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22.文字を

 ふう。なんのかんので倉庫から持ち出した物を片付けていたら、夕日が美しい時間になってしまった。

 それにしても……海水が乾いてベタベタになった体へ大量にかいた汗が混じり、とにかくシャワーを浴びたい気分だ。

 一旦、自室へ戻るかあ。

 

 ――自室。

 スヤスヤと眠る翠をチラリと見やる。

 長い睫毛に微動だにしない口元。まるで一流の芸術家が美の粋をふんだんに凝らした彫刻のようだった。


 すぐにシャワーを浴びに行くつもりでチラッと見ただけだったんだけど、長いつややかな黒髪へ吸い寄せられるように翠の枕元へしゃがみ込む。


「翠……」


 彼女の髪を指先でくしけずる。

 じーっと見ていたら、彼女の薄い色をした唇に釘付けになり……俺は顔を寄せ。


 ダ、ダメだ。

 何しようとしてんだよ。

 王子様のキスで目覚めるなんてまやかしだ。逆にそのまま消えてしまうかもしれない。

 今はジッと待たないとな。うん。


 名残惜しいが、部屋を後にしてシャワーを浴びた。

 スッキリしたところで、夕飯をいただき再び自室へ戻る。


 戻ったはいいが、手持ち無沙汰だ。

 いや、眠る翠を見ているだけでいくらでも時間が潰せそうな気がするが、それだけじゃあなあ。スマホをいじるにしても翠が気になって……。

 あ、そうだ。

 彼女が起きた時に何か遊べる物が無いか留蔵に聞いてみよう。


 ダイニングで晩酌中の留蔵へ何か遊ぶものはないか聞いてみたら、最初にテレビを出してきた部屋を見てみろとのこと。

 勝手に部屋のモノを触っていいと了承を得たので、さっそく隣の部屋へ行く。


 部屋は長く使ってないようで、整頓こそされているものの、物の上には埃が目立つ。


 えー、どれどれ。

 テレビ台のところにスーパーファミコンを発見。横の棚の中には、ソフトも十二本あるじゃないか。

 続いて……将棋盤と駒、オセロ、トランプもソフトがあった棚の下の段に入っていた。


 全部自室に持ち込み、スーパーファミコンはテレビに接続して動くかチェックする。

 うん、問題ない。

 スーパーファミコンとか触ったこと無いけど、翠の世代にならちょうどいいんじゃないかな。


 あぐらをかき一息ついた俺は、翠を眺めながら古銭を磨く。古銭は彼女の持つかんざしと同じ、昔から大事にされてきたもの。

 そう思うとなんだか彼女との接点みたいに思えてきて、磨く手にも力が入る。


 夜になっても翠が目覚めることはなかった。

 不安に駆られながら、翠の眠る布団の隣へゴロンと寝転がっていたらいつしか寝てしまう……。

 

 ◆◆◆


 ……。

 ……。

 朝日がキラキラと容赦なく差し込み、目がチカチカする。

 あ!

 

 翠は?

 ハッとなって、彼女が眠る布団を見たけど、眠り姫はまだ眠っている。

 

 今日は、八月三日だ。ここに来てもう六日経つのかあ。

 まさかこんなことになるなんて思ってもみなかった。

 

「なあ、翠」


 彼女の頬を撫で、肌をそうようにして指先を髪の毛へ動かす。

 留蔵の手伝いをして、適当に海へ行ったりしながら過ごすつもりがこんな可愛い女の子に出会えるなんてな。

 世の中どう転ぶか本当に分からないよ。

 

「起きるのを待っているよ。眠り姫さん」


 ピンと彼女の髪の毛を指先ではじき、微笑みかける。


「ふああ」


 窓を開け外気に触れるとあくびが出て来た。

 まずは顔を洗って、朝食とするかな。

 

 っとその前に、紙とボールペンを出してきて翠へ書置きを残しておこう。

 彼女がいつ起きてもいいように。


『翠。悪いが起きてもここで待っていてくれ』


 枕元に書置きを置き自室を出る。

 

 朝食を食べた自室へ戻り眠る翠の横で着替えを済ませた時、ふと思いつく。

 そうだ。

 首にかかったチョーカーを手に取り、翠の手に握らせた。


「いってきます。翠」


 物資もきれて来たし、コンビニに行こうと思ってね。

 戻ったら、ずっと部屋にいるつもりだ。

 飲み物とか何か遊べそうなものがあったら買ってこようと思ってさ。

 

 ◆◆◆

 

 自転車を走らせ、コンビニまで行く途中で提灯が目に付いた。

 電柱に引っかけるように置かれた提灯には、個人名や商店の名前がそれぞれ書かれている。

 あ、そうか。たしか八月四日は祭りをやるって言ってたよなあ。翠がそれまでに起きてくれたらいいんだけど……。

 

 コンビニへ近づいてくると人の姿もチラホラ見かけるようになってくる。

 こっちは留蔵の家周辺と違って、隣接して家が建っているしスーパーや学校もあるからな。

 車に何度もすれ違ったし、翠とこの辺に来る時は俺が挙動不審に見えないように注意しなきゃ。

 

 コンビニで飲み物を中心に買い込み、翠の気に入りそうな物は無いかと、外にあるガチャガチャを物色しながらアイスを食べる。

 んー。あんまりかなあ。さすがにガチャガチャだと気の利いたもんはないか。

 可愛らしい妖怪のキャラクターだったらどうだ? 幽霊に妖怪のキャラクターとか何だか良く無さそうだからやめとくか……。

 

 ん。

 コンビニからちょうど出て来た小学生くらいの男の子二人が持っている買い物袋へ目が行く。

 あ、あれは花火か。

 いいかもしれない。

 

 アイスを食べきった後、再びコンビニに入り花火セットを買い留蔵の家に帰還する。

 

 ◆◆◆

 

 戻ってもまだ眠り姫が寝たままだったので、昼食を食べた後、彼女の隣であぐらをかく。

 待っている間、何をしよっかなあ。

 翠の顔を見ていてら、我慢できなくなってがばあああっと行ってしまいそうだし……。

 何かに集中したい。

 

 あ、そうだ。

 想像し、俺の顔が二ヤつく。

 

 さっそくスマホで検索だ。

 きっと翠はビックリするぞお。

 

 三十分経過――。

 検索するとすぐに出て来たのだが、意外にこれ難しい。

 長文を書くには向いてないな。

 

 スマホの画面を見ながらボールペンをクルクル。

 紙へ書いていく。

 

『三三、一二』

 

 これで「すい」か。

 

『十五、六一、八五、一三、八九、三三、一二』


「よっし、これで完成だ!」


 満足気に紙を見やる。

 しかし、今自分で書いたところなのに、何を書いているのか読み取れん。

 て、手強いなこれ。よくこんなのでやり取りをしていたもんだ。

 

「何ができたのお? 九十九くん」

「これだよ。これ……え! 翠!」

「おはよう。九十九くん」


 布団の上にペタン座りして、目を擦る翠は大きなあくびをした。

 俺は彼女へ言葉を返さず、先ほど数字を書いた紙を彼女へ手渡す。

 

「ん。んん。えっと、『おはよう❤すい』。九十九くん、すごい。わたしのために?」

「うん。しかし、本当に数字だけで読めるんだな……」

「慣れだよ。慣れ。えへへ。嬉しい」


 翠は数字の書いた紙を胸に抱き、にへえと笑みを浮かべる。


「ちょっとお寝坊だったけど、ちゃんと起きてくれてホッとしたよ」

「そんなに寝てたんだ。どれくらいかな?」

「昨日の晩から……翌日の夕方かな」

「前と同じくらいかなあ……」

「とにかく、起きてくれてよかった!」

「心配してくれたんだ。えへへ」


 「そ、そら心配したさ」と言おうとして思わず言葉を飲み込んでしまった。

 なんて嬉しそうな顔をするんだよ。翠の満面の笑みに吸い込まれ、言葉を失ってしまう。

 

「そ、そうだ。これ、隣の部屋にあったんだ」


 テレビに取り付けたスーパーファミコンを指さす。

 

「九十九くん、ゲームやるんだ?」

「うん。翠は?」

「ほとんどやったことないんだあ。余り体によくないとかお母さんが」

「そっか。じゃあ、これからやろうよ」

「うん。あ、ダメだよ。九十九くん、先にご飯とお風呂!」

「分かった! すぐ終わらせる」


 顔を見合わせお互いに「にまあ」と笑いあう。

 

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