24.夏祭り
「翠……君は……理解しているのか……」
自分がこのままだと消えてしまうってことを。
俺の思いとは裏腹に翠は笑顔を浮かべ、俺の手を握る。
「九十九くん。わたしはね……満足しているよ。幸せだよ。キミと出会えて、キミのことが好きになって……」
「でも、俺は翠に消え……あれ、翠? 翠!」
俺の話の途中で、翠は寝てしまっていた。
起きるって言って欲しかったのに……。
眠り姫を抱えて、布団に運ぶ。
寝ている時間の方が起きている時間より長いじゃないか。
ひょっとしたら、残された時間が僅かしかないんじゃないのか……言いようのない不安に襲われた。
じゃあ、俺は一体どうすればいいんだよ。
四つん這いになり、額を畳へ擦り付ける。
ちくしょう。
ドンと拳を畳へ打ち付けた。
「翠……」
彼女は寝息も立てず目を閉じたままだ。
薄い胸が上下していれば、どれだけ安心するか。
まるで時が止まっているかのように、寝ている間、彼女は身じろき一つしない。
それが……いつ消えてしまってもおかしくないように思えて……。
怖い。
頭がグルグルしてきてたまらなくなった俺は、外へ飛び出る。
夜の海岸線はぼんやりとした薄明りが灯り、波の音と相まってとても幻想的だった。
街灯がほとんどない道路だったけど、もうすぐ満月ということもあり歩く分に支障はない。
何故だか自分でも分からないけど、俺は走っていた。
自分の中の熱を吐き出すように。
翠――。
頭を振り、力の限り速度をあげる。
彼女と遊んだ浜辺まできたところで、砂浜に降りてその場に腰を降ろした。
空は雲一つなく、月と星がキラキラと輝いてとても……嫌になるほど美しい。
それがお門違いだと分かっていても、憎らしくて。
どうせなら、綺麗じゃなきゃ俺の留飲も少しは下がるっていうのに。
「翠!」
ぼそりと彼女の名を呼ぶ。
すると、胸の奥がチクチクと痛むんだ。
「翠! 翠!」
立ち上がり、海へ向けて叫ぶ。
「俺は君のことが大好きだ!」
彼女の前では言えない、言いたくて仕方の無い言葉を力いっぱい吐き出した。
声は海に吸い込まれて行き、何事もなかったかのように再び波の音が響く。
戻ろう。
来た道を今度は逆にトボトボと重い足取りで進んで行く。
留蔵の家に着くと、ちょうど朝日が顔を出そうとしていた。
◆◆◆
八月四日になる。
今日は祭りの日ということもあり、朝から島が賑わいを見せていた。
俺は留蔵と共に、祭りの設営準備を手伝うことにしたんだ。
気が紛れるし、お世話になった彼へ少しでも手助けしたいと思うから。
お祭りの中心地はお寺だった。
こっちは神社と違い、ちゃんと整備されているし面積も広い。
本堂へ続く石畳の道の両側には出店も出る。この分だったら夜になると、出店と提灯の明かりで祭りの雰囲気を存分に演出してくれそうだ。
島のお姉さま方とおじ様方(平均年齢はおよそ七十歳)に、可愛がられながら物を運んでいるとなかなか楽しかった。
俺のことを小さい子供とでも思っている人もいて、飴やら麩菓子が俺のリュックに一杯になってしまったのはご愛敬。
もちろん若い人の姿もあって、男はみんな良く日に焼けていて海の男って感じがしてカッコいい。ガタイもいいし……。自分と見比べるとちょっとへこむ。
女の子もお姉さま方のお手伝いをしていたり、小さな子の面倒を見ていたりとみんな働き者だ。
お手伝いをしていたら、あっという間に夕方になり一旦留蔵の家に帰ることとなった。
自室に戻っても翠はまだ眠ったままで、彼女の頭を撫で汗を流しに風呂場へ。
風呂からあがり、飲み物を取ろうとダイニングに行くと留蔵が冷酒を一杯やっていた。
「おう、もうすぐ始まるぞ。行ってこい。俺も後から行くからな」
「はい」
翠が起きてたらなあ。
彼女の傍に居たい思いの方が強かったけど、一緒にお手伝いした人たちが出店で頑張っているんだ。
挨拶はしておきたい。
それに、留蔵に心配をかけたくないって気持ちが一番の理由だな。
ここで俺が出店に行かないと、彼は何かあったのかと俺のことを心配するだろうから。
出店に顔を出すと、みんな持ってけ持ってけといろんな物をくれるもんだから手荷物で一杯になってしまった。
ええと、水風船、リンゴ飴、ベビーカステラに焼きそば……。もう持てないって言ってんのに、わざわざビニール袋にくじ引きの景品だろう蛍光ブレスレットまで。
こんなの使いどころが無いだろう。小さな子供じゃあるまいし……。
あ、翠なら喜ぶかもしれないな!
そう思うと蛍光ブレスレットまで頂いて、ありがとうって気持ちになった。
◆◆◆
自室の扉を開けると、鹿のはく製と目が合う。
な、何このデジャブ……。
「翠。起きたんだ!」
部屋に入り、鹿のはく製を動かしただろう翠へ声をかける。
起きてくれた。
ホッとして、嬉しくて、ついつい顔が綻ぶ。
しかし、返事が無い。
変だなと思って左右を見渡すが、布団で寝ていたはずの翠の姿が無いじゃないか。
ど、どこだ。
あ、見つけた。
姿を消すのを忘れてるぞ。翠。
縁側へ続く障子に翠の影が映っている。
俺を驚かそうと、屈んで首を前に傾けた姿勢で。
ここは逆に驚かせてやる。
いつも突然現れて俺が驚かされているからな。たまにはお返しだ。
そろりそろりと足を進め、障子を横に引き一気に開く。
「ばあ!」
翠を驚かせようと両手をあげ、声を出す。
アレ?
いないぞ。
さっきまでここにいたのに。
「わっ!」
「ぎょえええ」
その時突然、後ろから声が!
思わず変な悲鳴をあげてしまったじゃねえかよ。
振り向くと、翠がお尻を床につけた姿勢で腹を抱えて笑っていた。
「こらー」
「九十九くん、こそこそと進んでいる姿からしておかしくて」
「そっからかよ!」
「えへへ」
手を伸ばし、彼女の手を取ると起こすように引っ張り上げる。
「おはよう。翠」
「今は『こんばんは』だよ、九十九くん」
「起きた時には『おはよう』って言うんだよ」
「えー。この前わたしに、昼間だから『こんにちは』だろって気障ったらしく言ったよねー?」
「気障じゃねえし」
「ふーん」
こんな何気ない会話でも、とんでもなく楽しい。
「あー、またえっちな顔してる」
翠は、スカートの裾を両手で押さえる。
「してねえって。なんでもえっちだと言えばいいって思ってるだろ?」
「えー、そんなことないよ」
「……本当に襲っちまうぞ」
「いいよ? 九十九くんなら……」
そこで潤んだ瞳で見上げて来ないでくれ……。
俺の理性が。
目をつぶってブルブルと首を振り、目を開ける。
ちょ。
翠が両手を広げて、期待するような目でこちらを伺っているじゃねえか。
「翠……」
「……ここはハグじゃないの? 九十九くん」
「そ、そんな唐突な」
くるりと背を向け、その場にあぐらをかく。
抱きしめたくないわけないだろう。
翠におはようと言う前、どれだけ君を抱きしめたかったか。君には分からないだろう。
君といたい。
その気持ちは変わらない。でも、いればいるほど君がより愛おしくなってたまらなくなる。
これ以上、翠が俺と楽しい時間を過ごしたら……彼女は消えてしまう……。
そうなる前に、俺は決断しないといけない。言わなければならない。
後回しにしてとりかえしのつかない事態になってからでは、遅いんだ。
「翠」
「んー? あー、分かったあ」
彼女は後ろから俺に抱き着いて来た。




