20.ビーチボール
出る前に倉庫を覗いてみたら、いろいろ使えそうなグッズがあったのでそれも持っていくことにした。
それはいいのだが……荷物がパンパンだぜ。
リュックには入りきらず、折りたたみチェアなんかは自転車に吊り下げれないかガチャガチャいじって……あ、そうだ。
「翠。後ろに乗ってくれない?」
「いいの? やったあ」
翠は手を叩いて喜び、自転車の荷台へ横向きに座る。
足をぶらぶらさせてとても上機嫌で俺の顔も綻ぶってもんだ。
「翠、これを支えていてくれないか」
自転車のサドルから後輪へ向け斜めに引っかけるようにして、折りたたみチェアを運んでいこうと思ったんだ。
それで、翠に協力してもらおうとね。
「九十九くん、それ持つよー。その方が落とさないと思う」
「おお、ありがとう」
自転車を押して少し進んでみる。
お、いけるいける。
「よっし、行けそうだ! 行くぞお」
「おー」
◆◆◆
自転車を押すこと三十分。留蔵に教えてもらった浜辺が見えて来た。
「お、おお。これは」
くだんの浜辺を眺め、思わず声が出る。
それと同時に、「留蔵ありがとう」と心の中で呟く。
たしかに浜辺こそ小さい。でもパラソルやパラソルチェアを置いたとしてもビーチボールで遊べるほどには広い。
そこは聞いていたとおりなんだけど、岩場の方が思った以上に遊べそうなんだ。
岩場は沖から来る波を遮るように外側が海面から五十センチほど顔を出している。
外側の岩からロの字型に岩が取り囲んでいて、中は穏やかな潮溜まりになっていた。ミニタイドプールと言って差し支えない。
ここは波が殆ど無くゆらゆら揺れる程度なので、小さな子供でも安心して泳がせることができる。
じゃあ、さっそく。
自転車を停車させ、翠から折りたたみチェアを預かり地面に置く。
続いて彼女の手を取り、彼女を荷台から降ろした。
「海だね、九十九くん!」
「おお。遊ぶぞお」
「泳ぐのお?」
「泳ぐ前にやりたいことがあるんだ」
「何かな何かなー?」
「まず、このチェアを置く」
「おー」
パラソルも倉庫にあったんだけど、さすがに持ってこれなかった。
その代わりと言ってはなんだが、雨傘を持ってきたのだ。
一応、これでも影はできるから、じりじりと差し込む日差し避けることはできる。
折りたたみチェアを並んで二台置いて、開いた雨傘が動かないように固定し完成だ。
「座ってみよう」
「うん」
ビーチチェアみたいに寝そべるようなものではなく、背もたれのついたキャンプ用だけど……。
無いよりは全然雰囲気が出る。
よしよし。
折りたたみチェアの脇にリュックを置いて、中を開く。
お次はっと。
「九十九くん、それ」
「うん、ちょっと待って。膨らませるから」
俺が取り出したのはビーチボールだあ。
ビーチボールの吸い口から空気を送り込むと、すぐに膨らむ。
「まずはこれで遊ぼう」
「うん!」
「でも、その前に……脱ぐか」
「……九十九くん、その言い方は……えっちい」
「気のせいだ!」
ズボンの下に着て来たのだよ。水着をね。
いそいそと服を脱ぎリュックに突っ込んむ。
翠はといえば、セーラー服の下にビキニを着ているはずだ。たぶん。
セーラー服の下に水着を着こんでいるところは、見せてくれなかったからねえ。たぶんとしか言えない。
「九十九くん、向こうむいてて。ううん、ちょっと離れてて。道路の上くらいまで」
「えええ……」
背中を押され、渋々、砂浜から自転車を止めているアスファルトの上まで移動する。
既に俺は水着姿なんだが……ここでぼーっと待っているのはちょっと……。
「九十九くーん。戻ってきていいよー」
「おう!」
ダッシュで元の位置に戻る。
「お、おおおお」
「あ、あまりじっくり見ないで……」
麦わら帽子にパレオワンピース姿の翠はなんと神々しいことだろう。
セーラー服の時には見えなかった肩からスラリと伸びた腕。腰から太ももにかけての美しいライン。
体の線は薄いが、スレンダーで実によい。
「素晴らしい……」
淡雪のような肌色と水着のコントラストも素晴らしい。
麦わら帽子で出来た影が彼女のパレオワンピースにかかっているところもよい。
首から肩のなんと艶めかしいことか……。
「九十九くーん」
思考を遮るように翠が困ったような恨めしい声で俺の名を呼ぶ。
「ん?」
「じっくりと見ないでって……」
「い、いや。そうは言ってもだな。ほら、うん」
「もう!」
膝を少し折り曲げて、転がったままのビーチボールへ手を伸ばす翠。
そ、その動きは……。ゴクリ。
真正面で前かがみになるなんて、なんというサービス。
「痛……」
ビーチボールを顔へぶつけられてしまった。
「鼻の下を伸ばしすぎだよお。九十九くん」
翠は頬を膨らませ、耳を真っ赤にして抗議の声をあげる。
「す、すまん。靴を脱ぐね」
「うん!」
翠は既に素足になっていた。俺も彼女と同じようにスニーカーを脱いで素足になる。
彼女へビーチボールを手渡して、少し距離を取った。
「じゃあ、翠。ボールをポーンと手で打って」
「できるかなあ。よおし」
翠はビーチボールを右手で上に投げ上げると、狙いをつけて左手ではたこうと手を振り上げる。
――見事にスカり、ビーチボールはむなしく砂浜に落ちた。
「初めてだし、仕方ない。何回かやってみようぜ」
「うん!」
三度目でビーチボールが俺の方に飛んできた。
「おお、上手上手」
「うん」
じゃあ、今度は俺が。
なるべく弱く……かつ翠のところまで届くようにっと。
ビーチボールをちょこんと手のひらでたたくと、意図した通りちょうどいい速度で翠の元へビーチボールが飛んでいく。
それを翠は狙いをつけ思いっきり叩きつけた!
「うお!」
結果、俺の顔にビーチボールが突き刺さる……。
や、やるじゃあねえか。
「じゃあ、今度はもう少し強く飛ばすぞ」
「うん! こいこいー」
ビーチボールを投げ上げ、少し強めに……あ、滑った。
手のひらの下の方で叩いてしまって、ビーチボールが高く浮き上がり翠の方へ飛んで行ってしまう。
ところが、翠は宙に浮きあがり……さっきと同じように手のひらで思いっきりビーチボールを叩きつけ――。
「ぐえ!」
これで三度目かよ。ビーチボールが顔に当たるの……。
今回のが一番強力だったな……。
「大丈夫? 九十九くん?」
「うん。ビーチボールは柔らかいし」
口ではそう言うものの、さっきのは少し痛かった。
この後しばらくビーチボールで遊んだんだけど、翠の運動神経はなかなか優れていると思う。
すぐに慣れて、ことレシーブに関しては俺より上手になってしまったのだ。
「翠。やるじゃないか」
「えへへ」
「でも、飛ぶのは少し卑怯だぞ」
「ついつい、追いかけちゃうの」
「そっか」
「うん!」
「楽しければそれでいいや。次は海に入る?」
「おー」
ビーチボールを折りたたみチェアの上に置いて、今度は波打ち際へと足を運ぶ。
波打ち際に来るだけで、翠のテンションはもう上がりに上がっている。
「波が面白いー」
波の動きに合わせて、波に当たらないように動く翠が可愛らしかった。
「じゃあ、お先ー」
「わたしも一緒に行くー」
翠は俺の手を握ると、逆に俺を引っ張るように海へと入っていく。




