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26.花火のように

「いろいろ種類があるんだね。九十九くん」

「打ち上げ花火はやめとこうか。火事になると大ごとだし」


 持ってきたペンライトで花火セットを照らし、打ち上げ花火を除く。

 手持ち花火のうち一つを翠へ手渡し、俺も同じ物を持ってっと。

 

「翠。火をつけるから花火をあっちに向けてもらえるか?」

「うん!」


 よおっし、火を付けますか。

 あ。

 

「ごめん、先に水をバケツに入れとこう」

「はあい」


 お預けにされた翠は、不満などおくびにも出さず逆にニコニコと手に持った花火を興味深そうに見つめている。

 急いで水桶から水をバケツに入れて戻る。

 

「じゃあ、つけるぞお」

「おー」


 翠の持つ花火へ火をつける。

 最初はちょろっと光がともった程度だったが、すぐに綺麗な白色の火花があがりはじめた。

 俺は彼女の持つ花火から出る火へ自分の花火を当て火をつける。

 

「綺麗だねえ」

「うん、お、色が赤色になった」

「すごーい」


 しゃがんで肩を寄せ合い、二本の光の筋を二人で眺め頷き合う。

 

 三本目の手持ち花火までは普通に眺めていた。

 しかし、同じことをしていると感動も薄れ……。

 

「ちょ、翠。振り回すな。危ないって」

「え? 綺麗でしょー」

「こら、こっちに向けるな!」

「ごめんごめんー。あはは」


 翠は両手に花火を持って手を右へ左へと動かす。彼女の動きに合わせて花火の放つ光も移動し、幻想的に彼女を照らしてとてもソソるんだが……当たる当たるって。

 

「よおし、これで最後かな」

「これは知ってるよ。線香花火だよね」

「うん」


 線香花火の束をほどき、一本ずつ手に取る。

 

「可愛い」


 翠が歓声をあげた。

 線香花火は丸い光の玉を作り、そこからバチバチと小さな火花を散らす。

 儚くて、綺麗で、まるで翠のようだと俺はその時思った。

 

 僅かなオレンジの光に照らされた彼女の横顔はとても綺麗で、ずっと見ていたくなる。

 しかし――。

 

「翠。体が」

「気がついちゃったかあ。目ざといなあ。九十九くんは」


 先ほどまでオレンジの光を反射していた顔が……光が素通りしている。

 薄くなっているんだ。存在が。

 

 彼女は消えようとしている!

 

「翠!」

「九十九くん。もう触れられないね」

「そんなことないさ」


 翠の体を包み込むように抱く。

 触れるか触れないかのところで、彼女を覆うように。

 

「ありがとう。九十九くん」

「なんだよ。それを言うなら俺の方だよ」

「九十九くん、大好きだよ!」


 翠はひまわりのような満面の笑みを浮かべ首をかしげる。

 笑顔で見送ろう。彼女と同じように最高の笑みを浮かべて。

 

 触れたい。彼女へ触れたい。

 でも、今触れるときっと後悔するから我慢だ。

 きっと、彼女へ触れるとすり抜けてしまうから。

 

「翠。俺も君が大好きだ!」

「うん! 九十九くん、今まで楽しかったよ。とってもとっても!」

「違うだろ。翠。過去形はダメだ」

「そうだね! うん!」


 翠は、えへへと困ったように頭に手をやり舌を出す。

 その時、彼女の体が青白く光りを放ち始めた。

 

「翠。さよならは言わないぞ。また今度な!」

「うん! 九十九くん! また今度ね!」


 足元から翠が光の粒子になっていく。

 足、腰、胴と……光の粒子に……。

 

「愛してる」


 俺と翠の言葉が重なった時、彼女の姿は俺の胸に抱かれたまま、俺に光が吸い込まれるようにして完全に消え去ったのだった。

 

 そのままの姿勢でしばらく茫然と空を見上げていた俺は、何度もこみ上げてくる熱いものを飲み込み拳を握る。

 笑顔で見送ろうとさっき決めたじゃないか。泣いちゃあ駄目だろ?

 満月に照らされた夜空は、憎らしいほど美しかった。

 

 ◆◆◆

 

 ――翌朝。

 朝食の後、すぐに自転車へ乗った俺はコンビニを目指す。

 コンビニのある当たりに、目的の物を売っているお店がないかなあと思ってさ。

 

 んー。

 あるかもしれないけど、店が開いてないから分からん!

 仕方ない。

 

 引き返した俺は、山道に入る。

 途中で花を摘み束にして、神社まで到着した。

 

 水桶で手を清めてから、本堂の前に立つ。

 

「翠」


 賽銭箱の段差のところへ、花束を置いて手を合わせた。

 翠。今はどこにいるんだろう?

 きっと彼女のことだ。笑顔で、俺に手を振っているはずさ。

 

「うっ……」


 流しちゃいけないって決めてたのに、自然と涙がこぼれてくる。

 ごめん、翠。泣かないつもりだったのに。

 そう考えると、ますます涙が止まらなくなり、立ち尽くしたまま声をあげて……嗚咽が止まらなくなってしまった。


「ぐ、ぐう。情けない。翠は最後まで笑顔だっただろ! しっかりしろよ俺」


 水桶の裏手にある水栓から水を出し、顔を洗う。

  

「翠。また明日来る! またな!」


 ◆◆◆

 

「こんにちはー!」


 おばあさんの店に入ると、やはり誰もいなかったんで奥へ向けて声を張り上げる。

 

「はいはい。いらっしゃい。あら、お兄さんじゃないか」


 すぐに奥から足音が響いてきて、引き戸が開くとおばあさんが顔を出す。


「今日は、ご報告へと思いまして」

「あらあら。翠ちゃんのことだね?」

「はい」

「お茶でも飲みながら、聞かせておくれ」

「お邪魔します!」


 おばあさんに奥へ導かれ、縁側へ二人並んで座る。

 

 饅頭と麦茶をいただきながら、翠が成仏しただろうことをおばあさんへ報告した。

 おばあさんは要領の得ないだろう俺の話を静かに聞いてくれて、うんうんと時折相槌を打ってくれる。

 

「そうだったのかい。翠ちゃんはきっと幸せだったよ。お兄さんと出会えてね」

「俺の方が……彼女から沢山の幸せをもらってるんです」

「そうかいそうかい。お熱いことだねえ」

「……否定はしません……」


 苦笑いして、お茶をすすり饅頭の残りを口に放り込む。

 

「お兄さん、また島へおいでよ」

「はい。必ずまた来ます」

 

 帰り際におばあさんがそんな嬉しいことを言ってくれたので、俺は力一杯頷き返したのだった。

 

 ◆◆◆

 

 ――三日後。

 いよいよ帰る日になってしまった。

 あれから毎朝神社へ花束を置きにいっているが、結局泣かずに神社から立ち去れた日がなかったのは……俺の中だけの秘密にしておいて欲しい。

 我ながら情けない……。

 

 今日の午後三時に船が来る。それに乗り、俺は自分の家に帰るのだ。

 ここに来て本当に良かったと思う。

 

「おう、どうしたんだ? つくも。手が止まってるぞ」

「あ、いえ。ここに来てからのことを思い出していたんですよ」


 そうだ。今は留蔵と最後の昼食をとっている最中だった。

 箸とお茶碗を持ったまま止まっていたらしく、確かにそれは不気味だ……。

 

「そうかそうか。離島はどうだった? 何も無くて退屈しなかったか?」

「いえ。毎日がとても楽しかったです。冬休みにもまた来たいなあって」

「つくもは受験とかないのか?」

「余り考えてないんですよねえ。離島でこのまま住んでもいいかなあとかも考えてますけど……」

「んー。漁師はお前には向いてないと思うがなあ。離島にある仕事にどんなもんがあるか、まとめといてやろう」

「おお。ありがとうございます」


 やったぜ。

 少し勉強しないといけないけど、医療関係とかなら離島でも就職の宛があるかもしれないな。

 看護師とか医学療法士とかさ。専門学校で三年間頑張らないといけないけど……。

 

「つくも。俺も短い間だったけど、孫ができたみたいで楽しかったぞ」

「本当ですか? それは嬉しいです」

「あ、そうだ。つくも。ゲームが気に入ったんだろう? 持って帰るか?」

「え?」

 

 特にそれほど気に入ったわけでも……。


「夜遅くまで熱中してただろ? 俺は使わねえからいいぞ」

「いえ、ここに来た時の楽しみに、置いておいていいですか?」

「分かった」


 留蔵は嬉しそうに顔を綻ばせる。

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