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23.ゲーム

 留蔵が自分の部屋でテレビを見ていたので、ダイニングに俺一人ではなく……翠も隣に座っている。

 彼がいないと分かったんで、翠を誘って一緒に来てもらったのだ。彼女はいつ寝てしまうか分からないし、起きてる間はなるべく一緒にいたいから。

 

「いただきまーす」


 今日もおいしそうだ。

 

「九十九くん、本当においそそうに食べるね」

「おいしいんだよ。実際」


 留蔵の料理は素材も新鮮で、薄味なので俺の好みにバッチリなのだ。

 今日は焼き魚にイカの刺身、レタスと水菜のサラダと味噌汁。

 翠が隣でほほ笑んでいるだけで、なんだかいつも以上においしく感じるぞ。

 

 食が進む進む。

 

「ごちそうさまでした」


 食器を持って、シンクに入れるとそのままそれらを洗う。

 そんじゃあまあ、食べたことだし次は風呂だ。

 

 脱衣場でいそいそと脱ぎながら、隣に置いてある洗濯機に着ていた服を突っ込む。

 ボクサーパンツ一枚になったところで、違和感を覚える。

 

「ん……」

「ん?」


 翠と目が合った。

 

「ついてきて欲しいとは言ったけど、何も風呂にまで……」

「そ、そうなの? 嫌かな?」

「いや、俺は構わないけど……」


 なんなら翠も脱いでくれていいんだぜ。

 と心の中でしか言えない俺である。

 

「ちょ、ちょっと。待って。九十九くん。わ、わたしがいるって分かってる?」


 珍しく翠の方が動揺し、両手を目にやる。

 さ、さすがにセクハラが過ぎたか……。

 

「翠、部屋で待っててもらえるかな。すぐに出るよ」

「え、え、う、うん。だ、だから、今脱がないで……」

「あ、す、すまん」


 慌ててパンツをたくし上げる。

 翠が壁をすり抜けて脱衣場からいなくなったところで、素っ裸になり風呂へ入った。

 

 シャワーを頭からかぶり、風呂椅子に座ってシャンプーを手に取りゴシゴシと……。

 

「お背中ながしまーす」

「え?」


 背中にスポンジの感触が。


「す、翠?」

「えへへー。一度やってみたかったの」

「そ、そうか」

「後ろからなら変なものも見えないし、大丈夫だよね?」

「お、俺は構わないけど」


 何も頭を洗っている最中に来なくてもお。

 俺はシャンプーが目に入るのが嫌だから、髪をゴシゴシする時は目をつぶるのだ。

 何も見えん。

 

 翠が後ろにいるのは分かるが、何をしているのか全く見えねえ。

 真後ろだし、目もつぶっているしで……。

 と、とりあえず背中をスポンジが上へ下へと行く感触だけは分かる。


「ん?」

「だ、ダメ! そのまま前を向いていてね!」


 そ、そうは言ってもだな。

 な、なにが起こっているのか……背中全体を包み込むような体温を感じるのだ。

 それに、この感触……柔らかな突き立てのおもちのような……。

 

「ま、まさか……」


 振り向いたら、翠の姿が忽然と消えていた。


「だ、だから、ダメだってば」


 消えたまま、翠の声だけが風呂場に響く。

 

「わ、分かった。見ないから、出て来てくれよ。姿が見えないと不安になる」

「だ、ダメだよ。今はダメ。ま、待ってるからね。お部屋で」


 チッ。そのまま行ってしまったか。

 きっと翠は……。うはあ。

 

 さっきの感触を思い出しながら体を流し、湯舟につかる俺であった。

 見たかった、見たかったぞおお。惜しいことをした。

 

 ◆◆◆

 

 部屋に戻ると、セーラー服姿の翠が座布団の上でペタン座りをして待っていた。

 

「翠。お待たせ」

「う、ううん」


 目が合うと、急に頬に朱色がさし俺から顔を逸らす翠。

 

「さっきは……」

「言わないでえ……さっきのは気のせい。気のせいなんだから」

「わ、分かった」

「分かればよろしい」


 翠はようやく俺と目を合わせ、クスリと声を出して笑う。

 つられて俺もはははと声を出した。

 

「じゃあ、スーパーファミコンをやろうか。ソフトはいっぱいあったんだ」

「どれがいいの? 九十九くん」

「んー。俺も分からん」


 産まれる前には発売終了していたゲーム機だしなあ。

 何が何やら。

 

「あ、これ可愛い」

「お、じゃあ、それからやってみる?」

「うん!」


 さっそくソフトをスーパーファミコンにセットして電源を入れる。

 お、可愛いキャラクターが出て来たな。

 どうやら落ちゲーらしい。

 スライムみたいなのが落ちてきて、揃えると消えるってやつだ。

 

「ちょうど二人で対戦できるみたいだし、翠はそっちのコントローラーを持って」

「うん」


 お、おお。

 なるほど。こうやるのか。

 

「ってええ。なんか透明なのが一杯落ちて来た」

「一気に消すと、そっちにお邪魔な透明さんが落ちるみたい!」

「お、おおお。ちょ」


 ゲームオーバー。

 上まで透明なスライムで埋まってしまった。

 な、なんてこったい。

 

「い、今のは練習だ」

「えへへ」

「な、なんだよお」

「うん、じゃあ。スタート」

「おう」


 ……。

 …………。

 透明スライムなんて嫌いだ!

 

 その後、十回ほどやるがまるで勝てる気がしなかった……。

 

「ち、違うのいってみる?」

「うんー。これも可愛い」

「じゃあ、それを」


 ソフトを入れ替えて、電源を入れる。

 お、おお。今度も可愛らしいキャラクターが出て来たぞ。

 ほう。四人プレイまでできる格闘アクションみたいなゲームのようだ。

 昔のゲームと侮るなかれ、声優さんがキャラの技に合わせて喋る。

 

「じゃあ、俺はこの宇宙人みたいなやつで」

「わたしはこの丸い子でいくね」

 

 ゲームスタート。

 コンピューターが操作する二体は弱い。すぐにとっちめて、問題は翠だ。

 

「ぐ、ぐお。後ろからなんてズルい」

「勝負なのだよ。九十九くん」

「ちょ、ちょ。反撃できねえ。何そのコンボ」

「適当にボタンを押してるだけだよー」

「そ、そんなあ」


 またしても負けてしまった。


 ◆◆◆


 あれからソフトを幾つか変え、時刻は深夜二時を過ぎていた。

 最初にやったスライムのソフトを差し込み、翠と対戦するが……やっぱり勝てねえ。


「も、もう一回だ!」

「九十九くん、案外熱くなる人なんだね……」

「今夜は寝かせないぞお」

「なんかえっちだよお。その言い方」


 しかし、意外や意外。どのゲームをやっても翠の方がうまいなんて……。

 更に一時間が過ぎる。


「……」

「ま、まあまあ」


 深夜三時になろうとしていた。ワザと手を抜かれて勝てても嬉しくないから、翠には感謝している。

 だがしかし!

 やはり勝てん。


「九十九くん、そろそろ寝たらどう?」

「今夜は寝かせないぞって言っただろ? まだまだ朝まで時間はあるぞ」


 寝るのなんて勿体ないじゃないか。せっかく彼女と一緒の貴重な時間なのだから。

 いや、違う……。

 寝ている間に君がまた寝てしまいそうで、怖くて寝られないんだ。

 翠が寝る時は、俺へ「起きるから大丈夫って」言って欲しいから。


 その時、後ろから彼女の体温を感じた。

 翠は縋りつくように俺の肩を後ろから抱き、額を俺の背中につける。


「……大丈夫だよ。大丈夫……ちゃんと寝ないと……」

「……」


 くぐもった声。

 自分のことより俺の体調を気遣う翠が愛おしくて、抱きしめたくなるがあぐらをかいたままグッと堪える。


「……やっぱり、わたし、九十九くんが……」

「俺は単に君が女の子だったから話しかけたに過ぎない。つまらん奴なんだよ」


 彼女に最後まで言わせずぶっきらぼうに言葉を重ねる。

 しかし、俺の意図とは裏腹に彼女はぎゅーっと俺を抱きしめてくる。


「九十九くん。キミが大好きだよ」

「……お、俺は……」


 黙り込んでしまう。

 翠の未練は満たされてきた。

 家族を見送り、友達ができて触れ合い……そして最後に残ったのが一度だけでも恋がしてみたかったって未練だ。

 未練が満たされ、満足しつつあるから、眠たくなっているんだろう。

 今はまだいい。眠るだけなのだから。

 眠るだけ? それだけだとはもう思えない。これだけの短期間で繰り返し眠ってしまう翠……。

 そこから推測するに……このままいけばきっと彼女は。

 違う。俺はまだ逃げ道を作ろうとしているのか。

 「推測」ではなく「確信」。

 もしかしたらって考えは捨てないと……。


 だから、彼女が俺を好きになったらダメなんだ。

 これ以上、俺との仲が進展すれば。

 翠が。

 翠と。

 もう会えなくなってしまう。


 俺は君が好きだ。

 だから、言えない。

 君のことが好きだなんて。

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