和解、怪しい影
「それで、何故お主らは争っておったのじゃ? しかも戯れではなく、互いに本気じゃったろ?」
「大量の人間の匂いを追跡したらコイツが居てな。てっきり人間の手の者だと思い飛びかかった訳だが、違うのか?」
「早とちりもいいとこじゃな。こやつは人間に襲われていた儂等を救った大恩人じゃぞ。ほぼ全ての人間を殲滅してくれたのは他でもない、こやつじゃ」
「……」
「姉貴も大概先走るよな。俺の事は言えねいっっだ! 殴る事ぁねぇだろっ!?」
「ふん」
ミヤの介入により戦いは中断。悠長に立ち止まって話をしている暇すら惜しい為、ミヤ達は歩きながら事の経緯を話し合う事にした。その間、ミヤの口から彼は敵ではないと告げられるものの、女は未だ信じられないらしく、後ろを黙って歩く彼を見つめる視線は疑わし気だ。
「おい貴様。私達の敵ではないと言うなら、何故人間共の死体を回収していた? そもそも、本当にあれだけの数の人間を殺したのか? 裏でこうなるように人間共と示し合わせたんじゃないのか?」
「特別驚異ではない存在を殺し尽くすだけならば、そう難しい事でもないだろう。それに、お前は私の戦力を間近で見た筈だが?」
「付け加えるなら、人間の骸を回収してくれと頼んだのは他でもない儂じゃ。こやつに非はないと儂の名に誓おう」
「……! それを早く言え。すまなかったな召喚者。ミヤからのお墨付きを貰った以上、貴様を敵視するのはやめだ。
危害を加えるつもりはないから、そろそろ出てきたらどうだ?」
「……」
出て来いと言われてもどうしようもない。そもそも召喚者など居ない上に彼はゴーレムですらないのだから。
説明するかすまいか、顎に手を置き少しばかり悩む彼を見かねて、代わりに口を開いたのはミヤだった。
「あー、まぁ何じゃ。こやつはゴーレムではないし、召喚者も居らぬでな。儂も全てを理解した訳では無いが、がんふれーむと呼ばれる存在だそうじゃ。……で、合ってたかの?」
『肯定します』
「召喚者が居ない? では今の声は?」
『私は銃骨格に搭載された人口AIです。ゼロと呼ばれていますが覚える必要はありません』
「がん……ふれ……? えー……???おいエルディオ、 結局どういう事なんだ?」
「そこで何故俺に聞くのか」
「深く考えたら負けというやつじゃよ。こういう存在なのじゃと漠然と理解するしかあるまい。少なくとも、こやつは儂等の常識では測りきれぬ存在じゃ」
『仮に貴女達に一から説明したところで完璧に理解する事はできないでしょう。よって、気にするだけ無駄です』
「……まぁ、敵でないなら何でもいいが」
「いやいいのかよ!?」
「細かい事を考えるのは苦手だ。ミヤが信用しているなら仲間という事だろ? なら問題ない」
「さ、さすが脳ミソまで筋肉で出来てるだけはある……」
「そう褒めるな」
「おーい耳に筋肉でも詰まってませんかー? つーか止血ぐらいしろよ姉貴。いつまで額と手から血ぃ垂れ流してんだよ」
「おお、そうだった」
先程まであれだけ緊迫した空気が流れていたというのに、女が彼を敵ではないと認識したタイミングから、随分と緩い空気へと変わってしまった。
目覚めてからここに至るまで戦い続けだった彼にとっては、それは酷く不慣れな空気だ。どこか手持ち無沙汰のままに、彼がミヤに問い掛ける。
「ミヤ・シャーリウス。コイツらは何だ?」
「少なくとも敵ではないぞ? 安心せい。この2人は儂等亜人の協力者じゃ」
協力者……。そう聞いて彼が女とミヤを交互に見つめる。もっと正確に言うなら、女の頭に生えている獣耳と何も無いミヤの頭部をだ。
「亜人ではないようだが?」
「む? 見れば分かるじゃろう? こやつらは獣人じゃよ」
「獣人?」
『データ照合中――……該当データ無し』
答えを得たはいいが、彼はもちろんゼロすらその存在についての情報を持ち合わせていなかった。色々と情報を知り得ているであろうゼロが分からないとなれば、記憶が無い彼がどれだけ頭を悩まそうとも分かる筈もなく。
「知らんのか? まぁ、ありていに言えば別種族じゃ」
「ふむ」
「そっちの男がエルディオ。そこの血だらけになっておるのがウルカじゃ。ってウルカ! お主はさっさと止血せんか!」
「おかしなことを言う。やってるじゃないか」
「傷口を舐めた程度で治るような軽傷ではあるまい!」
皮がズル剥けている手をぺろぺろと舐めるのは立派な医療行為だと言わんばかりに、女……ウルカは自身の手を舐めるのをやめようとしない。
仮にそれで傷が塞がるのだとしても、額の傷はどうするのだという当然の疑問をぶつける存在は、残念ながらこの場にはいなかった。
「それよりミヤ、他の住人はどうした?」
「露骨に話題を逸らしおったなコイツ……。他の者達なら既に集落から退去した後じゃ。今頃は東に向かっておるじゃろう」
「東か。察するに、別集落を目指しているんじゃないか?」
「うむ、その通りじゃ。こやつの力があるとは言え絶対ではない。昔のつてを頼ろうと思っての」
つて……つまり、ミヤには他に頼れる存在が居るという事なのだろう。果たしてどこまでの協力を仰げるかは定かではないが、闇雲に彷徨うよりは遥かにマシである事は確かだ。
「なら急いで追い付いた方がいいだろう。長が不在では不測の事態に対応が遅れる」
「うむ。そもそも東としか伝えておらんから、ナガレ達だけでは目的地には辿り着けまい。……じゃがのぅ」
不意にミヤがガックシと肩を落とす。頭の上にはどんより曇り空。負のオーラをこれでもかと撒き散らしている。
「急いでという事はつまり、まぁた走らねばならぬという事じゃ。このピチピチ美少女が再び嘔吐する光景など、もう考えたくもない醜態じゃろ?」
「普段から自分をババァ呼ばわりしている奴が、ここぞとばかりに美少女発言とは恐れ入る」
「喧しいわっ」
ウルカの発言にミヤが尻へ蹴りを叩き込むも、本人は特別気にすることなく未だに手の怪我を舐め癒すばかりだ。そんなウルカの視線は斜め後ろ、彼へと注がれている。
「走りたくないと言うのなら、そいつに運んでもらったらどうだ? エルディオを片手で軽々と投げ飛ばす腕力だ。それくらい容易いだろう」
「うっ……ま、まぁ、考えてはいた事じゃがの」
「ふむ」
ウルカの提案に言い淀むミヤ。密かに彼が運んでくれまいかという期待は込めていた。しかし長としてのプライドか、それを口に出す事はなかなかに勇気がいる事と、ミヤは我慢に我慢を重ねていた。
平たく言えば羞恥心。単純に恥ずかしさから来る遠慮である。
とは言え、そんな気持ちなど微塵も理解できない彼にミヤを気遣うなど出来るはずもなく、徐にミヤへ近付いて無遠慮にその小さな体を担ぎ上げた。
「な、なにをするかぁー!?」
「急ぎなのだろう? ならば悠長に走られては非効率的だ」
「じゃとしても、もっと他に運び方があるじゃろ!?」
ミヤの文句も至極当然なのかもしれない。実際、ミヤを肩に担ぎ上げている姿は物を運ぶ時のそれだ。とても少女を運んでいるとは思えない。
「ははは! お似合いだぞミア!」
「まるで農作物の収穫だな」
「うっさいわ! えぇい降ろさんかお主!」
『拒否。搭乗者へ指示。速やかにミヤ・シャーリウスを残りの亜人の元へ合流させてください』
「無論だな」
「儂に味方は居らぬのかー!?」
ジタバタと藻掻く。しかし非力なミヤがどれだけ暴れようと銃骨格の圧倒的な腕力の前には無意味でしかない。ウルカとエルディオもそんなミヤの様子をニヤニヤと眺めているばかりで助けようともしない。
ふと、そんな2人のうちウルカの方に、彼が言葉を投げかけた。
「ウルカと言ったか?」
「ん? あぁそうだが」
「お前も運んでやろう。互いの勘違いとはいえ怪我をさせてしまったのは事実だ。その体では長時間走るのは難しいだろう」
これは彼なりの気遣いだ。先に仕掛けてきたのはウルカ達とは言え、ほぼ一方的に怪我をさせてしまった事実は覆らない。敵ではなく仲間というのなら、尚更何か贖罪をと彼は考えたのだ。
けして少なくない量の血を流すウルカも、これには嬉々として承諾するものと誰もが思っていた。が、当の本人は少々不機嫌な様子で彼を睨み付けている。
「ほう? この私を怪我人扱いとは生意気だな。生憎とこの程度なら怪我とは呼ばん。せいぜいかすり傷程度だ」
「相変わらず素直じゃねーの。かすり傷も立派な怪我だろ姉貴」
「走るのに支障は出ない」
「だとしても体力は温存しといた方がいいだろ。姉貴だってあの人間の死体見たろ? あれだけの数だ、もしかするとその辺りに残存兵が潜伏してるかもしれない。
走り疲れた所に運悪く会敵なんてしたらこっちが不利になる。大人しく運ばれとけよ」
「……一理ある」
エルディオからの思わぬ援護射撃。乗り気ではなかったウルカも、説得力のある言葉に小さく頷いた。しかしそれではエルディオが1人になるのでは? とミヤが心配そうに問い掛ける。
「心配どうもミヤちゃん。でも問題は無いぜ」
ニカッと白い歯を見せてそう言うと、エルディオは自信満々に己の脚をパシンとひと叩き。
「俺には獣人として生まれ持った足がある。これでも姉貴の次くらいには速いつもりだし、ちゃんとついて行くさ」
その言葉に偽りは無い。事実、ウルカ程ではないにしろエルディオは彼が撃ち出した弾丸を、ある程度避けられるくらいの実力はあるのだ。走る事だけに専念するのであれば、十分ついてこれるだろう。
「そうか……ならば仕方ないの。ほれウルカ、お主も運んでもらえ」
「しかしな」
「うっさいわ! 儂1人だと恥ずかしいんじゃ!」
「おい本音。……まぁいい、エルディオの気遣いを無下にするのも忍びない。ここは従おう」
「では」
善は急げと彼がウルカへ手を伸ばす。ミヤのように担ぎ上げるつもりなのだろうが、その手がウルカへ届く前に弾かれた。
他でもないウルカが拒むように手を払い除けたのだ。
「いらん。しがみつく程度の体力はあるからな。ミヤと同じような屈辱はごめん被る」
「あ、やっぱりこれ屈辱的な感じなのじゃな!? えぇい降ろせお主!」
「私も一緒に乗るのだ、そう嫌がるなミヤ。まぁ私は自分の意思で乗るわけだから? お前とは天と地ほどの差があるのだがなっ、と」
「喧嘩売っとるのかお主ゴラァッ!!」
怒号すらもヒラヒラとかわしてみせて、多量の出血をしているとは思えない身軽さでウルカが彼の背に跳び乗った。体勢を崩さないように足を彼の腰部分にかけ、早く行けと催促するようにペシペシと彼の頭を叩く。
「ほら乗ったぞ。キリキリ走れ」
「ああ。エルディオ、と言ったか? お前を引き離さない程度の速度で走るが、それでいいな?」
「そんな気は遣わないでもいいんだが、まぁ任せるぜ」
「了解した。では行くぞ」
彼が体勢を低くする。今にも駆け出さんと、彼の足先がズンっと地面に軽く沈み込んだ。
そんな時、ふとミヤが思い出す。そういえばコイツは、集落から離れる時にとんでもない跳躍力を発揮していたな、と。
それ程の脚力を有している存在が、自分を抱えて駆け出そうとしているという現実を再認識した途端、ミヤの中で何か嫌な予感が膨れ上がった。ウルカと違い担がれている自分は、思うような体勢を取れない。
そんな状態で、万が一とんでもない速度で走られでもしたら……。
「の、のう! やはり儂は――」
やめておこうと思うのじゃが……などと口にしようとした瞬間、ミヤの言葉は瞬く間に置き去りにされ、視界が大きくブレた。
彼が踏み締めていた地面は爆撃を受けたかのように弾け飛ぶ。想像以上の初速にエルディオは思わず尻もちをついた。
「あ゛あぁぁぁぁぁああぁぁっ!!!?」
「はははは!! いいな! これはいい! 楽ちんだ!」
遠慮など微塵もない。足の回転は更に増し、担がれているミヤの体は上下に激しく揺すられる。自分で全力疾走をした後にリバースしてしまうミヤが、この揺れに耐えられる道理はない。
既に顔色は蒼白。胃の中身どころか内臓まで吐き出してしまうのではないかと思わせる程、みるみるうちに生気が抜けていっている。
そんな状態のミヤを尻目に、ウルカは予想を遥かに超える速度にすっかり気を良くしてしまっていた。
彼に対する仏頂面は何処へやら。戦っている時とは別人のように無邪気に笑う。楽しむを優先してしまっている為、当然ながらグロッキーなミヤへ意識を向けることは無い。
「じぬっ! じんでじまう゛ぅぅぅぅぅっ!!!」
「ああそうだなミヤ! これは死ぬ程楽しいかもしれん! 良い事を言うじゃないか!」
「そういう意味じゃなうぅっぷ……! おげぇぇぇぇっ!!」
「ほらもっと飛ばせ貴様! まだまだ足りんぞ!」
「ふむ、善処しよう」
「するなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
虚しい断末魔が広い草原の中に木霊した。
彼が走り出した後、その場にポツンと残されたエルディオは、未だに尻もちを着いたままでいた。彼の脚力に驚いていたのも理由の1つとして挙げられるが、それ以上に。
「冗談じゃない……下手したら姉貴より速いじゃねぇか」
戦慄していた。彼の底知れぬ実力。そして、戦っている時にあの脚力を出されていたらと想像すればゾクリと体が震える。
あの時、彼はほぼ棒立ちの状態でエルディオとミヤを相手取っていた。動かなかったからこそ、自分達の攻撃はかろうじて届いたんじゃないか? 彼が自ら動いて戦闘していたなら、今頃この体には風穴が空いていたんじゃないか? そんな想像をして、エルディオは冷や汗を流した。
「何者だよ、あのゴーレム。いや、ゴーレムじゃないんだっけか……どっちにしろヤバい存在なのは確かだが」
漸く体を起こし、小さくため息を吐く。
今回の襲撃、そしてそれを殲滅したという謎の存在。気になる事は多々あれど、今考え込んでいては置いていかれてしまうと判断し、エルディオも駆け出さんと姿勢を低くする。
「さてと……あ?」
その時、エルディオの脳裏にチリッと何かが瞬いた。それは予感か、はたまた直感か。反射的に視線を遥か後方に広がる森へ向ける。
しばらくジッと森を見続けるが、時折小鳥達が羽ばたいている事を除けば何の変化も見られない。いつも通りの穏やかな風景だ。
エルディオが感じたのは明確な視線。敵意はなく、ただこちらをジッと見つめてきていた視線。害は無いように思うが、しかしどうにも落ち着かない。
「……人間、じゃねぇ。何だ? 気持ち悪ぃな。まぁ何もして来ねぇなら構わねぇけど」
払拭できない気持ち悪さは残るものの、エルディオは捨て置くと判断して駆け出した。
遥か後方に広がる森林。
その中にそびえ立つ1本の大木。その枝に留まり、走り去るエルディオの背中をジッと見つめる一羽のカラスが居た。
琥珀色の瞳が太陽光に反射して怪しく光る。
「銃骨格ね……最有力候補みーっけ。キヒ、キヒヒヒヒ……!」
感想等お待ちしております。