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6.お清め

 しっかし、毎度のことながら後ろから不意に声をかけて来るよなあ。

 今回は待ち合わせしていたから、それほど驚かなかったけど誰もいないと思っていたところで肩をちょんちょんされると結構ドキドキする。


 翠は今日も昨日と同じ長袖セーラー服姿で俺へ微笑みかけてきた。

 

「も、もう、おはよって時間じゃないぞ」


 いきなり微笑むもんだから、動揺して変なことを呟いてしまった。


「えへへ、そうだね。うん。こんにちは。九十九くん」

「あ、う、うん。あ、な、なんだ。そうだ。川ってどこにあるんだろ?」

「すぐ奥にあるよ」


 翠は俺から見て左側に腕を振る。

 

「お、あ、そうだ。川に行く前にお参りしていかない? せっかくだし」

「うん。いいよー」


 翠は速足で水桶の方へ向かっていく。

 少し遅れて俺も慌ててついていくが、彼女は途中で立ち止まると顔だけ後ろに向けて、

 

「先にお水で清めるんだよ」


 何て真剣な顔で言うものだから、微笑ましい気持ちになる。

 にやけていたら、翠は目ざとく俺の表情を見ていたようでアヒル口になって人差し指を口に当てた。

 

「ちゃんとやんないとダメなんだからね」

「分かってるって」


 二人並んで水桶の前に立つと、狭い……。

 水桶はこじんまりとしていて、両手を広げたら掴めるほどの横幅しかないんだ。

 

 なので、少し身を引いたんだけど翠に肩を掴まれた。

 

「ダメだよ」


 ぐいっと体を引かれ、俺の肩が彼女の肩に触れる。

 思わぬ近さと動いた反動で彼女の髪が揺れ……俺の心を揺さぶるいい香りが漂ってきて……。

 

 戸惑っていたら、翠は水桶の淵に置かれていた木桶を手に取り水をすくい、俺の手を掴んで木桶の水を流す。

 彼女の細い指にも水がかかって、俺の指と一緒に冷たい水の感触が伝わってくる。しかし、俺の手のひらは冷たい水で冷やされるどころか熱を持った感じになってしまっていた。

 

「九十九くん、暑さで熱がこもってそうだよ? ここの水は飲めるの」


 俺から手を離し、翠は水桶の後ろ側にある蛇口を捻る。


「あ、いや……」


 口ごもる俺の心情を勘違いしたのか、翠は木桶に蛇口から出た水を注ぎ自分の口へ当てた。

 ゴクリと彼女の喉が動く。それと共に木桶から水がこぼれ彼女の顎を伝う。その様子が妙に艶めかしくて、俺も彼女と同じようにゴクリと喉を鳴らす。

 

「ね、大丈夫でしょ?」

「う、うん」


 翠は水の量が半分に減った木桶を俺に向けながら笑顔を見せる。

 そのまま木桶を受け取って、俺も水を飲んだ。

 お、冷たくておいしいじゃないか。今日もカンカン照りで暑いから、冷えた水は嬉しい。ここまで歩いてきたから余計に。

 

「どう?」

「おいしい……」

「でしょー」


 にへえと翠は俺へ笑いかける。

 言葉に詰まる俺であったが、誤魔化すように手をパンパンとはたくと本堂へ顔を向けた。

 

「いざお参りに」

「うん。行こう」


 顔を見合わせお互いに頷きあう。

 

 本堂はプレハブサイズながらも、お参りができるよう正面にチリンチリンと鳴らす金色の鈴から垂れ下がる麻縄があった。

 二人で両側を掴み、鈴を鳴らす。

 

 二人揃って、手を合わせ目を瞑る。

 何を祈ろうかななんて考える前に、俺はお参りする翠の顔が見たくて薄目を開けて隣をチラリと。

 え?

 彼女の表情にドキリとする。

 見るべきではなかった。なんだか彼女の心に土足で踏み込んだような気がして……。

 だって、彼女は――

 酷く寂し気な顔をしていたのだから。

 

 すぐに前を向き目を瞑る。

 次に目を開けた時は翠のお祈りは既に終わっていて、彼女はいつもの顔に戻っていた。

 

「九十九くんは何をお願いしたの?」


 無邪気に聞いてくるが、翠のことをチラ見してから何も考えることができていない。


「あ、ん、健康?」


 適当に答えたつもりだったけど、翠は興奮気味に両手を俺の肩におき大げさに「うんうん」と頷く。

 あっけに取られた俺は曖昧に彼女へ頷きを返した。


「あー、その顔、若いからって本気で願ってないなあ。健康は大事だよ! 健康を願う九十九くん、偉い!」

「そ、そうかな。ははは」


 頭の後ろに手をやり乾いた笑い声をあげる。

 確かに健康は大事だけどさあ。そこまで反応することか?

 今更適当に答えたとか言えん。


「あ、七海さんは何を願ったの?」


 誤魔化すようにそう言うと、翠は瞬き一つのほんの僅かな間だけ悲哀のこもった顔を見せた。

 すぐにいつものにへえとした顔に戻った彼女は、人差し指をぷるんとした色素の薄い唇に当てる。


「んー、どうしよっかなあ」

「え、何だよお」

「えへへー、教えて欲しいー?」

「べ、別に」

「あー、拗ねたなあ! んとね」

「うん?」

「『君とまた会いたいな』って願ったんだよ」


 そう言って目を伏せる翠を思わず凝視してしまった。

 長い睫毛が目に入り、言って恥ずかしいのか少し肩を震わせる彼女へ心臓が高鳴る。


「ら、来年も来るからさ」

「……うん……」


 翠は少し間を置いた後、頷きを返す。

 うまく言えないけど、彼女の態度に対し妙に心が毛羽立つと言えばいいのか……直感的に不安を感じた。

 

 気のせいだ。

 と自分の心の中にある淀みを振り払うように首を振り翠へ笑顔を向ける。

 

「川を見に行かない?」

「うん」


 川は神社がある広場を少し左に降りたところを流れていた。

 思ったより川幅が広く、向こう岸に渡るには泳がないといけないくらいだ。

 

 川べりにちょうどいい出っ張った岩があったので、そこに並んで腰かけ一息つく俺たち。

 しばらくお互い無言でぼーっと二人で川を眺めていた。

 川の流れだけが耳に届き、時折蝉の鳴き声が響く。

 俺は沈黙が苦手な方だったんだけど、彼女となら不思議と落ち着く。

 

 前を見る振りをして彼女の横顔をチラリと見る。

 本当にきめ細くて、日焼けしたことがないのかと思えるくらい雪のように真っ白な肌。

 元々色白ってこともあるんだろうけど、日光自体にあまり当たったことが無かったんじゃないかとか思えてくる。

 彼女の白さはそんな白さだったんだ。

 

 これまで可愛い女の子とお話できるってことでずっと舞い上がっていたけど、改めて冷静な気持ちで彼女の容姿を見ているといろいろ疑問点が出てくる。

 思えば、灯台で初めてあった時から何だかおかしかった。

 灯台の裏手に回ってみたけど、裏手にいたら灯台に張り付いてでもいない限り灯台から少し離れると体のどこかは見えちゃうんだよな。

 もっと不可解なのは二度目に会った時。

 明らかにいなかったよな。それが後ろから俺の肩をちょんちょんと……。

 

 考え始めると、どんどん不自然な点が出てくる。

 長袖にしてもそうだし、汗一つかいていないことだって。

 

 再度彼女を横目で見る。

 え?

 いつから俺の方を見ていたんだろう?

 微笑を浮かべて俺をじーっと見つめる彼女と目が合う。

 

「び、びっくりした」

「さっき、九十九くんも見てたでしょー?」

「い、いや?」

「ふーん」


 ダ、ダメだ。また彼女へドギマギしてきた。

 え、ええと何だっけ。

 そうだ。不可解な点がいくつも出てくるってことだ。

 彼女の言葉を思い返してみるだけでも、確かめたいことがいくつもある……。

 

「どうしたの? 難しい顔をして」


 首を傾げる翠。


「あ、いや。一つ聞きたいことがあって」

「うん?」


 あまり根掘り葉掘り聞くのもどうかと思ったから一つだけにしておこう。

 いざ聞くとなると少し緊張してきた。俺は大きく深呼吸して翠の方へ体ごと向き直る。

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