5.神社
留蔵の家に戻り、先にシャワーを浴びてから夕食をいただく。
今日は海の幸が中心の料理だった。地元で食べるより獲れたてなのか新鮮で味がよい。
こういうものが味わえるもの離島ならではだよなあ。海は目の前だしな。
あ、そうだ。近く釣りに行ってみよう。ふふ。
あれ? 留蔵がもう手を合わせているじゃないか。まだ食べ始めたばかりなんだけど?
「ご馳走様」
「え、留蔵さん、あまり食べてないじゃないですか?」
「今日はな、スルメをいただいたんだ」
クイッとコップの飲むような仕草をして上機嫌に留蔵が冷蔵庫を開ける。
なるほど。
留蔵は冷えた瓶ビールを出すと、スルメをあぶりながら待ちきれない様子で立ったまま瓶のまま瓶ビールに口をつけた。
ビールってそんなおいしいもんなのかなあ。
「今日はどんなことをしてたんだ? 一人じゃ暇を持て余してないかと思ってな」
留蔵は焼けたスルメに触れ、熱すぎたらしく手にふーふーと息を吹きかけている。
「いえ、地元の高校生と仲良くなれそうなんで、楽しくなりそうですよ」
「ほう。そいつはよかった! ん?」
留蔵はニヤリと何か察したようにこちらに目を向ける。
「な、何でしょう?」
「女か? お前も隅におけないなあ」
「女の子なんて一言も言ってないじゃないですか」
「ガハハハ。お前の顔を見てりゃあ分かる」
留蔵は愉快そうに大きな声で笑い、焼けたスルメを皿に乗せ俺の向かいに腰かけた。
「あ、そうだ。留蔵さん。神社ってどの辺にあるんです?」
これ以上からかわれてなるものかと話題転換を図ってみる。
しかし、留蔵は眉をひそめグビリと瓶ビールを口に含む。
「『神社』なのか? 『寺』じゃなくて?」
「はい。神社ですが……」
「あるにはあるが、山の中でなあ。神主さんが亡くなってから手入れもされてねえはずだぞ。あ、そうかそうか」
留蔵は何か察したようにうんうんと頷く。
「何でしょう?」
「突然神社っていうから何のことかと思ったけど、川釣りをしたいのか? よくあんな穴場を知ってるな。お前の彼女」
「……彼女じゃないです……」
全くもう。いじれるネタを見つけたからといってガンガン来られても困る。
ぶすっと留蔵を見やると、彼は俺の態度が面白いのかげらげらと腹を抱えて笑う。
「俺も数十年神社には行ってねえが、あそこは川釣りするにいい場所があるんだ。釣りがしたいのかと思ってな」
「へええ」
「道具は倉庫にあるから、使っていいぞ」
「ありがとうございます!」
海でも川でも釣りができるなんて、なんていい場所なんだ。
「お、そうそう。寺なら学校から少し山の方に入ったところにある。あそこで毎年夏祭りがあるんだ」
「いつですか?」
「八月四日の夜だぞ。暇だったら行ってみるといい」
今日は七月二十八日だから、七日後か。
スマホを出して、スケジュールアプリに「祭り!」と打ち込んでおいた。
◆◆◆
自室の扉を開けると鹿のはく製と目が合う。
これ、毎回ドキッとするから横向けとこうかな……。
踏み台を持ってきて、鹿のはく製を右に傾けた。
よっし、これで……扉から鹿のはく製を見やると今度は目と目が合わないで済んだ。
いくらはく製とはいえ、見つめられていると余りいい気分にならないからな。
一仕事終えた俺は、座椅子に腰かけスマホをポケットから出す。
いろいろ調べたいことがあるんだ。
さっき留蔵から聞いた神社の場所をチェックするのが先だな。
神社までのルートを改めて確認……問題無し。山道がどんなもんか分からないけど、方向はバッチリだ。
さてと、立ち上がり左右を見る。
もちろん誰もいない。
分かってはいるんだけど、ついついな。
次に調べたいことは翠の高校のことなのだよ。きっと俺はニヤニヤと人には見せたくない表情をするはずだ。
港で翠に恥ずかしいところを見られてしまったから、部屋の中でも何となく不安になって誰もいないことを確認してしまったってわけ。
まあ、それはいい。
調べよっと。
え、ええと。確か「相楽塚高校」だったよな。
この島にあるのかなあと思って、先に離島にある高校を見てみる。残念ながら、離島には高校が無かった。
てことは島の人たちは高校になると、寮とかに入って高校生活を送るのかな。なかなか大変だ。
「相楽原高校」と入力してグーグル先生に質問すると、なんと場所は関東地方じゃないか。
随分遠いところに進学したんだな。翠のやつ。
あれ?
学校紹介のページを見ていると、男女の制服が載っているんだけど……男女共にブレザーじゃないか。
あの黄色いリボンのセーラー服じゃあない。
学校名を間違えたのかなあ。
もう一回、翠に聞きたいところだが、何度も聞くと変に思われちゃうかな?
ううむ。
ジタバタ足を動かして悶々と悩んでいても仕方ねえ。
こんな時は……寝るに限る。
歯磨きをして就寝するとしよう。
早寝早起き。うん、健康にもいいだろ?
寝る前になってまたしても港の写真を撮り忘れたことに気が付き頭を抱えたのは秘密にしておいてくれ。
◆◆◆
午前中のお手伝いを終えて、シャワーを浴び自室へ続く扉を開く。
「うお」
部屋の中に飾っている鹿のはく製と目が合った。
昨日、目が合わないように動かしたはずなんだけどなあ。
少しドキリとしてしまったじゃないかよお。
着替えを済ましてから、今度は左向きにセットして鹿のはく製へ指をさす。
「動かし方がよくなかったのかもな。今度はちゃんと固定されてろよ……」
鹿のはく製に言っても仕方ないことだけど、そこはご愛嬌ってやつで。
さてと、今日は飲み物と首に巻くタオルをちゃんと準備した。これで山道もどんとこいだぜ。
釣り竿も持っていこうと思ったけど、山道がどんなもんか分からないから今日のところはやめておくことにした。
結構かさばるからな……釣り道具って。
◆◆◆
自転車を山の麓に停車させ、舗装されていない道を進んでいく。
時折、角だけ木で枠が作られた階段があって傾斜のきついところを登る感じになっていた。道幅は人とすれ違うと横向きにならなきゃならないほどだ。
しかし、人っ子一人いやしねえ。山に入ってから三十分近く経つが、誰ともすれ違っていない。
こ、こんなところに住居なんてあんのかよ。調べてないだけで、遠回りになるけど道路があったりするのか?
家はともかく少なくとも神社を作ったんだから物を運ぶ通路はあるはず。
これは道を間違えたかなあと思っていたら、野イチゴを発見!
やったぜ。
現金な俺は、野イチゴにすっかり気をよくして野イチゴの前でしゃがみ込む。
おいしいかなあと目を細め、野イチゴを摘まんで一つ口に運んでみる。
「酸っぱい!」
思った以上の刺激に口を窄めてしまったぜ。
翠と一緒に食べようかなと思ったけど、これはダメだ。
勿体ないから吐き出しこそしなかったけど、水をごくごくと飲んで口をリセットした。
何てやっていたら、真っ直ぐ続く階段と右手にそれる脇道がある分かれ道まで到着する。
えっと、ここは……スマホによると右だな。神社まであと少しだ。
蛇行した細い道を抜けると、下の方が苔むした鳥居が目に入る。
鳥居は石でできていて、色が灰色で地味だ。俺のイメージだと鳥居と言えば鮮やかな赤なんだけど、これは石鳥居ってやつで日本全国に多数ある。
鳥居をくぐると開けた土地になっていて、真っ直ぐに石畳の道が伸びていた。
右手には小さな水桶、奥にはプレハブくらいのサイズの本堂がある。
「九十九くん! おはよ」
鳥居の影からすべらかで雪のような色をした手が伸び、翠の鈴を鳴らしたような声が俺の鼓膜を心地よく震わせた。