。石の雨を掻い潜り、間もなくウェアウルフの姿が見えるだろうという所で、彼の右手に2本目のブレードナイフが展開された。やがて最後の土のベールを突破。次こそはと攻撃に移る……が。


「馬鹿な……」


肝心のウェアウルフの姿は何処にも無かった。あれだけの巨体が忽然と姿を消した。まさか逃げ出したのか? そんな思考に至った瞬間。


『警告。回避行動を――』

「ぐっ!!?」


ゼロからの遅過ぎた警告。理解する暇も無いままに、またもや激しい衝撃。彼の体は砲弾の如く吹き飛ばされた。

何が起きたのか。吹き飛ばされる瞬間に彼は確かに見た。前方に居た筈のウェアウルフが、いつの間にか自分の背後に回り込んでいるのを。


あの時、地面を掘り起こしてぶつけてきたのは攻撃ではなく、自身が背後に回り込む為のブラフ。ウェアウルフはあれだけの規模の物を丸ごと囮に使ったのだ。


吹き飛ばされた勢いは衰えず、彼の体は木々を薙ぎ倒しながらゴロゴロと進む。やがて何本目かも分からない大木に激突した所で、ようやく止まった。

銃骨格(ガンフレーム)に外的な損傷は見受けられないが、問題は内部だろう。これだけ吹き飛ばされては流石の彼も完全な無傷とまではいかないようで、その視界には小さなノイズがチラチラと走り続けていた。


『システム損傷……軽微。戦闘行動に支障は無しと判断』

「……」


ゼロの言葉をどこか他人事のように聞き流しながら、彼は深く考え込む。直ぐに体勢を立て直すべきなのは明らかである筈なのに、彼はそうしない。

と言うのも、聞かされていたウェアウルフの情報とあまりにも食い違っているからだ。考えるなという方が無理な話であろう。

ミヤから聞かされていたのは何も外見的特徴だけではない。ウェアウルフは気性の荒い性格故、縄張りに入った者が誰であろうと襲い掛かる。知性は低いが、腕力や顎の力は馬鹿にできない……以上が聞かされていた情報だ。


腕力に関しては情報通り。銃骨格(ガンフレーム)がパワー負けしていたのも事実であり、ここまで殴り飛ばされたのも、その腕力によるもの。

気性が荒いのも納得だ。起き抜けにこれだけの事をされては納得せざるを得ない。


しかし問題は知性。暴れるだけの獣ならば、その行動は単調になりやすく読み易い。あのウェアウルフがそうであったなら、ミヤ達が人間より脅威度は低いと断言するのも納得できただろう。

だが、奴は違った。真正面から馬鹿正直に攻撃を仕掛けるのではなく、地面を掘り上げて投擲し、しかもそれら全てを囮として背後に回り込んできた。全ては確実な一撃を彼に叩き込む為。


誰がどう考えても知性のある戦い方だ。

これもまた変異した事による変化なのか、それとも偶然にも頭の切れる個体であったのか。


『標的接近中。迎撃準備をしてください』

「ちっ、まったく」


ハッと顔を上げた時には眼前に拳が迫っていた。かなりの距離を飛ばされた筈なのに、僅かの間にこの距離を詰めて来たというのか。

回避はせず、両腕をクロスさせて足で踏ん張りを効かせる。再び衝撃が襲い掛かり、彼は背後の大木に押し付けられた。


しっかりと防御に回れば防ぐ事は可能。しかし如何せんウェアウルフのパワーが予想以上だ。両者譲らずの力比べ。互いに一歩も引かない状態が続き、先に動きを見せたのは彼だった。

背後と脚部のブースターを点火させ、押し返す。ある程度まで押し返したところで、彼が体を横にズラした。彼が突然動いた事により、押さえられていた拳は目標を失い大木へ突き刺さる。


その隙をつき、するりとウェアウルフの懐に潜り込む。頭、首は打点が高く現実的ではないと即座に判断し、狙いは心臓部分へと絞った。銃骨格(ガンフレーム)の身体スキャンにより心臓の位置は一目瞭然だ。まず外さない。

ブースターの出力を上げ、吹き飛ばされてもなお手放す事のなかったブレードナイフを真っ直ぐに突き立てた。肉を貫く音、僅かに漏れ出たウェアウルフの苦しげな呻き声。


彼は勝利を確信した。


「……ありえん」


思わず呟く。

特殊合金で作られたブレードナイフは、亜人が使用したとしても凄まじい切れ味を発揮するだろう。人間達が纏っていた鎧だろうが、その辺に転がっている石も岩も、大木さえ、バターを切るが如く両断できる。


それ程の切れ味を持つブレードナイフを、彼は銃骨格(ガンフレーム)の全力を用いて突き立てた。にも関わらず、ブレードナイフは切っ先だけがウェアウルフの胸部に埋まるだけに終わっていた。

まるで体内に極厚の鉄板でも仕込んでいるのかと錯覚してしまいそうな感触。無論、身体スキャンでそんな物は無いと確認済みだ。故にこれは、純粋にウェアウルフの筋繊維がブレードナイフを阻んでいる事になる。


だからこそ、ありえない。

ただの筋肉が、同じ銃骨格(ガンフレーム)の装甲すら切り裂くブレードナイフを阻むなどありえない事なのだ。

いくら押そうが進まず、引き抜こうとしてもビクともしない。ガッチリとウェアウルフの筋繊維がブレードナイフを捕まえてしまっている。


『即座に回避を』

「くっ……!」


呆然としている彼をそのままにしている程ウェアウルフも甘くはない。直ぐに彼を掴もうと手を伸ばしてくる。

2度も掴まれてたまるかと、彼はブレードナイフを手放して後方に跳躍。背後にあった大木を蹴って、ウェアウルフの真後ろへと降り立つ。そのまま攻撃……ではなく、ステップを踏んで大きく後退した。


ゆっくりと振り向くウェアウルフからは、余裕以外を感じられない。完全に彼を格下扱いだ。


「(情報と違い過ぎる。これで人間よりも脅威は劣るだと? バカを言うな)」


仮にあの集落に居た人間全員と目の前のウェアウルフを比べても、確実にウェアウルフの方が強いと断言できる。それ程までの差がある。


「(ナイフが届かない以上、心臓を狙うのは得策ではないか。首……いや、胸部があれ程の硬さだ。同じ急所である部分が一方だけ柔らかいとは限らない。博打をするには判断材料が足りな過ぎる)」


両者の睨み合いが続く。そんな中でも彼の思考が止まることは無かった。注意深く観察し、どう動くか、どう攻めるか、あらゆる方法を模索しては消し、また考える。只管にそれを続けた。


銃さえ使えれば解決するものを……と、彼が内心で悪態をついた時、ふと目に留まったのはウェアウルフの右手。もっと正確に言うならば、そこに突き刺さったままの1本目のブレードナイフだ。

刺さったままでもお前の相手くらい出来るぞという余裕の表れか、ウェアウルフはそれを抜く事なく放置している。


彼が気になったのは、ブレードナイフが刺さっている深さ。胸部に突き立てたブレードナイフは刃先で止まったにも関わらず、こちらは根元までしっかりと食い込んでいる。


「(特別硬いのは急所部分だけ、か? 手、あるいは足といった部分はそこまでの強固さは無いと見るか。少なくとも攻撃は通る筈。

ならば狙うべきは両手足。隙があれば目を潰す。一撃には賭けず、まずは奴の攻撃手段を絶つとしよう)」


とは言え絶対ではない。たまたま1本目が深々と刺さっただけの可能性も捨て切れないのだ。

そうなってくると、やはりブレードナイフでは心許ないという問題が出てくる。ならば。


「ゼロ、他に武器は無いか? 奴の手首を一太刀で切り落とせる程の物があれば出してくれ」

『そんな物があれば既に出しています』

「そうか。他に近接武器は?」

『ありますが、展開したところで今の状況を打開できる程の性能はありません』


頼みのゼロも無慈悲な事を言ってくれる。

銃も使えない上に近接武器では望み薄。ミヤ達が居る以上は逃げる事も叶わない。これでどう乗り切れと言うのか。

だがこのままやられるつもりも無い彼は、最悪の場合は銃を使う事も視野に入れていた。文字通りの最終手段だ。


悩みに悩み、何とか打開策をと思考を巡らせる彼。ふとそこへゼロから声がかかった。


『1つ考えがあります』

「ほう?」

『このまま戦闘を行ってください』

「……それが考えか?」

『肯定します』

「もう一度聞く。お前は奴を相手に素手で戦えと、そう言うのか?」

『理解しているのなら聞き返さないでください。時間の無駄です』


今の戦闘でイカれたと思われても仕方ないゼロの発言。特殊合金のブレードナイフすら効かず、超重量の銃骨格(ガンフレーム)を軽々と殴り飛ばす相手に素手で挑めと、ゼロはそう言っている。

これには彼も首を傾げざるを得ない。いや、これを二つ返事で了承する存在が居たとすれば、それは余程の強者か単なる馬鹿であろう。


「無茶を言う。……それにしても妙だ。こうしてお前と策を練っている間も奴は動こうとしない。不気味だな」

『貴方があまりに不甲斐ないため猶予を与えられている。と考えられますが?』

「お前はどちらの味方だ」

『かろうじて貴方ですが、何か?』

「……もういい。言われた通り丸腰で挑むぞ。どの道このままでは勝ち筋が見えん。

信じられない判断だとしても、打開出来ると言うのなら従おう」


正直に言えば、一言二言くらいゼロに文句を言ってやりたいところではあった。目の前にウェアウルフさえ居なければの話だが。

しかし、口が悪くとも今までゼロがテキトーな事を言った試しはない。一見無謀とも取れる考えも、勝利へと繋がる道かもしれない。彼はそこに賭けることにした。


両拳を握り締め、腰を落とし構える。そんな彼を見て、話し合いは終わりか? とウェアウルフがゴキゴキと首を鳴らし、こちらもまた構えを取った。

この一連の動きから見ても、やはりウェアウルフには高い知性が備わっていると見て間違いは無さそうだ。


「……ふっ!」


銃骨格(ガンフレーム)の馬鹿げた脚力を遺憾無く発揮して、一息に距離を詰め再びウェアウルフの懐へと飛び込む。

ブレードナイフすら通じない相手に拳とは、心底分からない。そんな思いを抱きながらも、彼は全力の右ストレートをウェアウルフの鳩尾に叩き込んだ。


一撃は入った。だがやはり体毛と分厚い筋肉のせいで手応えは皆無に等しい。


『攻撃を続けてください』


言われるまでもない。2打3打、1発1発に必殺の一撃を込めて拳を振るう。どれもが急所を穿ち、どれもが不発に終わる。しかしそれで構わない。

彼の狙いはあくまでも攻撃手段を潰す事。故に彼が待っているのは――。


「それを待っていた」


攻撃を続ける彼を掴まんと伸ばされたウェアウルフの左手。これで3度目だ。

意図したものか単なる戦闘癖なのか、先程からウェアウルフはやたらと彼を掴もうとしてくる。彼はそこに目を付けた。来るのが分かっていれば避けるのも容易い。ギリギリまで引き付けた後、彼は即座に標的を胸部から左手へと移した。

これは予想外だったのだろう、思わずウェアウルフが瞠目する。それは致命的な隙となった。


両手でウェアウルフの左手を……正確には人差し指を脇に挟み込み、各部ブースターを点火。全身を捻じるようにしならせて、ガッチリと固定した指を力任せに引きちぎった。

彼の推測通り、やはり手は胸部よりも遥かに脆いようだ。


「オ゛ォォォォォォォッ!!!」


ブレードナイフが手に刺さろうが胸に刺さろうがほとんど反応を見せなかったウェアウルフも、流石に指を引きちぎられては叫ばずにはいられないらしい。叫ぶ姿は苦痛に耐える物のそれだ。


「まずは1本。さて、有効的な攻撃手段が見つかったところで、反撃開始と行こう」


痛みに慣れて体勢を整えられる前に戦力を削がねばならない。この一手を打った事で彼の狙いはウェアウルフにバレてしまっただろう。今後は警戒が厳しくなる事も簡単に予想できる。

だからこそ、相手が動揺しているこの瞬間を逃す手はない。2本と言わず3本。3本と言わず全てを。その命すらも奪おう。


「オオォッ!!」

「その手は食わん」


やはり賢い。おそらくは体勢を整える為だろう、ウェアウルフが取った行動は右手を地面に突っ込む動作。初っ端で見せたものと同じ事をしようとしている。今度は攻撃ではなく逃げる為に。


今逃げられてはせっかくのチャンスを不意にする。何をしでかす気でいるのか直ぐに察した彼が銃骨格(ガンフレーム)の速度を上げた。

相手との距離が限りなく0になった瞬間、勢いと銃骨格(ガンフレーム)の超重量全てを乗せて、今にも振り上げようとしていたウェアウルフの右手を踏み砕く。

骨が砕け散る音。これで何本か指はイカれた筈だ。


「ヴゥゥゥアァァァッ!!!」

「ふんっ!」

「ギャンッ!?」


右手の負傷に対する反応も最小限に、ウェアウルフは未だ血の滴る左拳を振るって彼を殴り付ける。右手を封じている今、反撃が来るとしたら左か、その獰猛な口による噛みつきの二択。

だからこそ対処は容易だった。横薙ぎに振るわれた拳を受け止める事はせず、それを足場に跳躍。高さを稼いだ彼が繰り出したのは側頭部への強烈な蹴りだ。


凄まじい衝撃がウェアウルフの脳を揺さぶる。巨体はフラつき、足取りも覚束無い。どうやら頭部への攻撃はかなり有効的のようである。


「ウウ……ア……オ゛ォォォォオオォォッ!!!」

「……! タフだな」


グラついたのはほんの数瞬。尚も眼光は鋭く彼を射抜き、両拳の負傷など微塵も感じさせないラッシュの猛攻。大暴れという言葉が非常にしっくりとくる。

我武者羅な攻撃に正確さは無いものの、この巨体だ。暴れるだけで凄まじい破壊力を生み出す存在に、こうまで不規則な攻撃をされては流石に攻めあぐねる。


有効打は加えたが防戦一方。極力受け止めず、受け流すように防御する彼に大ダメージは無い。しかしそれも長く続けばどのように転ぶかは分からないだろう。


「っ、攻撃手段を変えてきたか」


何十発と避け、受け流し続けてきた拳の嵐。その中から不意に鋭い一撃が彼を襲った。

回避も受け流しも間に合わず、咄嗟の判断で両腕をクロスさせる事で防御は叶ったものの、何とその一撃は銃骨格(ガンフレーム)の装甲に傷を付けてみせた。


鋭利な刃物で切り付けられたような傷。拳によるものではない。見ればウェアウルフが得意げに両手の爪を見せびらかすように構えを取っている。

思い起こされるのは、大木に刻みつけられていた大きな爪痕だ。


「失念していた。お前にはそれがあるのだったな。

ゼロ、奴の爪は脅威だ。銃骨格(ガンフレーム)の防御力は私とて理解しているつもりだが、見ての通り簡単に傷を付けられた。やはりこのままでは無謀と言えるのではないか?」

『もう暫く辛抱を。間もなく標的の行動パターンの解析が完了します。出来るだけ標的からの攻撃を誘発させ、戦闘データを収集してください』

「ふむ、それが考えとやらの正体か。理解した、続けよう」

『被害は最小限に願います。解析が終わるまでの間、致命的な一撃は確実に回避を』

「了解した」


要は極力攻撃をいなしつつ時間を稼げという事だろう。簡単な事ではないがやるしかない。


「オオオオォォォォッ!!!」

「(左⋯⋯いやフェイントか)」


振るわれる拳に正確性が出てきた。相手は確実に考えて攻撃してきている。


「潰れた右手ですら攻撃をしてくるとは、お前と言う奴は相当に我慢強いな」

「ヴゥアァァァッ‼」

「褒めたのだ。そう怒るな」


爪での攻撃に加えフェイントも織り交ぜる。引っ掻くと見せかけて殴ろうとしたり掴もうとしたり、時には脚すらも駆使して。暴風の如き猛攻の中で行われる駆け引き。

ゼロの解析が終わるまではと彼も無茶な攻撃は控えている。必然的に防御に回る形となるが、だからと言って攻撃をしない訳では無い。


「ギャアッ!?」

「慢心が仇となったな。2本追加だ」


振るわれた右手を寸前で受け流し、流れるような動作で突き刺さったままのブレードナイフの柄を握り締めると、渾身の力で前へと押し出す。肉を裂き骨を断ち、まとめて2本の指を切り飛ばして見せた。

ゼロがウェアウルフを解析するように、彼もまた相手の動きを分析し、次第に慣れ始めていた。センサーや銃骨格(ガンフレーム)のスペックに頼り切らず、己で見て、考えて、実行する。


再びブレードナイフをその手にし、やがて安定してウェアウルフの攻撃を捌けるようになってきた頃、その時は訪れた。


『解析終了。敵行動パターン構築中……完了。視覚情報へ反映開始。現在の出力を維持。搭乗者へ、戦闘続行。これよりサポートに入ります』

「その言葉を待っていた」


反撃開始の時は来た。ただでさえ近かった距離を更に詰め、その手に取り戻したブレードナイフを振るう。その間もウェアウルフの攻撃が止む様子は無く、指を失おうが関係無いと言わんばかりに攻撃の激しさは増すばかりだ。


だが、先程までと確実に違う点がひとつ。それは彼自身の視界。先程までも銃骨格(ガンフレーム)のセンサーは確実にウェアウルフの動きを捉えていたが、それに対応できるかどうかはあくまでも彼次第であった。

しかし今は銃骨格(ガンフレーム)がウェアウルフの動きを先読み予測し、攻撃の軌道、次に取る行動、考え得るあらゆる可能性、様々な情報が映し出されている。

相手の行動が手に取るように分かる。故に、もはや防御も受け流しも必要ない。ただ避けて攻めに専念できる状態となったのだ。いや、更に正確に言えば。


「ヴッ!?」


振るわれた拳が、まるで岩盤に阻まれるように彼へと至る前に止まった。亜人の集落、ウルカやエルディオと一戦交えた際にも使用した不可視の防護壁が、迫り来る拳を次々と阻む。


『標的の攻撃は私が防護壁にて相殺します。貴方は攻めに徹してください』


つまり、避ける必要すら無くなったという事に他ならない。

防御が可能ならば最初から使えば良かったものをと思う彼も、直ぐにその考えを改める。彼の視界には例に漏れず防護壁が何処に、どのように展開されているのかもしっかりと表示されている。

集落、そしてウルカ達との戦闘で見せた防護壁は、まさしく壁という張られ方をしていた。しかし今は、()だ。ウェアウルフの攻撃に対して、当たるであろう部分にピンポイントで展開されている。


思い出して見てほしい。この防護壁は決して完璧ではない事を。その証拠に、これは一度ウルカに破られているのだ。

銃骨格(ガンフレーム)を軽々と殴り飛ばした事から、ウェアウルフのパワーがウルカよりも上である事は間違いない。そんな相手の攻撃を、ただ防護壁を張るだけで防ぎ切れると思うだろうか? 無論、奇跡でも起きない限りは無理だろう。

それを分かっているからこそ、ゼロは防護壁の耐久値を極限まで高める為に、エネルギーを一点に集中し展開したのだ。そうして得たのは、何者をも跳ね除ける究極の盾。

相手の動きを解析したからこそ成し得る、100%の成功率を誇る防御性能の完成である。


「グルルァァァァァァッ!!!!」

『防護壁多数展開』


ウェアウルフの勢いは衰えず。しかしゼロによって展開された複数の防護壁が尽くを潰してしまう。今や彼は防御すらせず立っているだけだ。


落ち着いて標的を見定め、固く握り締めたブレードナイフを急所めがけて突き出す。切っ先の向かう先は左目。


「ガウっ!!」

「だろうな。分かっていたさ」


一撃は不発に終わる。突き出されたブレードナイフを顔を逸らす事で回避し、鋭い牙で刀身に食らいつく。馬鹿げた顎の力は容易にブレードナイフを噛み砕いた。

彼は武器を失った事を嘆くでもなく、そんな事は予想済みだとアッサリ武器を手放し、代わりに両手でウェアウルフの頭を掴む。そのまま自分の方へ引き寄せ、脚部のブースターを点火。渾身の膝蹴りが眉間に炸裂した。


響き渡る苦痛の声。彼を捕まえんと両腕が迫るも、それはゼロにより阻まれる。そして未だ彼はウェアウルフの頭を離していない。

銃骨格(ガンフレーム)の出力にものを言わせ力ずくで頭を引き落とす。打点が下がったのを確認すると、そこからは怒涛の膝蹴りラッシュだ。右、左、右、左、ガンガンガンガン! とんでもない速度でウェアウルフの顔面へ膝小僧がめり込み続ける。


呆れたタフさはなおも健在。どれだけ打ちのめされようとウェアウルフはもがき続けた。だがそれは届かない。

やがて何度目かも分からない膝蹴りを叩き込まれた後、ついにその巨体がグラりと傾いた。あれだけ激しかった攻撃も止み、ウェアウルフが自ら(こうべ)を垂れる。


「ダメ押しだ。持っていけ」


落ちてくる顎先に照準を絞り、彼が深く構える。脚部、背部ブースターを点火、勢いそのままに引き絞った右拳が打ち出され、ウェアウルフの顎を捉えた強烈なアッパーカット。

顎への痛恨の一撃。激しく脳が揺さぶられた。如何にタフで強靭な体を誇ろうと、脳へのダメージは防げるものではない。


ウェアウルフの視界がグニャリと歪み、足取りも怪しく後ずさる。焦点の定まっていない瞳は最後に空を見上げ、ついに力尽きて膝を折る。

前のめりに倒れていく様をただ見つめ、彼がゆっくりと歩み寄っていく。ウェアウルフが倒れた後、確実に頭を粉砕しとどめを刺す為に。


油断は無しだ。あれだけのタフさを誇る相手だったのだから、もしもの事だって充分有り得る。何が起きてもいいように、最新の注意を払いながら一歩一歩を踏み締めた。


ズシンと重い音を立ててウェアウルフが倒れ伏す。起き上がる様子も無かった。


「ゼロ」

『スキャン完了。脳への高負荷に耐え切れず、一時的な行動不能状態にあると思われます。速やかにとどめを』

「ああ、了解だ」


いつまた起き上がってくるか。ゼロに急かされるように彼が進み、無防備に晒された後頭部へ拳を振りかざす。イメージは亜人の集落で地面を打ち貫いた一撃。

真上からの全体重をかけたとどめの一閃だ。流石のウェアウルフもこれには耐えられないだろう。


『例により細かな調整はこちらで行います。確実に脳を破壊してください』

「ああ。……これで、終わりだ」


一息に拳が落とされる。次の瞬間には、地面に真っ赤な鮮血の花が咲き誇る……筈だった。


「っ!!?」


彼の視界が大きく横方向へブレた。吹き飛ばされたのだと思う頃には彼の体は地面へと叩き付けられていた。

いや、正確には吹き飛ばされたのではない。彼の体を鷲掴みにして地面へと押し付けているのは太い腕だ。


まさか、あの状況で反撃を? 有り得ない。


何が起こったのかを理解する為に、彼が視線をウェアウルフへと向ける。そして驚愕した。


「どういう事だ」


肝心のウェアウルフは未だに倒れ伏している。ただ、そのギラつく瞳だけは彼へと向けられていた。両腕も力なく投げ出されている状態で、彼に向けられてはいなかった。


では彼を掴んでいるこの手は何だ? 答えは、やはりウェアウルフだろう。

ただしこの手は、彼が今まで相手をしていたものでは無い。その証拠に、切り飛ばし、或いは折り砕いた筈の指は全て無傷だ。


『想定外です』


ああ、まさにその通りだろう。いったい誰がこんな状況を予想していただろう。ウェアウルフの背中を突き破るように第3の手(・・・・)が生えるなどという状況を。


ゼロですら予想もつかなかった展開だ。


「ウゥ……アアァァッ」


そうこうしているうちにウェアウルフが動き出す。まだダメージは抜けきっていないのだろう、非常にゆっくりとだが、両手をついて巨体を起こし始めた。

それを手助けするように、再びウェアウルフの背中から新たな腕が次々に生える。第4、第5、第6。最初の腕と合わせれば合計6本の腕が、力任せにウェアウルフを持ち上げた。


「ウゥゥオォォォォォォォォォォンッ!!!」


両足で立ち上がった後は、空へ向けての雄叫び。彼を押さえ付ける力はそのままに、ついにその瞳が彼へと向けられる。


「最悪の状況だ。ゼロ、この窮地を脱する手があると思うか? 私はお手上げだぞ。少なくとも銃を使わない状態のままならな」

『肯定します。現状況で銃器の使用を制限したまま戦闘を行った場合、勝率は0%です』

「ではどうする? やはり銃を――」

『いえ、銃器を使った場合、いたずらに亜人達を危険に晒すだけです。かと言って何もしないままで居ればこちらがやられ、結果的に守る事もできません。

……搭乗者へ。E49-ZEROtypeはリミッターの限定解除及び纏雷(てんらい)の使用を推奨します』

纏雷(てんらい)。この銃骨格(ガンフレーム)の名称だったな。よくは分からないが、それを使えば勝てるのか?」

『勝てます。勝率は100%。万に1つの敗北も有り得ません』

「そこまで言い切るか」

『使用には私と、搭乗者である貴方の同意が必要となります。時間がありません、判断は迅速に願います。E49-ZEROtypeから搭乗者へ』





銃骨格(ガンフレーム)固有決戦兵装纏雷(てんらい)を使用しますか?





「YES」





刹那、赤い稲妻が瞬いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ウェアウルフとついに戦闘が始まりましたね。導入のステルスキのくだりも緊迫感が伝わってきて、戦闘描写のアクションも想像しやすくて良かったです。 [一言] 次回は銃骨格の新モードが登場しますけ…
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